雷属性 基礎と応用・三
トルテさんの工房に戻り、事のあらましを説明する。
霧の中でなら無能者にも『雷鳴の剣』を扱えるという考察に至ったところで――
「待て待て待てにゃ。それ、無料で聞いていい話にゃ? 普通に大発見にゃ」
え、でも時間の問題だったんじゃないか? 特にトルテさんは雷雲での放電に違和感抱いてたんだし。それこそ、こんな霧まみれの場所に住んでれば遅かれ早かれ気付いてただろ。
「使えないはずの魔法が使える条件なんて、零寵者にしか気付くのは不可能にゃ」
はは、皮肉な話だよな。トルテさんはそういう意味で言ったわけじゃなさそうだけど。
「ああ、でも自力での魔法は使えなかったぞ。魔法自体を剣任せで、あくまで『放電』のロックっていう最後の枷を外せばいい状況だからうまくいったのかもな」
面倒なので、僕も無能者であるということは教えてしまっていた。なんで魔術師名乗ってるのかとか、突っ込んで聞いてはこないので助かる。
「単純なマナ消費量の差かもしれないにゃ。使おうとした魔法は〈風化〉にゃ? 初歩であることは確かにゃけど、それでもマナ消費は多少なりともあるにゃ」
消費MPが数値で確認できない世界の痛いところだよな。使えるかどうかの判断材料が目隠しされてるんだから。
「そんで言われてみれば、火を点ける時にマナの消費なんて気にしたこともないにゃ。つまり『封印』の突破みたいな無視できるレベルの消費量なら霧から賄えた、と考えることができるかもにゃ」
簡単に言えば、MP1の魔法なら使い放題の状況で、MP3消費する魔法使おうとしてハネられた、という感じらしい。
「だとしても、有益すぎる情報にゃ! 情報料として金でも物でも持っていくがいいにゃ」
どうか金を払わせてくれなんてセリフ、現実に聞くことになると思わなかった。
しかし、突然言われてもな……僕自身たまたま気付いた程度にしか思ってないからか、それで金を取るというのがどうにも落ち着かない。
「あの、ひとつ思い付いたのですけれど」
僕が頭を捻っていると、ネラが手を挙げた。
「雷以外の魔法を放つ魔法具は作れませんこと? リベルさんたちが『雷鳴の剣』を使えなかった理由が『封印』の一点だけなのでしたら、封印に関係しない魔法を刻んであれば、自在に扱えるのではと思ったのですけれど……」
おお、確かに……!
『雷鳴の剣』は、剣自体が魔法を使う。だから『魔法を発動できない』縛りは関係ないが、『放電』の封印突破が何故か僕の担当になっているらしいことから使えなかった。
だから封印に絡まない、例えば地属性の攻撃魔法を刻んだ武器みたいなのがあれば、僕の戦闘力は各段に上がることになる。
ネラの提案に、トルテさんはふむと考え込む。指で空中に文字を書き、虚空に目を泳がせ、みるみるうちに汗が滲み――
「…………重さ数百キロのハンマーみたいなのでも、大丈夫にゃ?」
大丈夫なわけがあるか。
「『雷鳴の剣』を雷を放つ魔法具として作ったのは、理由があるにゃ……雷は、勝手に飛んでいくものだからにゃ」
しおしおと縮こまって弁解しはじめるトルテさん。
「魔法の挙動は、コアの魔法陣に全部詰め込む必要があるにゃ。火や氷は、普通勝手に飛んでいかないにゃ? 方向、仰角、座標間距離……普通は術者が頭で判断するそのへんを条件分岐網羅して組み込むとにゃると、魔法陣に図示しにゃきゃならん情報量がにゃ……考えるだけでも毛玉吐きそうにゃ……」
あんた体毛生えてないだろ。いや、服脱いだとこ見たわけじゃないけど。
トルテさんによると、雷はそもそも電荷の多いとこから少ないとこへ走るもので、その着弾地点を操作してやる――刀身が二又なのは、片方がその役を担っているためらしい――だけで弾道計算が済むからという理由で採用されたそうだ。
