第8・9節 千少庵・松屋久好との茶会
千家の二畳茶室で朝茶事が始まった。
正客は松屋久好、次客は千少庵である。
懐石料理はすべて宗恩に任せ、運びだけを行うこととした。
私:「松屋殿、本日はようこそおいで下さいました。本日は趣向を変えて、茶道具の説明は少庵にさせたいと思っています。良いですね、少庵。」
少庵:「はい、父上。」
松屋:「あの釜は雲龍釜ですね。何か模様が入っているようですが。」
少庵:「あれは、父上が師・武野紹鴎殿の青磁雲龍御水指の地紋を、手ずから筆写されたものです。小雲龍釜と大雲龍釜があります。」
懐石料理が始まった。
松屋:「利休殿、これは鮒の膾ですかな。」
私:「今日は、宗恩にお願いして懐石を作ってもらいました。宗恩を呼びましょうか?」
松屋:「いいえ、そこまでされなくても良いです。おお、これは殻の付いた蚫の串ですね。」
主菓子として、練習していた麩の焼を出した。
宗恩は椎茸を茹でてくれたので、一緒に縁高に入れた。
私:「どうぞ、菓子をお召し上がりの上、中立を。」
松屋:「それでは、中立させていただきますが、用意が整いましたら、お鳴りもので。」
私:「ことによりまして。」
私が水屋へ行くと、松屋と少庵の声が聞こえた。
少庵:「この麩の焼は、父上が手ずから焼いたものです。」
松屋:「それは素晴らしい。さすが利休殿ですな。」
私は、小声で独り言ちた。
私:「さて、後半戦の準備をしないと。」
二人が茶室から出て行ったのを確認し、うずくまるの花入に槿という花を生けた。
確か古田がこう言っていた。
古田:「この花は槿と言って、茶道では禁花として生けないのが普通です。『白氏文集』の十五巻・放言に松樹千年終是朽、槿花一日自成栄というのがあります。松の木は千年の齢を保つがいずれは朽ち、槿の花は一日の命だがその生を大いに全うするという意味です。わずか一日の儚い栄華ということから忌み嫌うことがあります。ただ、桃山時代から江戸時代にかけ、徐々にその機運が薄まっていきます。利休殿なら茶花として使っても良いかもしれませんね。」
私:「ピンク色の綺麗な花ですね。」
古田:「白い一重の花に中心が赤いものは、将来、宗旦木槿と呼ばれます。利休殿の孫・千宗旦が好む花です。それと利休殿、ピンクというのはこの時代の言葉ではないでしょう。」
私:「はい。注意します。」
それから、風炉に炭を足して、周りを座掃で掃除して、あと何をするんだったか。
私は、濃茶点前の用意を忘れ、銅鑼を鳴らした。
茶席の外で、突上窓を開けていた時である。
少庵:「濃茶の用意ができてないようですね。」
松屋:「利休殿の何らかの作為でしょう。後ほど、お尋ねしてみましょう。」
少庵:「そうですね。」
私は、濃茶点前の用意を忘れていたことに気づかされた。
さてどうしよう。
ここで思い出したのが、古田の言葉である。
古田:「突上窓は、荒木道陳が、化粧屋根裏を工夫して造ったものです。北向道陳と言った方が通りが良いですね。利休殿、何か失敗しても工夫をすれば何とかなるものです。その工夫がより良いものを生むこともあるのですよ。ちなみに北向道陳は利休殿の最初の師匠です。この方の近所に住んでいた武野紹鴎殿に、利休殿を紹介したのが北向道陳です。」
私:「茶の湯の師匠は二人いたのですね。」
古田:「そうです。」
失敗しても工夫をすれば何とかなる。
この時代、運び出しという点前はなかったかもしれないが、やってみるか。
私は、水指、茶入、茶碗、建水など必要な道具を、次々に水屋から運び出した。
松屋:「これは?」
私:「茶道具の運び出しです。」
松屋:「なるほど。それと禁花である槿を生けられたのは、どういう意味ですかな。」
私:「槿の花は一日の命ですが、その生を大いに全うすると言います。逆に捉えれば、一期に一会の客に対し、精いっぱいのおもてなしをするという意味になると思います。」
松屋:「なるほど。なるほど。流石は利休殿。感服いたしました。」
少庵:「これは、息子の宗旦にしっかり伝えなくては。」
なんとか誤魔化せた気がする。
その後、濃茶点前は順調に推移し、後炭をつぐことなく薄茶点前に移行した。
少し湯がぬるくなってきた。
松屋:「利休殿、炭をつがずに点前を始められては、茶がぬるくなりませんか?」
私:「抹茶は、水でも点てることができます。夏の暑い盛りに、熱い茶は似つかわしくありません。ぬるめのお茶で涼しさを少しでも感じていただければと思います。」
松屋:「なるほど。それは素晴らしい作為ですな。感服いたしました。」
少庵:「これも、息子の宗旦にしっかり伝えなくては。」
これも誤魔化せたのかな?
そして、なんとか茶会が終了した。
松屋:「いやぁ、良い茶会でした。本日の作為、大変楽しませていただきました。ですが、今度はぜひ普通の茶会をお願いしたいものです。」
私:「そうですね。そうさせていただきます。」
松屋:「では、失礼いたします。」
少庵:「父上、お疲れ様でした。」
私:「少庵も、いろいろとありがとう。さて、昼食にしますか。宗恩、今日の昼食は何ですか?」
宗恩:「懐石料理の残りです。残さず食べてくださいね。」
私:「はい。」
少庵:「はい。」
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