第3・2節 筆と硯と墨と紙 ~文台・奉書紙・硯の鋒鋩について~
細川は少し考えるそぶりをみせた。
細川:「さて、宗恩殿に外出の際は誰かに言伝するよう言われたのでしたら、こういうのはどうでしょう。利休殿の家には、玄関近くに文台があります。その上に出かける旨を紙に書いてから出かけられては?」
私:「文台?」
細川:「文台というは、幅三尺、奥行き一尺五寸の机で、正式には二月堂食堂机と言います。東大寺二月堂の食堂で使われたものです。東大寺二月堂は室町時代の建物で、北半分が参籠所、南半分が食堂、その中間の通路を細殿と呼んでいます。食堂には賓頭盧尊者像と訶梨帝母像が安置されています。利休殿の家の文台は玄関にあるので、茶会の際、出席者に名前を記載してもらう芳名帳や、茶会に出す道具を書いた会記、家の主が留守の時に訪問客が言伝を置く机として利用されているものです。」
私:「そういえば、家の入口にありましたね。室内にも、同じような机が多数あって、昨日は、宗恩と食卓として使ったので、てっきり玄関の机は、片づけずに置いてあるのかと思いました。」
細川:「文台は食事の他、写経、手紙を書く、茶入に抹茶を入れるなど、机として様々な場面で用いるので、利休殿の家に限らず、普通は複数の文台を持ちますね。」
私:「今、文台に紙は載っていないので、宗恩に言伝するとなると、紙を探さないといけないですね。」
細川:「懐紙で良いのでは。和紙は貴重ではありますが、利休殿はたくさんお持ちです。わざわざ巻紙や奉書紙を使う必要はないでしょう。」
私:「奉書紙というのは何ですか?」
細川:「奉書紙は、楮を原料とした厚手の紙で、楮紙に、黄葵の根や白土などを混ぜて、 より強度と厚みを増やしたものです。室町時代には、すでに漉かれています。奉書紙という名の由来は、室町幕府がこの紙を公文書として用いた事から、命令書の奉書用の紙、奉書紙と呼ばれるようになります。茶道では、奉書紙を紙釜敷として檀紙や美濃紙の代わりに20枚から48枚を一束として四つ折りにして使います。他にも貴人用の高杯に載せる菓子に敷く紙、風炉に風炉灰を入れる際の風炉の底に敷く紙、三宝に飾りを載せる時に垂れるように敷く紙として用います。真台子に中次を載せる際に使う場合や茶カブキの記録、 短檠の台箱の上に四つ折にして敷く、名水点の紙垂、炭台で炭を組む際の紙、芳名帳を自作する場合にも使いますな。それと、茶会で菓子が数種類出た場合、亭主側から奉書紙を出し、客が奉書紙に菓子を包み、持ち帰らせることもあります。それから・・・」
私:「細川殿。奉書紙の使い道、十分に理解しました。では、宗恩には懐紙に何か書いて出かけることにします。この時代、鉛筆はありますか?」
細川:「ありません。筆で書きます。」
私:「筆というと、水彩画か何かですか?」
細川:「何かを書く場合、この部屋の文台にある文房四宝、筆・墨・硯・紙の四つが基本です。さて、この筆は割と新しい、書きやすそうな小筆ですね。この小さくて黒いものは墨と言って、菜種油やゴマ油の油煙や松煙から採取した煤を香料と膠で練り固めた物です。こちらの大きくて黒い台は硯と言います。なんとこれは澄泥硯ですな。自然石から削られただけなのですが、桃山時代どころか、昭和時代までその製法がわからず、焼成澄泥硯の製法書として黒魔術が書かれているところから、話題となっている品です。この澄泥硯を使われているとは、利休殿らしい。」
細川は、澄泥硯を興味津々と見始めた。しばらくして、書くものの説明が続けられた。
細川:「硯の上部に窪みがありますね。池と言いますが、ここに水を入れて、落潮の部分で墨をすると、墨汁になります。墨汁を筆に付けて、紙に書けば、字が書けるのですが、筆に付ける墨汁の量が少々難しいかもしれませんね。後で、書道の練習をしてみましょう。それと、紙のほかに砥石もありますね。砥石は鋒鋩を立てるものです。硯は使っていくうちにすり減るので、この砥石を使って硯面を研ぎます。このように硯面に光を当てると、細かく光る粒が見えますね。これが鋒鋩です。この鋒鋩の立て方が強いほど墨は早くすれるのですが、あまり鋒鋩を立てすぎると石質が出て良くないですし、立てないと墨がすれません。今、ちょうど良い鋒鋩の立ち方ですね。」
細川は私に硯を手渡したので、私は硯の角度を変えて鋒鋩の立ち方を覚えようとした。
細川:「安心してください。今後は私が鋒鋩を立てましょう。光の加減や、墨の色に変化が出てたら言ってください。」
私:「助かります。」
私は、細川と茶道の特訓を続けた。一通り拝見の所作を覚え、足運びも割と様になってきたころ、書道の練習もし、細川は帰宅していった。
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