風属性 概説・三
ユーニに連れて来られたのは、魚市場の二階にある一室。最初にユーニを呼びに来た人物の事務所らしい。
ノックして入室すると、机に座っていた男性が立ち上がり僕たちを迎える。
「おお、ユーニさん。戻ったか……それと、あんたが手伝ってくれたことも聞いてるぜ」
「リベル・クヴァルツベートです。よろしく」
「こちらこそ。俺はここの市場の責任者のリラックだ」
「リラック市場長、ごきげんよう。私も同席しても構いませんこと?」
「ええ、アーロンドさんなら問題ありませんよ」
ネラと彼は面識があるらしい。一通り挨拶が終わると、ソファを勧められる。
「……で、どうだった?」
リラックさんの問い掛けに、ユーニは真面目な顔で頷く。
「ええ。間違いないっす。キングがいるっすね」
それを聞いたリラックさんは、重々しく溜息を吐いた。
「……キング?」
「ウーズの中でも特に条件のいい場所で生育できたものは、巨大な特殊個体に変貌することがあるっす。それを『ウーズキング』と呼ぶんすよ」
僕の疑問に、ユーニが答えてくれる。
「ウーズたちが元々一つだってことは言ったっすよね。その大元がキングなんすけど……一匹のキングからこうも大規模に増殖するのは、住処を決めた時なんすよ」
「ってことは、そのキングがもうこの近くにいるってことか」
ユーニは頷く。
「おそらくキングは、あそこの浜に住み着くつもりっす。そこで毎日のように分裂して子を撒き散らす……放置すれば、港の被害は甚大になるっすね」
さっきみたいのが、毎日。正直勘弁してほしい。
「要するにこの場は、キング討伐の対策会議か」
「そういうことだ――ユーニさん、どうにかできるか?」
問われたユーニは俯いてしばらく考え込む。
「……正直、私一人じゃ難しいかもしれないっす」
眼鏡を外して服の裾でレンズを拭いながら、淡々と述べる。
「キングってのはそんなに厄介なのか?」
ウーズ自体は、僕でも倒せる程度の相手でしかない。ましてユーニの使っていた魔法なら、少々でかくとも何とでもなりそうなものだが。
「全身が分裂前のあれで何重にも覆われてるっすからね。全部を貫通して、さらに奥底の核まで攻撃を届かせる方法……それを今から考えなくちゃならんっす」
一匹なら力を加える向きに気を配れば貫けた。だが、それが幾重にも折り重なっているとなると……確かに面倒な相手かも知れない。
「リベルさん、アンタも魔術師だろ? だったら、ユーニさんを手伝ってやっちゃくれねえか」
……連れて来られたからにはそんな気はしてたが、悪い予感が当たったらしい。
「僕は来たばかりで、街のことに詳しくないんだが……国なり領主なりには助けを求められないのか?」
どこの馬の骨とも知れない僕に話を振る前に、頼るべき筋があるだろう。
しかしリラックさんはかぶりを振る。
「元々、ウーズの異常発生が確認できた時に自警団経由で魔術師協会に応援要請したんだ。それでユーニさんが来てくれたんだが……」
応援が、魔術師一人……?
「これ以上の増員はお願いできませんの?」
「……微妙っすね。既に、キングの可能性が見えた時点で報告はしてるんすけど、動きが鈍いっす」
どうなってんだここの危機管理とか緊急対応。
そうなると、まさに藁にも縋るというか、鴨が杖しょってやってきたら逃がしたくもないか。
この杖、ほとんど飾りなんだけどなあ……特に今回のウーズに対しては。
「……っていうことなんだが、どうしよう」
ネラを振り返り、相談する。この場で僕の役に立たなさを一番分かってくれているのは彼女だ。
しかし、その期待は儚くも裏切られる。
「実は今日、リベルさんを紹介しようと思っていたのもリラック市場長ですの。こんな流れになるとは思いませんでしたけれど……あちらから仕事を提示していただけたのなら、渡りに船ではなくて?」
どうしてそんな自信満々なんだよ。僕に代わって不敵な笑みを浮かべるな。
……しかし唯一の味方に賛同してしまわれては、折れるしかなかった。
「……分かったよ。どこまで役に立てるかは分からないけど、手伝うよ」
「助かる。報酬については、別途相談の機会を設けさせてくれ」
溜息を吐き出して、頭を切り替える。逃げられないなら、考えを前向きに転換しないと。
「それで、具体的にどうするんだ? 倒すのは規定路線なんだよな?」
僕の問いに、ユーニが答える。
「ウーズキングは慎重っすからね。まだしばらくは直接姿を見せてこないと思うっす。時々流れ着くであろう子ウーズを処理しつつ、対抗策を準備するっすよ」
対策はこれから。なんとも華々しいゼロスタートだった。
市場の事務所を出た僕たちは、港近くの酒場で早めの夕食を取ることにした。
「手伝ってもらえて感謝してるっすよ。私一人の手には余る状況っすから」
