第6・1節 千宗恩とお吟
翌朝、千家で茶道の練習を行うこととなった。
午前中は、細川と濃茶を練り、何度か茶を点てては、二人で飲み、味の良し悪しを語った。
昼になり、宗恩は、細川と私、二人分の食事を運んできた。
細川は少し不思議そうな様子で食事をしていた。
宗恩が台所へ下がり、私と二人きりになると、細川は小声で話しかけてきた。
細川:「宗恩殿は、以前と味付けが変わりましたね。何か心境の変化でもあったのでしょうか。」
私:「どうも宗恩とは険悪なムードです。家庭内別居の状態で、食事中も無言。正直息苦しいです。今日は、細川邸で保護しているお吟の件を宗恩に話さないといけないですが、このままだと切り出しにくいです。何とかなりませんか?」
細川:「なるほど、原因は夫婦間の縺れでしたか。食事の味がかなり落ちていましたので。大抵は男の方が悪いものなのですが、以前の利休殿が原因だとすると、皆目、見当もつきませんね。それと、お吟殿の件は私から切り出しましょう。宗恩殿を呼んでください。」
私:「よろしくお願いいたします。では宗恩を呼んできます。」
私は台所で洗い物をしている宗恩に話しかけた。
私:「宗恩、細川殿から大事なお話があります。部屋まで来てもらえますか?」
宗恩:「すぐ伺います。」
部屋まで宗恩と無言で歩き、宗恩と共に細川の前に座った。
私:「細川殿、大事な話をお願いいたします。」
細川:「実は宗恩殿、堺にいたお二人の娘・お吟殿が自殺しようとされ、私の妻・玉子に救出されました。」
宗恩:「えっ、今なんと。」
私:「自殺未遂です。夫・円乗坊宗円殿との仲に嫌気がさしたためだそうです。」
宗恩:「そんな、それで今どこに。」
細川:「京都の細川邸に匿っています。そこで提案なのですが、もしよろしければ、しばらく細川邸でお預かりしても良いでしょうか。円乗坊宗円殿が京都に来た場合も、細川邸なら安全です。利休殿も宗恩殿も、お吟殿は見かけていない、堺にいるはずと言っていただけば良いのですから。」
私:「私は、細川殿の好意に賛成ですが、宗恩はどうですか?」
宗恩:「細川殿、お申し出、本当にありがとうございます。ですが、ひと目、お吟に会いたいのですが、よろしいですか?」
細川:「もちろんです。ただ、自殺未遂の結果、少々、精神に傷を負ってしまったようです。利休殿と会っても上の空でした。そのあたりは、ご承知おきください。」
宗恩:「いえ、生きていただけでも良いのです。それと、玉子様にはなんとお礼を言ってよいのか、娘の命を救っていただき、本当にありがとうございました。」
細川:「それは、玉に直接言ってください。利休殿と宗恩殿がよろしければ、この後、すぐにでもお吟殿に会っていただこうかと思いますが、どうでしょう?」
私:「宗恩、どうしますか?」
宗恩:「お願いいたします。」
私:「私はすぐにでも出発できますが、宗恩は台所の片付け中でしたね。」
宗恩:「少しお時間をいただければ、出発できます。」
細川:「では、宗恩殿の準備が整い次第、参りましょう。」
宗恩:「ありがとうございます。」
宗恩の準備が整い、三人で細川邸に向かった。細川邸では、細川玉子がすぐ出迎えてくれた。
玉子:「ようこそお越しくださいました、利休様、宗恩様。お吟様は奥の部屋にいらっしゃいます。どうぞ、こちらへ。」
私:「おじゃまいたします。」
宗恩:「玉子様、娘の命を救っていただき、本当にありがとうございます。まして、匿っていただけるなんて、本当に、本当に、ありがとうございます。」
深々と頭を下げ、泣いている宗恩に細川玉子が近づき、両肩に腕を伸ばした。
玉子:「いいえ、辛いのは宗恩様とお吟様。私にはこのくらいしかお手伝いできません。」
細川:「利休殿、先に入りましょう、玉、宗恩殿をよろしくお願いいたします。」
玉子:「はい、あなた。」
