第9・7節 秀吉との茶会 ~薬師堂と石田三成~
9月21日夕方、秀吉の到着を待っていた私の前に、知らない人が現れた。
知らない人:「こんばんは、利休殿。少しよろしいですかな。」
私:「はい。何でしょう。」
知らない人:「よろしければ、今晩、茶会をお願いできないでしょうか。」
私:「申し訳ありません。今晩は、関白様に茶会を供することになっていまして、都合がつきません。問題なければ、明日以降と言うわけにはいかないでしょうか。」
知らない人:「なんと関白様が!それは失礼いたしました。では、出直しましょう。」
そこへ、毛利輝元がやってきた。
毛利:「これは利休殿に宗及殿、茶会の相談ですかな?」
私:「実は、これから関白様がいらっしゃるので、茶会をお断りしていた所です。」
毛利:「なんと関白様が!私も茶会の誘いに来たのだが、振られましたな。」
私:「申し訳ありません。」
そこへ偶然、薬師・竹田が通りかかった。
竹田:「利休殿、具合はどうですかな。」
私:「これは竹田先生。だいぶ薬が効いているようで、調子が良いです。」
知らない人:「先生?利休殿、そちらの方は何かの師匠ですかな?」
私:「いいえ、私の体を診ていただいている薬師の竹田先生です。」
知らない人:「これはこれは。初めまして、私は津田宗及と申すものです。どうぞお見知りおきを。」
竹田:「これは宗及殿。お名前は常々お伺いしております。」
毛利:「竹田殿も茶会に来られたのかな?」
竹田:「そうですね。茶会も良いですね。」
私:「すみません。本日は関白様がいらっしゃるため、皆様に茶会をお断りしています。」
知らない人は、津田宗及という人か。
どこかで聞いたことがあるような気がする。
そこへ、ちょうど豪華な駕籠が現れた。
秀吉:「なんじゃ、宗易。玄関先で楽しそうじゃな。」
私:「ようこそお越しくださいました。関白様。」
秀吉:「輝元、ここで何をしておる。」
毛利:「利休殿に茶会を申し込みに来たのですが、断られてしまいまして。」
秀吉:「宗及もか。」
津田:「はい。」
秀吉:「竹田殿もじゃな。」
竹田:「はっ。」
秀吉:「宗易よ、いっそ全員で茶会にしよう。」
私:「えっ!」
秀吉:「えっ、ではない。そのように支度せよ。」
私:「かしこまりました。すぐに。」
私は、宗恩に事情を説明し、懐石料理を四人分に増やしてもらった。
懐石の酒で、秀吉はかなり上機嫌になっていた。
秀吉:「宗易、つまらぬ。つまらぬぞ。もっと茶の湯で失敗せよ。」
私:「失敗、ですか。点前中に、柄杓を落としたり、棗を転がしたり、茶碗を割ったりとかですか?」
秀吉:「違う。もっと、こう、手が下手なのじゃ。」
津田:「利休殿、この後の濃茶点前で、下手な点前をご披露されれば良いのでは。」
毛利:「名案ですな。利休殿の下手な点前。ぜひ見てみたいものだ。」
私:「わかりました。下手なお点前、ご披露いたします。」
秀吉:「よいぞ。よいぞ。」
濃茶点前がはじまった。
私は細川玉子に指摘された点を直さずに、点前をしてみた。
津田:「おっ、今、柄杓の角度が悪かったのではないですか?」
毛利:「さすが津田殿、私は気づきませなんだ。おっ、今の釜から汲む柄杓の高さは分かりましたぞ。」
竹田:「しかし、器用に失敗なさる。さすがは利休殿。まるで、元々、下手であるかのようだ。」
秀吉が静かになっていた。
私:「関白様?」
秀吉:「むにゃ?なんじゃ?どうした?」
毛利:「酒量が過ぎたのでしょう。もうお休みになられてはどうですか?関白様。」
秀吉:「なっ、何を言っておる輝元。わしは飲み過ぎてなどおらぬ。」
毛利:「竹田殿、薬師として助言してください。」
竹田:「関白様、論語の郷党第十にこういう一文があります。
惟酒は量無けれども、乱に及ばず
孔子は、酒量に制限を付けてはいなかったのですが、乱れる程は飲まないようにしていたそうです。関白様も賢人なれば、酒などで乱れることはないでしょう。」
秀吉:「そうじゃ。そうじゃ。わしは酔ってなどおらぬぞ。」
私は普通に濃茶点前を進め、濃茶をお出しした。
毛利:「関白様、取りあえず、茶でも飲んでくだされ。」
秀吉:「そうじゃな。そうじゃな。」
茶を飲むことで、少し酔いが醒めたようだった。
秀吉:「して、この茶碗は、何という茶碗じゃ。」
私は、細川に習っていた茶碗の名前を思い返した。
私:「茶碗は薬師堂茶碗でございます。」
秀吉:「そういえば、三成は薬師堂の出だったな。」
私:「石田殿はどのようにして、今の地位に就かれたのですか。」
