第9・6節 細川三斎の帰京と今後
9月15日朝、細川邸に行くと、細川三斎が帰宅していた。
細川:「おはようございます、利休殿。お変わりありませんか。」
私:「えーと、どこから言えば良いのやら。とにかくいろいろありました。」
細川:「玉から少し話を聞いています。大変でしたね。まあ、玄関先で話していても仕方がないので、まずは上がってください。」
私:「はい。」
細川邸の茶席に通され、正客の席に座らされ、早速、茶会が始まった。亭主は細川玉子である。
細川玉子:「あなた様、あまり利休様をあまやかさないでくださいね。まだまだ勉強することが沢山ある身なのですから。利休様、本日は正客の練習をしながら、夫と話をしてください。所作は大丈夫ですね。」
私:「細川殿、助けてください。スパルタ教育の古田殿が二人います。」
細川:「そうですか。そうですか。では、玉、みっちり扱いてあげてください。」
細川玉子:「利休様、覚悟はよろしいですね?」
私:「うわ~。古田殿が三人に増えた。」
懐石料理が運ばれてきた。
細川:「淀の方様と大政所様の話からしましょう。今後、お二人と接触する場合は、関白様の動きに注意してください。」
私:「そういえば、関白様も未来人の可能性があるのでしたね。」
細川:「淀の方様が立ち聞きしたという内容から、関白様と瀬田掃部殿は、少なくとも未来人のことを知っている人物となります。未来人と断定するには情報が少ないですね。」
私:「しかも、山田一郎の事を知っているとなると、未来人として接触するのは、絶対ダメだと思い、最初は普通に振舞っていたのですが。関白様と話す時は、未来人のことをすっかり忘れていました。」
細川:「それが良かったのでしょうね。関白様は、戦後処理の時、私を含む何人かの武将に、利休殿の話を何度もしていました。かなり気に入られているようですね。」
私:「えへへ。」
細川:「内容は、手が下手になったとか、時々、点前を忘れているようだとか、茶の味が変わったとかでしたね。関白様は、そこが良かったようです。あの利休も、猿の様に木から落ちる時が来たとね。」
私:「あらら。」
ちょうど、燗鍋を運んできた細川玉子が、私を見つめて言った。
細川玉子:「それは、いけませんね。利休様、帛紗捌き100回の刑です。」
私:「はい。頑張ります。」
私は帛紗を捌きだした。
細川は私の行動を無視して話を続けた。
細川:「淀の方様と大政所様への接触は、引き続き利休殿にお任せします。利休殿の切腹後は、私と古田殿の二人で対応しますので、ご安心ください。」
私:「はい。」
細川:「それと瀬田掃部殿ですが、よくよく考えると、去年あたりから、少し余所余所しかったですね。去年から未来人になったという可能性が高いでしょう。逆に、関白様は未来人になったという印象を受けないので、もしかすると、瀬田殿か山田一郎本人から接触のあった過去人と考えた方が良いのかもしれません。」
私:「なるほど。彼らは山田一郎に組する悪い奴らということですね。」
細川:「どう聞けば、そうなるのやら。それに利休殿は、いつから正義の味方になったのですか。」
私:「違うのですか。私達は、未来人と過去の歴史を守るスーパーヒーローだと思っていたのですが。」
細川は考え込んでしまった。
細川:「子供じみていますが、そういう考え方もあるのですね。いずれにせよ、カタカナ用語はやめましょう。」
私:「はい。注意します。」
細川:「瀬田殿の動きは私と古田殿で監視し、何かあれば対応します。危険ですので、利休殿は動かないでください。」
私:「何も手伝えないのですね。」
細川:「むしろ、茶の湯に集中してください。それが利休殿の仕事です。」
私:「わかりました。頑張ります。」
細川:「それと利休殿。そろそろ帛紗捌きは、やめても良いですよ。」
懐石料理の間、私は、馬廻の八嶋久右衛門、毛利輝元、豊臣秀吉、大徳寺の古渓和尚らとの茶会について報告した。
細川:「とにかく何事もなくて良かった。それと9月末には、有馬温泉に関白様と行くことになるようですね。しかし、古田殿がまだ戻らないので、どうしたものか。」
私:「古田殿は、いつ京都に戻られるのですか。」
細川:「会津の方まで行って戦後処理をしているので、おそらく9月末になるかと思います。」
私:「有馬温泉に行く前に、古田殿と特訓するのは難しいですね。」
細川:「何、にやけているのですか利休殿。そんなに古田殿の特訓がいやでしたか?」
私:「にやけてませんよ、別に。古田殿の特訓が一番厳しいのは確かですがね。」
細川玉子とお吟がやってきて、懐石膳を下げ始めた。
細川:「玉、古田殿が居ない場合、どこまで点前を教えられますか?」
細川玉子:「正直、点前に関しては自信がありません。なので、利休殿には割り稽古を中心に教えてきました。」
