8.特別製
8.特別製
煙草屋の主人であるガーナードさんと共に、ドラゴンが居座るという分校へと向かう。
しかし……、ドラゴンか。正直かなり恐ろしい。
毎日のようにあの森の頭上を飛び回り、俺が逃げ惑うことしか出来ないような生物すらをも、時には殺してしまうような、そんな生物。
最初見たときは「ファンタジーな生物が居る! かっけえ!」とテンションも上がったものだが、近づくと肌は結構ぬめっとしてるわ、手もでかいわ牙は怖いわ眼は鋭いわで命の危険を感じてしまった。
リリパちゃんほどのトラウマにはならずに済んではいるものの、正直あんまり見たくないというのが本音だ(毎日見てるから大分慣れたけど)。
そんな生物に。
立ち向かうのか。
俺の攻撃方法は実は徒手空拳だけで、基本動作だけは仕込まれてはいるのだが……、武器って、あんなに重いんだね。振り回せないよね、あんな重い物。
そんな訳で、『体内魔力を拳や足に集中させての殴る蹴る』という手段と、あとは初級魔法をどうにか放てる程度か。
……え、これ勇気とかそういうのだけでどうにかなる案件じゃなくね?
「いやでも、ラキオウは実際倒せてるのか……」
毎日のように彼女は徒手空拳であそこにいる生物を倒している。時々魔力で作った弓とか剣とかを格好良く振るっているが、基本は素手のみだ。素早い動きで、頑丈で、素手殴りでも強いって、考えてみるとやべえ。そしてエルフっぽさも精霊っぽさも無いことに今気づいたぜ……。
「そんな彼女を、真似しないといけないんだよな、俺」
拳を握る。
拳を開く。
もう一度握る。
強く、握る。
「うん……、いややっぱり怖いけどな」
それにしても。
「ちょっと早く歩きすぎたか。でも仕方ないのか。ガーナードさんは魔法使えないっぽいしな」
決意を固めて考え事をしながら歩いていたら、ちょっとだけ早く歩きすぎたみたいだ。
曲がりなりにも俺は魔法をちょっとだけ使える人間で、向こうは一応は普通の人間だ。歩幅に差が出てしまうのは当然だろう。
「はぁ、はぁ、す、すみません、旅人さん……。追いつけませんで……」
「あぁいえいえ、こちらこそすみませんです、はい。考え事してたらちょっとだけ歩幅早くなっちゃいまして……」
「ちょっと……?」
いやしかしこれは反省だな、うん。ここいらは既にドラゴンの縄張りなのだ。ガーナードさんの近くを離れることマジでよろしくなかった。
しかし道案内についてきてもらっておいて今更ではあるのだが、ガーナードさんを守りながらドラゴンと戦わなければならないのか。……ん!? それって何かハードモードじゃね!? いきなり難易度が上がった気がするけども!
俺が生き残っても、ガーナードさん食われましたじゃ後味悪いしな……。それにたぶんリリパちゃんが悲しむ。
「煙草屋が無くなったら、ラキオウだって悲しむさ」
きっとな。
そういえば今日は、朝から一度も会っていないのか。
昨日気まずいままだったもんな。
そう――――彼女を思い出しかけたとき。
突風。
身を切り裂くような強い風圧が、あたりを襲った。
「あ……アレです! ドラゴンです……!」
「あれが……」
中空に、緑色の肌をしたドラゴンがいた。
体長は五メートルほど。尻尾の長さも合わせればもうちょいいくか。
森にいるドラゴンよりかは少しだけ小さい気がしたが、それでも恐ろしい爪と牙を持っている。
ばさばさとこちらに聞こえるレベルの羽音を鳴らし、ふと動きを止めたかと思うと、一直線に急降下してきた。
死ぬ死ぬ!
