異世界概論・一
気が付くと、木漏れ日の揺らめく森の中にいた。
たった今目を覚ましたのか。少しぼーっとしていただけか。駄目だ、よく分からない。前後の記憶がはっきりしない。
混乱が頭を支配しきってしまい、脳が怠惰で受け流そうとしている感覚。まずいなこれ、無理矢理にでも頭を働かせないと。
とりあえず、考えるべきことを見つけて考えてみる。
――ここはどこか。
森の中。僕の部屋ではない。
――何故ここに?
却下。それを知る術がない。
――今は何時か。
上を見上げれば、梢の隙間からキラキラと眩しい光が注いでいる。つまり昼間だ。しかし時計はないので正確な時刻は不明。
――今、手元に何があるのか。
手には何も持っていないし……僕の服装は、いつの間にか見覚えのないものに変わっていた。
なんか、えらくファンタジー風じゃね? 僕の持ってる服はTシャツと短パン、ジーンズくらいしかないから、こんなものを着てること自体あり得ない。
……と、そんな風に視線を下へやっていたからか、近くの地面に荷物が置かれていることに気付く。
僕が普段使っているカバンじゃない。と言うよりも、カバンと言えるのかが怪しい。
袋。そう呼ぶのが相応しいだろう。肩に掛けるためのベルトが一体化している以外は、口部分を荒縄で縛った布製の袋だ。
「……とりあえず開けてみるか」
拾い上げた袋に手を突っ込み、真っ先に触れたものを引っ張り出す。
一本のナイフ……と言うより、短剣と言った方がいいか。
全長は30センチほど。鍔と言わず鞘と言わず、金銀の装飾が施された豪華な逸品だ。これで宝石でも嵌め込んであれば、宝箱を開けたら金貨の山から突き出てるやつそのものと言った感じ。
鞘から抜く。拵えに比べればシンプルな諸刃の刀身が、木漏れ日を輝きとして照り返す。慎重に刃に触れてみれば、紛うことなき鋭利さが指に引っかかった。
これは……もう言い逃れできないよな。日本の法律じゃ、両刃でこれだけの刃渡りのナイフは即違法だ。
とりあえず他も漁ってみると、丸めた外套、ずっしりとした感触の革袋、布で包まれた携帯食糧らしきもの、一枚の丸まった紙……いや。
「これ、紙じゃないよな。羊皮紙ってやつか……?」
実物は見たことないが、手に伝わってくるバリバリと弾力のある感触は、僕の知る紙とは素材からして異なるものだと強く主張している。
紙を丸めて留める紐をほどき、開いた紙面に目を通すと――
「……文字、だよな。全く見たことないけど」
そう、見たことないはずだ。
「魔術師登録証……リベル・クヴァルツベート……?」
なのに、何故僕はこれを読めた? 身分証と思しきそれは、僕が知る世界の財布に収まるカード状のあれそれとはかけ離れた形式だ。文字が読めなければ、そういったものだとは考えも至らなかったはず。
――「魔術師ってなんだ?」とこの期に及んで言いはしない。いい加減そういうことだろうと当たりはついているし。
さて、たとえどんなに周到に準備したとしても、こんな小道具の数々はそうそう用意できないだろう。誰かが仕掛けた悪辣なドッキリの線は消えたと見ていい。
魔術……異世界。
目覚める直前の記憶を思い返す。異様な装置、放たれた何かに飲み込まれる感覚。
僕は何らかの超常的な力によって、異世界に飛ばされたのだ。
【仮説】
ここは鉄戸公平のいた世界ではない異世界である。
ともかく、異世界転生だか転移だかしたとして。
「連れてこられて説明なしって、一番困るよな」
どこかの国の偉い人が異世界人を勇者として召喚しました、とかのあれなら、森の中で独りぼっちはないだろう。
じゃあ、偶然? ……ではないよな。あれは。
この状況にあの謎の装置が関わっているのは否定しようがない。そしてそれが誰かの意思によって僕の家に届けられたのも間違いない。
人為ではあるが、目的が分からない。
まあ考え方を変えよう。何をしろとも言われていないのなら、好きにすればいいのだ。
それではさっそく何から……と地面に腰を落ち着けようとした僕は、変な姿勢のまま固まってしまった。
近くの茂みから、靴がはみ出しているのに気付いたからだ。正確に言うなら革のブーツ。それが二つ並んで、つま先部分を上に向けて――
――誰か倒れてる!?
慌てて駆け寄り、低木を掻き分ける。
外国人らしき銀色の髪の男性が、仰向けで倒れていた。目は閉じられ、動く気配はない。
「だ、大丈夫ですかー……?」
応答がないのを見て、頬に触れてみる……ひんやりと冷たい。
恐る恐る、手を首筋に。脈を測りたかったのだが、どこを触ればいいのかいまいち自信がない。指先には何の感触もないが、脈がないのかやり方が悪いのか分からない。手首で試しても同じ。
耳を口元に近付けてみるが、呼吸音も聞こえない。段々遠慮がなくなってきて、胸に耳を当ててもみた。
……いい加減、認めるべきか。
「し、死んでる……!」
サスペンスごっこでもしないと平静保ってられんだろ、こうも情報過多だと。
ともあれ、僕が漁った荷物はこの人の物だったと見るのが自然か。まあ異世界から呼んだ相手を森の中に放り出す奴が、わざわざ初期装備一式揃えといてくれるわけないよな。
さて、するとここで新たに一つ問題が発生する。
仮に今ここを誰かが通り掛かったとしたら、今のこの状況はどう見えるだろう。
死体。ひっくり返された荷物。傍には一人の男。
うん、強盗殺人だね。
「……とりあえず、逃げよう」
かなり悩んだが……結局彼の荷物は袋に詰め直して持っていくことにした。




