第9・8節 古田織部の帰京
翌9月22日早朝、古田織部と知らない二人の人がやってきた。
私:「古田殿、いつ聚楽第にお帰りで?」
古田:「昨日の昼、帰京しました。早速ですが、大友義統殿とその弟の田原四郎殿に茶会をしてあげてください。私が半東をいたしますので。」
私:「わかりました。料理は宗恩に任せたいのですが、よろしいですか?」
古田:「もちろんです。それと利休殿の得意な麩の焼もお願いいたします。」
私:「わかりました。では、こちらへ。」
私は、宗恩に懐石料理を用意してもらい、古田を半東に、四畳半の茶席で茶会を行った。古田は私に桐棚を使うよう促した。私と古田は、それぞれ、正客の兄・大友義統、次客の弟・田原四郎に懐石膳を渡した。水屋に戻ると、古田が小声で話しかけて来た。
古田:「話は細川殿より聞いています。この後すぐ、私を正客にして同じ茶会を開いてください。懐石膳は不要ですが、茶会記には、同じような内容を記載しておいてください。」
私:「わかりました。」
古田:「桐棚の点前は、二日で仕上げます。気合を入れてください。」
私:「はい。頑張ります。」
懐石、菓子、中立、炭手前と古田に膝を軽く叩かれながら進んだ。
古田は、間違えている場合、膝を叩くと言っていたが、もう十数回は叩かれている気がする。
古田:「利休殿、少しよろしいでしょうか。水屋で問題が発生しました。大友殿、田原殿、申し訳ありませんが、少々、お待ちいただけますか?」
大友:「もちろんです、古田殿。それに利休殿も焦らず対応してください。いつまででも待っておりますので。」
私:「ありがとうございます。」
水屋へ行くと、厳しい目で私を見つめて正座している古田がいた。
古田:「まずは座って下さい。」
私:「かなり膝を叩かれていましたね。」
古田:「もう、二日で仕上げるのはあきらめます。手に負えません。」
私:「そんな~。」
古田:「問題は足運びと手の動きです。経験が絶対的に足りないようです。これでよく生き残れましたね。」
私:「昨日、関白様に、下手な点前をやってみろ、と言われたので、普通に点前をしたらOKでした。」
古田:「そうでしょうね。いや、待ってください。その手がありますね。」
私:「はい?」
古田:「とりあえず、さっさと濃茶点前をして、あの二人を帰しましょう。」
私:「はい。あと、膝は叩かなくていいですよ。自分でもダメなのは分かっていますので。」
古田:「わかりました。では手が怪しい時は、適当な話題で二人の目を逸らしますので、安心してください。」
私:「ありがとうございます。助かります。」
何とか茶会を終え、宗恩に懐石料理はいらない旨を伝えてすぐ、古田と茶室で話し合いになった。
古田:「まず桐棚ですが、今後、一切使わない方が良いでしょう。それと細川殿が言っていた宗甫棚ですが、真台子を覚えた利休殿なら、桐棚より覚えやすいと思います。今後、棚物は宗甫棚で行きましょう。」
私:「宗甫棚がどんな棚か分からないのですが。」
古田:「私の家に、似たような棚があります。それを基に、探してみてください。」
私:「宝探しゲームですね。分かりました。」
古田:「それから、右手と右足を捻挫してください。」
私:「えっ!」
古田:「怪我をしたので、利休殿の手が下手になったのです。まあ、捻挫したフリで良いのですが。そうですね、薬師を一人仲間にしましょう。利休殿、最近かかっている薬師はいますか?」
私:「竹田先生がいます。ですが、本気ですか?」
古田:「本気です。もはや手段は選んでいられません。私は細川殿に許可を得てきます。利休殿は竹田先生の都合を聞いてきてください。明日、細川邸で待ち合わせましょう。」
私:「わかりました。」
私はすぐに桐棚を蔵にしまい、真台子と天目茶碗を出した。水屋に戻ると古田は、いくつかの茶壺を覗いていた。
古田:「普段はどの茶壺から濃茶を出していますか?」
私:「この橋立という茶壺から出しています。」
古田:「では、佐保姫は封をしたままですね。今後はこの茶壺も使いましょう。」
私:「佐保姫?封?」
古田:「宗恩殿も近くにいるので、説明は後日にしましょう。取り敢えず茶会記には、佐保姫の口切と書いてください。」
私:「はい。」
古田は佐保姫という茶壺の口周りの紙を切り、蓋を開けた。
私:「その紙が封ですか?」
古田:「そうです。蓋は閉めますが、封はしないでおきます。後は、こちらの御茶も使ってください。」
私:「ありがとうございます。」
古田:「では利休殿、お点前を見ましょう。茶室に移動してください。」
