第9・4節 秀吉の御成と跡見の茶会
9月13日早朝、薬師の竹田先生がやってきた。
竹田:「本日はお招きいただきありがとうございます。関白様もいらっしゃるのでしょう。緊張しますね。」
私:「はい。関白様は気分屋ですので、下手なことを言うと殺されかねませんからね。」
竹田:「脅さないでください、利休殿。では、茶席の準備を手伝いましょう。」
私:「ありがとうございます。」
しばらくして、関白秀吉御一行が利休屋敷の前に到着した。
私:「関白様、本日は、お越しくださり誠にありがとうございます。こちらが薬師の竹田です。」
竹田:「関白様、お初にお目にかかります。」
秀吉:「うむ。今日は楽しみにしておるぞ。それとどうしてもと言うから毒見役を連れて来た。」
毒見役:「柘植左京亮と申します。関白様のお食事の毒見をさせていただきます。客ではありませんが、関白様にお出しするお食事は、私を通してくださいませ。」
秀吉:「つまり、わしが正客で、薬師が次客ということだ。菓子などの食い物は左京に渡すように。」
私:「かしこまりました。ではご案内いたします。それと他の方々も、よろしければ書院で休まれますか?」
秀吉:「則頼、どうする?」
則頼:「ではそうさせていただきます。利休殿、どちらへ伺えばよろしいかな。」
私:「では宗恩に案内させます。宗恩。」
宗恩:「はい。では案内させていただきます。」
茶席は四畳半の方を使うこととした。
秀吉と薬師、それに毒見役の三人が茶席に入ってきた。
毒見役は、詰の席ではなく、茶席の隅に立っていた。
私:「柘植殿、茶席では座っていただきたいと思っています。毒見役で客ではないということは重々承知しておりますが、どうか、詰の席に座られてください。」
秀吉:「言われているぞ、左京。」
毒見役:「では、お言葉に甘えて。」
懐石料理を運んで、秀吉の前に置こうとしたとき、毒見役が制止した。
毒見役:「利休殿、懐石膳は、私の前に置いて下さい。菓子も同様です。お毒見の後、私が関白様にお運びしますので。」
私:「わかりました。柘植殿。」
私は、毒見役の前と、薬師の前に、それぞれ懐石膳を置いた。
秀吉:「残念じゃのぉ。折角、温かい汁が飲めると思ったのに。して宗易。今日の汁はなんじゃ。」
私:「納豆汁でございます。納豆は体の血の巡りを良くすると、竹田殿に教わりましたので。」
竹田:「他に不眠防止にも役立ちます。関白様はお忙しい方、利休殿に頼んで作っていただきました。」
秀吉:「それは重畳じゃ。左京よ、聞いたか。納豆は沢山残すように。」
毒見役:「はっ。」
私は御替わりを持ち出し、毒見役の前に置いた。
秀吉:「おお、二の膳か。して、その汁はなんじゃ。」
私:「鴨汁にございます。老化予防と疲労回復の効果があるそうです。」
秀吉:「そうかそうか。左京よ、聞いたか。鴨汁は沢山残すように。」
毒見役:「はっ。」
私は縁高を毒見役の前に置き、中立を促した。
秀吉:「では中立させてもらおう。準備ができたら銅鑼を鳴らすように。」
私:「かしこまりました。」
秀吉:「しかし、竹田殿は博識じゃな。してこの丸い菓子はなんじゃ?」
私:「石榴にございます。昔から薬として用いられてきたもので、お腹に良いそうです。食後に食べると良いとか。」
秀吉:「なるほど。左京よ、聞いたか。石榴は沢山、食べ残すように。」
毒見役:「はっ。」
濃茶点前に入り、細川玉子に習った手で点前をした。
秀吉:「手が変わったな宗易。以前の手に戻ってきたようじゃ。小田原では、やはり体調が悪かったのじゃな。」
私:「ご心配をおかけいたしました。」
秀吉:「なに、良いのじゃよ。そうだな、今度は一緒に、有馬温泉にでも行くとしよう。宗易の快気祝いじゃ。」
私:「ありがとうございます。心から感謝いたします。」
秀吉:「さて、茶も毒見するのだな左京。」
毒見役:「もちろんでございます。関白様。」
秀吉:「まあ、良い。旨いか左京。」
毒見役:「はい。思っていたより、茶が甘いと思います。」
秀吉:「そうか。そうか。流石は宗易じゃな。」
私:「ありがとうございます。」
秀吉:「して、この赤い天目茶碗はなんという茶碗だ。」
私は、以前、細川に習っていた事を思い出した。
私:「明けの井戸天目でございます。明けは暁の空、日が昇る勢いの関白様にふさわしい茶碗かと思い、用意いたしました。」
秀吉:「なるほど。日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に送ると言うからな。宗易、どこまで知っている。」
私は何のことかさっぱりわからなかった。
私:「なんのことでございましょう。」
秀吉:「皆まで言わずとも良い。わしが明国を攻めようと動いていることを言っているのだろう。だが、朝鮮国はわしの考えに、真っ向から反対しておる。宗易はどうなのだ。」
もしかして、今後、秀吉が行う予定の朝鮮出兵の話か。
確か朝鮮出兵は失敗に終わるはず。
止めた方が良いのかな。
私:「無理に攻めると、元寇の二の舞になるのではないですか?」
