第7・3節 正午の茶事(縁高の所作) ~五徳について~
細川玉子は、私の前に縁高を置き、茶道口まで下がった。
玉子:「お菓子お召し上がりの上、席を改めとうございます。どうか中立を。」
私:「それでは中立させて頂きますが、ご用意が整いましたら、お鳴りものでお知らせください。」
玉子:「ことによりまして。」
細川玉子は襖を閉めて水屋の方へ下がっていった。
私は次礼をし、三段の縁高をおしいただいてから、二段目以降の縁高を一番下の縁高上でずらし、蓋の上に載っている黒文字を一番下の縁高中に入れた。
二段目から上を全部持ち上げ、私と細川の間に置き、懐紙の丸い方を手前にしてひざ前に出した。菓子は黒い羊羹だった。
私:「細川殿、もう菓子は取っても良いのでしょうか。」
細川:「どうぞお取りください。」
私は、羊羹を黒文字で軽く刺し、懐紙を縁高の方へ持って行った。
古田:「懐紙は畳の上に置いたまま、左手を添えて、菓子を懐紙の方へ運んできてください。」
私:「はい。わかりました。」
カラになった縁高を次客へ送り、古田が縁高を重ね終わったのを確認してから、菓子を食べようとした。
古田:「全員に、それではいただきましょう、と言ってください。」
私:「それでは、いただきましょう。」
三人が菓子を食べ終わり、細川に次礼をして、床の間の軸、風炉を拝見した。釜はもう少しで沸騰しそうだった。
私:「良い感じで釜が沸騰してきていますね。」
古田:「そうですね。少し、沸騰するのが早いですね。おそらく一度、釜を降ろして、炭をつぎ直す必要があるでしょう。一番良いのは、濃茶点前の時に松風の煮えになっていることです。ただ、玉子殿ならば、うまく火加減を調整されるでしょう。」
私:「なるほど。」
細川:「利休殿、そろそろ待合へ進みましょう。」
三人で待合へ進み、五徳の話題になった。
細川:「利休殿は五徳の由来をご存知ですか?」
私:「そもそも五徳って何ですか?」
古田:「茶釜などを据える三つ足の鉄輪です。桃山時代に入り、利休殿が釜師たちに開発させたものです。」
細川:「もともとは、今の五徳とは逆で、足を下に輪を上に向けて使っていました。茶道の始まりと共に、室内で用いる風炉用に、爪を上にして使うようになったのが、五徳の三つ足を上に向けるようになった始まりです。」
私:「三つ足なのに五徳ですか。」
古田:「確か、釜を置く竈子の読みが逆さまになって、五徳と言うようになったはずです。」
細川:「良くご存知で。古来、日本では、囲炉裏において鍋や釜で煮炊きをするとき、自在鈎か竈子のいずれかを用います。竈子は三本足で、環を上にして用います。古代の鼎が由来です。五徳の名の由来は、竈子以外にも、火所や火床が転訛したという説や、仏教の六徳から自在徳を除いた五徳から来たという説もあります。」
古田:「利休殿が五徳の開発を依頼した釜師・辻与次郎殿は、最近、まむし頭や長爪、牛爪、方爪なども作っているようですね。」
私:「まむし頭?」
細川:「日本マムシは、2尺程の毒蛇です。毒性は強く、噛まれて3・4日で死ぬ場合もあります。まむし五徳は、爪がマムシの頭のような形から、その名がついたものです。風炉用の五徳は輪の部分を欠けさせて、前瓦を置きます。前瓦は、村田珠光が使い始めたものです。それまでは眉風炉を用いていたため、不要でしたからね。」
古田:「風炉の場合、五徳を据える高さは、筒釜などの様に丈がある釜には、五徳を低く据え、平釜のように丈の低い釜には高く、真形釜に準ずる場合には、釜をかけてみて、風炉の上縁より釜の羽や羽落が、低くならないように据えます。炉の場合は、炉の切り方で違いますが、炉正面に向かって右側に爪の一本を左に向くように、左側には縦に二本並ぶように据えます。据えた五徳の高さは、風炉同様、釜に合わせます。釜をかけてみて、口に柄杓をあずけ、柄杓を斜めに流した状態で、畳の縁との間に指が一本入る程度です。」
細川:「まあ、黄金の茶室の風炉は眉風炉なので、五徳は不要でしょう。むしろ、灰の作り方を覚えた方が良いかもしれません。」
古田:「灰は簡単には作れませんので、小田原征伐の前は、灰型だけを教えて、戦場に持って行った分を使い回すようにしてもらいましょう。」
銅鑼が鳴り始めた。私達は立ち上がり、それぞれ石の上でつくばった。
銅鑼が鳴り終わり、少しして、私はそろそろだろうかと思い、二人に声をかけた。
私:「それでは参りましょう。」
細川:「だいぶ慣れてきましたな利休殿。」
古田:「そうですね。ここまでは良い感じです。」
私:「ありがとうございます。」
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