魔法属性概論・二
その後も本と格闘することしばし。全部とまではいかないが、大部分にざっと目を通して気付いたことがある。
「……魔法の初歩に関する本がやけに少ない気がする」
『魔法ってなあに?』『マナってなあに?』『封印ってなあに?』という、僕が今知りたいことに関する情報が軒並みごっそり欠落している、と言えばいいか。
「そうですわね。そうした本が全く納められていないとは思えないのですけれど」
ネラにとっても、予想が外れた状況のようだ。
埒が明かないので、書庫の管理職員に尋ねてみた。相当奇妙な質問だったのか、首を傾げながら引っ込んでいく職員を見送る。
待つことしばし。調べ終わった職員が告げた内容で、疑問はあっさり氷解した。
「五十年以上前のことなんですが、王宮の人間がそういった書物をあらかた徴発していったという記録が残ってまして。結局、それらは返却されないままのようで」
なるほど解決。本が存在しないわけではなく、借りパクでした。
うーん絶対王政。そういう無体がまかり通るのも中世あるあるなんだろうな。
「……ん? 王宮って、山の上のあれ?」
「あそこはこの一帯の領主の居城ですわ。王宮は王都ダインモア……ナフィからは二十日ほどかかる場所にありますの」
二十日。徒歩か馬車か船か……いずれにしろ、じゃあちょっと行ってくるという距離でないことは分かる。
仮に行ったところで、「借りた本返せよ」とか王様に言おうものなら首が飛ぶだろうな。
しかし、どういった理由からの暴挙だ? 魔術師が育つことが都合でも悪いのだろうか?
まあ、今ここで理由を気にしてもしょうがない。重要なのは、僕の求める本がここにはないという事実だ。
「ちなみに、そういう本ってどこかで売ってたりはします?」
職員に尋ねてみると、再び変な顔をされた。
はいはい。中世あるある2、『本は貴重品』ね。
……結局、収穫はいまいちだったな。『情報がないという情報が得られた』とでも言えばいいか。
「どうしますの? これ以上は無駄足の可能性が高そうですけれど」
職員のカウンターから離れ、ネラは僕に伺いを立ててくる。しかし僕は既に一計を案じている。
「いや、そう決めつけるのは早い。何せここは魔術師協会なんだから」
「はあ……?」
ネラは魔法が拙いので教師は無理だと言った。
じゃあ、魔法が巧い奴を捕まえればいいじゃん。ちょうど魔術師ならいっぱいいるんだし。
と言うわけで、書庫にいた魔術師らしき女性にターゲットを絞る。
「……ごきげんよう。麗しいお嬢さん。僕と取引をしてくれませんか」
丁寧に声をかけた僕に、ビクッと肩を震わせたその女性は、変な形の虫でも見るような目を向けてきた。
「し、失礼いたしまし――」
ネラが慌てて僕を引き剥がしにかかる。しかしそれよりも早く、がしっと手を掴まれる……僕が話しかけた女性によって。
「……いっすよ。話してみるっす」
眼鏡越しの光を湛える瞳から、ざっくばらんな答えが返ってきた。
本棚の隙間から移動した僕たち。さっきの女性に改めて事情を伝える。
「ごく簡単なものでいいから、僕に魔法を教えてほしいんだ。できれば地属性で」
そして、僕から差し出せる条件は――
「読めない本の翻訳、っすか。どんな言語でもオッケー……それ、取引としてイーブンなんすか?」
うまい話には……といった表情で頭をかく女性。
慎重だな。それなら、隠し事はなしだ。
「僕は『無能者』の可能性がある。だから本当に魔法が使えないのか確かめたいんだ、できれば内密にね。僕から出せるものはこの謎の翻訳能力くらいだから、釣り合ってるかどうかを考える余地がそもそもない」
僕の言葉を聞いて黙り込む。まあそうなるよな、魔術師協会で魔術師が自分は魔法が使えませんと告白してくるなんて状況、訝しんで当然だ。
だがそれでも。しばらくして彼女は、まっすぐに僕の目を見て言った。
「簡単なもの……ホントに子どもが最初に習うようなのでも構わないっすか?」
その答えに、むしろ望むところと頷く。才能だとかレベルが不足しているという可能性を排除できるのだから、そっちの方が都合がいいくらいだ。
「取引成立、でいいのかな」
「そっすね。私はユーニっす。お兄さんは?」
「リベルだ。こっちはネラ」
「ネラ……あー、アーロンド理事の娘さんっすか」
「……理事?」
「そ、それについてはまた。ひとまず、場所を移しませんこと?」
ネラの言葉に従い僕たちは建物を出て、中庭らしき広場へ。
芝生に車座になって座り、ユーニが地面にハンカチを広げる。
「――じゃあ、私が今から唱えるのと同じ言葉を言ってみるっす。『集いは解け、形は塵に。〈風化〉』」
ハンカチの上に置かれた小石が、ユーニの呪文とともに一瞬で砂と化した。
石を砂に変える呪文……地属性だろうか。
「おお……」
「驚かれても困る程度の魔法っすけどね……」
僕は隣に座るネラから杖を借り受け、きちんと記憶した呪文を繰り返す。
「集いは解け、形は塵に。〈風化〉!」
これで結果がどうあれ、いくつか可能性を絞ることができるんだけどうん。何も起こらないね。
……今の、ちゃんとこっちの言葉で発音できてたんだろうか?
