異世界転生 その傾向と対策
結論から言うと、何とかならんかった。
「リベルさん、おはようござ――」
「寒いよ……暗いのやだよ……」
家の片隅で震える僕を目にして、訪ねてきたネラが絶句する。
昨晩、ネラが帰る前に暖炉に火を点けてくれていたのだが……不注意で薪を切らして、火が消えてしまったのだ。しょうがないだろ、薪の暖炉なんて実物見るのも初めてなんだから。
もちろん、電灯なんて物はないこの世界で火が消えれば、夜は闇に包まれる。
着の身着のままでひたすら夜明けを待つのは、何と言うか……心が折れる。時計の音すらない暗闇で過ごす時間は、永遠とすら思えるものだった。
やはり火が使えないのが致命的すぎる。
昨日は謎の万能感でどうにかなる気がしたが今なら分かる。ありゃ気のせいだ。
……なら、唯一の味方に隠し事をしている場合じゃない。
泣き腫らした目を小川で洗い、顔を拭う。立ち上がった僕は、決意を込めて告げた。
「……ネラ、話があるんだ」
「? ええ、構いませんわよ」
唐突な呼びかけにも即答してくれる。この気風の良さは、本当に助かるな。
家の中はごちゃついているので、外の薪割り場に二人して腰かける。
息を一つ吐いて考えを整理すると、僕は訥々と語り始めた。
おそらく自分は、別の世界から来てしまったこと。
この姿も僕の本来のものではないこと。
元の世界には魔法やマナなんてものはなく、誰もが普通に火をつける道具が使えていたこと――
その間、ネラは一言も挟まなかった。話し終わってなお、顎に手を当てて考え込んでいた彼女が、重苦しく口を開く。
「……なるほど、そういうことだったのですわね」
「信じてくれるのか?」
頭の心配をされるくらいは覚悟しての告白だったのだが、あっさりと頷くネラに拍子抜けする僕。
「昨夜も申しましたけれど、これでも商家の娘です。目の前の相手の嘘も見抜けずでは、商談など任せてもらえませんわ」
澄ました顔で、しかし自信たっぷりに胸を張るネラ。どうも彼女は貴族としてより、商人の身分に誇りを持っている様子が窺える。
「もちろん、理解の及ばない部分もありますけれど……少なくとも、突然零寵者となった魔術師が、魔術師協会を頼ることもなく火の消えた家で震えて夜を過ごした――という話よりは、筋が通っているのではなくて?」
やっぱり、あの時の話は無理があると思われていたらしい。
そうだよな。いくら面倒事に巻き込まれようとも、この世界の人間には、この世界に頼るべき何かがある。それが公的なものであれ、人であれ――それを持たず座して縮こまる僕は、その在り様からして『余所者』でしかなかったのだろう。
自嘲気味に目を逸らした僕をどう思ったのか、ネラは話を変える。
「ところで、貴方とそっくりだと言う男性……本当の『リベル』氏は、今も山に?」
「ああ。ただ……道に出るまで適当に歩いてきたからな。そこまで戻れる自信はあんまりないかも」
「そうですか。詳しく調べればと思ったのですけれど……いえ、同じ姿の貴方について説明しなくてはならなくなることを考えると、捨て置く方が無難ですわね。ご遺体には気の毒ですけれど」
僕が戻らなかった理由と同じ思考に到ったネラも、同様の判断を下す。どうやら僕はこのまま、リベル氏の立場を拝借することになりそうだ。
「それで、リベ――失礼、貴方の方のお名前は、何とお呼びすれば?」
そう言えば、今まで名乗っていたのは借り物の名前だったっけ。
「ああ、本名は鉄戸公平って言うんだけど……コウヘイが名前」
「コ、ヘ……もしお嫌でなければ、このままリベルさんと呼ばせていただいても? 私以外に名乗られるにも、人名としては、その、少々奇異に思われてしまうかと」
伝えられた名前を口に出して、ネラは何とも座りの悪そうな顔を見せる。
「ま、そうだよな。身分証だってリベルの名前なわけだし、そっちの名前で通すことにするよ」
「それがよろしいかと」
リベル・クヴァルツベート、魔術師。
借り物だが、この身分は僕がこの世界で生きていくための最初の武器だ。
せめて、彼に恥じることのない使い方をしなければ。
「さて、それでは私は一旦お暇しますけれど……必要なものがあればおっしゃってくださいまし。またお持ちしますわ」
薪割り台から腰を上げたネラに、僕は純粋な疑問を投げかける。
「……今更だけど、なんでそこまでしてくれるんだ?」
今朝だってこんな早くから様子を見に来てくれたのだ。昨日今日知り合った相手に対して、あまりにも甲斐甲斐しすぎやしないだろうか。
問われたネラは、少し考える素振りを見せる。
「困っている方に手を差し伸べるのは貴族たる者の責務、というのもありますけれど……」
その後の彼女の表情は、いくつかの思いが重なって見える気がした。自問自答するかのような沈黙は、最終的にどんな結論を得たのか――
「私たち、もう戦友ではありませんこと?」
どちらかと言えば、一緒にイタズラをした悪ガキのような顔で。
初めて出会った時と同じように差し出された手を、再び僕が握り返す。
――彼女の助けがあれば、今度こそ何とかやっていけそうな気がしてきた。




