氷属性 概説・一
あれからもう数日。一度だけ子ウーズの大量発生に呼ばれたきり、ユーニからキング襲来の報はない。
そうなるとやれることもないので、僕は工作に精を出していた。
旋盤にヴィクス親方のところで買ってきた鉄棒をセットし、回転させながら刃を当てる。
「リベルさま、それなに?」
作業を覗きにきたフェタが、興味津々といった様子で僕に尋ねた。
「ああ、ネジって言ってな。ええと……釘のすごいやつだ」
この前のボートの改造では、船体の穴を塞ぐために釘よりも強力に木材を接合できるネジを作ってみた――と言っても、おそらく本来の製造法とは異なる、手作業の雑な作り方だ、精度も何もあったもんじゃない。
それでも一応使い物にはなったことに気を良くして、今回の工作にも使ってみようと思い立って追加生産していたところだった。
金属の棒がシュルシュルと糸をほどくように削れていく様がよほど不思議なのか、フェタはキラキラした目で眺めている。
「……やってみるか?」
「いいの? やりたい!」
まだ小さいフェタに旋盤を触らせることに抵抗がないわけじゃないが、無邪気な圧に僕は折れてしまった。とにかく怪我をさせないよう注意を払いながら見守る。
そんな僕の心配もよそに、フェタは楽しそうに金属を削り始めた。
一本目が出来上がり、新しい材料をセットしてやると、フェタは同じように刃を押し当てる。
一切の淀みなく腕を動かし、ほんの数秒でもう一本、鉄棒がネジに姿を変えた。
……いやちょっと待てよ、これ……。
一本目と二本目のネジを両手に持ち、ネジ山同士を噛み合わせて回転させてみる。溝を刻むピッチに少しでもズレがあれば引っかかったり噛み合わなくなったりするはずだが……それが一切ない。
そうこうするうちに三本目。同じく全く誤差はない。
手作業で、機械並みの精度の加工をしてるのか……?
――天才だ。旋削加工の天才がうちにいる。
「……フェタ。同じのをいっぱい作れそうか?」
「うん! まかせて!」
仕事を与えられたことが嬉しいのか、単にこの作業が面白いのか。フェタは満面の笑みでネジ作りに没頭する。
となると……旋盤はフェタに任せて、僕は設計に集中しよう。
「――よし。完成だ」
僕の目の前には、ひどく不格好な金属の寄せ集めがあった。
ヴィクス親方の工房で流用できそうな部品を見繕い、足りないものは自作して。
それでも、フェタのネジがあることを前提にして設計した機構、その完成度は当初の想定をはるかに上回った。
って言うかほぼフェタの手柄だ。だって雄ネジだろうが雌ネジだろうが、どんな部品にも超精密に溝を刻んでしまうんだから。溶接の原理に見当がつかず悩んでいた金属部品の固定が、全部捻じ込みで済んでしまった。
ともかく、ついに形になったそれを持って、家の裏手の小川に向かう。
――僕の持っていた永久機関コレクションの中に、『スターリングエンジン』の模型がある。
二つのピストンと車輪で構成されており、ピストンの一方をアルコールランプの火で炙ると車輪が回転する。火を使ってる時点で何が永久機関だとツッコミたくなるが、なにそのうち慣れるさ。海外通販に正気と正論は無粋だ。
実際には、お湯を注いだマグカップの上に置くと勝手に回り出すタイプのスターリングエンジンもあり、ぱっと見は何もしてないのに動いたように思えるので、そちらはギリギリ永久機関っぽさがあると言えなくもない。
それはさておき、スターリングエンジンは加熱と冷却を繰り返すことで回転エネルギーを生み出す外燃機関。
そして熱力学とかエネルギー変換に関わる分野の常として『逆もまた然り』がある。つまりスターリングエンジンの機構は逆に、回転させることで加熱と冷却をすることもできるのだ。
回転するものはある。『雷鳴のモーター』だ。そこにピストンを二つ繋ぎ、間の流路に熱を蓄える性質を持つ再生器を挟む。そしてピストンをそれぞれうまい具合に運動させると、中の空気が行ったり来たりするうちに、一方は熱くなり、一方は冷たくなる。
今回は熱は必要ないので、川の水で冷やして排熱し続けてやる。すると、残る冷却側のピストンがどんどん冷たくなっていく。
試しにそれを汲んだ水に浸けておくと、驚くほど冷たい水が出来上がっていた。
そう。これがあれば水……飲み物が冷やせる!
