第2・8節 扇子の所作と掛軸の拝見(次客)~結界と掛軸について~
私は、手の付き方と姿勢を注意されながら、一通りお辞儀の仕方を教わった。次に、扇子の説明に移った。
古田:「まず、扇子は、四季を通じて袴の左脇に差して席入します。席入した正客が初めからすぐ上座に着くと、次客は床や道具の拝見がしにくくなります。その場合は、正客は仮座へ着き、連客が迷わないように、また元の席に戻る時の目印に、おのおの席入後は、定座の傍ら(かたわら)に扇子を抜いて置きます。それと、扇子の骨を綴じるためのこの部分をカナメといいます。肝心要のカナメは、綴じてあるカナメの部分が壊れたら、ダメになってしまうから、最も大切な部分という意味から来た言葉です。」
古田の説明が続く。
古田:「そのほか、壷荘や外題荘に扇子を用いることがあります。また、茶入の大蓋・割蓋は、扇子を二・三間開いた上にのせます。ただ、もし正客が扇子を差さずに席入した場合は、連客も正客に従い、扇子を差さずに席入します。また非常に暑いからといって、小座敷で無神経に扇子を使ってはいけません。なぜなら、扇子の風で掛物が動き、塵を起こすからです。」
細川:「扇子は自分を主張する結界の役割もします。扇子より手前は自分の領分であることを示します。これにより扇子を置き、真の挨拶をすることで、自分は一段下がったところから挨拶しているという謙虚さを表します。その結界を席に着いたときに取り外し、自分の後ろに置くことで、個人の主義主張をいったん置き、自身を開いた状態で茶の湯に向き合うということになります。」
私:「よくわかりません。」
古田:「結界は、自他を区別するもので、仏教用語です。扇子を手前に置くことで謙虚さを、後ろに置くことで、茶の湯と言う場では異体同心、つまり肉体は違っても、心は一つに固く結ばれているということを態度で示します。それが扇子の意味になります。では床前に移動しましょう。扇子を使った軸の拝見方法を説明します。」
細川は正客の席に座ったまま動かず、古田と私だけが床前に移動した。
古田:「床前に座ったら、扇子を親骨の方を立て、右側をカナメにして置きます。場所は、膝が床の間から畳16目、扇子は14・5目に置きます。畳は一般的な目は63目、茶室目は64目と一定です。おおよその位置を覚えてください。この扇子には結界の意味があります。真のお辞儀で一礼し、指先を畳に軽くつけたまま、本紙の語句、落款、表具などの順に拝見します。拝見が終わったら、再び真のお辞儀で一礼し、扇子を右手で持って立ち上がります。」
私:「落款?表具?」
古田:「落款は印鑑などの作者がわかる部分です。左側に朱肉で押されているか、墨で名が書かれています。花押といって、作者特有の記号が記載されている場合もあります。また、姓印・名印・字印・号印など落款が複数ある場合もあります。」
細川:「古い中国の作品には複数落款の軸がありますね。」
古田:「次に表具ですが、中国から来た文人仕立て(じたて)と、日本で発展した大和仕立て(じたて)があります。文人仕立て(じたて)には袋表具、文人表具、明朝表具、太明朝表具、唐表具などが、大和仕立て(じたて)には、大和表具、茶掛表具、本尊表具、仏表具、神聖表具があります。文人仕立て(じたて)と大和仕立て(じたて)の違いは、風帯があるか否かです。表具により、墨蹟や絵画など、掛ける軸の種類が変わってきます。」
細川:「利休殿と関白様では、掛ける掛物に大きな違いがありますね。利休殿は墨蹟偏重ですが、関白様は、北野大茶湯では絵画偏重でした。利休殿の師・武野紹鷗殿の時代は、絵画中心から、墨蹟と絵画が半々へとなっていきます。時代が徐々に墨蹟になっていくことに、関白様は、何か感じるところがあるのでしょうね。」
私:「墨蹟とはなんですか?」
古田:「日本だと大燈国師・古渓宗陳・春浦宗煕など、日本以外だと圜悟克勤・虚堂智愚など、高僧が墨筆で書いた筆跡です。主に禅語ですね。絵画は牧谿が人気です。」
細川:「北野大茶湯では牧谿以外にも、玉礀の青楓御絵や御絵枯木、馬麟や朝山の絵もありましたね。」
古田:「利休殿は、武野紹鷗殿が掛けた小倉色紙も大層気に入られています。
高砂の 尾上の桜 咲きにけり
外山の霞 立たずもあらなむ
利休殿はこの軸に消息を添え、よく茶会で掛けられています。」
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