秀吉:「ああ、元国が、我が国に攻め込んで、大敗した戦いじゃな。確か海での戦いになれていなかったためと聞くが。宗易は、戦を仕掛けるのを良しとしないのか?」
私:「どちらかといえば、お止めした方が良いかと思っています。」
秀吉:「そうか。まあ、どちらにせよ、朝鮮国の出方次第だな。宗易、もう一杯、茶をもらえるかな。」
私:「かしこまりました。」
茶会が終わり、薬師の竹田と秀吉を見送ることになった。
秀吉:「宗易が元気そうで何よりじゃった。」
私:「ありがとうございます。お声がけいただければ、どこへでも伺います。」
秀吉:「うむ。ではとりあえず有馬温泉へ行くとしよう。良いな皆の者。」
御供達:「はっ。」
秀吉:「そうじゃ、則頼。宗易の茶を飲みたかろう。このまま跡見の茶会をしてもらうと良い。」
私:「跡見の茶会ですか。」
秀吉:「良いな宗易。何人か残って、茶を飲んでまいれ。」
御供達:「はっ。」
私:「わかりました。すぐに茶席の用意をいたします。」
そして、秀吉がとんでもない提案をしてきた。
秀吉:「そうじゃな。面白そうだから、わしもこっそり付き合うとしよう。わしが居ない場合のもてなしが、どんなものなのか見せてもらおう。」
私:「えっ!」
秀吉:「えっ、ではない。わしが居ないと思って茶会をせよ。食事も不要じゃ。」
私:「かしこまりました。」
竹田:「大変そうですので、私も準備を手伝いましょう。」
私:「ありがとうございます。」
すぐに宗恩に事情を話して懐石の質を少し落として食事を作ってもらった。
七人もの大人数になったため、書院で懐石を食べる事となった。
四畳半の茶室へ移動したが、全員は座りきれなく、秀吉が立った状態になった。
秀吉:「向こうの茶室はなんじゃ。少し小さいようだが。」
私:「あちらは普段使いの茶室でございます。」
秀吉:「宗易、わしが居ないと思って茶会をせよと言ったではないか。皆の者、移動じゃ。宗易、向こうの茶室を開けよ。」
私:「かしこまりました。」
二畳敷の茶室には、正客に有馬中務卿則頼、次客に薬師竹田、そして詰に秀吉が座ることとなった。他の人は水屋から立ち見することとなった。
秀吉:「さて、炭手前じゃな。わしに気にせず進めるように。」
私:「はい。」
秀吉:「ところで、その釜はなんじゃ。いろいろと模様が彫ってあるようだが。」
私:「はい、これは我が師・武野紹鴎殿の青磁雲龍御水指の地紋を、私の方で筆写した雲龍釜でございます。」
秀吉:「ほう、それは興味深い。どうした宗易、炭手前をせぬか。」
私:「はい。かしこまりました。」
私は、細川玉子に叱られたところを注意しながら、炭手前をした。
秀吉:「宗易、なにやら緊張でもしているのか。以前とだいぶ手が違っているが。」
私:「もう年ですので、手が思うように動かないだけでございます。」
秀吉:「そうか、竹田殿、宗易の病状は芳しくないのかな。」
竹田:「少々、肺を患っておいでです。医師としては、あまり無理をされないことをお薦めします。」
秀吉:「なるほど、竹田殿がそういうのであれば、そうなのだろう。宗易、無理はせぬようにな。」
私:「お心遣い、痛み入ります。では則頼殿。」
則頼:「有馬でございます。利休殿。」
私:「失礼いたしました。では、有馬殿。どうぞお茶を。」
有馬則頼は、私が差し出した茶を美味しそうに飲み、竹田に茶を回した。
竹田は、茶を吸い切り、自分の前に茶碗を置いた。
秀吉は、何か言いたそうだった。
私:「関白様も、一杯いかがですか。」
秀吉:「わ、わしは客ではない。じゃが、まだ住吉屋や左近もおる。もし、茶が余るようなら、仕方がない、わしが飲んでやろう。」
私:「では、沢山、練りましょう。」
私はかなり多めに茶を練った。
最後、順番に名前を聞いてみた。
秀吉:「そうじゃな、名を名乗っていけ。」
則頼:「私は有馬則頼、中務卿です。」
宗無:「私は山岡宗無です。住吉屋でございます。」
左近:「私は富田知信、左近将監です。」
友阿弥:「同朋衆が一人、友阿弥でございます。」
休夢:「小寺休夢と申します。」
私:「千利休でございます。」
秀吉:「宗易、そなたは名乗らなくて良い。」
御供達:「はっ、はっ、はっ、はっ。」
少しして、秀吉が言った。
秀吉:「実はまだ、外に二人ほど御供がいる。そのものにも茶を供してもらおう。流石にわしはもう帰るがな。」
私:「本日は、お越しいただき、ありがとうございました。」
秀吉:「何、楽しかったぞ。次は温泉だな。」
私:「はい。よろしくお願いいたします。」
秀吉:「では竹田殿、宗易を頼みましたぞ。」
竹田:「御意。」
その日、残りの客を招いて、三度目の茶会を催すこととなった。
名を圓啁と言うそうだ。
三度目の茶会では、四畳半の茶室を使った。
私:「宗恩、すまないが、懐石料理をお願いいたします。」
宗恩:「かしこまりました。」
その晩、茶会記を書いていると、だんだん眠くなってきた。
私:「不眠に効くという納豆パワーだな。」
そして、横になった途端、すぐ眠りについていた。
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