異世界概論・三
数百メートル進んだところで、明らかに人工的な道に突き当たった。
道の先から馬の足音も響いてくる。間に合ったようだ。
「おーい!」
道の脇で両手を振ってアピールすると、御者席の男は手綱を引き、馬を止める。
「呼び止めてすまない――ええと、敵意はないんだ」
さて、どうしたものだろうか。
人がいると知って思わず駆け付けたが、具体的にどうするかを考えてなかった。
黙る僕を訝しんでか、御者席の恰幅のいいおっちゃんが遠慮がちに尋ねてくる。
「これは旦那、どういったご用で……?」
お、言葉が通じる。助かるけどどういう理屈なんだろうな……考えるだけ無駄か。
【仮説】
公平はこの世界の言語を理解できる。
文書、会話のどちらにも有効。
「僕はリベルという。魔術師だ。この森で迷ってしまって……」
ひとまず登録証にあった名前を名乗る。名字は忘れた。
「これはこれは、あたしは行商を営んでおりますデリスと申します」
多少は警戒の薄れた声で応じる行商のおっちゃん、デリス氏。魔術師ってそれなりに信用のある職業なんだろうか。
「一番近い町はどっちかな? あと歩いてどれくらいか分かると嬉しいんだが」
「ああ、でしたらこの道をあたしが来た方へ行けば、ナフィの街があります。ここからじゃ山陰に隠れて見えませんが、歩きでも日が落ちるまでに着きますよ」
おっちゃんは後ろを指差しながら教えてくれる。よかった、今日中に着けるというのも嬉しい情報だ。
「ありがとう、助かるよ」
マンガや動画で蓄えたサバイバル知識をひけらかす機会がなくなったのは残念ではあるが……いや、火起こしで躓いてるようじゃ、この先も思いやられる。素直に文明世界に身を寄せるとしよう。
となれば早速向かいたいが……商人の馬車を呼び止めて、話だけ聞いてさよならってのも失礼だろうか?
そうだ、それに拾った荷物の中に――
「えっと……こんな道端で悪いが、何か買えたりはするかな。もう食べ物もろくに残ってなくてね」
「おお、それはいけませんな。でしたら上等な果物なんかいかがでしょう? 売れ残りですが、その分お安くしときますよ」
いきなりのお願いにも快く応じたおっちゃんが、馬車の後ろに移動する。
荷台に置いた木箱には、青みがかった黒い艶を放つ果物が並ぶ。リンゴサイズのブルーベリーといった感じ……見たことない果実だが、確実に食べられると分かってるのは助かる。
「じゃあ、三つもらえるかな」
カバンから重い革袋を取り出す。ジャラジャラと音のするそれは、さっき開けて確認すると予想通りコインが詰まっていた。つまり財布だ。
「はい、三つで21ノランいただきますよ」
「ああ、じゃあこれ――」
僕は財布からコインを掴み取り、荷台の上にドジャンとバラ撒いた。そのまま手を引っ込め、黙って待つ。
「ええと、あの……?」
おっちゃんが困った顔でこっちを見てくる。
「ああ、すまない。手が悪くて細かい作業がね……要るだけ取ってくれないか」
「なるほど、それは気が利かず申し訳ありませんでした」
にこやかに笑みで返すが、目はまっすぐおっちゃんの手元へ。
ちょろまかしは許しませんよという空気を勝手に感じ取ってくれたのか、おっちゃんは僕にもよく見えるような手つきで、大きめの銅貨を2枚、それより小さな銅貨を1枚取り上げた。
大きな銅貨が10ノラン、小さな銅貨が1ノラン。その他は少なくとも20ノランより大きな価値を持つ――ひとまず分かるのはこんなところか。
残ったコインを手のひらでかき集めて財布の中に戻すと、濃紺の果物を三つ受け取ってカバンに突っ込む。
「毎度あり。またよろしくお願いしますよ」
「ああ、機会があれば。あなたも道中お気を付けて」
去っていく馬車を見送り、僕は馬車が来た方向へと歩き出した。
日暮れが近付く頃、ナフィの街に到着した。
山陰に隠れて分からなかったけど、割とでかい街だった。数キロに渡って続くこの城壁が街を包み込んでいるのだとしたら、それだけで相当な規模だ。
門では出入りのチェックが行われていたものの、荷物の中にあった登録証を見せるとほぼフリーパスで通してもらえた。
他の人は通行料っぽいのを支払ってる様子だったんだけど、それすらもなし。このリベル氏、かなり好待遇を受けられる身分のようだ。
ちなみに、街に入る前に財布の中身を改めて確認したところ、おそらく僕はそこそこの金額を持っているだろうと推測できた。
内訳としては、『小銅貨』『大銅貨』が合わせて145ノラン。例の果物が20個くらい買える。
おそらくそれ以上の価値を持つ銀色の硬貨が大小二種類。小14、大18。
仮にだけど、小さい順に十倍ずつ額面が上がるとすれば1400+18000で、全部合わせて19545ノラン。
リンゴサイズの果物一個が7ノラン……20倍して140円くらいなら妥当かな? とりあえず日本円の20倍の価値と仮定。
そうするとつまり39万円くらいのお金を持っていることになる。物価が現代日本と同程度という保証すらないけど、まあ少なく見積もってるし、ひとまずこの感覚を基準にして追々調整していけばいいかな。
そうそう、その硬貨についてだけど、形や刻印はかなり整ったものだ。
古い時代のお金だと地金をべちゃっと潰しただけの形状だったりするが、それよりはだいぶ進んだ金属加工と大量生産技術が存在するようだ。まあ、それは今歩いてる街並みを見るだけでも窺えるけど。
「中世、っていうよりはかなり進んでるように見えるな。蒸気機関や内燃機関はないし電気も使ってないみたいだけど……17世紀くらい?」
知ったかぶってみるが、実際どのくらいの技術レベルが何世紀なんてよく分かっちゃいない。
さて、そんな風に街中を歩いているが……問題は、そもそもの案内が元の世界ほど充実していないこと。日が暮れる前に宿へと思っても、それがどこらへんにあるのかまるで情報がない。
案内板の矢印に従っていればとりあえず目指す場所に辿り着けたあっちの街、相当考えられていたんだな。
この川沿いの道をまっすぐ行けば、人通りの多い場所に出られそうだが……ここからでも目立つ山の上のお城ーって感じのは、街の左手側にあるんだよな。
「さっき果物食って腹も減ってないし、日が暮れるまではブラブラしてみるか」
そんなわけで、比較的幅の広い脇道を選び、そっちへ向かってみることにした。
最悪、適当に歩けば戻ってこれるだろう。




