魔力学 基礎
トルテさんに試し撃ちができそうな場所はないかと尋ねてみると、裏手の高台を教えてくれた。
坂を上った先の平坦な土地。霧が立ち篭めるよりも高い位置にあるようで、雲海を見下ろすような絶景の好立地……なんでここに住まないんだろう。
「ともかく、まずは剣をテストしてみるか」
『雷鳴の剣』の使い方は、狙う相手に切っ先を向けて『雷よ』と唱えるだけ、だそうだ。
「よし――雷よ!」
二人を少し下がらせ、近くの岩に向かって唱える。何も起きなかった。
……もうできなくて当たり前、気落ちすらしなくなってきたな。
「フェタもやってみたい、フェタもー」
興味を惹かれたのか、ネラが持つもう一本の剣にじゃれつくフェタ。こちらに窺いを立てるようなネラの目に頷き返してやる。
「雷よ! ……あれ。雷よー!」
何も起こらない。当然だ。フェタも僕と同じ無能者だ。
「じゃ、次ネラで」
この中で唯一『雷鳴の剣』を使えるであろうネラに僕の剣を手渡す。
「雷よ――!」
ビシャァァァン、と盛大な音を伴って、岩に黒い焦げ跡が出来上がった。
「その……なんだか、ごめんなさいまし」
いや、別に謝る必要ないだろ。
事前の予想と変わらない結果。使えなかったのがロックのせいか魔法不可のせいか確定することもできない。
「うん、これじゃ何も分からんな」
「ええと、そうなると今日の検証は終わり、ということですかしら……?」
「えー……フェタもっかいやりたい」
拍子抜けするネラと、不満そうなフェタが声を上げる――と、思うじゃん?
「ネラ。剣のマナが空になるまで、撃てるだけ撃ってくれるか?」
「え、はい。雷よ! 雷よ! 雷よ――これでおしまいですかしら」
2発目までは雷が出て、最後は不発。つまりフル充電から3発がマックスか。
よし、それじゃ……。
カバンから取り出したそれを、ネラが握る剣のコアに噴きかけた。
コアから、赤い光が漂い始める。
「……え?」
「悪いが今日は予定を変更してお送りします。テーマは――『マナってなあに?』だ」
コアを濡らす液を拭ってから、もう一回試すようネラに頼む。
――彼女の掛け声に呼応し、再び雷撃が迸った。
「撃てましたわ……!?」
マナを使いきったはずの剣から雷が出た。つまり、マナが回復した。
『雷鳴の剣』のコアは、周囲からマナを吸収し貯蔵する機能も持つとのこと。
さっき噴霧したのは、トルテさんの店で買ったミスト・マナポーション。つまりマナ吸収器にマナぶっかけたわけだ。
これ、普通のマナポーションと何が違うのかと言うと……実はボトルだ。
内容液を霧吹き状にシュッシュできるボトル。中身自体は、細かな噴き出し口が詰まらないように、より液がサラッとするよう調整しただけだそうだ。
そもそもマナポーションの材料は、触れるとマナが回復する石。
つまり飲み薬の形を取ってはいるが、人体の消化吸収プロセスはマナ回復に一切関っていない。元の石と同じく、触れば――極端な話ぶっかけりゃ回復するのだ。
当然、回復対象が生物である必然性もない。だから剣のマナを回復できた。
――さて、そこから解き明かすべき問いは、『マナとはそもそも何なのか』。
「とりあえず、元素の線はほぼ消えたかな」
例えばマナが、僕の世界の周期表にない元素――Mnだとマンガンとかぶるな、Maでいいや――と仮定する。
マナポーションの効果対象が生物に限られるなら、消化器から吸収されて体の隅々にMa化合物が運ばれ、化学反応でどうこうして魔法エネルギーに変える、とかいう説もあり得るかもしれない。
だけど代謝をしない無機物、しかも一塊の宝玉みたいなコアにぶっかけただけで染み渡っていき、なおかつ外見上なんの変質も見られないなんて、そんな元素があるだろうか?
そもそも、マナポーションは効き目が表れるのが早すぎる。飲んで数秒で体中に行き渡るような激しい化学反応が起きて、体が無事で済むとも思えない。
となると、次の候補はもっと小さな粒子――例えば電子のような素粒子だったら?
原子は陽子、中性子からなる原子核と、その周囲の電子で構成される。
それがこの世界では、例えば原子核の外周に存在するのが電子とマナ、というような法則になっているとしたら。
触れて回復……それも電子の移動みたいな形で説明も付く。
ただ、そこにも疑問の余地はある。
電子にはバラつきが均一になろうとする働きがある。エントロピーの増大とかいうやつ。
マナもそれと同じような存在なのだとしたら、なぜ無能者などという偏在の極致みたいな状況が発生してしまうのか?
