9.つむがれる
9.つむがれる
そうして、俺は長いようで短かった買出しを終え、森へと戻った。もう日が完全に落ちて、夜になってしまった。
今日はほぼ一日、ラキオウの顔を見ていないことになるのか。
俺が森へ着いたことを確認したのか、ラキオウが中空から降ってきた。……そうね。これに比べたらドラゴンの急降下なんて、スローに感じますよね。
こっそり調べてみたところ、俺が普段戦っているドラゴンはカイザードラゴンと呼ばれる、最強クラスのソレだったようで。まぁつまりは、最初から毎日ハードモードで戦っていたら、イージーモードなんて楽勝ですよね。というところだったみたいだ。
「リザードか。……遅かったな」
「ま、色々あってさ」
どこか気まずそうな表情をしたラキオウに対し、俺は枯れ木で焚き火を作りつつ、今日の村でのことを話した。
リリパちゃんと楽しく話したこと。
その後ドラゴン退治の依頼があったこと。
ラキオウの人間に対しての認識が間違ってたよ。ということ。
ドラゴンの肉を処分するのが実は一番面倒だったこと。
意外とガーナードさんが絡み酒だったこと。
そして、
『村で一緒に暮らさないか』ということ。
俺は旅人であると説明しており、当然ラキオウのことも、この魔境な森に住んでいるということも言っていない。
だから。
人と一緒に暮らそうと、言われた。
俺を必要としてくれる土地があった。
「で……どうして断ったんだお前は?」
「え、そりゃあ。俺はこの森に住んでるし」
「…………」
「…………」
ん? なに、この間。
「お前を必要としてくれる土地があったと、嬉しそうに話していただろう? そのときのテンションはどこへいった……?」
訝しげなラキオウというのも、すげー新鮮だった。
「いやそりゃあ嬉しいだろう!? だって俺、今まで誰かに必要とされたこと無かったぜ!? バイト先でもそんな重要な仕事とか任されたこと無かったし」
無能が服着て歩いてた感じだったしな。……なんだ? 泣けてくるぞい、これ。
まぁそれに。
「ラキオウはこの森離れられないだろ? だったら、俺も離れたくはないわな」
何かちょっとだけ上から目線な感じになってしまった。が、俺はそのまま自分の気持ちを言うことにした。
「いやぶっちゃけさ。……今日一人でドラゴン倒して、や、その、『倒せちゃって』っていうのが正しいか。とにかく。
一仕事終えて煙草吸ってるときにさぁ、お前の顔が浮かんでさ。
苦労したあとは、ラキオウと一服つきてえなーて、思ったんだよな」
これが。
例えば恋なのか。
それとももっと違う感情なのか。親愛なのか友情なのか。
どんなものかは分からない。
何せ十五年も離れず生活しているのだ。熟年カップルもいいところだ。
……まぁ肉体関係はねーけど? 残念ながらな!
「だからたぶん俺は、お前と一緒にいないと落ち着かない。
朝命を助けてもらうところからスタートしないと、一日が始まらない」
とてつもなく情けないことを言っているのは分かってますとも。けど、とにかく今は本能的に話したい気分なのだ。いつも本能に忠実な気がしないでもないが。
「だから俺がこの森を出る理由が無い。
まぁその……そんなところだ」
たぶん、そんなところだよな? 自分の気持ちを正直に全部ぶちまけることはあんまり経験が無いことなので、なんというか、きちんと説明出来ているかどうか自信が無い。
「って……ラキオウさん! ど、どげんしたとですか!?」
謎の訛りを発してしまったが、ラキオウさん、赤面してらっしゃる!? 焚き火くらいしか明かりが無く、褐色なのにも関わらず、それでも分かるくらいには赤面してるね!?
