第7・4節 正午の茶事(濃茶点前) ~台子の法について~
茶室に入り、床の間より先に目についたのが、点前座にある大きな黒い棚だった。
私:「あの黒い物体は何ですか?」
細川:「あれは真台子です。黄金の茶室に使われている台子と同じものです。今日、玉には、真台子で濃茶を点ててもらいます。利休殿、まずは席についてください。話は濃茶を飲んでからにしましょう。」
私:「わかりました。」
細川玉子が茶道口で礼をしたので、私も礼をした。その後、点前が進み、濃茶を飲み終えた。
私:「細川殿、そろそろ真台子について教えていただけないでしょうか?」
古田:「なるほど、利休殿が上の空だったのは、その為ですか。真台子が気になっていたのですね。細川殿、玉子殿、よろしければ真台子について説明をしていただけませんか。」
玉子:「承知いたしました。今日は利休様が黄金の茶室で点前をすることに決定した為、急遽、真台子で点前をすることとなりました。私では利休様に点前をお教えすることなどできませんが、雰囲気を摑んでいただけたなら幸いです。」
私:「以前、古田殿がされた濃茶の平点前より、少し長いお点前で、間の取り方も長く感じました。正直、細かい違いはよくわかりませんでした。折角、玉子殿に難しいお点前をしていただいたのに、すみません。」
玉子:「どうぞお気になさらずに。利休様にとっては初めて見る点前でしょうから、むしろ、雰囲気が伝わったようで安心しました。」
私:「ありがとうございます。」
細川:「では私からは真台子の説明をします。天正二年から天正十五年にかけて、利休殿は伝書として知人に、各点前の荘り方や所作を手紙として伝えています。」
古田:「天正十五年というと、今から三年前ですね。」
細川:「はい。利休殿のこれらの伝書には、七種類の台子点前について書かれたものがあります。そのうち関白様に差し上げる茶は、大名や貴人へお出しする台子荘りを用います。簡単に説明すると、棚の上に右から、濃茶を入れた大海、薄茶を入れた棗、天目台に載せた茶碗の三つを置きます。蓋置は風炉の左に置き、杓立の前には建水のみを置きます。棚の左手前には、次茶碗に茶杓と茶筌を仕込んだ状態で置きます。今日は、この状態で玉が濃茶の台子点前をした次第です。」
古田:「次茶碗は使わなかったのですが、関白様が所望された場合は、次茶碗で点ててください。」
私:「台子とは何なのでしょうか?」
細川:「随分と核心を突く質問ですね。」
古田:「ただ質問を丸投げにしただけな気もしますがね。」
細川:「歴史の話からしますね。西暦で行きましょう。台子は1267年に南浦紹明が宋の径山寺から持ち帰り、後に京都の大徳寺に渡ります。これを天竜寺の夢窓疎石が点茶に使用したのが台子点前の始まりです。足利義政将軍の頃、村田珠光が能阿弥らと共に、台子の寸法や茶式を定め、書院の台子飾とします。1537年になると松屋家の『松屋会記』に、台子の記述が出てきます。以降、『天王寺屋会記』にあるように、津田宗達が流行らせるのですが、自由な飾りを中心としたものだったためすぐに廃れます。利休殿が台子点前を学ぶのはそんな時です。」
古田:「最初、利休殿は、北向道陳に弟子入りをします。道陳は、近所に住む武野紹鴎殿と交わりが深く門弟の利休を紹鴎殿に推薦してその弟子とさせます。これは、道陳の茶の湯は能阿弥の影響が強い書院の茶だったためです。村田珠光以来、茶の湯の主流となりつつある草庵の茶を学ばせようと、道陳が珠光の流れを汲む、武野紹鴎殿に引き会わせたわけです。このとき利休殿は18歳です。」
私:「随分、若いころから茶道に親しんでいたのですね。」
細川:「そうですね。その後、台子・書院は道陳、小座敷は利休殿がそれぞれ武野紹鴎殿に相談し、完成させます。」
私:「台子点前は私が完成させたわけではないのですね。」
古田:「先ほど、玉子殿が行った点前は、利休殿が完成させた点前です。」
細川:「順を追って説明しましょう。武野紹鴎殿は弟子の辻玄哉に台子の法を伝授します。利休殿は、関白様に台子の茶の湯をするよう言われて、辻玄哉に台子の法、所謂、古流の台子の法を習い、関白様の御殿で台子の茶の湯を披露します。関白様は、
自分も昔、台子を習ったが、そなたの方法は古来の格に合わない所がある。
どうしたことか。
と問うと、利休殿は、
古流には、そこ、ここに、格が多すぎて面白くありませんので、少し略していたしました。
と申し上げます。それに対して関白様は、
古流を知った上でのことならば、省略するのはもっともなことだ。
今後、茶をたしなむ者は、利休の台子の法を習うように。
とおっしゃります。」
私:「つまり、私は自分流に台子の法を変え、関白様も承知しているということですね。」
古田:「その通りです。それと、台子の法は関白様以外、特定の弟子にのみ秘伝されたものです。私や玉子殿は知らないことになっていますので、くれぐれも発言には注意してください。」
私:「秘伝ですか。」
細川:「関白様は台子の法を、関白様の許しを得ずに伝授することを禁止する誓詞を、利休殿に認めさせたのです。台子点前に箔をつけたかったのでしょうね。現時点で台子点前を伝授されているのは、豊臣秀次殿、木村常陸介殿、蒲生氏郷殿、高山右近殿、瀬田掃部殿、芝山監物殿、そして、私、細川忠興の七人です。いずれにしろ、利休殿は真台子を覚えないといけません。可能な限り練習していきましょう。」
私:「お手やわからにお願いいたします。」
玉子:「利休様、よろしければ、もう一杯いかがですか?」
私:「はい、いただきます。」
その日より、毎日のように真台子での猛特訓が続くのだった。
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