雷属性 基礎と応用・一
僕の家がある森はナフィの北にある。それとは別に西の山地の麓に広がる森も存在し、通称『霧の森』と呼ばれているらしい。
主要な街道から離れたその森は、ほとんど人が立ち入ることがない。
そんな場所を、僕とネラ、そして何故かフェタまでもが連れ立って歩いていた。
「ここはいつも霧が立ち籠めている場所で……先日の嵐で雨も降りましたから、余計に霧が濃くなっているみたいですわね」
「……いかにも何か出そうだな」
鳥の鳴き声すらない静寂。正直言って、異様な雰囲気だ。
そう言えば、こっちに来てから敵と言えるものには人攫いの山賊くらいしか出会ってないけど、やっぱりいわゆる魔物とかも出るんだろうか。
「いますけれど……こんな街の近くのものは狩り尽くされていますわ。ただ、獣が人を襲うこともありますから、最低限身を守れた方が良いですわね」
じゃあ貴族のお嬢様と無能者がノコノコ出歩くのはまずいんじゃなかろうか。
ただ、言った当人は怖がっている風には見えないし……ネラって意外と強かったりするのか?
「しかし、霧って気持ち悪いな……」
これは不気味とかそういう話じゃない。湿度が高くてベタつくのだ。
「我慢してくださいまし。このおかげで安全に行き来できるとも言えるのですし」
「霧と安全? 何か関係あるのか?」
「魔物は霧を好みますのよ。そして普通の獣というのは、それらにとって格好の餌食ですの。ですから獣たちは、霧の出るような場所を本能的に避けるのですわ」
魔物が好むって……それは安全どころかヤバい場所なのでは?
――いや、そうか。
魔物は霧を好む。だから獣は霧に寄りつかない習性がある。あとは霧の中の魔物を駆逐してしまえば、そこには安全圏ができあがる。そういう理屈か。
もちろんそれも、しっかり魔物の駆除を行ってこそ言える話だ……そういうのは冒険者の仕事ってイメージだけど、冒険者ギルドとかもあったりするのかな。
「ええ。ご興味ありまして?」
「ないよ」
戦う術なんて皆無だし、死人に成り代わってる身で目立ちたくもない。
「……それで結局、僕たちはどこを目指してるんだ?」
話を変えようと、当初からの疑問を口にする。
「トルテさんという『魔法具師』の営む工房ですわ」
クラフター。なんか道具を作るんだろうなあということは分かる。
「魔法具ってのは、魔法が使えるようになる道具ってことでいいのか?」
「そういう物もありますけれど、本来はもっと広い概念ですわ」
魔法の力を利用した便利な道具は何でも魔法具。魔法を唱えるのを補助する杖なんかも、広い意味では魔法具と言えるそうだ。
そして魔法を放つ剣というのは物語の中では定番だが、実際の武具としてはキワモノ扱いとのこと。
「そうなんだ? 僕が戦える人間だったら欲しくなると思うけどな」
「武器としての性能との両立が難しいのでは? それを解決したとしても、魔法が撃てるぶん剣で攻撃する機会は減るわけですし……」
あー、その問題を解決できるほどの凄腕なら、魔法一本に絞った方がより効果の高い道具に仕上げそうだな。
「でも、流行ってるって言ってなかったか?」
「それも話題に上るという意味合いで……実際に買い求めた人間は、一握りかと」
値段が値段ですし、とネラ。
「そういうもんか……で、そのキワモノを作る人の工房がここにあると」
「ええ。この森の中に、お一人で住んでいらっしゃいますの」
僕の森の中の小屋も大概かもしれないが、そこにこの湿度まで加わったうえで、敢えてここに住む人間の気が知れなかった。
「さ、見えてきましたわよ」
薄白く霞む景色の中、昼間にもかかわらずぼんやりと明かりを灯す一軒の建物が姿を現す。
我が家と同じく、森の中で不意に木々が途切れた隙間。そこに佇む丸太小屋が目指す工房のようだ。
玄関ポーチを上がって扉を引くと、カランコロンとドアベルの音が迎えてくれた。
「いらっしゃいにゃー」
カウンターから気の抜けた声を上げた人物には、耳が生えていた。
ネコミミが、生えているのだ。
獣人……と言うのかな、この世界でも。女性で、見た目は二十代そこそこという印象。黒いだぼっとしたローブに身を包んでいる。
「トルテさん、ご無沙汰しておりますわ」
「なんだ、ネラちゃんかにゃ。ん、そっちは?」
「魔術師のリベル・クヴァルツベート氏ですわ。こちらは魔法具師のトルテ・ベルギウスさん」
「よろしくにゃー」
「あ、ああ。よろしく」
カウンターに座ったまま手をひらひらさせる女性……トルテさん。貴族をちゃん付けで呼んだりと、この短時間でもだいぶ適当な性格であることが見て取れる。
……と、挨拶する僕の背中に隠れていたフェタが、きょとんとした顔でトルテさんを見ていた。
「……かっぱのおねえちゃん?」
「おや、フェタちゃんかにゃ?」
フェタのことを知ってるらしい。でも、カッパって?
「……お耳、ねこみたい」
「ネコちゃんみたいだにゃー、いつもは隠してるから知らなかったにゃ?」
笑って答えながらフードを被る。なるほど、合羽か。
「フェタとも知り合いだったんだな」
「この子たちの住む壁の外にはちょくちょく行くにゃ。そうだ、例の話にゃけど」
「ええ、考えていただけましたかしら? よろしければ――」
そのままネラとトルテさんが話し込んでしまう。取り残された僕とフェタ。
……自動翻訳、オフ!
