第2・9節 炉の拝見(次客)~釜と松風について~
足運びを注意されながら、炉の前に移動した。
古田:「炉に対し正面を向いて座り、扇子を親骨の方を立て、膝が畳16目、炉と膝の間に、右側をカナメにして置きます。ここでは一礼せず、釜・炉縁・炉中の下火や灰などを拝見します。ここで、初座で棚荘がない場合、点前座には何もないこともあります。その場合、そのまま客席に帰ります。客席では、正客と次客以下で扇子の置き方が変わります。正客は、カナメを右に、次客以下はカナメを左にして、右手で扇子を自分の後ろに置きます。」
細川:「釜・炉縁・炉中の下火や灰、すべてに見どころがあります。まず、釜に関して。村田珠光より以前の茶の湯では、大振り(おおぶり)の釜が水屋にあり、湯を汲むのに四寸三分半という大きめの柄杓・掻器を用いていました。足利将軍の頃、台子に風炉が据えられるようになり、釜が表舞台に出てきます。これらは五徳のない唐金製の切掛風炉で、五徳が多く使われ出したのは安土・桃山時代です。」
古田:「桃山時代は囲炉裏に釣釜というのが普通で、五徳に釜というのは茶の湯独特でしょうね。それゆえ、会記に釜を記載する場合、つり物と書くことが多いです。」
細川:「利休殿は釜にもこだわりがあります。最近だと天明釜と芦屋釜でそれぞれ作らせた大雲龍、小雲龍という釜です。紹鷗殿の青磁雲龍御水指の地紋を、利休殿が手ずから筆写したもので、筒状の皆口、鬼面釜鐶、掛子蓋、掻立鐶の蓋が添った正に名品ですな。」
古田:「今回、炉に置いている釜は、茶の湯では基本形となる真形釜です。この釜で見方を説明しましょう。まず全体を見ます。上部の口造り(くちづくり)と立ち上がりの部分・甑と、胴を合わせ、釜の種類を見分けます。蓋・摘み(つまみ)・鐶付・羽落なども見どころですが、今回は省きましょう。それと利休殿には釜の中身と裏側も見ていただきましょう。」
古田は水屋から別の真形釜を持ち出し、甑に手をかけ裏返しながら説明を続けた。
古田:「釜底にかけて、羽落から順に、上底、中底、真底、湯口と言います。上底と中底を合わせて火包とも言います。湯口の真裏、釜の中には、鳴鉄と呼ばれる漆でとめた薄い鉄片があります。釜の煮え(にえ)の音がここで決まります。」
細川:「釜の煮え(にえ)の音は六つの湯相で、魚眼・蚯音・蟹眼・連珠・松風・無音に分かれます。特に利休殿は、茶の湯には松風が良いとしています。1072年の蘇軾著『試院煎茶』には、
湯の沸騰の度は、
蟹眼の小沸を過ぎて、
魚眼の大沸が生じ、
しゅうしゅうとして
松風の鳴く音を作そうとする。
とあり、湯相は自然の音になぞらえて言っています。」
古田:「源氏物語の第十八帖・松風の、松風という題名は、作中で明石尼君が詠んだ和歌
身を変へて一人帰れる山里に
聞きしに似たる松風ぞ吹く
に因んで付けられたものです。少し源氏物語・松風の話をしましょう。
明石尼君は、娘である明石御方が、孫の明石中宮を連れて京に上る際に、夫と別れて娘や孫と共に上京します。娘が弾く琴に、音を合わせて鳴る松風。横になっていた尼君が起き上がって言った言葉が
身を変へて一人帰れる山里に
聞きしに似たる松風ぞ吹く
です。娘は
ふるさとに見し世の友を恋ひわびて
さへづることを誰か分くらん
と返します。うら寂しい(さびしい)海岸の情景を表したものですが、物悲しい(ものがなしい)松風の音を、茶の湯では亭主の心が温める、そんな茶席をいつも用意したいものです。では続けて、席入をしましょう。」
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