魔法属性概論・一
この森の中の家で迎える二回目の朝。
「……んー、これじゃ駄目だったか」
暖炉の火を消さないようにと思って、火を移しておいた炭を灰に埋めてみたりしたのだが、結局朝には消えてしまっていた。
火が起こせない時点でマイナススタート決めてるのに、維持すら二日連続で失敗してるの普通に泣きたい。誰だよこの体たらくでサバイバルだーとか言ってた奴。
「火喰いですわね。夜明けを越すには、それでは不十分かと」
今日も今日とて朝早くから訪ねてきたネラが、代わりに火を点けてくれた。
貴族……ん、商人の娘とも言ってたっけ? いずれにしろいいとこのお嬢様に毎朝火起こし係のような真似をさせ続けるのは気が引けるんだよな。
申し訳なさが先に立って、さっき聞こえた耳慣れない言葉の説明を求めることすら忘れてしまった。
結局ネラの世話になりながら朝食を終え、キッチンのテーブルで二人して一息ついていると。
「リベルさんは、今後はどのように?」
ネラの問い掛けに、僕は思考を巡らせる。
「うーん、思いがけず家まで手に入っちゃったからな……しばらくはここを拠点に、何とか生活基盤を整えていくかな」
昨日一日かけて、荒れ果てていたこの家を人間が住める環境にする作業はある程度終えている。
山賊とはいえ人が住んでたのに大袈裟な、って思う? あいつら部屋の隅にゴミ捨て場作ってたんだぞ。衛生観念が根本的に違う。おかげで虫も臭いも湧き放題、ここで寝泊まりするくらいなら野宿の方がまだ病気のリスクが低いって思えるレベルだった。
そんな有様を丸一日かけてきれいにはしたものの、現状テーブルと椅子以外の物はほとんどない。日用品を買い揃えるところから始めていこう。
「……元の世界に戻ることは考えませんの?」
定住する気満々の僕に、苦笑まじりに言葉を返してくるネラ。
「現状手掛かりもないし、明日明後日に帰れるなんて思うほど能天気じゃないよ。だからまずは腰を据えて調べられるように、生活の安定が第一目標だ」
サバイバルは失敗に終わったが、僕にはまだ『生活の知恵』動画の加護がある!
ペットボトルのキャップで全てを固定したり、木工用ボンドであらゆるものを掃除してやるからな、見てろ。
「でしたら、私も微力ながらお手伝いいたしますわ」
もう十分手伝ってもらってるんだけどな。まあ、言い出したら聞かないことはこの数日で理解している。
「さて、となると今日は買い物か……物価も見ておかないと」
実は昨日、アルノー少年の父親の名前で謝礼金が届けられた。中身はチラッと覗いただけだが、とりあえず銀貨がたくさんってことだけは分かった。
それもあってお金に関してはさほど急を要さないだろうという見立てだが、そもそもの貨幣価値を把握しておかないと、後で泣きを見ることになりかねない。
「生活以外のことだと、まずはマナや『無能者』に関しての知識だよな。火が起こせない以外の問題があるのかも知っておかないと。誰かに教えてもらえると助かるけど……」
現状、この世界で頼れる知り合いはネラくらいだ。
彼女は魔法を使えていたが、得意とは言えないくらいの腕前らしい。試しに頼んでみるものの、教師役は荷が重いと渋られてしまった。
「そう言えば、リベルさんは魔術師の登録証をお持ちとおっしゃってましたわよね?」
拾った荷物に入っていたことはもう話している。初めてナフィの街に入った時も、それを見せたら通してくれたとも言った気がする。
「でしたら、ナフィで魔術師協会の書庫に立ち寄られては? 魔法について調べるのでしたら、そこ以上に相応しい場所もないと思いますわ」
『魔術師協会』。昨日も話の中でチラッと触れてた気がする。
「どういうところかはまあ、何となく想像つくな。よし、そうしてみるか」
どうせ街には買い出しに行かなくちゃならないんだ。ついでに調べ物が済ませられるなら一石二鳥だ。
どうやら、今日の予定は決まったようだ。
森の我が家からナフィの街までは、徒歩で三十分くらいの距離だろうか。
