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魔法使いの証明  作者: 0℃
1章 逮捕不可能な魔法使い
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07.不可解な凍死体②

『冷蔵庫に閉じ込められると、内側から扉を開けることはできない』


 それは有名なデマである。


 昔は構造上、内側から開かないものもあったらしいが、最近の冷蔵庫であれば難なく内側から開けることができるはずだ。


 小さい子供だと力が足りないせいで、実際に開けられないケースもあるらしいが、被害者は高校生だ。


 それなりの力がある彼に、開けられないということはないだろう。


「ほんとだ……開けられる」


 それが事実かどうかを確認した鹿上が、冷凍庫の中からひょっこりと顔を出す。朝比奈はしゃがみ、鹿上の顔を見ながら頬杖をついた。


「だから言ったでしょう。ドラマとかだとたまにそんなこと言ってるけど、大嘘よ」


「え。でも、それじゃあ一体どうやって白石は被害者をここに閉じ込めたんすかね」


 鹿上は冷気漂う冷蔵庫から出ると、今更になって不思議そうに首を傾げた。


 鈴井が呆れたように言う。


「だから、それを今考えてるところだ」


 冷凍庫の扉は『田』の形に4つ。


 被害者を中に入れたとしても、その4つの扉を塞がなければこの犯行は成立しない。


 仮に片側上下の扉を体で塞いだとしても、反対側の扉から逃げられてしまう。すべての扉を体で塞ぐとなれば、かなりの巨体でない限り不可能だ。


 その上、昨日、白石が行った犯行はこれだけではない。谷津のバラバラ殺人事件。それも昨夜のうちに行っているのである。


 白石は谷津を殺し、遺体をバラバラにし、全国にばら撒いた。その上で、このボーノでの殺人も完遂したのだ。


 それを昨夜のうちにやったとするならば、手間がかかるのは谷津の殺人の方だ。


 この犯行にはそれほど時間はかけられないだろう。


 朝比奈は、冷凍庫の扉を見てふと気づく。右下の扉の取っ手に、少しの凹《へこ》みがあったのだ。

 

 ――――なんだこれ。


 扉に近づき、取っ手をよく見てみる。ステンレス製の取っ手は、やはりわずかに凹んでおり、歪んでいた。


「……なにこれ?」


「どうした?」


 鈴井が不思議そうに聞いてくる。

 カオルは取っ手を指さした。


「ここ見てください。ちょっと凹んでます」


「……何だ。それか」


 鈴井は鼻を鳴らすと、左側の取っ手を指さした。


「それならこっちも凹んでいるぞ」 


「え?」


 鈴井が指さした方を見る。

 確かにそこには同じような凹みがあった。


「と言うより、この冷凍庫の取っ手にはすべて同様の凹みが付いているらしい」


 鈴井に言われて取っ手をすべて見てみれば、確かにそのようだった。この冷凍庫の取っ手には、すべて小さな凹みがある。


「……なんで?」


「相当年季が入ってる冷凍庫だからな。

 そういう傷や凹みも珍しくないだろう」


 ――――本当にそうだろうか。


 朝比奈は鈴井の言葉に対して疑問を抱く。


 他の冷凍庫には、このような凹みはなかったように思う。朝比奈はそれを確認するために、すぐ隣の冷凍庫を調べてみた。


『使用禁止』


 その張り紙が目につく。


 しかし、問題は取っ手だ。見てみれば、やはりそちらの取っ手には凹みはなかった。


 使用禁止の冷凍庫を開けてみる。


「……冷えて、ない?」


 扉を開けても、冷凍庫特有の凍えるような冷気が伝わってこない。しかし、動いてはいるようだ。わずかな稼働音が聞こえる。


 冷凍庫の中は空っぽだった。張り紙の通り、使用はされてないらしい。


 やはり、この冷凍庫は故障しているのだろうか。誰か、この店の関係者に話を聞きたいと朝比奈は考える。


「鈴井さん。この店の店長って、今どこにいます?」


「事務所で聴取しているはずだ」


 そう言われて、朝比奈は事務所に向かった。



――――――――――――――――――――



「いや、壊れたわけじゃないんですよ。

 あの冷凍庫、コンセントが抜けてたんです」


 ひどくやせ細った店長が、狭い事務所の椅子に座りながら言った。


 目の下のクマがひどい。あまり寝てないことが窺える。こういった飲食店の経営の苦労を体現しているような人だった。


「コンセントが抜けていた? いつからですか?」


「昨日の夜は普通に動いてましたからね。

 夜のうちに、なぜか抜けたんでしょう。

 簡単に抜けるコンセントじゃないはずなんですけどね」


 店長は深いため息を吐く。


 なんだかストレスや疲労が蓄積されてそうなため息だ。うんざりした表情で店長は言う。 


「だからもう朝は大変でしたよ。

 冷凍食品は溶けちゃってるし、急いで別の冷凍庫に移さなくちゃならないし。

 それで、隣の冷凍庫を見てみれば死体が入ってるでしょう? もうパニックですよ」


「……心中お察しします。

 ところで遺体で見つかった君島一也君について、何かご存じではありませんか?」


 店長は笑いながら、顔の前で手を振った。


「やだなあ、刑事さん僕を疑ってるんですか? 知りませんよ。初めて見る子でした。

 でも、白石君と同じ高校に通ってた子なんでしょう?」


 朝比奈は、突然出てきたその名前に反応する。


「え? 白石君って……。

 白石拓海君ですか?

 彼のことはご存じなんですか?」


「ええ。だって、ここで働いてますから」


「……ここで?」


 朝比奈は事務所を見渡し、壁に貼ってあるシフト表を見つける。見てみれば、確かにそこには『白石拓海』の名前があった。


 ――――なるほど。多少知識のある場所だから、ここを殺害現場に選んだワケか。


 バイト先なら勝手もわかるだろう。

 犯行もやりやすかったに違いない。


 だとすれば、やはりこの犯行にはそれほど時間は使われていないだろうと考えられる。


「ほかに何か質問あります?」


 店長が優しい笑みで聞いてくる。

 朝比奈は頷いた。


「遺体が入っていた冷凍庫の取っ手に、小さな凹みがありましたよね? あれって、いつ付いたものだかわかりますか?」


「凹み? え。そんなのありましたか?

 昨日まではなかったと思いますけど」


 店長のその一言に、朝比奈は口角を上げた。やはり、店長には心当たりがないらしい。


 つまり、あれは昨日まではない凹みだったのだ。

 恐らく、犯行を行った時に付いたものなのだろう。


 そこまで思案して、朝比奈は天井を見上げた。


 ――――さて、そろそろ充分じゃないだろうか。推理するために必要な大体の要素は集まった気がする。


 コンセントの抜けた冷凍庫。

 取っ手の凹み。

 冷凍庫の中の食材は、朝には溶けていた。


 朝比奈は目をつむる。

 すべての要素をつなぎ合わせ、事件の全容を頭の中で思い描く。


 大して時間もかからずに、朝比奈はある答えを導き出した。朝比奈は店長に一つだけ、お願いをする。


「すみません。1つお願いがあるんですけど」


 朝比奈は、店長に向かって手のひらを合わせ、懇願する。


「はい? 何でしょう」 


「使用禁止の冷凍庫なんですけど、アレ、ちょっとだけ動かしてもらってもいいですか?」


「あの冷凍庫ですか? 

 ……はあ。構いませんけど……」


 店長は朝比奈のお願いに、不思議そうに首を傾げた。

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