火属性 概説・三
それから二十分ほど。戻った僕は賊のアジトの屋根に上っていた。
辺りはもう暗い。傾斜の緩い屋根の上を慎重に進み、煙突に辿り着く。煙は出ていないから火は焚いていないのだろう。好都合だ。
僕は担いできた袋から『それ』を取り出す。
「受け取れ。悪い子にサンタさんからのお仕置きだ」
鷲掴みにしたそれ――『吸魔のキノコ』を、煙突の中に投げ込む。投げ込む。数が数なので、僕は立ち上がり袋から直に煙突へ流し込んだ。
『なんだ? 暖炉になんか落ちてきやが……った……?』
『お、おい!? いきなり何……が……』
『これは…………逃げ……』
アジトの内部が静まり返る。それを確認した僕は屋根から降り、扉を外から塞いでいた木箱をどけて堂々と踏み込んだ。
あの左側の道の『吸魔のキノコ』は、平屋の屋根よりも高い樹上に群生していた。地面から大体5mくらいの高さ――つまりキノコの効果範囲は直径10mにも及ぶ。この小さな小屋を丸々飲み込むには十分だ。
そして『吸魔のキノコ』は、僕にだけは効かない。だからこうして、制圧済みの小屋に乗り込んでいくことができるわけだ。もちろんネラも近付けばやられるので、少し離れたところで周囲を警戒してもらっている。
アジトの中には、いかにもならず者と言った風貌の男が三人、倒れ伏していた。そして部屋の隅の椅子に子供――火打石を借りたアルノーの姿もあった。
「ごめんな。すぐ出してやるから……」
キノコに巻き込まれて意識を失ったようだ。縛られている縄をナイフで切っていく。
その時、家の外からネラの叫び声が聞こえた。
『リベルさん! 気を付けてください!』
慌てて振り返る――小屋の戸口に、一人の大男の姿。
まずい、リーダーが帰ってきたのか――!
「おい、どういうことだ……! テメェ、ナニモンだ!?」
大男は怒りも露わにズンズンと近付いてきて……脚をふらつかせる。
よし、いいぞ、そのまま――
「……クッソ、何しやがった!」
大男は苦悶に顔を歪ませているが、倒れない!?
そのまま突っ込んできた男の拳が、僕の顔を殴り飛ばす。
「ぐっ……」
ただの一撃で、僕の体は壁際まで吹っ飛ばされた。口の中に血の味が広がるが、幸い深刻なダメージはなさそうだ。奴も本調子ではいられないらしい、おかげで助かった。
「何の小細工か知らねェが……こんなもん、オレ様に効くとでも……!」
足元はややおぼつかないが、それでもしっかりと二の足で直立している男。キノコの効果は個人差があるのか……?
考えてみれば、マナがないから僕が平気なのだとすれば、ゼロではなくとも元々マナが乏しい人間は、ショックも小さく済んでしまうのかもしれない。
こいつ、いかにも魔法とは縁遠そうな筋肉ダルマって見た目してるしな。
しかしまずい。たとえ相手が万全じゃないとしても、腕っぷしだけは強そうなこいつと正面切って戦える気はしない。
武器としてはあまりに心許ないナイフすら、さっきの一撃で放り出してしまっていた。
このままじゃ、殺られる。何か――そうだ!
僕はカバンから取り出した袋の中身を掴むと、大男に向かって投げつけた。
「何だ? 油くせェ……木屑?」
そこに追い打ちのように、液体がぶっかけられる。
「テメェ、ふざけてんじゃ――なっ!?」
怒りに声を荒らげる大男が、僕が懐から取り出した物を見て絶句する。
僕の両手にあるのは、火打石。
賊の一味は、ここで雑魚寝していたのだろう。だから床にはまるで牧舎のように藁が敷き詰められている。
そして僕と相手の間にまき散らされた、油と木屑……可燃物。
「……ヤロォ、脳ミソ溶けてんのか!? こんなとこで火ィ付けたら、テメェやガキだって――心中する気か!?」
「ああ、そうだよ」
「おい、やめ――」
それ以上聞かず、僕は火打石を叩きつけた。
男は身を竦ませる――が、火花は散らない。だが僕は構わず、火打石を握る右手をもう一度振り上げる。
「……い、イカれてやがる。付き合ってられるか……!」
踵を返し、一目散に逃げだす大男。つんのめるように外へと飛び出し――
「お見事です――〈陥穽穴〉」
外で待ち構えていたネラの魔法が戸口の地面に穴を空ける。地に着けるべき足が空を切った大男は、重力に引かれ穴の底へと飲み込まれていった。
「――素晴らしい機転でしたわ。お手柄ですわね」
「いや、仕留めたのはネラの魔法だけど……」
敵の生き残りがいた場合はネラが見張る戸口に誘導、とあらかじめ決めていたのだ。要するに僕は丸投げしただけとも言える。
穴に落ちたリーダーもしっかり黙らせた後、アルノーを救出し離れた場所でネラが介抱。その間に僕がキノコを回収し森の奥に捨てていたところで、ようやく街からの応援が到着した。
今は数人の兵士と、見覚えのある母親が揃って僕たちの前に並んでいる。
「ご協力、感謝します」
「本当に、ありがとうございます……! 何とお礼したらいいか……」
目を覚ましたアルノーも母親と一緒に頭を下げてくれている。
「アルノーくんが咄嗟に道標を残してくれたからですよ。よくあんな方法思い付いたな。僕なんてあの果物にそんな性質があることさえ知らなかったのに」
「たまたま、学校で習ったばっかりだったから」
照れくさそうに言うアルノーの頭をクシャクシャと撫でて、
「……そうだ。これ、返さないとな。こいつも役に立ってくれたんだ」
火打石を取り出す。そう、火を出さないこいつが、僕を救ってくれたのだ。