マナポーションが触れると速やかに回復するという事象と、ネラが僕に触れても静電気のごとくマナの半分が僕に流れ込んでこない事実。これらの間に整合性が見出せない。
あとはもはや、純粋なエネルギーという説だが……そうなってしまうと、確かめる術がない。
こっちの世界には第五の力が存在します、とか言われたところで、僕一人でそれを発見するなんてのは無理。
……結局、雷撃一つで解明できるほど都合よくはないか。
あとは、できること、考え得ることを全部試しておくくらい。いつかそれが何かのヒントになるかも知れないし。
「ネラ。この剣、買っていきなりぶっ壊しても怒らないか?」
「え、まあ、リベルさんの物ですから……必要と思われるのでしたら、構わないのでは?」
……2本で僕の全財産以上の金額払ってもらっちゃってるんだけどな。
ともあれ、お許しが出たのならやっちまおう。
まずは一本の剣のマナを使い切ってもらう。それを岩に立てかけ――
「あの剣のコアに向かって、撃ってみてくれ」
僕の指示に困惑しながらも、指示通り雷を放ってくれるネラ。
どうやら雷が直撃しても、剣は壊れてはいないようだ。触れても大丈夫なことを確認し、それをネラに手渡す。
「こっちが撃てるようになってるか、確かめてくれ」
「はい――雷よ!」
雷は、出なかった。
肩透かしを食らったのか、ネラがちょっと所在なさげに剣を下ろした。
……事実だけを切り抜いてみよう。
前提として、コアにはマナが貯蔵されている。そこはトルテさんの言葉を疑う必要はないだろう。
コアに仕込まれた魔法を発動すると、それが減少する。
電気が発生し、雷となって剣先から放たれ、命中する。
その雷を受けたもう一つのコアに、マナが溜まる事はなかった。
「……消費したマナが、消えてる」
シンプルに考えれば、魔法の発動と同時にマナが電気エネルギー――電子へと姿を変えているといったところか。
しかしそれだと、マナは目減りし、電子がこの世界に余分に生み出され続けているということになる。
であれば、変化した電子がマナに還元されるルートもあってもいいようなもんだが、少なくともコアの吸収機構はそれをしていない。
……伝説では、最初にひと握りの人間にマナが与えられ、全人類にまで広まったんだよな。
使えば目減りするのがマナの性質とした場合、その歴史的経緯と真っ向から対立する気がする。
あとこれはトルテさんから受けた説明だが、剣のコアは放っておいても徐々に内部のマナを回復させるらしい。数時間ほど経てば最大充填されるそうだ。
それだけの、雷3発ぶんのマナを周囲から数時間で吸収? それは『吸魔のキノコ』に近い危険な性質じゃないのか?
「……収支があってない印象を受けるんだよな」
マナがどこかに消え、どこかから補充される。その『どこか』が見えてこない。
もう一度別の切り口で試してみるかと、ミストをコアに噴霧し、回復。
「……そう言えば、さっきも赤いオーラが見えたけど。マナポーション使った時、ネラの体からも出てたよな」
ゲームなら「回復エフェクトです」で済むが、実際に起こったならこれは何らかの現象だ。
マナを吸って発光しているのか? 『吸魔のキノコ』みたいに?
もしくは溢れた余剰分が光として放出される?
……溢れる、容量オーバー。
容量が最初からゼロの器に注ぐと?
「……無能者がマナポーション飲むと、どうなるんだ?」
「え、いえ……知りませんけれど」
ふと口をついて出た疑問。ネラは答えを知らないらしい。
なら試してみるか、と普通のポーションを喉に流し込んで。
僕は、意識を失った。
――目を覚ますと、木の屋根が目に入った。
直感的に、ここがトルテさんの工房だと理解する。僕はロフトのような半天井裏のベッドに寝かされているようだ。
……はて、なんでこんなところに?
ロフトから身を乗り出すと、階下のテーブルでネラとフェタが向かい合っていた。僕が起きるまでの暇潰しだろう、フェタにチェスを教えているらしい。
手にしている駒も盤も、ずいぶん高そうな代物だ。ガラスか水晶か知らないが透明な駒と、黒く艶のある駒が、市松模様の盤に並べられている。
元の世界とルールまで同じとは限らないけど、馬や王冠、砦を模した駒があるってことは、発想自体はチェスと同じようなもんだろう。
こりゃ異世界転生の定番、オセ……もといリバーシを作ってチヤホヤされるってのは望み薄だな。これだけ精巧なボードゲームが既に存在してるんじゃ、白黒の駒ひっくり返すだけの単純なゲームは――
「……ちょっと待った。今何か思いついた気が……」
白黒。リバース。ひっくり返る?