飲み物だけじゃない、この冷気を箱の中に閉じ込めれば、食品の冷蔵保存が可能になる。
家には冷蔵庫、徒歩圏内にコンビニが当たり前だった僕にとって、まさに待ち望んだ文明の利器だ。
冷やした水に指で触れてみて、僕は驚く。
「おお、思った以上にガッツリ冷えてる……いや、これってもしかして――」
「リベルさん? こちらにいらしたのですか」
そこに背後から、突然声をかけられた。
川の水を利用するために家の裏で実験をしていたせいで、ネラが訪ねてきていたことに気付かなかったようだ。
「今、大丈夫でして?」
また何かやってるなという顔で尋ねてくるネラに、僕は装置を止めて頷いた。
「ああ、ちょうどキリがいいところだ。今行く」
向かい合って座るなり、ネラは持参したらしい革袋をテーブルに置いた。音からしてかなり重そうだ。
「これを受け取ってくださいまし」
ずい、とそれをこちらに押しやるネラ。
視線で促され、袋の口を開けて見てみれば――詰まっていたのは大量の金貨。
一枚で数十万円の価値を持つそれが、ハンドボールほどの大きさの袋に一杯。その総額は考えるだけでも恐ろしい。
「……いや、確かにヒモだって自覚はあるぞ。でも流石にこれはやりすぎだろ! おうサンキューなって受け取れるかこんな大金!」
バンと両手でテーブルを叩く。
しかしネラは僕が渋るのを予想していたのか、余裕を滲ませた表情で嘯く。
「ひも……と言うのが何かは存じませんが、受け取っていただけないと困ってしまいます。これは正当な報酬ですから」
報酬? 一体何の? ウーズキングの討伐はまだ始まってもいないはずだし――
理解が及ばないでいる僕に、ネラが説明してくれる。
「実は――」
先日ネラに譲ったヨットは、付き合いのある海運業者に持ち込まれたらしい。
扱いにはノウハウが必要だが、水魔術師も漕ぎ手もなしで進む船――その原理をその業者にだけ教えるという契約を結んだのだ。
いわば特許売却の代金。それがこの金貨の山の正体らしい。
「一応、発案者であるリベルさんについては、ご自分で扱う範囲でのヨットの製造は可能な契約にしていますわ」
「いやいや、ええ……?」
僕の与り知らぬところで交わされていた大口契約に、困惑するしかない。
第一、あれは僕自身が発明したわけでもない、向こうでは当たり前に存在する知識だぞ。それをちょっと再現したからっていきなりこんな……。
「……でもまあ、みんなやってることではあるのか……?」
先人の知恵で無双するのは、異世界転生者の嗜みとも言える。気にせず受け取ってしまえばいいのだろうか。
悩んだ末……僕は折れた。
そもそも当初は働いて稼ぐつもりで港へ行ったのだ。ちょっと手段が変わっただけ。そう思うことにしよう。
……せめてその業者には後日、縦帆と横帆を組み合わせたちゃんとした帆船の概念を共有しておこう。それこそ、聞きかじっただけの雑な知識だが。
ともかく、ネラの用事というのはこの件だけだったようだ。話し終わると、フェタの淹れたお茶を飲んでまったりしはじめる。
――そうだ。こっちもちょうどネラに試してほしいことができたんだった。
「ネラ。この水、触ってみてくれないか? 危ないから爪の先だけで慎重にな」
さっきの装置で冷やしていた水を、ネラに差し出す。
「は、はあ……こうですかしら」
ネラが水面に触れた瞬間、変化が起きた。中の水がそこから白く変色していく――凍っているのだ。
「……ひゃっ!?」
「おー、予想通りだ」
こういう実験、よく見たな。過冷却ってやつ。
数秒もしないうちに、器の中の水は完全に氷になってしまった。
逆スターリングサイクルを利用したこの装置を、スターリング冷凍機という。
その名の通り、実際に冷凍庫なんかにも応用される技術だ。素人作りじゃそこまでの冷却効率は出せなかったかと思っていたが……どうも違ったようだ。
「これ、そんなに冷たい水でしたのね」
「やっぱり、こっちって『水は自然に凍らない』のか」
「……こちらでは、「冬場は川に近付くな」と教えられますわ。氷に閉じ込められてしまうからと」
「そうか、水に足を突っ込んだ瞬間、氷に閉じ込められることになるのか」
「ええ。特に雪に覆われた小川などは、天然の罠と化していたりするのですわ」
「あれ? でも雪って単語は存在するんだよな――ああいやそうか、雲か」
雷の時と同じだ。雲という水の粒の集合体の中でなら、ロックは無視できる。
雪や雹は、こっちの自然界に唯一存在する氷ということになるのだろう。
「それで、これを試させたということは……」
「そういうこと。僕だとほら――うわ冷て」
もう一杯汲んでおいた水に指を浸す。が、ネラの時とは違い水は水のままだ。
「凍らない……つまり、これもマナの作用でしたのね」
「ああ。氷属性のロックは『凍結』だ」
厳密に言えば『水の凍結』だろう。何でもかんでも凍らない――すなわち固体にならないのであれば、僕たちは冷たい溶岩の上に立っていることになってしまう。
地属性のロックが金だけを対象としているように、氷属性も水だけに影響を及ぼしていると考えれば辻褄が合わないわけでもない。
【仮説】
氷属性の封印は『水の凍結』である。
まさか、ただ冷たい飲み物が飲みたくて作ったこれが、ロックの一つを解き明かしてくれるとは。
「……ん? でも待てよ」
ネラによって凍った器の中の氷を見て、ふと考える。
今は凍っているが、このまま室温で放置すればいずれ溶けて水に戻るだろう。
……そう。氷は溶けるのだ。
「なあ、水属性の使い手って貴重なんだよな? 船に乗せる水魔術師を大枚はたいて雇うとかなんとか」
「え、ええ……そうですけれど」
この間、港で聞いた話を思い出す。だからこそ、ヨットの権利を買った業者もあれだけの大金を出す気になったはずだ。
「じゃあ、『氷を作り出す魔法』も貴重なんじゃないのか?」
「……はい?」
「いやだって、魔法で氷を作ってそれを溶かせば、水がいくらでもできるだろ。 ……あいつ、隙間時間でバイトなんかしてる場合じゃなくないか?」
港でユーニが氷の魔法を使っていたことを思い出す。
詠唱すら必要とせず、杖の一振りで箱いっぱいの氷を作り出せる魔術師がやってていい仕事ではないはずだ。
一方で、ネラは僕の言わんとしていることがなかなか理解できずにいたようだ。そしてようやく何かに思い当たったような顔をして、ぽんと手を打つ。
「ああ、そういうことですのね。リベルさん、根本的な勘違いをされていますわ」
「勘違い……?」
ネラは首を捻る僕に提案する。
「そうですわね……よろしければ、これから魔術師協会までお越しいただけますかしら? そこでなら、説明もしやすいかと」