余談だが、フェタが破れかぶれで放った雷が狼に命中したのは、僕の刺したナイフが避雷針となって誘導したからだろう、とのこと。
そう考えると、本当にあれは紙一重で命拾いした戦いだったのだと思える。
さて、そんなわけで僕の新武器作成案はボツになりそうだが……いや、待てよ。
「で、どうするにゃ? 『盾人形』はサービスで新しいのと取り換えてあげてもいいにゃけど……」
トルテさんの申し出に、フェタはふるふると首を振る。
気に入ったのはあの熊であって、魔法具としての機能じゃないということかな。
……僕としては、あの防御魔法みたいなのも気になるんだけど。原理とか、属性に分類するとしたらどうなるのかとか。
ともあれ、ネラも他に案はないようだし――
「……それなら、この『雷鳴の剣』を改造してもらうことってできるか?」
「――それで、どうしてこうなってしまうのか分かりませんわ」
「どうだ、すごいだろう」
ブゥゥゥン、と虫の羽音のような唸りを上げるそれを精一杯自慢するが、ネラの反応は相変わらず渋い。
あれから数日。トルテさんに頼んでいた改造も終わり、こちらで用意していた部品の組み込みもできたところで、今は庭で動作確認をしている。
『雷鳴の剣』のコアに刻まれていた魔法は、僕が想像していたよりもだいぶシンプルなものだ。
『電子を強制的に移動させる』――起こる事の大半は、ただそれだけ。二本ある刀身のうち一方の電子をもう一方に押しやるのだ。そうすると、それぞれが-と+の電荷を帯びることになる。
その後『+極の刀身と目標間の空間の抵抗を下げ目標から電子を奪う魔法』だとかが補助的に機能し、最終的には-極の刀身から雷が放たれるわけだが……そこらへんは今は割愛するとして。
このコアは要するに、そのままバッテリーなのだ。小型の獣を一発で仕留められる高電圧大電流を生み出すほどの。
その『電子の強制移動』を開始させるのが「雷よ」のキーワードだったわけだが、僕が頼んだ改造は、これを単なる物理的なスイッチに置き換えること。
そして+-それぞれの刀身に導線を繋ぎ、その先に据え付けたもの。その試運転が今行われている。
「その改造した剣を使ってすることが……このすごい速さで回る棒ですの?」
「モーターな。僕が扱える中じゃ、これがベストだと判断したんだよ」
剣から伸びた線はバケツくらいの円筒状の装置に接続され、そこから伸びたシャフトが今はただ空転している。
たかがモーターと侮ってはいけない。産業革命、その代名詞である蒸気機関とは、突き詰めれば『すごい回転力を生み出すことを可能にした』発明だ。それが工場や機関車を動かし、歴史を変えた。
暖炉の火で苦労していた僕が、一気にそんな19世紀の技術を手にしたのだ。
ちなみにだが、モーターの構造も実はそんなに難しいものじゃない。極端に言えば、強い磁石二つの間でコイル――針金をグルグル巻きにしたもの――に電気を通してやるだけだ。
通電すると、電磁石となったコイルは外側の磁石と引き合ってグリンと向きを変える。その際の勢いに乗じて電気の流れる方向を切り替えてやれば、コイル電磁石のN極S極が反転することで今度はもう一方の磁石と引き合い更に半回転。以後その繰り返しだ。
強い磁石? 『雷鳴の剣』をネラに使ってもらって、鉄の塊から作っといたよ。
だがこのモーター、実はまだ問題がある。コアの貯蔵できるマナ容量は有限だからだ。実際、試運転の結果15分ほどでマナ切れを起こして止まってしまった。
しかしこの問題の解決策ももう考えてある。