だが、アルノーは俯いたまま首を横に振る。
「……いい、あげるよ。なくしたんだろ……だから、お礼」
「そっか。サンキュー」
もう一度頭をポンと撫で、母親の元へと背中を押す。
何度も頭を下げながら去って行く親子を見送ったあと、未だ忙しそうに動く兵士たちの方を振り返る。
「――では、この家については?」
「ええ、それは構わないでしょう。元より打ち棄てられていたからこそ、賊どもに占拠されていたのでしょうし……」
いつの間にか離れていたネラを何とはなしに眺めていると、兵士と話が付いたのかこちらに歩いてくる。そして開口一番――
「おめでとうございます、リベルさん。ここはもうあなたの所有地です」
「……は?」
告げられた言葉に理解が追い付かず、間の抜けた声を返してしまった。
廃屋が山賊のアジトになってました。山賊を追い出しました。だから廃屋は追い出した人の物です。
この世界の不動産の扱い、軽いなー。
「いや、だとしても僕だけの手柄ってわけじゃないのに――」
「ネラお嬢様! こちらにおられましたか」
思わず遠慮する口実を探していたところを、横合いから飛んできた大声に遮られる。
「あら、カルトス。遅かったですわね」
ネラの知り合いのようだ。涼やかな声で迎えるネラとは対照的に、肩で息をしながら駆け寄ってくるのは、身なりのいい初老の男性。
「申し訳ございません。しかし、もう少し御身をお考えの上で行動を――」
「はいはい。次は気を付けますわよ」
息を整えながら居住まいを正す男性。真っ黒で後ろの長いスーツにベスト……これっていわゆる、執事服というやつでは?
「……ネラって、ひょっとして僕が思ってる以上のお嬢様なのか?」
「その質問、絶妙に答えづらいですわね」
苦笑するネラは、何か悪戯を思い付いたように一歩距離を取ると――ドレスの裾を摘まんで、綺麗に一礼した。
「アーロンド男爵家が長女、ネラ・アーロンドと申しますわ。改めてお見知りおきを」
「男爵……って、貴族だったのかよ」
「商家の出の都市貴族など、金で買った爵位と揶揄されるのが関の山です。威を笠に着る気すら起きませんわ」
つんとそっぽを向いて吐き捨てるネラ。あまりお嬢様扱いされるのは好まないようだ。
一方で、カルトスと呼ばれた執事さんは咳払いをして、
「アーロンド商会は、ナフィの海運のほとんどを取り仕切る由緒ある大店です。都市内部には領主であるシャーリーン伯の影響力も及びませんので……事実上、ナフィの街全体がアーロンド男爵領のようなものなのですよ」
その家格を強調するように、朗々と語る。
「にしては、裏通りで火打石いじってる不審者に凄んでみたり、応援も待たずに誘拐犯を追跡したり……当ててやろう。身分に相応しくないお転婆で有名、だろ」
まあ、普通のご令嬢は服に走り回れるような細工を施してないだろうしな。
「はっはっは、ご明察です。奥様の頭痛の種ともっぱらの噂でして」
「や、やめてくださいまし……!」
だいぶ失礼な僕の物言いにもからからと笑ってみせる執事さん……だいぶ苦労させられてるんだろうな、普段から。
「でもなんか、こう、大丈夫かな……? その辺のことはまるで知らなくて、危ないことに巻き込んでしまったけど」
恐縮する僕に、執事さんはにこやかに首を振る。
「どうせ言い出したのはお嬢様でしょう?」
「……いや、行動開始は同時だったな」
苦笑いされてしまった。
やっぱ、いつものことなんだろうな。そして僕も同類扱いされた気がする。
「お嬢様。色々と申し上げたい小言はございますが……リヴァロ家のご子息をお救いになるためだったと仰られるのなら、私めも飲み込みましょう」
ご子息……あの子も貴族の息子かなんかなのか?
「やっぱりですわね。あの辺りは、貴族以外では最も上流の富裕層が住む区画ですの。おそらく騎士か魔術師の子息……あの機転からして、魔術学院に通っているのかしら」
ネラは最初から、アルノーがその家柄から狙われたと当たりを付けていたようだ。
でもまあ……何となくだけど、ネラはそんなことは関係なしに行動したんだろうという確信もある。
「ですが、旦那様へのご報告はご自分でなされますよう」
「はいはい……そういうわけですから、リベルさん。私は街に戻りますけれど……よろしければ、貴方も今夜はうちへ泊まられては?」
さらっと告げられるネラの提案。執事さんがすごい眼力で睨んできたような気がする。
「……いや。お嬢様が夜遅くに男を連れ込んできたら、旦那様が卒倒するだろ。せっかく家をもらえたんだし、僕はここで寝るよ」
後が怖いのでお断りする僕に、ネラは大人しく引き下がってくれる。
「そう……ですか。では、また後日お伺いしますわ。ごきげんよう」
「ああ、気を付けて」
挨拶を交わし、去って行くネラと執事さん。事後処理をしていた兵士たちも、賊を引っ立てながら帰っていく。
静かになった森の中、一人残された僕は大きく溜息を一つ。
やれやれ。初日から波乱万丈だったな。
異世界にやってきて、死体を見つけて、誘拐犯を追って……。
どうやら僕には、謎の縛りが掛けられている。この世界で生きていくにはキツすぎる縛りが。
「けど望むところだ。この程度で泣き言言ってられないしな」
火花を散らすことのない火打石を握りしめると、力が湧いてくる。
たとえ世界がどんな不条理を押し付けてこようとも、何とかなる気がしてきた。




