第7・7節 初めての茶杓制作 ~村田珠光について~
古田:「では、茶杓を作ります。ここにちょうど良い大きさの竹を三本用意しました。小脇差を使い削っていきます。竹の違いが判りますか?」
私:「節の真ん中に枝の跡が残っているかどうかでしょうか?」
古田:「その通りです。竹の枝は節から生えますが、その枝が出ているものを順樋、節に何もないものを逆樋と言います。順樋の竹で作る茶杓は直腰と言い、反りのない平らな茶杓になります。逆樋の竹で作る茶杓は蟻腰と言い、節裏が反り曲がった茶杓になります。他に何か気づきませんか?」
私:「逆樋の竹は、色が黒いですね。それに先が少し曲がっています。」
細川:「色の黒い方は煤竹です。順樋の竹と同じ苦竹ですが、囲炉裏の天井部分に使われていたため、黒くなっています。先が曲がっているのは、櫂先になる部分を熱して、荒曲げにしてあるからです。では、一緒に削っていきましょう。利休殿は順樋の方を使ってください、削りやすいですから。茶杓の櫂先を意識して、切止の方へ一気に削っていきます。同じ方向へ削って下さい。」
私:「切止?」
細川:「櫂先の反対側、茶杓の最後の部分です。仕上げに刀を入れます。中節に対して茶杓の重量が均等になるように削ります。通常は二刀か三刀で仕上げます。」
三人で和気藹々(わきあいあい)と二時間程削り、だいぶ形になってきた。
私:「最後はヤスリで仕上げるのでしょうか?」
古田:「そうです。簡易的なヤスリで仕上げます。ただ、刀師に作っていただいた良いヤスリがありますので、今日はそれを使いましょう。」
細川と古田にいろいろ注意されながら、ヤスリをかけること一時間。ついに茶杓が完成した。
私:「できた!」
細川:「お疲れさまです。では、銘をつけましょう。茶杓の銘は、刀剣の姿形を換骨奪胎したものです。換骨奪胎というのは、古人の詩文の発想・形式などを踏襲しながら、独自の作品を作り上げるという意味です。茶人は武人の刀剣に対するのと同等の敬意と執着を持って茶杓を愛用します。茶杓の筒を作っておきました。この筒にその銘を署名して完成です。」
いつの間にか古田がいなくなっていた。
私が茶杓の銘を考えていると、細川が茶杓の筒について話し始めた。
細川:「当初、茶杓の筒には署名だけしか書きませんでした。利休殿は、茶杓に添った筒に、 相手の名宛を書く、贈り筒という方法を考案します。この場合、贈り主の名前は書かないのが普通です。銘の付いた茶杓が多く現れるのは、利休殿の孫、元伯宗旦からで、様々な文学的な銘が生まれます。それから、竹の茶杓は、村田珠光が考案したものです。」
私:「村田珠光ですか。」
細川:「村田珠光は、茶道は禅と同一であるべきとする茶禅一味の境地を開き、茶の湯の開山と称されます。他にも、書院台子の茶を草庵小座敷の茶にしたり、唐物荘厳から国焼、いわゆる、わび道具を使うようにします。四畳半の草庵の茶を提唱し、茶の湯から賭博と酒盛りを追放、亭主と客との精神的なつながりを中心に一座建立を図るのが茶事の主眼とするなど、茶道の基礎基本を築いた人です。」
私:「唐物荘厳というのは何ですか?」
細川:「多くの唐物を飾り付けた場所で茶を点てるというものです。室町幕府第八代将軍・足利義政の、慈照寺東求堂の四畳半の部屋は義政の書斎で、初期の書院造建築です。茶室の起源で、将来的には和風建築の原型になります。貴族の建築であった書院造りが住宅として普及し、それまで会所で催されていた茶会が、書院の広間で行われるようになります。飾りも会所飾りから書院飾りというものに変化し、台子に茶器を飾りつけて茶を点てる方法も考案されます。」
私:「書院飾り?」
細川:「書院飾りは南北朝時代の佐々木導誉から始まったものです。佐々木導誉が南朝方の軍勢に攻められて都落ちするとき、会所に畳を敷き詰め、本尊・脇絵・花瓶・香炉などの茶具、また王羲之の草書の偈と韓退之の文を対幅にした、茶道具一式を飾りつけたのが始まりです。この頃は、唐物奉行として仕事をした能阿弥ら同朋衆は、かなりの鑑定眼と故実を知ることが必要とされ、『君台観左右帳記』や『御飾書』などが書き残されます。では利休殿、そろそろ茶杓の銘は決まりましたか?」
私:「正宗というのはどうでしょう。」
細川:「鎌倉時代の名刀・正宗。良い名だと思います。では、この共筒に正宗と書いてください。」
私は共筒に正宗と記載し、茶杓をその中に入れた。
細川:「この茶杓は、細川邸で大事に預かります。これから茶杓を何度も作っていくと思いますが、時々、この茶杓を見に来て、自分の腕前が、どの程度上達しているか比較してください。技術は回数をこなすしかありません。頑張って下さいね。」
私:「鋭意、努力します。」
古田が庭の花を摘んで戻ってきた。
古田:「では最後に、茶花を生けてみましょう。」
私:「まだ、特訓があるのですか!」
細川:「古田殿は厳しいですよね。」
古田:「実践あるのみですよ、利休殿。」
古田家で夕食を食べたころには、辺りは既に暗くなっていた。
細川:「古田殿、夜も更けてきました。寒空に一人、利休殿を家に帰すのも忍びないこと。この辺でお開きにしませんか?」
私:「そうしていただけるなら、助かります。いろいろやったので頭がパニックです。」
古田:「そうですか。仕方がないですね。確かに今日は、少々詰め込み過ぎた感もありました。明日は稽古を休みにしましょう。ただし、外に出て誰かに会うのだけはやめてください。未来人だと分かられて、殺されることもあり得ますから。」
私:「はい。注意します。」
細川:「では駕籠を用意します。途中まで、ご一緒しましょう。」
私:「ありがとうございます。」
この作品は「YouTube(
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)」にも掲載しています。




