風属性 概説・二
「あれ? ユーニ?」
魚市場で木箱の前に立っているのは、魔術師協会の書庫で出会った女性魔術師。
「ん。リベルさんっすか。お久しぶりっす」
眼鏡越しの視線がこちらを向くと、飄々とした挨拶が返ってくる。
彼女との初対面が薄暗い書庫の隅だったからだろうか、太陽が燦々と降り注ぐ海辺にいるのが、何とも似つかわしくなく思えてしまう。
「何してるんだ? ここで」
「バイトっす」
簡潔に答え、木箱に向かって杖を振るユーニ。空中に氷の塊が現れ、木箱の中にザラザラと降り注いでいく。
見れば、箱の中身は魚だった。
「氷魔法で、鮮度維持してるわけか」
真夏でも杖の一振りで氷が生み出せるのか、羨ましいな。
特にここみたいな海辺の街では、働き口に困ることはなさそうだ。
「……そう言えば、魔術師って給料とか出るのか?」
自分で登録したわけじゃないから、魔術師って身分がどういうものかも未だに分かってないんだよな。
「直接に給料、ってわけじゃないっす、協会は言ってみれば職能団体っすからね。でも仕事の斡旋なんかはしてくれるっすよ。たまに指名で任務を与えられたりもするっすけど」
「……それが、この魚の氷締め?」
「言ったじゃないっすか、これはバイトっす。本来の仕事の合間の――」
「おーい、ユーニさん!」
と、向こうからユーニを呼ぶ声が掛けられた。
「おやっさん、なんか用っすか?」
「例のがまた流れ着いてるんだよ、悪いがお願いできるか?」
「またっすか……分かったっす」
返事をすると、ユーニは残った魚の箱を片付けて歩き始める。
「どこに行くんだ?」
尋ねると、彼女は振り向かずに答える。
「……仕事、っすかね」
何となくそのままユーニについて行くと、辿り着いたのは港の外れの砂浜。そこには――
「なんだこいつら……?」
スライム……? と言うよりは、巨大な単細胞生物って見た目だ。
問題はそれが砂浜の端から端までを、びっしり埋め尽くしていること。
ミズクラゲの大群が打ち上げられた浜って、こんな感じだったな。
ユーニの方はと言えば、これが何なのかを知っているようだ。
「ウーズっていう魔物っすね。毒のある刺胞を持ってるっすから、触らないようにするっすよ」
言いながら、手にした杖を振るう。
ヒュオ、と風切り音が鳴り、はっきりした形のない何かが飛んでいく。その先にいたウーズの一匹が、ぱっくりと二つに裂けた。
「うわ……今の、魔法撃ったのか?」
「〈疾風刃〉っす。別に珍しい魔法じゃないっすよ」
言いながらユーニは砂浜に放置されていた角材を手に取り、切断したウーズに近付いていく。
……ところでユーニって、魔法使う時に何も言ってないよな。
僕が〈風化〉を習った時は、きちんと呪文らしい文言を唱えていた……無詠唱ってやつか?
そのまま見ているとユーニは、ウーズに手にした角材を力一杯突き立てていた。
グリグリとにじるように動かすと、ウーズの力が抜けたようにべったりと砂の上に広がった。
「中に赤っぽい核が透けて見えるはずっす、木の棒でも何でもいいからそれ潰すのが手っ取り早いっすよ」
つまり弱点か。
「つっても、表面が結構弾力あって……」
僕も杖の石突で同じように串刺しにしようと試みるが、ぬるりと滑るように逃れられてうまく行かない。
ユーニがしたように、まずゆるい内側を露出させてからでないと難しそうだ。
でも、それなら……!