私と古田は茶室に移動し、二人で道具を見るふりをしながら、道具の持ち方や手の動きなどを習った。時々、宗恩の足音が聞こえたが、これなら見られても大丈夫だろう。
しばらくして、宗恩が茶室に近づく音が聞こえた。
宗恩:「失礼いたします、利休様、古田様。只今、木村屋宗怡様がお見えになりました。」
私:「わかりました宗恩、少々、お待ちいただいてください。」
宗恩:「かしこまりました。」
宗恩が茶室から遠ざかるのを待って、古田に質問した。
私:「木村屋宗怡という人は、どういう人ですか?」
古田:「私も知りません。では、私が木村屋殿にどんな人か尋ねますので、横で聞いていてください。」
私:「ありがとうございます。とても助かります。」
古田:「では行きましょう。」
私と古田は、二人で一緒に玄関へ向かった。
私:「古田殿、本日はお越しいただきありがとうございました。」
宗恩:「古田様は、昨日帰京したばかりとのこと、どうぞゆっくりと、体をお休めください。」
古田:「宗恩殿、ありがとうございます。それと、こちらの方が木村屋殿ですかな?」
宗恩:「はい。」
木村屋:「はじめまして、木村屋の宗左衛門と申します。宗怡と呼んで頂ければ幸いです。古田様ということは、利休殿の門弟の古田織部殿ですね。」
古田:「はい。ところで、宗怡殿と利休殿はどういった関係なのでしょうか?」
木村屋:「信長様が、堺の町で行った矢銭徴課はご存知ですか?」
古田:「確か、20年程前に矢銭2万貫という法外な税をかけ、これを飲まなければ攻撃するという時に、今井宗久殿が対処して、堺の町を救ったという話ですね。」
木村屋:「はい。その時、魚屋の利休殿と知り合いまして。それからの付き合いでしょうか。」
古田:「なるほど。では、宗怡殿、これで失礼します。」
木村屋:「はい。古田殿。」
木村屋が私の方を向いた。
木村屋:「利休殿、よろしいですかな?」
私:「もちろんです。どうぞお入りください。」
宗恩:「では、懐石料理の用意をいたしますね。」
私:「お願いいたします。」
私は、木村屋との茶会を適当に終わらせ、大急ぎで竹田先生の所へ行った。
私:「竹田先生、明日、よろしければお時間をいただけないでしょうか。」
竹田:「利休殿、走ってこられましたね。まあ、水でも飲んで少し落ち着いてください。肺が悪いのですから、あまり無理をされてはお体に触りますよ。」
私:「はい。」
竹田:「それで、どういったご用件でしょうか。」
私:「先日の関白様との茶会では、あまりゆっくりお話し出来なかったでしょう。その代わりとして、明日、細川殿の家で一緒にお話でも出来ないかと思いまして。」
竹田:「それは素晴らしい提案ですね。ぜひ参加させてください。そうですね、明日なら、お昼には時間が取れます。」
私:「わかりました。では細川殿には、そのように伝えます。細川邸はご存知ですか?」
竹田:「洛中洛外図を知るものなら皆、分かりますよ。」
私:「どういう意味ですか?」
竹田:「洛中洛外図はご存知ですよね?」
私:「確か京都の町を描いた屏風絵ですよね。」
竹田:「その通りです。その絵には必ず細川邸が描かれています。」
私:「知りませんでした。細川邸は、そんなに有名だったんですね。」
竹田:「では、利休殿、午後の診療が始まりますので、この辺でよろしいですか?」
私:「はい、失礼します。」
ゆっくり歩いて家に帰ると、宗恩が玄関で待っていた。
宗恩:「利休様、先ほど毛利輝元様がお見えになりました。まだ遠くには行っていませんので、私が追いかけましょうか?」
私:「実は、今、薬師の竹田先生の所へ行って、走るのはやめなさいと言われたばかりです。私も宗恩も良い歳です。無理はしない方が良いと思いませんか?」
宗恩:「わかりました。では、使者を呼びましょう。」
私:「使者?」
宗恩:「見ていてください。そこら辺にいる人に、この銀を渡してます。ちょっと、そこの方。」
そこの方:「はい、なんでっしゃろう。」
宗恩:「こちらの銀を差し上げますので、城門へ行って、毛利輝元様の使者を利休様が呼んでいると伝えてきてください。」
そこの方:「へい。承知いたしやした。利休様。」
私:「手慣れてますね。」
宗恩:「利休様は、直接、動かれる方がお好きなようですね。」
私:「どうなんでしょうね。とりあえず、使者が来るのを中に入って待ちましょう。」
その後、毛利輝元が利休屋敷で茶会をしたい旨の連絡が入った。
私:「では、今夜、お待ちしていますとお伝えください。」
使者:「承知いたしました。」
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