第8・3節 滝本坊実乗とルソンの壺
昼頃、千家に坊主が訪ねて来た。
宗恩:「利休様、滝本坊実乗様がお見えになっております。」
私:「滝本坊?」
宗恩:「はい。石清水八幡宮の住職です。」
私:「玄関でお待たせするのも何ですので、お通ししてください。」
宗恩:「かしこまりました。」
しばらくして、大きな風呂敷を持った滝本坊実乗が現れた。
滝本坊:「お久しぶりです。利休殿。半年ぶりですかな。」
私:「お久しぶりです。ところで、今日はどういったご用件でしょう。」
滝本坊:「毎年、盛夏の折にお預かりしている茶壺の件で、ご相談がありまして伺いました。」
困った困った。何と答えよう。
私:「ああ、あれですか。」
滝本坊:「はい。それで良い茶壺が手に入りましてね。利休殿に購入していただけないかと参ったしだいです。こちらの風呂敷に入っているのが、その茶壺です。まあ、見てください。」
それは、ごく普通の壺に見えた。
私:「すみません。普通の茶壺にしか見えません。高価なものなのでしょうか。」
滝本坊:「実は、ルソンという国からの第一号の舶来品です。価値は相当なものかと思いますよ。」
そういえばNHKで「ルソンの壺」とかいう番組があったような。
私:「ちょっと、宗恩を呼んでいいですか?」
滝本坊:「もちろんです。私が呼びましょう。宗恩殿、宗恩殿、こちらに来ていただけませんか。」
私:「宗恩。こちらに来てください。」
宗恩:「お呼びでしょうか。」
滝本坊:「実は、舶来品の葉茶壺を購入していただきたいのですが、利休殿は普通の茶壺と言って、取り合ってくださらないのです。高価なものに違いないと思っているのですが。」
宗恩:「触ってもよろしいでしょうか。」
宗恩の鑑定が始まった。
宗恩の目が光ったように感じた。
宗恩:「残念ながら、あまり良い品ではないようです。ですが、もし私が購入するなら、天正菱大判で2枚と言ったところでしょうか。」
滝本坊:「それは値切りすぎではありませんか。どう思います利休殿。」
どう思うと言われても、大判小判の相場すらわからない私にどうしろと。
私:「普段の私なら、いくらの値つけると思いますか?」
宗恩:「天正菱大判で5枚か6枚でしょうか。ですが、それでは高すぎます。」
滝本坊:「いいえ、それでも安い。」
私を無視して、宗恩と滝本坊実乗の競りが始まった。
宗恩:「2枚では。」
滝本坊:「12枚です。」
宗恩:「3枚で手を打ちましょう。」
滝本坊:「9枚が限界です。3枚など有り得ない。」
そして、議論は茶壺の色・艶に発展した。
宗恩:「この釉は唐のものです。普通の唐物とどこが違うのですか?」
滝本坊:「ルソン島から来た、第一号の舶来品です。その希少価値がわからないのですか?葉茶壺とするには惜しいくらいの艶を出しているではないですか。」
宗恩:「頽れ(なだれ)が殆ど無いのに、良い品と言えますか?」
滝本坊:「轆轤で正確に作られた品です。形が良いではないですか。」
宗恩:「利休様、言ってあげてください。」
滝本坊:「利休殿、こんな良い品、もう手に入りませんよ。」
宗恩:「利休様。」
滝本坊:「利休殿。」
やだな、こういうの。さて、どうしたものか。
私:「二人とも、少し落ち着いてください。二人の主張は良くわかりませんが、二人とも真剣なのは分かりました。茶壺は購入します。ですが、値段は通常の唐物より少し高い程度にしてください。」
滝本坊:「わかりました。利休殿がそう言うのでしたら致し方ありません。天正菱大判6枚で手を打ちましょう。」
私:「宗恩もそれで良いですね。」
宗恩:「かしこまりました。では、天正菱大判をご用意いたします。少々お待ちください。」
滝本坊:「いやぁ、さすがですな利休殿は。」
滝本坊がお金を受け取り、今話題の小田原征伐の話をした後、夕食を食べていった。
滝本坊実乗が帰った後、宗恩が笑顔になった。
宗恩:「利休様。素晴らしい買い物をされましたね。この茶壺なら、天正菱大判20枚はくだらないでしょうに。」
私:「そうですか?そうですよね。」
宗恩:「では、茶壺は床の間に飾りましょう。」
私:「よろしくお願いいたします。」
宗恩は、ウキウキしながら茶壺を床の間へ持って行った。
なんだか上手く買い物が出来たようだ。
私:「滝本坊実乗殿には悪いことをしたな。今度、小田原へ行って帰ってきたら、土産話でもしてあげるか。手紙を出した方が良いかな。」
翌日、秀吉からの使者が千家を訪れた。
秀吉の使者:「利休殿に関白様から、箱根へ来るようにとの言伝を承ってまいりました。早急に、お仕度をしていただきたく思います。なお、お着物で来るようにとのことです。」
私:「承知いたしました。できるだけ早く伺います。」
秀吉の使者:「それと茶々様も一緒に招集されております。よろしければ、ご一緒されてはいかがですか?」
私:「茶々様ですか。」
秀吉の使者:「最近は、淀君などと呼ばれ、あまり良い噂は聞きませんが。おっと、口が滑ってしまいました。忘れてください。」
私:「忘れました。」
秀吉の使者:「ありがとうございます。では、これにて失礼いたします。」
私:「ご連絡ありがとうございます。ご苦労様でした。」
淀君なら時代劇とかで聞いたことがあるな。
確か、秀吉の側室だったような。
翌日、淀君を聚楽第の門前まで迎えに行き、一緒に箱根まで行く事になった。
そして、淀君の秘密を知ることとなる。
時に天正18年4月2日、未来人・淀君との出会いである。
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