第7・8節 千家でお宝探し ~何もない一日~
朝、目覚めると、床の間には何も置いていないことに気づいた。
私:「床の間に何もないのは寂しいな。何か無いかな?」
私はふと、自分の家の間取りも知らないことに気が付いた。
京都聚楽第の一角にあるこの屋敷は、利休の為に作られた家である。
私が寝ている部屋は、四畳半の茶室と思われた。
隣に見える書院では、よく食事を取る。
確か細川が色付九間書院と呼んでいた。
宗恩は、その書院の更に向こうにある桧づくりの書院で寝ているようだ。
反対側に小さめの茶室が見える。まずはそこへ行ってみよう。
茶室の横には、物置があり、何だかよくわからない物が一杯あった。
穴の開いた柄杓は、フナ幽霊対策だろうか。
私:「出るのかな?まさかね。」
枠だけの炉と、大きくて白い覆いのようなものがセットになっている。
その横に、小さな拍子木もあった。
私:「きっと、炉に関係したものだろうけど、この拍子木はいったい何だろう。」
真台子の横には黒い板が沢山並べてあった。長い板は、真台子の上に載せる盤だろうか。
長い板の半分の大きさの板は、確か床の間で花入を載せていた気がする。
角の形が少し違うものや、丸いものもある。
私:「花入を載せた台は、薄板とか言ってたような。」
竹と木でそれぞれできた蝋燭立てが一杯置いてあった。
私:「宗恩が夜になると廊下のあちこちに掛けて回っていたが、ここにあったのか。」
他に、黒い瓦焼の長方形の壺があり、蓋を開けると、灰が入っていた。
私:「焦げ臭い。燃えカスでも入れるのかな?」
石臼と茶壺の横には、長さの違う紐が沢山置いてあった。
私:「アヤトリするには太すぎるな。」
取りあえず、茶室に入ることにした。
二畳間の茶室には、達筆過ぎて読めない掛軸が飾られていた。
茶席には何も置いてない。
私:「とりあえず、真台子を持ってくるか。」
水屋には、見慣れた道具が置いてあった。
私:「茶碗と茶筌、茶巾と茶杓。これを2つ作って、一つを天目台に載せるはず。」
うる覚えで並べた台子飾りは、何かが違った。
そこに宗恩が現れた。
宗恩:「利休様、こちらにいらっしゃいましたか。昼ご飯ができております。どうぞおいでください。」
私:「ありがとうございます。では行きましょうか。」
宗恩:「あら、棗と茶入が逆ですね。何か新しいことでもされているのですか?」
私:「はい。次の茶会で弟子に試験でもしようかと思いまして。宗恩は流石ですね。」
宗恩:「ありがとうございます。ささ、ご飯が冷める前に、参りましょう。」
その場は何とか乗り切ったが、そうだ、宗恩がいたのだった。
午後は注意しよう。
昼食を終え、私は昨日教わった茶杓削りをすることにした。
二時間以上かけてできた茶杓は、どことなく曲がっていた。
私:「歪んでる。」
丁度その時、宗恩が、声をかけて来た。
宗恩:「利休様、私、少々出かけて参ります。あら、その茶杓は?」
私:「えーと。そう、銘を歪みと名付けるために作りました。」
宗恩:「歪みというと、細川殿の茶杓にありましたね。面白い作為だと思います。手など切らぬよう、お気をつけてください。では行ってまいります。」
私:「はい、行ってらっしゃい。」
歪みと名付けられた茶杓をその辺に置き、私は書道の練習をすることにした。
さて、何を書こう。
私:「そうだ!祖母に教わった、枕草子を書こう。
春はあけぼの、ようよう白く成り行く山際、少し明かりて、
紫だちたる雲の、細く棚引きたる。
だったかな?」
何度か書くと、すぐに飽きてしまい、いつの間にかその場で眠ってしまった。
何時間経ったのだろう、辺りはすっかり暗くなっていた。
宗恩:「只今戻りました。」
宗恩の声で目が覚めた。
私:「おかえりなさい。夕飯は何ですか?」
宗恩:「良い魚が手に入りました。今日はそれを調理いたします。」
私:「それは楽しみです。」
夕飯が終わり、私はすぐ床に就いた。
とても平和な一日だった。
私:「一週間に一回は休みたいな。」
時は桃山時代。この平和な一日が、何よりの宝物だったことに、その時は、まだ気づいていなかった。
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