06.不可解な凍死体①
朝比奈がそのイタリアンレストランに着いた時には、すでに何台ものパトカーが駐車場を埋めており、ものものしい雰囲気を醸しだしていた。
イタリアンレストラン、ボーノ。全国展開している有名なチェーン店だ。低価格で満足いく味のイタリアンを提供している。朝比奈もよく通う店で、本格派なカルボナーラが特にお気に入りだった。
「俺、凍死体なんて初めて見ますよ」
鹿上は厨房の業務用冷凍庫の前で、顔を引きつらせていた。
鹿上の前にある業務用冷凍庫は、一般的な家庭用冷蔵庫を横に3つ並べたような大きさだった。色はシルバー。扉は4つあり、『田』の形に配置されている。扉はすべて右開きのものだ。
ここで使われている冷凍庫、冷蔵庫はすべて同様の仕様らしく、同じものがすぐ横に1台、厨房までの通路に2台並んでいるのを朝比奈は目にしていた。
ちなみに隣の冷凍庫には張り紙がしてあり、『使用禁止』と書かれていた。故障しているのだろうか。
「わたしも初めて。冬の東京では結構多いはずなんだけど、お目にかかる機会には恵まれなかったよ」
朝比奈は手袋をはめながら、少し離れたところから扉を眺めていた。
冷凍庫の扉には、谷津の遺体と同じようにマジックで大きく文字が書かれている。
『君島一也。加賀崎高校2年』
あとは被害者の家の電話番号と、署への電話番号がその下に並んでいた。
手袋をはめた朝比奈は冷凍庫に近づくと、おもむろに右下の扉を開ける。
冷凍庫の中は意外と物が入っておらず、ある程度の空間がある。冷凍のポテト、袋に入ったパスタソース、肉、スープ。
冷凍食材が並ぶ中、隅っこの方に黒のスウェットを着た男が、体育座りで縮こまっていた。他の刑事が見たところ、すでに彼の死亡は確認されている。
君島一也。あの遺体が彼であることはほぼ間違いないらしい。
厨房の入り口で、鈴井がうんざりしたように言う。
「君島の家に電話したところ、彼は昨夜、友人の家に出かけたきり帰ってきていないそうだ。まったく、今日は忙しくていやになるな」
鹿上が現場についた時、すでにパトカーは到着しており、一係は現場検証を始めていたと言う。
それを見た鹿上は何を遠慮したのか、律義にも朝比奈がくるのを端っこの方で待っていたそうだ。
――――生真面目なんだか、不真面目なんだか。
それを聞いて朝比奈は実家で飼っている犬の『コーギー』を思い出した。
犬種はミニチュアダックスフンドであるにもかかわらず、母親の独断で名前はコーギーにされてしまった可哀そうな愛犬だ。
いつもカオルが家に帰ると、そのコーギーは自分の事を待っていたかのように、じっと大人しく玄関に座っている。カオルはそのコーギーを抱きしめて、その頭をわしゃわしゃと掻くのが好きだった。
カオルはそれを思い出し、不覚にもその鹿上の行動を可愛らしいと思ってしまった。
「で、お前らは加賀崎高校の方に行ったんだろ? どうだった? 白石は怪しかったか?」
鈴井が鋭い視線を向けてくる。
朝比奈は、ため息混じりに言った。
「怪しいも何も。白石は私たちの目の前で同級生を殺しましたよ」
「なに? 聞いてないぞ、そんな話」
「ついさっきですからね。他の班がそちらに向かっているはずです。
残念ながら白石には逃げられてしまいましたが」
鈴井は腕を組み、大げさに息を吐く。
「何やってんだよ、朝比奈。
どうして白石を撃たなかった?