「コア部分に霧吹きを追加する。ミスト・マナポーションを定期的に噴霧してやるわけだな」
一吹き15分。驚きの低燃費で稼働する工業の礎が手に入ったわけだ。
旋盤、丸ノコ、フライス盤。応用次第で何にでもなる。
それが、今回の僕の戦利品の片方。
「……そう言えば、もう一本はどうなさいましたの?」
「ああ、これだ」
同じく改造を頼んだ『雷鳴の剣』のもう一本、その成れの果てがこちら。
杖。ネラやユーニが使っていた指揮棒とは違う、人の背丈と同じくらいの長さの長杖だ。
「名付けて『刺電杖』。こっちは武器として使うことにした」
「あら? でも霧のない場所で使えない問題は解決しなかったのではなくて?」
「『放電』はな。だから『電気ショック』仕様に改造してもらったんだ」
こっちの改造もかなりシンプル。基幹部分であるコア回りを杖の頭に、柄を長くして全体のフォルムを杖寄りに。刀身はバッサリ切断して、頭から短い電極が露出しているだけの形状に整えた。
「『封印』がロックしてる『放電』ってのは、空気中を電気が走る現象のことだ。本来は電気を通さない空気を、強い電気が無理矢理押し通ってしまう」
空気は絶縁体だ。だが電子の流れようとする力が強すぎると絶縁破壊が起き、その流れた軌跡が強い光を放つ様子を、僕たちは雷とか稲妻と呼んでいる。
「でも、電気の出口を相手に押し付けて、直接体に電気を流したって攻撃はできるんだよな」
これを僕の世界では『スタンガン』と呼ぶ。
つまり僕は『雷鳴の剣』の遠距離攻撃性能を捨て、近距離専用にすることで無能者でも常時使用可能にした。
部分的にだが、ネラの「封印に関係のない魔法を撃てる武器」という案を採用したわけだ。
魔術師が使う杖に特に決まりはない。携帯性からネラたちのような指揮棒型が流行っているだけで、中にはこうした長杖を好む魔術師もいるらしい。
であれば、杖を持つことで魔術師感を演出しながら、最低限の護身もできるこのスタイルは僕にとって都合がいい。
僕が新装備のお披露目に夢中になっていると、家の中からフェタがお盆を抱えて出てきた。
「リベルさま、ネラさま。お茶がはいりました」
にこにことカップを渡してくれる。うまくお茶が淹れられて上機嫌のようだ。
「ありがとうございます、フェタさん。『常火燈』の方はいかが?」
「はい! 使い方も覚えました、だいじょうぶです」
『常火燈』。今日、ネラが持ってきた魔法具だ。
一抱えほどの金属の筒……トルテさんの店でネラが買っていたあれ。
「あの中に灯した火は、『火喰い』の影響を受けませんわ。油さえ切らさなければ、火で困ることもなくなりますわね」
あれは魔法的な影響を遮断する特殊な金属で囲むことによって、夜明けの立ち消えを防ぐための魔法具らしい。
さっき使い方の説明も兼ねて竈に火を移してたから、このお茶の湯はそれで沸かしたんだろう。
これで、毎朝ネラに家に来てもらう苦労をかけなくてもよくなるな。
フェタは自分のカップと熊のぬいぐるみを抱え、庭のテーブルに座る。
「リベルさま。あした、フェタが朝ごはんつくる!」
「お、そうか。期待してるよ」
フェタの頭を撫でてやる。
ほんの数日で、この森の小屋も色々と賑やかになったものだ。
この調子なら、ゆくゆくはベッドと風呂と水道と……うん、まだまだ快適な我が家は遠い。
「……と、ところでフェタさん。貴方のチェスの筋、なかなか悪くありませんわ。よろしければ、折を見て教えて差し上げに来ても、よろしくてよ……?」
「ほんと? ネラさまありがとう!」
屈託なく喜ぶフェタと、ほっとしたような顔のネラ。
……とりあえずは、チェスの駒と盤を買っておく必要がありそうだな。




