雷属性 概説・二
「結局、あれこれ買い込んで作っていらしたの、何なんですの?」
実験の後、家の外に出た僕はネラと小休止。急ごしらえのテーブルを囲み、ネラがどこからか持ち込んだティーセットでお茶を飲んでいた。
「電気を起こす装置だよ」
端的に説明するが、ネラは小首を傾げるのみ……電気って概念自体分かってないなこれ。
「あー、雷あるだろ? あれの弱い版を発生させてみた」
どうすれば伝わるかと言葉を選んで、だいぶ雑な説明になってしまったが……まあ言いたいことは伝わったらしい。
「え、ですがリベルさんはマナが――」
「なくても起きた。それを確かめてたんだよ」
そう、あの実験の肝はそこにある。
「零寵者が、雷魔法を使えた……と言うことですの?」
「魔法とは言ってないだろ。ほら、今日だってネラに火打石で火を点けてもらったけど、あれは火の魔法を使ったわけじゃないんだろ?」
「ま、まあそうですけれど。でもマナがないとできないわけで、だとすれば火を点けること自体が一種の魔法と言えるのでは……? そもそも魔法とは……マナとは……?」
ネラは勝手にブツブツ言いながら悩みこんでしまった……こっちの人間でもそこあんまり分かってないのかよ。
――いや。ひょっとしたら、これこそ五十年前の借りパクがもたらした影響なのかもしれないな。
魔術師が基礎を疎かにしたまま『使えればいいや』精神で実践だけを追求し続けていれば、民間にも土台の曖昧な魔法理論が広まってしまうだろう。
そうして自分たちの『当たり前』を分解検証する機会が、失われたままになってしまったとすれば……。
「ですがそうなると、リベルさんは雷が起こせるということですわよね? それは雷属性には『封印』が存在しないということになりませんかしら?」
思考のドツボから復帰したネラが疑問を口にする。
「いや、そうとも限らないだろ」
……うーん、どう伝えるべきだろう。
「そうだネラ、例えば炎に手を突っ込んだら、どう感じる?」
「それは……熱い、ですけれど」
当たり前の答えを戸惑いながら返すネラに、僕は頷く。
「ちょっと手出してくれ」
躊躇いがちに差し出された手を、両手で包むように――擦る。
擦る。擦った。擦りまくった。
「わちゃっ、ちょ、いた……痛い痛い、熱い、熱いですってば!」
僕の手を振り払って引っ込めるネラ。恨みがましい目を受け流して、
「熱かっただろ。マナがない僕が、炎と同じ『熱さ』を作り出したわけだ」
と得意げに告げてやる。
「……ん? え? でも擦れば熱いのは普通――」
「『封印』が属性にまつわる全てに見境なく制限をかけてるなら、僕はその『普通』を起こせなかったはずなんだ」
山の中、僕は発火具で火傷するほどの摩擦熱を発生させた。その時できた木屑の山も炭化していた。『発火』以外の全ては、あの時起こせていた。
「火属性の中で『封印』が邪魔してるのは、『熱い』から『発火』の切り替わりポイントだけ。そしておそらく属性ごとにそういうポイントがあって、逆に言えばそのたった一つ以外はできるんだよ。火を起こせない僕でも、手を擦って熱を生み出したみたいにな」
……付け加えるなら。
『無能者』にできないことは、もう一つある。そうでないと辻褄が合わない。
ユーニに習った〈風化〉の魔法は失敗した。なら、僕に『風化』現象は起こせないのか?