「お前……そういうのは、やめろ……」
消え入りそうな声でぼそりと言うラキオウ。
「いや、やめろと言われてもな……。ごめんな。俺、言葉選び下手でさ」
と言っても、赤面してる理由がぼんやりと分かってきたので、こちらもつられて赤面。
ううーむ、なんだかラブコメみたいで恥ずかしいようなむず痒いような。
「私はダークエルフで、更に精霊との混血で、身体はこの先も際限なく大きくなる……。お前は、私のどこに魅力を感じているというんだ!」
珍しく、彼女が叫ぶ。
駄目なところいっぱいあるけど、私のどこを好きだっていうのよ!
生きてみるもんだ。すげえセリフを言われている。
「ぶっちゃけると……、最初はおっぱいでした……」
ギリギリギリギリ。
あ、これ、ラキオウが魔法で出した弓矢を引いている音ね。矢が狙っているものは、当然俺です。
「最初はね!? 最初はって言ってるじゃん! そりゃそんなおっぱい生で見たら、仕方ないって!」
「言いたいことは分かるが言い方があるだろう貴様……!」
だって見せてきたのはそっちでしょ!? 何だってそんなこと言うの! 羞恥心とか感じて無かったじゃない!
「あれ、でも最近は生では見てない……?」
いや生で見れる環境のほうがおかしかったんだけどさ。
「っ……!」
なにやら恥ずかしそうに俺から目を切り、構えていた弓を消滅させるラキオウ。良かった。攻撃態勢は解いてくれた。
「あーその、続き、言うけどさ、ラキオウ。
その、最初は外見だったし、いや、今でも外見の占めるパーセンテージは正直多いんだけどさ……」
はたと、
目が合う。
いっそう強烈なラキオウの瞳。
かくいう俺の眼は? たぶん、間抜けな、いつもの眼だ。
「さっきも言ったけど、俺、お前と一緒に居ると心地いいんだよな。
あれ、言い方違ったっけ。お前と一緒に居ないと落ち着かないんだよ」
一緒に居たい理由は、一緒に居たいから。
俺のような単純な生物は、それくらいの思考しか持ち合わせていないのだ。
生物が淘汰される理由とか。
人を助けなきゃいけない理由とか。
俺の命をかける理由とか。
頑張って考えたけど、やっぱ言語化は出来なかったから。
たぶんこういう気持ちだって、説明はつかない。
「だから俺、ラキオウのことが色々な意味で好きなんだと思う」
流石にこのセリフは照れた。
女子に告白なんざしたことない。まぁ――――コレを告白と言ってしまって良いのかわからないんだけど。
「…………あー、」
その、と、まるで初めて言葉を発するかのように、彼女は口を開く。
そういやさっきから、俺が喋ってばっかりだ。
「私はその……、人間じゃなくて」
「知ってる」
「ここは危険な土地で」
「体感してる」
「お前の自由を奪ってて」
「昔はな」
「修行の過程で酷いことをして」
「俺を思ってのことだろ?」
「お前に幸せを、与えてやれなくて」
「今、幸せなんだが」
たぶん。だから、それが答えだ。
「――――そうか。なら、いい」
ラキオウはちょっと笑った。
これもレアだなーと思っていると、またもや瞬時に背後に! だから、お前は忍者か!
昨日のように、首の後ろに胸を押し付けられる。
「お前……だからこれで性欲感じるなって言っても、無理だからな!? 俺の責任じゃねえからな!?」
「いや……良いぞ」
ん? 良いって、つまりどういうことなの?
「ちなみにリザード、古代魔法にはな。相手を眠らせる術もあるのだが、相手を『眠らせなく』する魔法もあってな」
「え、どうして今魔法の話するの!? 怖い!」
「……貴様、何か変なところで鈍感よな」
「痛い! 首絞まってる! 乳圧で死ぬ! あれ!? でも本望かもしれない!?」
「はぁ……だからな、今日は一緒にいるけど、眠らせないってことだ」
焚き火が消える。
口が塞がれる。
こうして四十歳になった年のはじめ。
あー、その、なんだ。
俺はなんだか。幸せになった。




