平和で平凡な日々
「なんで・・俺の部屋で飲み?」
宿舎の正面玄関で、ダリオが立ち止まって嘆く。
「俺の部屋じゃ飲めないだろ。」
買い出し袋を抱え直しながら返す。
「あれは部屋じゃない!物置だ!!」
ダリオのツッコミが宿舎に響いたが、どこからも苦情は来ない。
さすが給料日。
皆、飲みに行っているんだろう。
「大家さん。荷物重いし、早く入ろ。」
背中をツンツンする。
「誰が大家だ!部屋くらい自分で借りろよ。」
ぶつぶつ言いながらもダリオは歩き始めた。
鍵を開け部屋の扉を開けた瞬間に、ダリオが溜息をつく。
「この圧迫感!何とかならないのか?」
部屋の中は二人分の鎧や武具がぎっしり詰まっている。
「上手く整理出来ないんだよなぁ。」
動かないダリオの横をすり抜けて先に部屋に入る。
「出て行ってくれ。俺に物置を使わせてくれ。」
まだ嘆いている。
無視してテーブルに買い込んだ物を並べる。
「誰が手入れすると思っているの??家事だって全部私に丸投げ!あなたを支える私に酷い言い方!」
酒瓶をダリオに突きつける。
「予言するわ。あなたの将来はモラハラ夫よ!」
「予言返しすんな!」
ダリオは酒瓶を受け取って栓を開けた。
「でも、俺の内助の功で生活が成り立っているのは事実だろ?」
グラスとツマミをテーブルに並べながら言う。
ダリオは深く溜息をついた。
「・・・・感謝してる。してるけどさ。」
「だろだろ?家事万能、留守も安心。俺との同居は良いことづくめだろ?」
好物のナッツ皿を渡すと、摘まみながらも、まだぼやく。
「自分で家事万能って言うなよ。じゃなくて・・飲みって言ったら店飲みだと思うだろ?」
「こっちの方が安上がりだし、残ったら迎え酒にも料理にも使えるし、金欠のヤツに安く売れる!」
「売るなよ・・・。」
「泣いて感謝するヤツもいるぞ?」
「そこまでいったらもう病気だろ。売ったらダメなやつ!」
「ごちゃごちゃうるさいな。」
「酒もツマミ代も全部俺もちだ。言う権利はある!」
「セコい!」
「お前が言うな!ちゃっかり食材まで買わせて。」
手酌でやろうとしてた酒瓶を奪ってグラスに注ぐ。
「まぁまぁ、お前の朝飯も作ってやるから。」
「いつも通りじゃねぇか・・・。」
「ま~ま~細かいことはおいといて、お疲れ会だ!ダリオ君に乾杯!!」
俺がグラスを掲げると、ダリオは渋々応えた。
「マジな話、店じゃ任務の話出来ないだろ?・・・・で、何やらされた?」
話を振るとダリオは肩を竦めた。
「・・・・ソレア湖畔までの荷運びだ。」
それだけ言って酒を呷る。
「えっ?!あの高級保養地?すげぇ!いいなぁ!温泉入った?」
「そんな気分にならねぇよ。」
ダリオは吐き捨てるように言った。
「そ・・そうだよなぁ。庶民には高すぎだよな。」
「そうじゃねぇ!送るだけで精一杯。観光どころじゃねぇよ。」
送るって言葉にピンときた。
「・・・・荷物って人か?」
ダリオは顔を歪めた。
「王立学園で受け取ってソレア湖畔まで護送した。」
「まさか、学生?」
「恐らく。制服のままだったからな。」
「えぇ、何したんだよ。」
「知らん。さしずめ俺は女学生を女衒に引き渡す悪役って所だな。」
「うわぁ・・・・。王立学園からの泡姫落ちかぁ。きっつぅ。」
「いや、泡姫も無理だろうな。」
「ブスだったのか?」
「可愛い。すっげぇ可愛い。・・・普通ならな。」
「普通じゃなかった?」
「ずっと意味不明な事、言ってんだよ。ぶつぶつぶつぶつ・・・・。」
「暴れるよりずっといいだろ?」
「こんな感じだぞ?」
ダリオは壁に向き、俯いて呟き始めた。
「何で?何でエンディング直前に娼婦落ち?イベント全クリした。最短ルート・・・。好感度MAXの反応。逆ハーエンド目前だったのに。なんで?なんで、皆、一緒に断罪されてんの?あの女・・転生者?私、ざまぁ返しされたの?」
「・・・・やべぇ。」
「発狂モード入るとこうなる。」
今度は立ちあがって天井を睨み上げ、叫ぶ。
「リセットボタンどこよ!!クソ運営出てこい!!ステータスオープン!オープンしろぉおおおおっ!!」
バンバン壁を叩き始める。
衝撃で荷物の一部が雪崩を起こした。
「ちょっ!ちょっと!やめろ!苦情来る!」
慌てて落ちてきた物を拾う。
対して、ダリオはスンとした表情になり席に戻った。
「問題無い。今日、給料日。
皆、飲みに出た。
部屋飲みは、俺たちだけ。
俺だって綺麗なお姉さんと飲みたかった。」
ナッツを指ではじきながら拗ねた声で言われる。
「悪かった。お疲れ。お疲れ。」
労うと、ナッツが額に当たった。
「なんだよ!?」
「何だよ!は俺の台詞!なんで今回はやらなかったんだ?!子爵様の役目だろ?」
「収穫期の農家に無理言うなよ。内情知ってるだろ?」
俺はダリオの真似をして肩を竦めた。
繁忙期はネコの手も借りたいほどなのだ。
「家族って言うけど、お前、実家から搾取されてないか?」
「何、言ってんだ。家族は助け合うもんだろ。も~、姪っ子が可愛くってさぁ。俺の唯一の癒やしなんだ。」
思わず口元がニヤける。
「確か、・・フロー・・何とかちゃんか?」
「フローリアナ・エル・シアナ・ルミルフェス。」
「長いって。絶対、名前負けだよ。」
「なんだと!俺が心を込めてつけた名前を!いいか!俺はこの名前を付けるのに悩みに悩んで・・・!!」
再びナッツが当てられた。
「もういいよ!姪っ子愛もいいけど、同情チップ稼ぎは止めろよ。そろそろバレるぞ。」
「そうだなぁ。ここも三年目だし、そろそろ転勤願い出すかな。今度は実家の近くが良いかな。」
ダリオが意味ありげな視線を寄越した。
「思い通りになるといいなぁ。」
含みのある言葉に、嫌な予感はした。
したが、飲んでいる内に忘れてしまった。
+++
翌日は見事に二日酔いになっていた。
頭痛を引きずりながら、出勤。
だらだら事務作業をした。
合間に新聞めくって転勤地候補の情報を集める。
途中で、昨日の“お人好し平民君”が書類の相談してきたから、雑談しながら手伝ってやった。
調子に乗って、また話を盛ってしまった。
ちょっとの罪悪感は、手に入った小銭の音で消えた。
銅貨を数えて革袋にしまうと、業務終了時間。
帰る道すがら、懐がチャリチャリ音をたてた。
俺にとって至高の音だ。
何も変わらないけど、ちょっとだけ良いことがあった一日だった。
平和で平凡で、小銭が稼げる安心な日々。
明日も、明後日も、これが続くと思っていた。
そう、その時が来るまでは。




