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利休になった日  作者: shoundo
第4節 正客
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第4・8節 濃茶手前(正客)~茶の効能と毒蛇について~

古田は無言で茶道口の襖を開け、茶碗を茶入と置き合わせ、続いて建水を水屋から持ち出し、襖を閉めて濃茶点前が始まった。

細川:「この後、建水から蓋置を取り出し、蓋置に柄杓を置いたら主客総礼します。」


主客総礼した後、濃茶点前は続き、茶碗が点前座に置かれた。

私は茶碗をにじって取りに行き、席に戻って茶碗をヘリ内に置いて、細川の方を向いて無言で次礼をした。

細川:「おしい。ここは次礼ではなく、連客総礼です。一碗を客全員で飲み回すので、亭主に対しての礼になります。では利休殿、客の所作を続けましょう。」


茶碗を押し頂き、丁寧に2回回して、一啜りした。

古田:「お(ふく)加減は?」

私:「(ふく)というのは、この着物の事でしょうか?」

古田:「違います。茶を服した際の味や湯加減を聞いています。元々、抹茶は薬でしたので、服用するという所から、茶を飲むことを服すると言います。」

私:「薬ですか。」

細川:「5000年ほど前、姜水(きょうすい)炎帝(えんてい)神農(しんのう)が飲み水を沸かしていると、燃えていた木の枝が突然はぜて、その木の葉がお湯の中に飛び込みます。このお湯を試飲したところ、たいへん良い香りと風味がしました。これが茶の始まりです。神農は百の草を自分で舐め、一日に七十二もの毒にあたったそうですが、これを茶で解毒しています。それから4000年程経った唐代には、固形茶を粉末にして煎じて飲む団茶が一般化します。さらに300年程経って宗代に入ると、団茶は抹茶へと変わります。」

古田:「日本に宗から茶を持ち帰ったのは、栄西(えいさい)という禅僧です。」

細川:「栄西は宋で熱病にかかったとき、老僧に茶を飲ませてもらい身体が回復したので、これは良いものだと日本へ持ち帰り、肥前(ひぜん)(こく)背振山(せふりさん)霊仙寺の石上坊(いわかみぼう)前に茶の木を植えます。鎌倉幕府の源実朝(みなもとのさねとも)が頭痛になった折り、栄西は、住院の寿福寺から茶を取り寄せ、これを進ずるとともに、『茶の徳を誉むる所の書』を献じ、実朝の頭痛を直します。」

私:「茶は薬なのですね。」

細川:「苦みの部分に解毒作用が多少あります。(まむし)楝蛇(かがし)などの毒蛇にかまれた時は、口で吸いだそうとせず、茶で洗い流すのが良い対処法です。」

私:「この時代は、毒蛇がいるのですか?」

細川:「この時代だけではなく、平成時代でも毒蛇はいます。琉球国にいる()()を合わせると日本には三種類です。水辺や湿地に多いですね。」

古田:「さて利休殿、お服加減の話でしたね。結構なお服加減でございます。と答えるのが無難です。」

私:「結構なお服加減でございます。」


この作品は「YouTube(

https://www.youtube.com/watch?v=DzA7SLwGq7I&list=PLH33wsaeFCZWhaiIBx24yNxr-fPINhaRS&index=39

)」にも掲載しています。

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