「〈誘電〉……〈電撃〉!」
声で杖のコアを起動、電極をウーズに押し付ける。
『刺電杖』は音声入力によって二つのモードに切り替えられる。〈麻痺〉で制圧モード、〈電撃〉で致死モード。
『雷鳴の剣』を改造してもらう時、雷を飛ばさなければマナ消費の微調整が利くと言われたので、せっかくだから使い分けできるようにしてみたのだ。
雷と聞いてイメージするバチバチバリバリという音は、空気中で絶縁破壊が起きた際に発するものだ。ただ電気が流れただけでは、音らしい音はほとんどしない。
「だからってわけじゃないけど……いまいち効いてるのか分かりにくいな」
筋肉のある動物ならスタンガンを食らえばビクンビクンと反応が見られるが、スライムだかアメーバだかみたいなこいつらだとそういう変化すら分かりにくい。
だがまあデロンとした感じになったし、多分死んではいるだろう。
「けど、とても全部に電撃喰らわせてくわけにはいかないか」
〈電撃〉……致死モードが使えるのは、『雷鳴の剣』時代と同じく3発まで。
ミストポーションで回復はできるにしろ、ここのウーズ全てに使っていてはポーション代がもったいない。
何か使えそうな物は……お。
腰のナイフを抜く。落ちていたロープで杖の石突側にナイフを縛り付け、即席の槍を作った。
手近なウーズにドスッと刺してみる。特に抵抗もなく、刃が細胞質内部まで突き立った。
あとは中で捻って、言われた通り核に刃を食いこませてやる。赤い球体の輪郭が崩れると、ウーズもさっきのようにデロンとだらしなく砂に広がった。
「多分これが一番早いと思います」
二匹、三匹と処理していくうちに、だんだんコツを掴めてくる。
さて、ユーニの方は――
「ほい、と」
ユーニが杖を一振り。一定範囲のウーズ全てがつむじ風に巻かれるように中心に集められ、みじん切りにされた。
……ごめん、あっちの方が圧倒的に早いわ。
「しっかし、見てても何が起きてるのか全然分からないな」
あれも風属性の魔法だろうと言うことは分かる。
全くの不可視と言うわけでもない。
だが、衝撃波、超音波、水蒸気……僕の知るどんな科学でも説明が付かない。
まさしく『かまいたち』としか言いようがないのだ。
元の世界どころか、こっちの世界ですら見たことのない怪現象。それを引き起こす魔法。
――やはり、決まりだろうか。
【仮説】
風属性の封印は『かまいたち』である。
そのまましばらく二人でウーズの始末を続けていると、同じような得物を手にした港の人夫たちも加わった。総出でウーズを潰して回ること数十分。
「お、終わった……」
戦闘というより、ひたすら地味な作業だった。
ナイフで突き、核を潰す。動かなくなったウーズの死骸は紛らわしいので一か所に運んで集める。
結局一人頭で数百匹ほどそれを繰り返し、ついに海から流れ着く新手の姿もなくなった。
「ふいー、お疲れさんっす」
「しかし、血相変えて駆除するような奴とも思えなかったけど、危険なのか?」
「人的被害はそうそう出ないっすけど。ただ、縄や杭をじわじわと食い破るっすから……放置すると船が流されたり港の設備が崩れたりと、厄介なんすよ」
なるほど……港の人にとっちゃ、それも十分に死活問題か。
「それで、こいつらどうするんだ?」
「ウーズ程度じゃ、素材としても役には立たないっすからね。このまま纏めて燃やすっすけど……」
言いながら、ユーニは角材でウーズの死骸二つを山から引っ張り出した。
「その前に、確かめることがあるっす」
そして構えた杖の先が輝く。魔法……?
「何してるんだ?」
肩越しに覗き込んでみると、二つのウーズの死骸が――くっついていた。
「この魔法は、傷を塞ぐためのものっす。あ、死んだ魔物が生き返ったりはしないんで安心していいっすよ」
「傷を塞ぐ……回復魔法か? どっちかと言うとキメラの製造現場に見えるけど」
「当たり前っすけど、回復魔法で他人同士の肉がくっつくようなことは起こり得ないっす。つまり――」
他人ではないのなら、本人。
「こいつらは全部、同じDNAを持った同一個体……?」
「ディー……は知らんすけど、そういうことっす」
単細胞生物とかは細胞分裂で増えるけど、こいつもそういう生態ってことかな。
「ウーズは時々、こうやって大発生するんすよ。そういう時は決まって――」
ユーニと話し込んでいると、堤防の上から声が割り込んできた。
「あらリベルさん、こちらにいらっしゃったのですか? ……っ、貴女は」
見上げると、海風にドレスの裾をはためかせるネラの姿。その視線がユーニに注がれると、彼女の顔が険しくなる。
あー、そういやネラってユーニをやけに警戒してたよな。
「この港でバイトしてるんだとさ」
適当に説明してやる。ネラはそれ以上何も聞かず、砂浜の一角に築かれた山へと視線を移した。
「これは……またウーズが大量発生しましたの?」
「こういうことは、ちょくちょくあるのか?」
「周期的にはありましたわ。けれど、ここ最近の頻度は……」
ネラは苦虫を噛み潰したような表情で言葉を濁す。
「とりあえず、私は駆除が終わったことを報告してくるっす。リベルさんも一緒に来てもらっていいすか」
沈黙を破ったユーニの口調は飄々としていたが、有無を言わせない圧力があるように思えた。