俺は緊急回避とばかりに、その場の大地を思い切り蹴り、
高く高く、五メートルほど飛び上がり、ドラゴンとすれ違う形になり回避に成功した。
「え……?」
ガーナードさんが驚きの声をこぼしている。
「え? え、何?」
着地してきょとんとしている俺を見て、口をパクパクさせる彼。
「いや、今その……すっごい飛びませんでした!?」
「え、その、……そうなの? あぁいやでも、」
一般人には、そうか。
『魔力で身体能力強化をしていれば、素質が無いやつでもこれくらいは出来る。むしろリザードは平均以下だ』と、ラキオウからは言われている。
「い、いやいや、私もそういう英雄じみた方たちを見たことはありますが、そんなことには……」
「あ、やばい、逃げてガーナードさん!」
地面へと着地したドラゴンが、こちらへと突進してくる。
俺は地面を蹴り、ガーナードさんを間一髪で救出することに成功。
「ガーナードさんは向こうの岩陰へ!」
「は、はい……! っ! た、旅人さん! 後ろ!」
「え、」
一瞬だけ、ドラゴンから眼を離してガーナードさんを見てしまった隙。
目の前に。
ドラゴンの、口。と、牙。
迫り来る。それがやけにスローモーションに見えて。
死ぬときはスローに見えるっていうけど、本当だったんだな。
「っていやいや、そんなに速くないなこれ!」
とツッコミを入れつつドラゴンの牙を受け止める。
全身に防御の魔法をかけ、両手は上顎へ、左足は下顎へ突っ張らせる。
ドラゴンがあーんしている状況だと考えると、ちょっと可愛いかも。
うわでも牙こわっ! あと口の中けっこうグロい。なんか、あんまり直視したくはない。やっぱり可愛くないかな、これ。
「う……、受け止めてる……!?」
「え、だからさっきから何なんですかそのリアクションは!? それくらい、戦闘訓練を受けてる人ならみんな出来るんでしょ!?」
「出来ませんよ!」
出来ませんよ! せんよ……。んよ……。よ……(エコー)。
え、できねえの? どうして?
だって俺が聞かされた『戦闘訓練を受けてる人々』って、
、魔法使えたり、戦闘訓練受けてる兵士とかってそうなんでしょ!? みんなそうなんでしょ!? ラキオウ言ってたもん! 助走なしで十メートルくらい飛んで、日本列島くらいの距離なら五日もあれば駆け抜けられて、訓練を受ければ誰だってすぐに中級魔法以上を使えて、一週間飲まず食わずでも生きていけるんだって! ラキオウ言ってたもん!
いやそれに俺、毎日死にかけてるじゃん? それが良い証拠だよ。だから俺……弱いんだよね?
事実、ラキオウには何も勝てないし。森に居るバケモノ共を倒せたこともないし。
あ、でも、人間はほとんど近づけない魔境だっていう話だったか。あれ、話が噛みあわなくないか?
「神代に生きた人々や種族じゃないんですから! そんなこと、我々一般人には訓練しても不可能です!」
「そうなんだ! え! どういうこと!?」
あっれー!?!?!? 嘘つかれてたー!? え、俺、騙されてたの!? でも魔力を扱える人間の中では、かなり下位の部類だってラキオウ言っていたような……。
でもそんな俺なんですがね? 現にそういうこと考えられるくらいには、今の状況でも余力があるわけで。
ギリギリとドラゴンの牙を受け止めつつ、考える。
考えろ、考えろ。
どうして、どうして、どうして……。
あ、そうか!
「ラキオウさん神代の生物だったわー!」
解決したー! と思い、俺の身体に力が入ってしまったのだろう。思い切り両手から初級魔法が放たれてしまったようだ。派手にふっとぶドラゴンの上顎。うわ、グロい。血がすごい。たぶんコレ、ドラゴンさん絶命ですよね。
「そっか、あの人(人じゃないけど)、神代の生物だわ……。そんで神代以降はあの森でバケモノ狩りまくってて、まともに今の時代の人を理解していないのか……」
うわー!
勘違いってこええ!
それで、その。
街に戻っての話。
ガーナードさんに文献を見せてもらい、およそ千年前の人類について学ぶ。
その時代の兵士たちは、 助走なしで十メートルくらい飛んで、日本列島くらいの距離なら五日もあれば駆け抜けられて、訓練を受ければ誰だってすぐに中級魔法以上を使えて、一週間飲まず食わずでも生きていける、と記されていた。……一部の超人はな!
やっぱ普通の人類も居たんじゃん! それは千年前もそうなんじゃん!
お陰でこっちは、無駄に命がけの決心をしちゃいましたわ!
ていうか知らず知らず鍛え上げられていた己自身にびっくりですよ!
ちなみに俺が使った初級魔法も、古代基準のものらしく。現代でいう大魔法以上に相当するのだとか。あぁもう……、面倒なことに……。
どうやら俺は特別な強さを、知らず知らずのうちにラキオウによって鍛え上げられていたみたいである。
「まぁでも……」
俺は今こうして、生きている。
そして隣には、元気に笑うリリパちゃんや子供たちの姿もある。
「とりあえずこの人たちが無事で、良かったのかな」
そうすれば、俺が過ごしてきた命がけの十五年間も、無駄ではなかったことになる。
「あぁ――――煙草がうまい」
なんて。
言いながら、煙草をふかす。
そうか、ラキオウもこんな気分だったのだろうか。
一仕事終えた後の煙草は別格だ。