第4・6節 縁高(正客)~鳴物・黒文字・懐紙・楽市楽座・真塗について~
古田と細川に聞きながら、懐石の所作を終え、ほろ酔い気分になった頃、古田が縁高を運んできた。
古田:「お菓子をお召し上がりの上、席を改めとうございますので、中立を。」
私:「確か中立した後、銅鑼を鳴らしていただくのでしたよね。」
古田:「その通りです。ただ鳴物挨拶には銅鑼のほかに、亭主は喚鐘も用います。逆に客が亭主に連客の揃ったことを伝える場合、版木や木魚を鳴らすことがあります。なので、ここではこう言ってください。それでは、中立させていただきますが、用意が整いましたら、お鳴りもので。」
私:「それでは、中立させていただきますが、用意が整いましたら、お鳴りもので。」
古田:「私は、ことによりまして。と答えて退席します。では細川殿、あとはよろしくお願いいたします。」
細川:「かしこまりました。では利休殿、縁高の所作から復習しましょう。まず次客にお先にと言ってください。その後、縁高を押し頂き、一番下の段を残して上段を持ち上げ、菓子を確認してから、斜めに載せます。蓋の上にある黒文字を一本取り、一番下の段に入れ、斜めにした上段を持って、ヘリ外に置きます。ではやってみましょう。」
私:「黒文字とは何ですか?」
細川:「縁高の上に載っている楊枝です。楠の一種に黒文字という落葉低木があり、蝦夷地以外の日本全土にあります。黒文字の名は、若枝の表面に出る斑紋を文字に見立たところから来ています。根本に皮を残すと上級品なので、古田殿の用意された黒文字は上級品ですね。先ほどの懐石で、取箸として強肴に乗っていたものも黒文字です。」
私:「なるほど。気づきませんでした。」
私は、お先にと次礼し、縁高を押し頂いたあと、黒文字を一番下の縁高に入れ、残りをヘリ外に置いて細川の顔をみた。
細川:「では、次に懐中から小菊紙、懐紙を取り出します。折目、わさと言いますが、こちら側を手前にしてヘリ内膝前に置きます。畳二目が目安です。縁高の中の菓子を黒文字で取り、懐紙に載せます。黒文字は懐紙の手前に置いた後、右袖口の懐紙で縁高を軽く拭き、次客へ送ります。汚れた懐紙は、左袖口に入れます。」
私:「小菊紙というのは?」
細川:「小菊紙は、吉野紙で作られたもので、様々な質の奈良紙や、近年の美濃紙と違い、強くて良質な紙質なため、障子紙などにも用います。奈良紙の中でも特に吉野地方で刷られる良質の楮紙を吉野紙と言います。室町時代以降、紙座により紙は高級品でしたが、近年の楽市楽座で庶民でも手に入るようになりました。それと、吉野紙は、利休殿が重ねて四つ折りにし、懐中して持ち出し、初炭手前に使用したことから紙釜敷として広まっています。先ほどの初炭手前では紙釜敷を、この後の後炭手前では、籐の組釜敷を使用します。紙釜敷と組釜敷は、茶会が終わってから、お見せしましょう。」
私:「楽市楽座という単語は先日も聞きましたが、具体的にはどういう制度なのでしょう。」
細川:「良い質問ですね。楽市楽座は、商人による既得権益を排して戦国大名が領主権を握り、且つ、新興商業の発展を後押しして経済の活性化を図ったものです。ただ、実のところ、楽市楽座による信長様の真意は、発布された時代だけでなく平成時代になっても、よくわかっていません。関白様の治める現在、価格の高騰や、それに伴う闇市場の増加。御用商人化や市場の支配権を握る商人の輩出など、制度が破綻しかけています。」
私は縁高から菓子を取り、懐紙に載せた後、右袖口の懐紙で縁高の中を軽く拭き清め、左袖口に入れ、縁高を拝見した。
細川:「縁高は縁高折敷の略で、五重が一組です。五寸角の角切りで、高さ一寸五分の真塗の折敷です。のちに利休殿の名を取って、利休形と呼ばれます。真塗は、黒漆を塗り放しにしたもので、武野紹鴎殿が定めた棗の塗りが基本になっています。ただ、紹鴎殿の棗は、下地磨き上げの蓋と身を仮付けし、中塗の後に呂色がけ、艶付けとして真塗にしました。合口は割って切り整える、切り合口の仕上げとしています。利休殿の棗は、下地仕上げの後、蓋と身を別々に一度の上塗りで仕上げる塗立ての手法を用います。肩の丸みや胴の張りなどに違いが出るため、棗の姿の印象が違います。利休殿は塗師の盛阿弥に、棗は漆の滓を混ぜてざっと塗り、中次は念を入れて真に塗るよう指示しています。中でも塗師の篠井秀次や藤重藤厳の中次の塗り方は、以前、利休殿が褒めています。」
私:「棗と言うのは薄茶に用いる入れ物ですよね。ところで、この縁高はどうやって拝見するのでしょう?」
細川:「正客は、縁高の全体を見た後、右から左に裏返して底を見ます。左から右に裏返して、畳に置き、ヘリ外で次客に送ります。正客が縁高を拝見している間に、次客も菓子をとり、詰に縁高を送ります。詰は、蓋を右向こう斜めにずらし、黒文字を縁高に入れ、蓋を左に仮置きして菓子を取り、蓋を閉めます。送られてきた縁高を正面に置き、自分の縁高を上に重ね、正面を向こう側に回してから、茶道口に返します。」
私は、細川に縁高を送り、菓子の食べ方を聞いた。
細川:「正客がいただきましょうと言ってから全員一緒に食べます。菓子は懐紙ごと取り上げ、黒文字でひと口大に切り分けて食べます。今日は、利休殿の好きな麩の焼ですね。麩の焼は、小麦粉を水で溶いて平鍋に入れて薄く焼き、味噌を塗って丸めただけのものです。味噌の替わりに刻んだ胡桃や山椒味噌、白砂糖、芥子をいれたものもあります。簡単に作れるので、今度、一緒に作ってみましょう。」
私:「よろしくお願いいたします。では、いただきましょう。なるほど、素朴な感じで、意外とおいしいですね。」
二人とも菓子を食べ終わり、細川と炉と床を拝見した。
細川:「では、待合へ行きましょう。茶室の躙戸には掛け金が掛かっていますので、注意してくださいね。」
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