おそらくそうじゃない。固い物で擦れば、水を垂らし続ければ、風に吹き晒していれば、いつか石は砂になるはずだ。それが何千年、何万年後かは別の話として。
だから、僕にできなかったのはもっと根本。『魔法の発動』だ。
【仮説・改訂】
零寵者である公平にできないことは二つ。
・八つの属性に掛けられた『封印』を突破すること。
・魔法を発動すること。
「『できないこと』がどこなのか、『どこまでなら僕にもできるのか』を知っておくのは重要なことだ。だからひとまず電気――『雷』を試した。ゴロゴロビシャーン、まではいかなくとも、その力の元を発生させることまではできた、って確認作業ってところか」
と言うか、雷属性に関しちゃその『ゴロゴロビシャーン』が本命と睨んでるが。
電気――電磁気力の特性は多岐に渡る。
何しろ世界を構成する四つの力の一つだ。カバーする範囲の広さは誇張抜きに世界屈指のはず。
ゴロゴロビシャーン――放電以外にも、電気が起こす現象は数知れない。さっきの実験で磁力を扱えることが確定したが、『できること』の幅はまだまだ調べきれない。
「……そうだ、光だって確か電磁波だったよな。じゃあ光属性がないのも、雷属性の範疇に含まれるからって可能性も――」
「……強いですわね。リベルさんは」
喋りまくってエンジンがかかり、考察に没頭しかけていた僕に、ネラは優しく微笑む。
「え……そうか?」
「ええ。私も零寵者には何人かお会いしてきましたが、貴方のように諦めない強さを持った方は――」
――ガタッ。
唐突に、家の中から物音がした。僕とネラが同時に反応したことから、気のせいではないだろう。
いつかのごとく、一つ頷き合って同時に席を立つ。
窓から顔だけを覗かせ、家の中を探る。実験が終わって放置したままだったテーブルの後ろから、手が生えていた。
その手はテーブルの上を探り、シトリマを掴もうと――
「食べるな!」
「ひっ」
僕が張り上げた大声に、手が引っ込んだ。
入口の戸を開け、家に入る。テーブルを回り込むとそこには、縮こまってこちらを見上げる少女がいた。
「ご、ごめんなさい……! お腹がすいてて……ゆる、許して……」
怯えきった目でひたすらこちらに許しを乞う。
僕が一歩踏み出そうとすると、反射的に顔と頭を庇おうとする――おそらくこれまで何度もそうなったことで学習した、無意識の行動だろう。
上げかけた足を、後ろへ――一歩下がって、僕もしゃがみ込む。
「怒ってるわけじゃないんだ、ただそれは金属イオンが……あー、悪いもんが溶け込んでて、病気になるんだ。大体見りゃ分かるだろ、明らかに食べる目的で切ってないって」
果汁に溶解しているのはこの場合、亜鉛イオンだったか。実際どれくらい害があるか知らないが、食べないに越したことはない。
そもそも、この酸っぱいだけの果物をそのまま食べようとするって……。
それだけ、困窮しているのか。
改めて少女を見る。細い。年齢は8歳か、9歳か……まだ幼いというのを加味しても、ひどく痩せこけた印象を受ける。
ボサボサで手入れされていない髪、はっきり汚いと言ってしまえる衣服。そして無気力に怯えるだけで動こうとしないのは、諦めを知ってしまっているからか。
……これは、言葉だけじゃ無理だな。
「食べ物なら、すぐ何か作ってやる。だからそれはやめとけ」
言って僕は立ち上がる。
「ほ、ほんとに……?」
……これだけ怯えても、食い気には正直なんだな。僕は苦笑し、さて何を作るかと気合を入れた。
簡単な食事を食べさせたあと、僕は少女を風呂……はないので、体を洗ってやることにした。
ただ、幼くとも女性。最初はネラに頼もうかとも思ったんだけど……貴族である彼女に貧民の少女を洗わせるって、社会制度的に僕がやる以上にまずい可能性があるのでやめておいた。
まあ、妹が小さい頃はよくやっていたことだ。今更尻込みして彼女をそのままにする方が忍びない。
ボロ切れのような服を脱がせ、湯に浸した布で体を拭いていく。