実は、移動も消滅もしていないとしたら。
――白を、その場で黒にひっくり返していたら?
前提として、魔法を使える人、例えばネラは『白を敷き詰めた盤』としよう。無能者である僕は『黒を敷き詰めた盤』だ。
そして『マナを消費する』ってのを『白を黒にする』と置き換えれば、ネラは消費した分だけ白の駒をひっくり返すことになる。しかしそもそも黒しかない僕には『白を黒にする』ことはできない。
「そうか……マナは使ったらなくなる消耗品と捉えちゃダメなんだ。基底と励起みたいな、二つの状態を示す物質だ。それは僕の中にもあって、ただ裏返ってるだけなら……」
だとすればあれもこれも――と考え始めて、頭がガンガンと痛むことに気付いて邪魔される。駄目だ、ちょっと休もう。
それに、寝起きの思いつきほど、後で見返してひでえもんもないからな。
ひとまず忘れないよう、懐から取り出したメモに書き殴っておくに留めよう。
【仮説】
マナとは白と黒、二つの状態を持ち得る存在?
消費や回復は、その反転として説明できる?
「――リベルさま、起きたの!?」
僕のあれこれ呟く声が聞こえたのか、フェタが大声を上げて梯子を上ってくる。
「うん……あの後、どうなったんだ?」
心配そうに覗き込む彼女の頭を撫でて宥めながら聞く。
「リベルさまの体、赤く光って、倒れて……そしたら、今度は緑にぴかーって」
しどろもどろに説明してくるフェタ。
「赤く……? ポーション飲んだ時のネラみたいな?」
「ええ、そちらはおそらく同じものかと。ですが、緑の方は私も見たことがありませんでしたわ」
ネラも見たのか。緑に光ったこと自体は事実らしい。
まあ赤とか緑はさて置き、要するに僕はポーション飲んで倒れたわけだ。
でもこれも……説明できるんじゃないか?
『白を敷き詰めた盤』であるネラが吸魔のキノコに出くわした時、彼女の体内では急激に『黒にひっくり返った』。白のほとんどを失ったことで、倒れたのだ。
なら、『黒を敷き詰めた盤』の僕が倒れるのは『白にひっくり返った』時だ。例えば『強制的に黒を白にする』作用を受けた……マナポーションを飲んだ時。
「僕にとってのキノコはポーションってわけか……」
これ、フェタにもちゃんと言い聞かせておかないとな。
僕たちがわいわいと騒がしくしているのが聞こえたのか、下の部屋にトルテさんが入ってきた。
「目が覚めたにゃ?」
「ああ。悪かったな、ベッド借りちゃって」
「気にしないでいいにゃ。それより、実験はどうだったにゃ?」
ハーブティーらしきものを淹れてもらいながら、どこをどう話したものかと悩み――結局、具体的なことは言わないでおくことにした。大して厳密でもない、穴だらけの検証だからな。
それより僕は、気になったことを尋ねる。
「マナポーションが触れるだけで回復できるって、他の人は知らないのか? うっかり手にかかったとか、気付くきっかけはいくらでもありそうだけど」
「いや、知ってるにゃよ? ただ、効率は良くないからにゃ。かけ流しだと、触れる時間が短かったりそもそも触れる前に流れたりで、無駄が多いにゃ」
だったら飲めるんだし胃に収めてしまえ。そういうことらしい。
「もう一つ。あのミストポーション、効率が良すぎないか?」
一回の噴霧で出てくる液量なんて、精々数ミリリットルだろう。それで雷が発生するほどのマナが回復できるのなら、何故普通のポーションはビン一本飲み干すような用法になるんだ?
「そこは企業秘密にゃ。分かっても真似しないでにゃ」
……彼女も全部が全部話してくれるわけじゃないか。
それでも、こういう研究畑の人と知り合えたのは大きい。またちょくちょく情報交換して――
「くまさん、いない……!」
フェタの声によって、意識を引き戻される。
見れば、荷物を引っかき回しながらフェタがその顔に焦燥を滲ませている。
「リベルさんが倒れて、ここに運ぼうとバタバタしていましたから……落としてしまったのでしょうか?」
「そうか……ごめんなフェタ。探しにいくか?」
フェタは涙を堪えながら、頷く。
「そうですわね……ちなみに、あれも魔法具ですのよ。下手な相手に拾われるのもいただけませんわ」
それなら、余計急がないとな。
「来た道を戻ってみよう。通ったのは工房と高台の間の道だけなんだよな?」
トルテさんに慌ただしく礼をすると、僕たちは工房を後にした。




