序文
一つの鉄球が、二本のレールで造られた坂を転がり落ちる。
坂はやがて上昇に転じ、鉄球もその運動エネルギーを位置エネルギーに再変換しながら、レールを離れて宙に舞う。
そして辿り着くのは、蟻地獄のような漏斗の中。
逃れる術はない。鉄球は中央の穴に吸い込まれ、その先のレールへと送られる。
そしてまた、転がり落ちるのだ。
世界は永久に廻り続ける。さながら、この鉄球のように。
「……くっだらねえ」
シャーコシャーコと鉄球が軽快に動き回る装置を前に、僕は笑いを堪えるのに必死だった。
この装置、販売名はズバリ『卓上永久機関』。だが耳を澄ませば何かが低く唸りを上げる音が聞こえてくる。
そもそも動作に単三電池二本が必要な時点で、オチは先に見えていたのだが。
鉄戸公平。大学生。趣味は、永久機関。
『永久機関』――外部からのエネルギー供給を必要とせず、永久に動き続ける構造物。詳細は省くが、物理法則上絶対に実現不可能とされている。
だが大陸の通販サイトなんかじゃ、結構こういうシロモノが売られている……もちろん全部紛い物だ。万に一つでも本物の永久機関が混ざってたら、それはもうこの世界の法則が敗北したことを意味する。
だが、僕はそんな紛い物の永久機関を買い漁るのがたまらなく好きだった。
今回のはいくらなんでも話にならないが、中にはもうちょっとだけ、本当に永久機関の爆誕なのでは? と思わされるものも存在するのが、その理由。
それがなぜ永久機関たり得ないのか。どこを誤魔化してあるのか。言うなれば物理法則の壁とでも言うようなものを可視化してくれるのが、こいつらインチキ永久機関なのだ。
「とは言え……ちょっと調子に乗って買いすぎたな。とりあえずさっさと次行ってみるか」
今日だけでこの電動式永久機関含めて四つ届いている。そしてまだ開けてないのがもう一箱……実はどんなの買ったんだか、マジで思い出せない。
「まあ、とりあえず開封の儀っと」
机の上に置いたのは、油紙か何かで包まれているだけの簡素な包装。
およそパッケージと言えるようなものではない。無地の紙にはただ一つ、見たことのない妙なマークが入っているだけだった。
首を傾げながらも、紙を剥がす。その下からはなんだか分からない黒い梱包材が。
切れ目の見つからないそれを雑に破り捨て、ようやく取り出したのは――
「……何だこれ?」
それは全く見覚えのない、幾何学的なオブジェ。
太さ1センチほどの金属の四角柱が正三角形を描くように組み合わされたその構造は、どことなくエッシャーの滝を思わせるようで確かに永久機関っぽくはある。
まあ、言ってみれば棒が三本組み合っているだけなのだが、見ていると何だか妙な感じを覚える。
「あとは……台か? んで説明書の一つも付いてない、と」
全て――と言っても二つしかないが――のパーツを取り出してもなお、僕はそれを注文した経緯を思い出せないでいた。
永久機関(偽)にもパターンと言うものはある。だがこのタイプのものは知らないし、どう動くのかも予想すらついていない。
とりあえず当てずっぽうで、三角形を台座の上にかざすと……吸い付くように、宙に浮いて止まる。指でつつくと、宙に浮いたままの三角形がくるくると回り始めた。
「お、すげえなこれ。磁石どこに入って……ん?」
僕は違和感を覚えた。いや、違和感が正しいことに気付いたと言うべきだろうか。
「これ……どういう構造になってんだ?」
四角柱は、それぞれ互い違いの面が組み合っているように見え――いや、組み合っている。それにこの三本の柱はそれぞれが90度の直角で組み合わされている……!?
あり得ない。これは完全に、矛盾図形だ――!
そう確信する頃には、三角形の回転速度が徐々に上がり始める。僕は触ってもいないのに。
「ちょ、これどうやって止め――」
もはや目で追えないほどの速度に到った『それ』の、回転の中心から何かが溢れた。
光でも、物体でもない。何なのか説明することができない。ただ、何かが――
それに包まれた瞬間、僕の意識は途切れた。