誘拐騒ぎの時はかなりの長時間追跡しているように感じたが、何事もなく歩けばこんなものだ。
森を抜け、だだっ広い畑の合間の道を進むと、小高い山に挟まれた谷間に城門が見えてくる。誘拐犯を追って出た北西門だ。
その門から街に入り、ゆっくりと見渡しながら街を歩く。
ナフィは港を中心に栄えた街なのだという。言われてみれば、海からまだ遠いこの辺りでもうっすらと潮の香りを感じる……気もする。
街の北には小高い山があり、山頂には一際目立つ城だか屋敷だかが聳える。
そこを起点に山の半分ほどと街全体が壁で囲われている。その街区を真ん中から上下に分けるように河が流れ、海へそそぐ東の河口付近が港として発展しているらしい。
北西門から入って南門のすぐ近くまで都合三十分ほど歩いたところで、一際大きく重厚な造りの建物に到着した。ここが魔術師協会・ナフィ支部だそうだ。
入口の守衛に登録証を見せると問題なく入れてもらえる。一緒について来てくれたネラも、何事か言葉を交わすとすぐに通行を許されたようだ。
ネラは協会の内部にも詳しいらしく、職員に案内を任せるでもなく、さっさと入り組んだ廊下を歩いていく。
「慣れてるんだな。来たことあるのか?」
「ええ、まあ……色々と事情がありまして。こちらが書庫ですわ」
言葉を濁したネラが木製の扉を押し開けると、僕は思わず感嘆の声を漏らす。
「おお……」
広い。さすがに体育館くらいとまでは行かないが、二階部分まで吹き抜けとなっていて、どうやっても人間では届かない高さのある本棚に梯子が掛けられた空間は、それに匹敵するほどの知の威圧感でもって来館者を迎えてくれる。
「あちらの机をお借りしましょう。役立ちそうな本を見繕ってお持ちしますから、リベルさんは座っていてくださいまし」
そうは言われたものの、こんなワクワクする光景を眼前にしては居ても立っても居られない。自分でも書棚を眺めて回ってみる。
まさにファンタジーの書庫って感じだ。背表紙からして豪華な装丁の本ばかりがズラリと並んでいる。
その中から魔法の原理に関係ありそうな本をかき集めて目を通していると、
「ありましたわ。リベルさん、こちらを」
ネラが一冊の本を携え、隣の椅子に座る。
「これは、神話や伝説と言って差し支えないお話ですけれど、こちらの人々は事実であると捉えている内容ですわ――」
遥か昔、人間は世界の全てを操るほどの叡智を手にし、ついには神に挑戦した。
神はそれを不遜と考え、世界を構成する八つの元素に『封印』を施した。
封印により文明も叡智も崩れ去った人間は、今にも死に絶えようとしていた。しかしそれを哀れんだ別の神が一握りの人間に封印を破る鍵を与え、それにより辛うじて文明の灯は消されずに済んだ。
その鍵こそが今日、『マナ』と呼ばれているもの。マナは神の罰に対する抜け道として我々にもたらされたのである――
「それから多くの時が流れる中で、マナは全ての人間に行き渡り、更に人間はマナを用いた新しい技術……『魔法』をも創り出し、再び地上に満ちた――」
ネラの解説をひとしきり聞き終えて、確定した事実は無情そのものだった。
火が起こせなかったのは、この世界にそういう封印がかけられているから。普通の人間はマナを持つためその封印を破ることができるが、マナがない『無能者』の僕はそれができない。
「まあいいや。で……その『八つの元素の封印』って、具体的には?」
この本、肝心のその部分が書かれていない。次のページからはもう魔法を操って怪物と戦う英雄の話とかになっているので、今は読んでも仕方がない。
「ええと、それは私も……普段は『魔法を使えない』と一括りにされることが多いので。聞いたことがあるのは『火を起こせない』『金が溶かせない』といったところですかしら」
こっちの人も全部把握してるわけじゃないのか……。
『八つの元素』というのは、いわゆる四大元素説と似たようなものだろうか。
科学が発達する前、世界の全ては火・水・風・土の四つを元に構成されていると信じられていた、というやつだ。