秀吉:「もう十年以上前の話じゃ。観音寺薬師堂で小僧をしていた三成が、わしに茶を三杯出したのじゃ。最初は温めの茶を大茶碗で、次に温か(あたたか)な茶を普通の茶碗で、最後に熱い茶を小茶碗で差し出してきた。この作為、にくいではないか。この小僧には何かあると思ったのお。三成は既に15・6歳。わしは、この寺の住職に言って、すぐ三成をわしの部下にしたのじゃよ。一緒に父・正継、兄・正澄も士官してきたがのお。」
毛利:「それは知りませんでした。私も茶の湯を勉強せねば、石田殿に大老の地位を追われかねませんな。」
秀吉:「そうじゃ。そうじゃ。利休に弟子入りでもしたらよかろう。それとも、宗及に就く方が良いかな?」
毛利:「ご冗談を。」
私が不思議な顔をしていると、津田宗及が小声で話しかけて来た。
津田:「実は三日前、毛利殿の家で、関白様と三人で茶会を開いたのです。その時、話題になったのが、毛利殿の茶の湯の師は誰かということです。始めは、二年前、頻繁に津田家を訪れ、茶会をしたので私ではないかと言われました。そこで、数年前から何度か交流のある利休殿か、それとも、今井宗久殿かと聞いたのです。」
私:「結局、どなただったのですか?」
津田:「私は毛利殿に茶の湯を教えた覚えがありません。利休殿にも茶の湯を教えた覚えはないようですね。今井宗久殿にも先日、一応確認しましたが、教えていないそうです。」
私:「ということは。」
津田:「はい。独学です。三日前も毛利殿は独学という結論に達しました。そこで関白様が毛利殿を誰かの弟子にしようとしているのです。」
私:「では、津田殿が良いですね。」
津田:「私は、利休殿をお薦めしたのですが。」
秀吉が私と津田宗及の間に割って入ってきた。
秀吉は、少し眠そうにしていた。
秀吉:「聞こえておったぞ、宗及に宗易。よし、二人で輝元を特訓して、三日で物にしてみせよ。むにゃむにゃ。」
毛利:「関白様、何を無理難題を言っているのですか。そもそも何を三日で覚えればよいのやら。」
私:「関白様、よろしければ、酔い覚ましに水を飲まれた方が良くありませんか。二日酔いになりますよ。」
秀吉:「なんじゃ、その二日酔いというのは?宗易、酔いは醒まさぬ方がよいのじゃ。むにゃむにゃ。」
毛利:「利休殿、そろそろ関白様を連れて帰ります。手伝ってもらえますかな。」
私:「承知いたしました。ああ、酔い覚ましにウコンでもあれば良いのに。」
竹田:「ウコンというと、肝臓の機能を増進させるという生姜の一種ですかな、利休殿。」
しまった。
現代語を多用している気がする。
私:「あっ、いえ、以前そんな話を聞いたような気がしただけで。それより、関白様を運ぶのを手伝っていただけませんか、竹田先生。」
竹田:「わかりました。私は上の方を持ち上げますので、利休殿は足の方を持ち上げてください。津田殿はお腹の方を、毛利殿は、申し訳ありませんが、外の駕籠に行って準備をしてください。」
毛利:「承知しましたぞ。」
竹田:「利休殿は、医学にも精通していらしたのですね。いや、感心感心。」
私:「そんなことはないですよ。それより、関白様は見た目より重たいですね。」
津田:「利休殿、滅多なことを言うものではありません。」
秀吉:「そうじゃ、滅多なことをいうものではないぞ、宗易。むにゃむにゃ。」
私:「はい。すみません。」
毛利輝元が豊臣秀吉を聚楽第の城まで送ることになった。
毛利:「いやぁ、関白様がここまで酔いつぶれるのは珍しいですな。よほど、利休殿のことが気に入っているのでしょう。では、本日はこれにて失礼いたします。」
私:「はい。お気をつけて。」
津田:「私も失礼いたしましょう。利休殿、また機会があれば、茶会をお願いいたします。」
私:「はい、こちらこそよろしくお願いいたします。」
竹田:「利休殿、今度、医学の話しでもしましょう。」
私:「先生、すみませんが医学の話しは、辞退させてください。」
竹田:「そうですか?先の室町幕府の頃より、琉球からの輸入に頼っている希少なウコンをご存知なのですから、かなり医学に精通していると思ったのですが。まあ、いいでしょう。では、私も失礼いたします。」
私:「はい、先生。」
しかし、今日はかなり現代語を多用してしまった。
毛利輝元、津田宗及、竹田先生、そして、豊臣秀吉。
この中に、未来人はいないようだが。
一抹の不安を抱えながら、私は一人、玄関に入って行った。
玄関には、宗恩が立っていた。
私:「宗恩、すまないけれど、風呂を沸かしてもらえませんか?」
宗恩:「かしこまりました。」
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