いやそもそも、魔法の呪文ってこっちの標準語で唱えてるのか? 特殊な言語だとして、僕のこの自動翻訳で対応できるのか――
「やはり、マナがなien huregim nor bidean」
「あーちょっとストップ! 意識しすぎてリスニングもできなくなってきた」
ネラの感想を遮るように、僕は耳を塞いで深呼吸に努めた。
【仮説】
零寵者である公平には、魔法は使えない。
魔法の授業は早々に諦め、書庫に戻ってきた。
さっきの授業で地属性と指定したのには、一応理由がある。
「『金が溶かせない』……八つの属性に対応させるなら、地になりそうだよな」
ネラが知る『封印』のもう一方。なんで金? ともあれ金属なら何となく地の範疇な気がする。
そうでなければどこだって話だし、仮に『溶かす』がメインなのだとしたら火属性の封印が二つになってしまう。
その読みが正しいならば、『石の風化』は地属性のロックではない。でなければ今度は地のロックが重複してしまうからだ。
そして、ロックに関係のない現象を起こすはずの魔法が使えなかった事実。
「……とにかく僕に魔法は使えない。その前提で今後をどうするかだ」
そんな風に考えをまとめていると、一冊の本を抱いたユーニが戻ってきた。
「さて、それじゃ約束っす。これをお願いできるっすかね」
隣に座ったユーニからボロい本を受け取り、指示されたページの文章に目を通す。
「えーとなになに。『遥けき海の東西に、相反する者たちあり――』」
なんか全体的に古めかしい文章だな。翻訳結果もそれっぽさが加味されている。
さすがに一冊丸々は大変なので、ユーニの指定した範囲を、という約束。しばらくは特に何事もなく、ただ目に入る文面を読み上げていくが――
「……! これ……!?」
それが目に入った瞬間、僕は椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
これを喩えるなら、どう表現するだろうか。
『砂時計』『DNA』『ルビンの壺』――
それらを混然一体にして、単純化したようなマーク。
忘れようはずもない。異世界に来るきっかけとなった謎の装置……それを包んでいた紙に、間違いなくこのマークが描かれていた……!
騒々しさを聞きつけたのか、ネラがこちらにやってくる。ふと開かれたページに目を落とし――
「『越えるものたち』の紋章……?」
「越えるものたち?」
「え、ええ。『世壊術』を信奉する集団、と言いますか……一種の邪教と見做されている者たちが掲げる紋章ですわ。ユーニさん、貴方一体何の本を……?」
「内密に、と言ってきたのはリベルさんの方っすよ。当然私のお願いにもそれは適用されるべきっす。つまり、黙秘っす」
初めて会った時に僕に向けたような、棘のあるネラの視線。対するユーニは意に介さずと目を閉じている。
「……えと、何そのそれら」
情報が多い。どれから聞いていいやら分からん。
場の空気について行けない僕の声に、ネラは根負けしたように息を吐いた。
「『世壊術』は一言で申しますと、人間には扱えない魔法のこと。歴史上、それらを行使したのは東大陸に巣食う魔族だけとされ……いつしか『禁忌』に触れ得る魔法として一部の者が熱狂的に追い求めるようになり、やがて組織されたのが『越えるものたち』なのですわ」
説明を聞いたら説明してほしいことが増えるのやめて。
……よし、こういう時は情報の取捨選択だ。
魔族? 『禁忌』? 知らん、今はどうでもいい。
ユーニの目的? 本人言いたくないならほっときゃいい。
僕にとって重要なのは、その紋章を記した荷物が、確かに僕の世界に送り届けられたということ。
そう、送られてきたのだ。この世界から、僕の世界に。
荷物を送れるなら、僕を『送り返す』ことも不可能とは言い切れない――!
興奮を隠しきれない僕の顔を見てか、やや申し訳なさそうにネラは続ける。
「……あまりこれに関して深入りするのは、お勧めできませんわよ。下手に嗅ぎまわって一味だと疑われることすら、立場を危うくしかねませんもの」
言いながら流し目で見るのは、隣のユーニ。
その視線を受け流すように、ユーニは椅子から立ち上がる。
「本は途中っすけど、結構参考にはなったっす。今日はこれくらいで十分ってことにしとくっすよ」
それじゃ、と肩越しに手を振り立ち去るユーニを、ネラは最後まで剣呑な目で見送る。
「何なんですの、彼女――リベルさん、どうか早まったことはお考えに……」
大丈夫、問題ない。それに今すぐにどうこうできる話とも思っていない。
ただ、降って湧いた帰還の可能性、まさに一縷の望みってやつがあるだけで、体に活力が漲るのを感じる。
であれば、長期戦だ。
「まずは買い物をして帰ろう。じっくり構えて、一つずつ考えていけばいい」