奥の部屋にはお吟が座っていた。
お吟:「利休様、いえ、お父様、こちらまでご足労頂きありがとうございます。お母さまはどちらに?」
私:「今、外で泣いています。玉子殿にお任せしてきました。もう少ししたら来ると思います。」
細川:「宗恩殿には、予定通り精神的な傷を負ったことにしています。昨日言った通り、宗恩殿の質問には無理に答えようとせず、私や利休殿に話を振ってください。」
私:「私にも話題が振られるのですね。なんだか緊張してきました。」
細川:「何を言ってるのですか利休殿。関白様とも対等に渡り合う身、こんなところで怖気づいていては、大変ですよ。」
私:「そうですね。わぁ、駄目だ。手が震えて来た。」
お吟:「お父様、頑張って。」
私:「はい、頑張ります。」
なんとなく和やかな雰囲気の所に、宗恩が涙目で現れた。
宗恩:「ああ、お吟、大きくなって。大丈夫でしたか。怪我はありませんでしたか。辛かったでしょうに。」
お吟:「お母さま。お久しゅうございます。お元気そうで何よりです。」
宗恩:「皆さま、申し訳ありません。少々、取り乱してしまったようで。」
細川:「いいえ、気にしないで良いですよ。感動の再会を邪魔するほど無粋ではありませんので。」
私:「宗恩、とりあえず落ち着いて、座ってください。」
宗恩:「そうですね。そうさせていただきます。」
細川:「玉、何か飲み物を出してくれませんか?そうですね、今は井戸の水が良いでしょう。」
玉子:「かしこまりました。ただいまおもちいたします。」
玉子が出ていくと、宗恩がさっそく私に質問してきた。
宗恩:「利休様、いつお吟のことを知ったのですか?なぜ昨晩は黙っていたのですか?」
私:「お吟の事を知ったのは、昨日です。昨晩は言い出しにくかったから黙っていました。今日は細川殿が来ることになっていましたので、細川殿の口から言っていただくのが一番だと思いました。悪いですか?」
宗恩:「いいえ、ただ大切な娘の安否を平然と黙っていたなんて。」
私:「ごめんなさい。」
宗恩:「お吟、玉子様に我儘を言ってはいけませんよ。」
お吟:「はい、お母さま。」
玉子が水を持って部屋に入り、全員の前に置いてから、宗恩に向かって話しかけた。
玉子:「宗恩様、大切な娘様をお預かりいたします。なんなりとご要望をいってください。」
宗恩:「いいえ、すべて玉子様におまかせいたします。なにとぞよろしくお願いいたします。」
私:「私からも、よろしくお願いいたします。玉子殿。」
玉子:「承知いたしました。利休様、宗恩様。そして、お吟様。」
お吟:「はい。よろしくお願いいたします。」
その後、取り留めのない話が続き、警戒していたようなお吟に関する突っ込んだ話題は出てこなかった。
細川:「では利休殿、この後、よろしければ茶道のご指導をお願いできますかな?」
私:「わかりました。宗恩、先に家に帰ってもらってよいですか?夕飯までには戻りますので。」
宗恩:「はい、わかりました。では失礼いたします。お吟、くれぐれも迷惑を掛けないようにしてくださいね。」
お吟:「はい、お母さま。」
宗恩が帰ると、私とお吟は一気にリラックスしはじめた。
私:「はぁ、緊張した。宗恩といると息苦しささえ覚えます。どうにかならないものでしょうかね。」
細川:「夫婦間の問題は夫婦で解決しないといけないですからね。」
お吟:「玉子様、今日のお夕飯はなんですか?私、お腹がすきました。」
玉子:「利休様とお吟様は似ていますね。宗恩様の前で緊張する所といい、その後の気の抜け方といい。」
細川:「お二人とも、疲れたでしょう。まずは食事にしましょうか。」
お吟:「はぁ~い。」
私:「はぁ~い。」
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