第5・10節 水次の扱い(割り稽古)~能弁・多弁・饒舌の違いについて~
古田は細川に目配せし、細川が水屋から、やかんの水次を持ってきた。
やかんの口に竹の蓋置がついていた。
古田:「細川殿、ありがとうございます。では利休殿、釜に水を注ぐ場合の水次・腰黒薬缶の扱いをしましょう。これは後炭手前の中で行う所作です。」
私:「後炭手前ですか。確か、濃茶の後に続く薄茶のために、炭をつぎ足す作業でしたね。」
古田:「平たく言えば、そうなります。風炉と炉で水次の持ち方が逆になりますが、今日は風炉の場合を覚えていただきます。右手で把手を持ち、左手は水次の注ぎ口のやや下を持ちます。所作をよく見ていてください。」
古田は、茶巾を釜の蓋の上に載せ、口の蓋置を右手で取り、蓋置を左手で扱い、右手で釜の正面、膝前に置いた。
古田:「ここまでやってみてください。」
私が真似をすると、古田は続けて、茶巾で釜の蓋を取って蓋置の上に載せ、茶巾を左手に持ちかえて、茶巾の角を使って、薬缶の口を開けたので、私はその動作を真似した。
古田:「良いですね。では、続けますよ。」
古田は、薬缶の注ぎ口に茶巾を添え、釜に水を注ぐふりをし、薬缶を元の位置に戻して、茶巾で薬缶の蓋を閉め、釜の蓋の上に茶巾を置いてから、私の方を向いた。
私が真似ると、続けて蓋置を右手で取り、左掌で扱い、右手で薬缶の口に戻した。
古田:「流れるような良い手つきです。ゆっくりした動作を心がけてください。」
続けて、古田は、茶巾を右手で取り、釜を拭いて茶巾を薬缶の蓋の上に置き、薬缶を持った。
古田:「釜の拭き方は向こう側を『二』の字、手前側を『つ』の字に清めます。では、ここまでの動作を何度か練習してみましょう。」
私は水次の扱いを何度か行った。薬缶に水は入っていなかった。
私:「それにしても、綺麗な薬缶ですね。」
古田:「そうですね。この腰黒薬缶は、1587年の北野大茶会に際し、利休殿が初代淨益に作らせたもので、後年、利休形腰黒薬缶と呼ばれます。将来的には、御所薬缶、ヘゴ薬缶、四方薬缶、三味胴薬缶など金属製の薬缶がいろいろと出てきますが、蓋つきの薬缶は、すべて同じ所作だと思って良いです。他に、気になる点はありますか?」
私:「細川殿が珍しく無口なのが気になります。」
細川:「そうですか?私も不必要な時は無口を通します。それに私自身は、能弁ではあっても、多弁だとは思っていないのですが。」
古田:「多弁ですか。むしろ饒舌ではないですか?」
私:「能弁?多弁?饒舌?すみません、違いは何ですか?」
古田:「簡単に言うと、能弁<多弁<饒舌の順に口数が増えると思ってください。」
細川:「他に雄弁というのもありますね。私みたいに説得力のある話し方です。」
私:「口数の多さは否定しないのですね。」
細川:「はい、否定しません。特に今の利休殿には知識が必要です。饒舌な人物が近くにいた方がちょうど良いのです。」
私:「なるほど、ありがとうございます。古田殿、細川殿、今後ともよろしくご指導願います。」
古田:「そろそろ休憩しましょう。利休殿、細川殿に水次を渡してください。」
細川:「では、玉を呼んで懐石にしましょう。利休殿はそのまま次客の席へ移動してください。古田殿、正客をお願いたします。私が詰をしましょう。」
私・古田:「はい。」
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