細川:「そうですか。私もすべての点前を知っているわけではないですし。古田殿には帰京してもらわないと困りますね。こうしましょう。私の方から古田殿に、帰京を促す手紙を書きます。もし有馬温泉に行くまでに間に合えば、利休殿を特訓してもらいましょう。それまでは、私と玉で対応しましょう。」
私:「よろしくお願いいたします。」
その後、無事茶会が終わり、細川が提案した。
細川:「二日に一回は細川邸に来てください。私の知る限りの点前を勉強しましょう。濃茶の平点前しかできない今の利休殿では、今後が心配過ぎます。」
私:「濃茶は、真台子と平点前以外にも点前があるのですか?」
細川:「少なくとも、各種棚物や台天目など、真台子と平点前だけではありません。細川家と千家には、同じ桐棚があります。あと、千家には桐違棚や宗甫棚があります。それに利休殿は炉の点前を、ほとんどしていませんね。」
私:「宗甫棚って何ですか?」
細川:「千家にあるものは、青漆で刷毛目のない、唐物を写した爪紅の及台子です。元々、武野紹鴎殿の門人・重宗甫が所持していたので、その名があります。真台子は四本柱、及台子は二本柱の台子です。まあ、まずは桐棚から練習しましょう。明日、千家に伺いますので、桐違棚も覚えてください。」
私:「よろしくお願いいたします。」
その日、三回程、桐棚で点前をし、解散となった。
細川:「では利休殿、今日中に、桐棚を蔵から出しておいて下さい。桐違棚は、明日、私と一緒に蔵で探しましょう。ただ、宗甫棚の点前は私も詳しくありません。古田殿が帰るまで、蔵から出さない方が無難かもしれませんね。」
私:「わかりました。では早速家に帰って探してみます。」
千家に戻り、蔵から埃の被っていた桐棚を出した。
私:「少し、綺麗にしないと使えないな。」
桐棚を綺麗にしているうち、茶室で眠っていたようである。
宗恩:「利休様、起きてください。夕食ができていますよ。」
私:「はい。ありがとうございます。」
宗恩:「桐棚を使われるのですか?」
私:「はい、しばらく使っていなかったせいか、かなり汚れていまして、綺麗にしていた所です。」
宗恩:「では、後ほど、私も手伝いましょう。」
私:「ありがとうございます。助かります。では、夕飯にしましょう。」
翌9月16日、千家に細川が来て、蔵から桐違棚を出した。
細川:「少し傷んでいますね。一回でも別の点前をする方が良いとは思うのですが、どうしますか?」
私:「教えてください。頑張って覚えます。」
細川:「よく言ってくださいました。それでこそ教え甲斐があります。では、今日は桐違棚を綺麗にして、点前をしてみましょう。宗恩殿は、どうされてますか?」
私:「今は台所にいますが、夕方には大抵、買い出しに出かけて家にはいません。その間なら稽古できると思います。」
細川:「わかりました。それまでは、桐棚で私に茶の湯を教えてください。間違っていたら、膝を叩きますので。」
私:「よろしくお願いいたします。」
9月18日まで特訓は続いた。
翌9月19日、細川家へ出かけ、秀吉から9月21日の夜、利休屋敷で茶会をし、9月25日に有馬温泉へ出発するとの通達があった旨を報告した。
細川:「そうすると、20日から21日昼までに、何度か千家で練習茶会をした方が良いですね。私の方で適当な人を探しておきます。それから朗報です。22日に古田殿が京都へ帰ってくるそうです。有馬温泉へ行くまでに、何度か特訓してもらえそうですね。」
私:「覚悟はできています。」
細川:「何の覚悟ですか。まあ良いでしょう。それと、私との練習点前は今日が最後になるでしょう。後は、古田殿にお願いしますので。」
私:「では、本日もよろしくお願いいたします。」
翌9月20日朝、細川の紹介で水野監物と武田左吉という2人が、同日昼、神屋宗湛という人が来たので、無難に平点前をした。
夕方、細川三斎が来て、茶会の報告をした。
細川:「利休殿、今日の茶会記を見せてください。どれどれ。」
私:「ごくり。」
細川:「擬音語は声には出さないようにしてくださいね。まあ、この茶会記なら良いでしょう。合格です。」
私:「ありがとうございます。」
細川:「明日は、小早川隆景殿と吉川藏人殿を別々に呼んでいます。どちらかで良いので、桐棚か桐違棚を使って茶会をしてください。」
私:「わかりました。」
細川:「明晩の関白様ですが、無難に濃茶の平点前にしてください。関白様が誰を共に連れて来るかわからないですしね。」
私:「はい。」
翌9月21日朝、小早川隆景に桐違棚を使って茶会を開いた。
同日昼、吉川藏人にも桐違棚を使って茶会を開き、夕方になる前に、桐違棚を蔵にしまった。
私:「さて、いよいよ関白様との茶会か。宗恩、今夜、予定通り関白様がいらっしゃいます。懐石料理の準備、よろしくお願いいたします。」
宗恩:「はい。かしこまりました。」
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