灰色の髪はさっき買った石鹸――貴族くらいしか使わない高級品だと知って、それでもなお衛生には代えられないと判断したもの――を使って洗ってやる。
石鹸か……水酸化ナトリウムとか精製できれば自分でも作れるかな。どっかで作り方だけは見たことあるんだよな、うろ覚えだけど。
などと考え事で気まずさを誤魔化しながら洗い上げ、水気を拭き取ってから僕の着替えのシャツを着せて、ひとまず完了。
ドライヤーなどないので髪は濡れたままだが、そこは我慢してもらおう。
今は外の椅子で日に当たりながら、興味深そうにダボダボの袖を持ち上げて眺めている。その姿からさっきまでの警戒が薄れていることを見て取ると、僕は彼女に問いかけた。
「なあ。君、名前は?」
ほんの数秒。それだけで彼女は最後の躊躇を振り切ってくれた。
「……フェタ」
「そっか。フェタ、さっきは怒鳴ってごめんな。怖かったろ?」
ふるふると首を横に振ってくれる。気を遣ってくれてのことだとしても、それだけでありがたい。
さて何を聞けばいいのか、と考え込む。
ここで何を? 決まってる、食べ物を求めてだ。
「フェタ、ご両親は?」
再び首を横に。そうか……悪いこと聞いちゃったな。
「じゃあ、帰るところもないの?」
また首を振って否定。ただし、今度は強くだ。
「家はあるんだ?」
「……みんなと、港の外で暮らしてる。でもフェタは仕事できないから……無能者だから」
「……港の南、都市壁の外にはそうした方々が集まる地区がありますの。おそらく、そこに身を寄せているのかと」
要するに貧民街とか、スラムと呼ばれるような場所なのだろう。
「……無能者だと、やっぱりハンデがあるのかな」
そこに暮らす人たちが、必死で彼らの日々を生きていることは間違いない。その中で自分が、足を引っ張ってしまうとしたら。それを自覚しているとしたら。
「ええ。あなたも火打石の件で感じたのではありませんこと? マナのない人間が生きていくには、どれだけの苦労が待っているか」
「……そうだな」
火は起こせない。電気だって、現状は豆電球すら点かない貧弱なものしか作り出せない。
その上で魔法も戦いの技術もないとなれば、この世界の僕は本来、最底辺の弱者と言って過言ではないだろう。
だからこそ、そんな落伍者が暴力や制裁に怯えながらひとかけらのパンくずを掠めて生きるしかないことも、想像に難くない。
――何とかしてやりたい気持ちはある。断言できる。
でも、僕にできることはなんだ?
買い込んだ食料の一部を分けてやれば、フェタは喜んで帰るだろう。『みんな』と分け合うのかもしれない。それで貧しい子供たちを喜ばせられたなら、大層立派なことだ。
でも、それだけか?
世界の押し付ける不条理に抗うと意気込んでおいて、同じ苦難を抱える少女にしてやれるのは、そこまでなのか?
……保証できない? 責任を負えない?
それは偉い側の論理だろう。僕はそれを振りかざすほど『上』なのか?
僕は与える資格なんて持っちゃいない。なら簡単だ。今日も散々そうしてもらったはずだ。
結局、その言葉は――驚くほど自然に紡がれた。
「フェタ、ここに住む気はないか?」
フェタは少し驚いたような顔を見せる。それが恐れや怯えから来たものじゃないことは、見れば分かる。
僕は後ろのネラに向き直り、黙って視線を向ける……彼女は小さく頷き返してくれた。
それを見て、僕はフェタに目を戻して微笑む。
「……ほんとに、いいの?」
「さっきネラが言ってたけど、僕も同じ無能者なんだ。最近来たばかりで、まだこの辺りのことも詳しくない。先輩に色々教えてもらえたら、嬉しいんだけどな」
「……っ! うんっ」
救ってやる、なんて偉そうなことは言えない。
信じろ、とも言えない。
僕は無能者だ。
この世界にそっぽを向かれた存在。神の罰に喘ぐ哀れな人間。
それでも、一つずつ。調べて、試して、検証して。
解き明かしてみせると決めたのだから。
――だから、僕に『投資』してくれ。