もう既に肩の荷が下りたかのような口調でユーニが言う。
「……でも、前に言ったよな? 僕は魔法が使えないって」
この状況で僕に手伝えることがあるのか、僕自身がよく分かっていない。
「別に魔法が全てじゃなくないすか? 子ウーズの処理も、初めてにしては手際良かったっすし」
そりゃ数百匹もやれば慣れるわ。この世界での一番の特技はウーズ退治になったと自信を持って言える。
だが、キングには通用しないと言ったのは他ならぬユーニだ。
「ひとまず対策は私の方で考えてみるっす。リベルさんには、実際ヤツが現れてから状況に応じて指示を出すことになると思うっす」
「了解。お手柔らかにな」
「ま、最悪囮でも頼むっすかね」
「ははっ、任せとけ」
冗談に花が咲く程度には、心の余裕が残っているようだ。僕もユーニも。
話が一段落したところで、しばらくは各自頼んだメニューを飲み食いして――
「そうだ、ユーニ。ちょっと質問があるんだが」
「なんすか?」
「風魔法って、『何』を飛ばしてるんだ?」
あの時抱いた疑問を、ぶつけてみることにした。
「普段、海とか山で風が吹いてても、あんな感じに周りで何かがスパスパ切れたりはしないだろ? 風ってのはそういうもんじゃないはずだ」
僕はこの世界には『かまいたち』が存在するのだと予想した。
だけど、今のところそういう様子は見受けられない。自然であれ人工であれ、かまいたちを発生させるような物理法則があるとは思えない。ただし――
「じゃあなんで魔法になると、あんな見えない刃物を飛ばすような現象を『風』って呼ぶんだ?」
その唯一の例外が、風魔法。
この世界に風力の利用を諦めさせた原因は、そこにあるのだろうか?
「風魔法――魔法の風が『何』か……? 考えたこと、なかったっす」
呆然とした口調で呟くユーニ。そのまま、思考の沼に囚われたように押し黙ってしまう。
「ああ、すまん。ただの興味本位だから、そこまで真剣に考えなくても……」
ちょっとした話題のつもりが予想外に長い沈黙を呼んでしまった。
もうこのまま食べ終わるまで無言になってしまうかと思い始めたところで――
「……そうだ、リベルさん。こっちからも一ついいっすか」
突然、今度はユーニが話題を変えてきた。
「どうした?」
彼女は懐から何かを取り出しながら言う。
「これ、また読んでもらってもいいっすかね? 以前のやつが中途半端だったっすし、その埋め合わせってことで」
確かにあの時、取引条件だった本の翻訳は途中で中断されてしまった。
「ああ、いいけど……」
その不足分の支払いという意味でも、応じることにする。
今回ユーニが差し出したのは本ではない。数枚の羊皮紙に手書きの文字が無秩序に踊る、メモのようなもの。
その文面にざっと目を通し――
「……魔法の構築? というより設計図……の、アイデア段階。書き散らしてるみたいで、取り留めがない感じなんだが……」
「ええ、それはある程度分かるっす。じゃあ、この下の魔法陣ってどんなっすか」
「どんなって言われてもな……魔法陣だけで注釈もないんじゃ、何も分からん」
「……もうちょっとじっくり見てみるっすよ。特にこのへん」
ユーニの指差す辺りを、言われた通り顔を近付けてじっくり見る。が――
「火属性の魔法を組み立てようとしてるみたいだけど……どっちにしても書きかけだよな。これだけじゃ何とも……」
やはり確たることは言えない。翻訳能力が伝えてくる朧気なイメージを、僕の頭が言語化できていない。
「……ふむ。まあいいっす」
特に落胆も失望も覗かせず、そう言ってユーニは紙を丸めてしまい込んだ。
その様子を見ていたネラが、いつもより低い声で告げる。
「……ユーニさん、この際ですからはっきり申し上げさせていただきますけれど」
「妙なマネはするな、っすよね。別に悪だくみしてるわけじゃないんすよ、それだけは信じてほしいっす」
今のユーニの言動に、ネラは何か良からぬものを感じたのだろうか?
ユーニの方も、ネラが自身へ向ける嫌疑に気付いてはいるのだろう。弁明する声は、いつもより真剣に聞こえる。
「……そのお言葉、違えないようお願いしますわね」
それきり、二人とも黙って食事に専念してしまう。
どうすんだ、この空気……。
ネラがこれだけ敵意を剥き出す様は見たことがない。
確かにユーニは、僕たちが分からないのをいいことに自分だけ情報を得ているような、小狡い行動を取る印象がある。
だが現状それで何か悪い状況に転がってる様子はないし……と思ってしまうのは、楽観しすぎだろうか。
結局のところ、僕がどう思おうと女性二人は自分のスタンスを曲げてくれそうにはない。
牽制しあうような沈黙のディナータイムは、すっかり日が暮れるまで続いた。




