雷属性 概説・三
「リベルさま、お茶、どうぞ」
「お。ありがとフェタ」
フェタが家に来た翌日。彼女は新しい服に身を包み、ニコニコと僕にティーカップを手渡してくれた。
新しい環境にまだ戸惑いもあるだろうに、ネラからお茶を受け取って運んでくれたりと、彼女なりに僕との暮らしに馴染もうとしてくれているのが感じられる。
呼び方が何故『さま』付けになったのかは分からない。まあ、好きなように呼んでくれりゃいいさ。
彼女がその努力を見せているのだから、ここでの生活もすぐに慣れるはずだ。
……床に藁敷いて寝るのに慣れる前に、せめてベッドくらいは用意してあげないとな。僕もいい加減、寝起きに体バキバキなのをどうにかしたい。
部屋も増築したいな。最低限二人の個室はあった方がいいし、危ない作業を行うにも実験室的なのが欲しい。
さすがに自分で石ころ集めて工作とは行かないから、街で大工を探して、って感じになるだろうけど。
サバイバルクラフトから建築シムにジャンル変更。いいね、目指せ工業の時代! 百万人都市!
……うん、そう。現実逃避だ。
肝心の検証の方は――正直、行き詰っていた。
シトリマ電池の数を増やして、塩水の電気分解を試してもみた。わずかに塩素の臭いがした気がすることから、可能らしい。
ただ、絶対的にパワーが足りない。何かを生成したり装置を動かすには到底至らない。
「硫酸があれば、あのレモン電池もまともなボルタ電池になるんだけど……」
硫酸、硫酸ね……。
実際のところ、作り方自体は習ったことがある人も多いはずだ。普通に高校の化学でもやる内容だし。
ただまあ、もしそれを完璧に思い出せたとしても、最大の難点があるんだよな。
硫酸の製造には、硫酸が必要。循環参照起こしてんぞ。
そうじゃないやり方もあったのかもしれんけど覚えてないし、どっちにしろ今の僕が手を出せるようなお手軽DIYの範疇じゃない。
「まあ、昨日今日で何でもかんでも解決するほど甘くはないか」
実際、地味ながら進展はあるのだ。
『火喰い』対策を試してみたところ、今朝は初めて暖炉の火を維持することに成功している。
ただ……夜更かし二度寝バンザイで過ごしてきた現代大学生に、日の出前に起きて火の番はキツいんだよな。
あと現実的に、夜間火を絶やさないための薪の消費量も無視できない。
……そう言えば、夜明けの火の番で気付いたことが一つ。
「――薪へ火を移すことはできるんだよな」
新しい薪を暖炉にくべると、火が点く。これが僕にもできている。
今まで当たり前に起きすぎていて、意識できていなかったこと。
「……引火? 『発火』と『引火』は別扱いで、こっちはロックの対象外なのか」
属性ごとにかかっている封印。鍛冶屋のヴィクス親方に詳しく聞いてみたところ、火は『発火』、地は『金の溶融』であると思って間違いないようだ。
金。マネーやメタルではなくゴールド。
無能者が金属加工の仕事に就こうとすると、炉の火以外で困るのが金を溶かせないということなのだと、ヴィクス親方が言っていた。鉄、銅、銀は問題なくても、金だけが何故か加工できないのだそうだ。
なんでそんなピンポイントなことになってるのかと疑問に思ったが、「そうなってるものは仕方ない」という感じで理由の追求は行われていない。
ともかく、この現象には現状理屈を求めても無駄な気がする。神様が禁じたから以上の説明の余地がどこにもない。
極めて恣意的、作為すら感じさせる特定条件での不都合。それが今の僕の『封印』に対する印象だ。
【仮説】
火属性の封印は『発火』である。
地属性の封印は『金の溶融』である。
「だとすると雷属性に関しても、電気自体は発生しても放電が起こらない、とかはあり得るな」
『放電』という言葉の意味は広いが、僕が言っているのは要するにビリビリが見えるやつのことだ。
「磁力は確認済み。光だって発生しなければこの世界全体が真っ暗のはずだよな」
そう。この世界では、例えば『発火』にしても、マナを持つ者が関与しない場所では徹底的に起きないようなのだ。つまり山火事など、自然の発火現象すらこの世界では存在しない。
逆説的に、誰もいない場所で起きていることが確認できた現象はロックではないと言える。
「そうか、そうやって『起きていること』を見て回って、消去法的に絞り込むってアプローチもあるか……?」
まだこの世界に来て数日だが、ほとんどこの森とナフィの往復しかしてないもんな。ここは一つ気晴らしとフィールドワークを兼ねて散策でも……などと考えながら、お茶を飲み干し立ち上がったと同時。
窓の外から、ゴロゴロ……と腹に響くような低音が聞こえる。
「ん、雷か。そういや嵐が来るって……雷!?」
外に飛び出て見上げれば、黒く澱んだ雲が遠くから迫りくるのが見える。時折、雲の内部が閃光を発し、数秒後にはゴロゴロという低音が僕の耳に届いた。
「雷、稲妻……自然の放電現象だ。それが起こるなら雷属性のロックは『放電』じゃないってことか……?」
さっきは考察してる体だったが、雷属性に関しては正直ほぼ決め打ちのつもりでいた。それが外れてたとなると、他の方向から検証し直しになるが――
「試す方法があればな。もっとパワーのある電池か、発電施設があれば……」
発電にも色々方法があるが、今僕ができるとなると何だ?
水力、風力、地熱は適した地形と大がかりな設備が必要だ。家の裏にある小川に水車を建てた程度じゃお話にならない。
太陽光、原子力。論外。原理すら怪しい。
望みがあるとすれば火力だが……『発火』のロックを抱えて、実現できる可能性はどれだけある?
いずれにしろ、小屋に二人雑魚寝してる奴が発電施設とか言い出すのは、明らかに時期尚早というか、現実見ろというか……。
「雷が出るものがほしいの? フェタ知ってる! 雷鳴の剣!」
目をキラキラさせながら自慢げなフェタが言ってくる。
「……雷鳴の剣?」
聞き返す僕に、さっきからずっとテーブルでお茶を飲んでいたネラが答える。僕が一人でひたすらブツブツ言ってても気にしなくなってる辺り、彼女も慣れてきたものだ。
「最近流行りの『魔法具』ですわね。物語などにもよく登場する魔法の剣なので、子どもでも知っていますわ」
マジックアイテムに流行りとかあるんだ。そして流行るということは、売ってるんだ。
「……本来は伝説上の架空の武器なのですけれど。それを作ってしまった方がいると申しますか……」
呆れ混じりの声で答えながらお茶を飲み終え、立ち上がるネラ。
「お気になるのでしたら、後日ご案内いたしましょうか? ……さすがに今日は、私も戻って嵐に備えなければなりませんけれど」
ゴロゴロと唸る雷雲は、まだ遠い。だがここから街までは距離があるし、彼女の口振りからすると色々しなきゃならないこともあるんだろう。
「ああ、今度頼む。気を付けて帰るんだぞ」
「ご心配なく。最近は供もつけられておりますから」
家のある空き地の端、森との境界に、いつの間にか執事服の男性が立っていた。ネラから受け取ったティーカップを箱にしまい込むと、去り際こちらにペコリと一礼してくる。
……どっから出してるのかと思っていたが、謎が一つ解けたな。