それが八つになったバージョンなのだとしたら、金が云々というのは土に該当すると考えられる。
火、土……とくれば、順当に考えるなら例えば水に関しても何かしらの『できないこと』が存在する可能性がある。
――水。言うまでもなく、生活どころか生存に直結する話だ。
「八大元素属性については、こちらの本に書いてありましてよ。おそらく、これらに一つずつ『封印』が存在すると解釈すればよろしいかと」
ネラが指差すページを読んでみる。
火、水、風、地、雷、氷、命、闇。
魔法は大別するとこの八つの属性に分類され、それぞれを守護する神が信仰されている。火神アヴニール、水神アリアーテ――まあ、この辺は今はいいか。
大半は予想してた通りだけど、一部疑問点もあるな……特に闇。
闇属性魔法なんてのは定番と言えば定番ではある。けどそれって大抵光とセットというか、対にされがちな存在だと思うが……光属性がなくてこっちだけ単体で属性として扱われてるのが気になるな。
命は回復魔法とかか? それと水と氷も別枠なのか。
まあともかく、懸念していた点はやはり当たっていたようだ。
「水と雷――電気。そこにも何か制限があると思っておいた方がいいのかな」
火だけでもあんだけ予定が狂いまくったのに、それがまだ七つ残っている。
……火がダメなら電気でどうにか、って思ってたとこだったんだけどな。それも封じられたらマジで原始人以下の生肉生活を送る羽目になりかねない。
あと、今まで目を通した本のどれにも欠けている情報がある。
マナがどこにどんな状態で存在するのか。物質なのかエネルギーなのか。あまりにも言及がなさすぎないか?
魔法関連の記述についても概念や守護神の説明に留まり、『魔法の使い方』みたいな実践的な内容にはあまり触れられていない。
「こりゃ、総当たりで読んでいくしかなさそうだな」
果てしなさに溜息を吐く僕に、何やらネラはきょとんとした顔を向けていた。
「……あの、先程から気になってはいたのですけれど。リベルさん、これらが全て、読めますの?」
ん? ……あ。しまった、やらかした。
「これは……古いノスマール語ですかしら。何だか全然分からない文字すらあるのですけれど……」
僕は関係ありそうな本を片っ端から持ってきていた。それが何語で書かれているかなど気にすることもなく。
だって読めてしまうのだから。本の山の中に、この国では使われない言語が混ざっていようが気にも留めない。
うっかりしていた。既に事情を知っているネラの前だったからいいものの、今後は気を付けよう。
そんなこんなを説明すると、ネラは呆れと諦めの混じった溜息で答える。
「それはまた豪気なことですわね……リベルさん、うちの商会付きの通訳として契約なさるおつもりはございませんこと?」
冗談めかしてるけど目がちょっと本気だよな、ネラ。
いや実際、火すらも使えないマイナススタートだとか自嘲してたけど、これだけでお釣りがくるレベルなのかもしれないな。
通訳や翻訳がこなせることは確定だし、未知の古代言語とかもあっさり解読できてもおかしくない。
【仮説・改訂】
公平はこの世界のあらゆる言語を理解できる。
文書、会話のどちらにも有効。
「って言うか、ここで本来使われてる言語って何語なんだ?」
「ええ。マルカ語と言って、マルカ王国全域の公用語ですわ」
ネラの差し出す本の文章を、図形として意識しながら観察する。そうしないとまるで日本語を読んでる感覚で勝手に翻訳されてしまうからだ。
その文面は……リベル氏の魔術師登録証と同じ文字、同じ文法で書かれているように思える。
つまり彼はこの国で魔術師として登録したのだろう……そもそも魔術師協会が他の国にもあるのかは知らんけど。
「とりあえず、ネラが読めない本は僕に回して。手分けした方が効率的だろうし」
使えるものは使う。こっちに来てから、そういう要領はどんどん良くなっている自覚があった。