という気持ちで、発声に意識を向けてトルテさんの言葉を聞く。発せられる文章から、定期的に『nya』の音が混じって聞こえるな。
要はギョギョギョの人と同じ感じか。少なくとも、ネコミミ付いてるからって翻訳チートが気を利かせたとかではないようだ。
再度チューニング。よし、日本語に聞こえてきた。
「――それで、今日は何の用だったにゃ?」
話は一区切りついたのか、トルテさんが思い出したように尋ねてくる。
「そうでしたわ、『雷鳴の剣』の在庫はありまして?」
「うん、あるにゃよー」
答えて取り出したのは、一振りの黒い剣……か? これ。
雷がモチーフと言われればそんな気もする、ギザギザと有機的なデザイン。
刀身が根元から二又に分かれてたり、鍔の真ん中に巨大な宝玉が埋め込まれてたり……言ってみればレアリティ高そうな見た目ではあるが、前衛的とも言える。
「でもキミ、こういうの興味ないんじゃにゃかったっけ? 魔術師のお友達が欲しがるとも思えんしにゃ」
……さっきから気になってたんだが、にゃの配置ブレてない? キャラ付けが甘いのか、元がそういう訛りなのか知らんけど。
ともかく、聞かれたことに答える。ついでに許可も得ておかないと。
「いや、欲しいのは僕だ……ちょっと実験に使いたいんだけど、まずいかな?」
「全然にゃ。むしろ大歓迎にゃ。同業のフィードバックが得られる機会なんて貴重だからにゃ」
腕のいい職人らしいし、そういうところにうるさいかと危惧していたけど、そんなことはないようだ。データが増えると喜ぶ辺り、研究者気質でもあるのかな。
なら、残る問題はこれが僕の検証に役立つかだが……。
「質問なんだけど……この魔法具、魔法が使えない者でも使えるのか?」
一番聞きたいのはそこだ。僕が扱えないと実験するにも面倒だし。
「そうにゃ。『雷鳴の剣』は簡単に言えば、『代わりに魔法を使ってくれる剣』がコンセプトにゃ。雷の呪文を鍔にある丸いコアの中に刻んであって、雷に使うマナもコアに蓄えておくにゃ。使用者はごく簡単な動作――キーワードを声に出すだけで作動するようになってるにゃ」
僕の懸念に、トルテさんは剣の説明をしてくれる。おお、それなら――
「ただ、それが『零寵者』でもって意味ならノーにゃね」
しかし続く言葉が、意気込む僕の出鼻を挫いてしまう。
「……どうしてだ? マナは剣の中のを使うんだよな?」
「『八つの封印』があるにゃ? その一つに『雷』があるんだにゃ」
そしてやはり、立ち塞がるのはそこだった。
「雷属性のロックは、『放電』……?」
僕の推測していた通りではある……だがおかしい。矛盾している。
「だって、空では雷が――」
「へー。気付いてるにゃ」
トルテさんは感心したような声を上げた。
「ふふん。ボクもその疑問に対する明確な答えは持ってないんにゃけどにゃ。でも間違いない、それこそ膨大な実験の結果から、断言するにゃ」
「……何らかの例外が、雷雲については働いてる?」
「それこそ、あの中には伝説の竜が住んでるのかもしれないにゃー」
向こうではバカバカしいと一蹴するそんな仮説も、あり得なくはないと思ってしまう。マナを持つ生物が雲の中にいるのなら、雷が発生することに何の矛盾もなくなるのだから。
しかし、どうする? 作者直々に使えないと明言されてしまった。
「すまん、ちょっと考えてもいいかな。ついでに他にも何かないか見てみたいし」
一旦断りを入れて、適当に店内をブラつく。
店内を埋め尽くす品々。武器や魔法の装備というよりは、日用品のようなものが多い。
その中で、棚に整然と並ぶビンに見覚えがあった。誘拐事件でネラが飲んでいたマナポーションだ。1本80ノラン、結構するなあ。
半透明で、淡い水色の液体。味は飲んだことないので知らん。
「ところで、構わなければ教えて欲しいんだが。マナポーションの材料って何なんだ?」
ふと気になって、カウンターのトルテさんに尋ねる。
「うーん、まあキミおもしろそうだから教えるにゃ。主な材料は削った石にゃ」
石? 薬草とかキノコとかをイメージしてたけど、石飲んでんのか。
「触れるとマナが回復する石があるんにゃけど、それを削って粉にしたものを飲んでるのがマナポーションにゃ。それ以外の材料はほぼ、粉が沈殿したりしないようにする添加物にゃ」
……ん? それってつまり――
推測を述べると、トルテさんはニンマリと笑う。
「お、鋭いにゃ。それなら……」
カウンターの下から何かを取り出し、置く。
「新商品のミスト・マナポーションにゃ。キミならこれがどういうものか、分かるにゃ?」
それの外観を見て、使用法を推測して――実験プランを、組み立てる。
「トルテさん。『雷鳴の剣』、やっぱり買うよ……ちなみに2本あったりする?」
「大丈夫にゃ。3本目は半額にしとくけど、どうするにゃ?」
「……さすがにそんなにはいらんにゃ」
剣とポーションを注文し終え、二人の姿を探す。
ネラは日用品の棚の方にいた。金属の……筒? ゴツい水筒みたいな物を抱えている。
フェタは、棚にちょこんと佇む熊のぬいぐるみとじっと見つめ合っていた。
「……それ、かわいいね。気に入ったの?」
ちょっと悩む素振りの後、コクリ、と頷く。
「そっか。じゃあ買っていいよ」
フェタの表情がぱっと明るくなった。
払うのは多分ネラだけどな! ……僕も財布を取り出してはおこう。




