第4・11節 後炭手前 ~釜敷と水次について~
古田が茶道口に炭斗を置いて一礼したので、私も一礼し、炭手前が始まった。
炉の下座、客付に向かって座り、炉の横に炭斗を置いた。
古田:「通常はここで灰器を取りに行くのですが、細川殿に紙釜敷と組釜敷を、利休殿に見せてほしいと言われましたので、手前を中断します。利休殿、こちらに来てください。」
私は、古田の近くまで行き、畳に並べられたいろいろな釜敷を見せてもらった。
古田:「釜敷は、初炭手前では紙釜敷を、後炭手前では組釜敷を使います。ただ、炭手前として客に炭をつぐ姿を見せるようになったのは、ここ数年です。今はまだ、一日中常に釜を掛けておき、炭が足りなくなればつぎ足すというが普通です。」
細川:「炭手前という形式が成立するのは、数年先の文禄以降です。それでも、武野紹鴎殿が組釜敷を用いたり、利休殿が紙釜敷を用いたりした炭手前などはありましたが、基本、限られた場合しか客には見せません。江戸時代に入り、初炭、後炭の他、巧者に炭を所望する炭所望や、亭主と客が順に炭をついで行く廻り炭などが成立します。利休殿が過ごすこの天正18年は炭手前の過渡期ですね。」
古田:「実際、先ほどの初炭手前も、これから行う後炭手前も平成時代の裏千家の形式です。それでも問題ないのですから、利休殿は、今は、あまり気張らず、炭が足りなくなればつぎ足す程度に考えていてください。」
細川:「炭は縦に立てると火の勢いが強くなり、横に寝かせると弱くなります。これは煙突効果です。煙突内が外部より高温になることで、空気が低密度となって浮力が生じます。炭を縦に並べると、炭の下にできた空気の取り入れ口から煙突効果により暖かい空気が上昇し、火力が増すという現象が発生します。これは地上から煙突出口の高さ分、空気の重さが減少することも起因して・・・」
古田:「細川殿、釜敷の説明に入っても良いですか?」
細川:「そうですね。よろしくお願いいたします。」
古田は丸い釜敷を指差した。
古田:「これは組物釜敷と言い、利休殿の師・武野紹鴎殿が、唐臼から出る粉を集める隔てに着想を得て作ったものです。釜置とも言います。巻き上げという技法で組んだもので、中央に丸く指通しの穴が開いているのが特徴です。籐で組んだものは平成の世まで残りますが、他に蒲、竹の皮、紙縒り、竹根などもあります。」
私:「臼というの杵と臼で餅つきするあれですか。」
細川:「違います。唐臼は挽臼の一種で、二つの臼を重ね、下臼を固定して、上臼を中央の心棒を軸として回転させるものです。まだ一般的ではありませんが、江戸時代には庶民にも広がります。起源はギリシア国説とトルコ東部のヴァン湖畔説があり、共に桃山時代から2000年以上前に発明されたものです。発明者の名は残っていません。ヴァン湖起源説だと、更に300年さかのぼりますが、鵜呑みにできない点も多く、なお研究の余地があります。」
私:「細川殿は学者になられると、平成時代の言葉を連発されますね。」
細川:「痛いところを突かれますな。お二人の前だと、気が緩むためだと思います。」
古田は、次に紙釜敷を指差した。
古田:「これは吉野紙を重ねて四つ折りにしたもので紙釜敷といいます。利休殿が、初炭手前に懐紙を用いたのが始まりです。平成の世で、紙釜敷は真の位の釜敷で、組釜敷のように炭斗には仕込まず、懷中して出します。後に奉書紙や檀紙で出来たものや、箔押や色付きのものも出てきます。」
次に古田は、四角い板を指差した。
古田:「これは水屋用の板釜敷です。桐木地で五寸四方、三分の厚みがあります。穴は一寸四分半あり、箱炭斗の手の向側にかけて置きます。水屋に釜を置く場合に使います。他に、飾り炭用の糸釜敷と竹釜敷がありますが、この時代の物ではありません。では、炭手前を続けますが、よろしければ近くでご覧になっていてください。」
私:「飾り炭というのは?」
古田:「木の実・葉・花・果物などの素材を、そのままの形で炭化させて作った炭です。 文字通り、炭を茶室に飾るというものです。」
古田は炭手前を続け、一度水屋に戻り、やかんを持ってきて、釜に水を入れた。
私:「そのやかんは何ですか?」
古田:「腰黒薬缶という水次です。昔、水次は唐物の金のたぐいで、南蛮抱桶や真塗の手桶などを用いていました。 室町、特に村田珠光の時代には、備前焼や信楽焼の風流なものを選んで使いました。ただ、それらも希少なものなので、武野紹鴎殿が、侘人の助けに釣瓶の水次を考案します。その後、利休殿が、木地の曲物や極侘には片口も許されるようになります。」
細川:「北野大茶湯に際し、利休殿が初代中川淨益に作らせた腰黒薬缶があります。いわゆる利休形腰黒薬缶です。元は、漢方薬を煮出すのに利用されていた薬缶でしたが、桃山時代の今では、湯を沸かす、ある種の深鍋という意味になってますね。さて、後炭手前も終わりです。利休殿、席に戻りましょう。」
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