お前が奴を殺さなければ、被害者は増え続ける一方だぞ」
――――言うと思ったよ。
朝比奈は彼の言動に辟易する。
朝比奈は、鈴井のこういうところが好きになれなかった。
合理的なのだろうが、倫理や道徳を軽んじる部分がある。
その点は、鹿上にも共通する部分だ。
『事件を解決するためなら何をしてもいい』
そういう思考を、朝比奈は理解できなかった。
どんな人にも、過去がある。
誰にも大切な思い出があって、そこには様々な想いがある。
それを踏みにじるようなことは、したくなかった。
「わかってるだろ? 一度、魔法を使ったやつは攻撃的になる。魔法には快楽も依存性もあるんだぞ。
お前は、危険極まりない奴を野に放ったんだ。自分のやったことを理解しろ」
鹿上が、軽蔑するような目線を鈴井に向け、反論する。
「白石は『俺を撃っても無駄だ』って言ったんすよ」
「無駄だと?」
「ええ。
『俺は高速移動ができるから、銃弾なんて簡単に避けられる』って言ってました。だから撃たなかったんです」
「撃ってみなくちゃわからんだろ。
奴の言ってることが嘘の可能性もある」
「周りには生徒がいたんすよ。
避けられて他の子供に当たったら、それこそ最悪じゃないっすか」
――――嘘だ。
朝比奈には、それがわかった。
鹿上が銃を構えたのは応接室だったはず。
周りに生徒なんていなかった。
鈴井は負け惜しみのようにフンと鼻を鳴らす。
「まあいい。それで、白石はどうやって同級を殺したんだ?」
そういわれて、朝比奈と鹿上は目を合わせた。
――――あれを、どう説明したものか。
朝比奈は、ぽつぽつと説明しはじめた。
「……白石は、同級生に水を吐き出させたんです。
それもバーって、すごい量で。
床は水浸しになっちゃって。もう大変でした」
「……何言ってんだ、お前」
鈴井は首を傾げる。朝比奈は頬を赤く染める。
――――だって、なんて言ったら伝わるのよ!
鹿上が、朝比奈をかばう様に説明をする。
「要するに、生徒の口から水を吐かせ、溺れ殺したんですよ。
地上で溺死させてやるって、白石は宣言してましたから」
鈴井は、鹿上の言葉に片眉をピクリと上げた。
「待ってくれ。白石の能力は高速移動だろう? 水を口から出させたって、一体どうやったんだ?」
「白石は、『自分は複合能力者だ』って言ってたんすよ。
だからまあ、『こういうこともできるぞ』って感じで、あんな殺し方を見せつけてきたんだと思います」
「複合能力者だと? ありえるのか、そんなこと」
朝比奈はきっぱりと否定する。
「ありえないです。現在そのような感染者は報告されてません。彼は一つの能力しか使えないはずです」
「でも目の前で実際にやってみせたんだろ?
口から水を吐き出させた。
これは高速移動能力では実現できない技だ」
彼の言うとおりだった。
しかし、朝比奈はそこから、一つの答えを導き出していた。
「つまり、彼の能力は高速移動じゃなかったということです」
朝比奈は言う。
鈴井は目を丸くした。
「なんだと? じゃあ、一体何の能力者なんだ」
「それを、今調べているところです。
この事件が大きな手がかりになりそうですね」
朝比奈はそう言いながら冷凍庫の中を覗く。遺体は自らの膝に顏を埋めていて、表情を窺うことはできない。
この店の店長の話では、この冷凍庫の庫内温度はマイナス25度に保たれているらしい。一晩入っていれば、間違いなく凍死する温度だ。
庫内の壁はステンレス製だった。右の壁に、拳で殴ったような凹みがある。
扉の内側を見てみれば、そこも同様だった。何度も何度も殴ったような痕跡が残されていた。恐らく、被害者が脱出しようとしてやったのだろう。しかし、それは叶わなかったようだ。
――――いや。そもそもこれ、どうやって中に閉じ込められたんだ?
朝比奈は首をかしげる。
「これ、おかしくないですか?
なんで被害者は外に出れなかったんでしょう?」
「そこなんだよな」
鈴井はあごに手をやり、考え込むような仕草をみせた。
――――やっぱり鈴井さんも同じ疑問を抱いていたのか。
鹿上が不思議そうに聞いてくる。
「え。なにがおかしいんすか?」
「いや、だって。冷凍庫に鍵が付いてるわけでもないでしょう?
中に放り込まれたとしても、自力で扉は開けられたはず。
なのに被害者は、なぜか外には出られなかった。不思議じゃない?」
朝比奈がそう言うと、鹿上は勝ち誇ったように笑った。
「あれ? センパイ、知らないんすか?
冷蔵庫って内側からは扉開かないんすよ?」
朝比奈と鈴井は、鹿上をじっと見る。
鹿上は二人の視線に気圧された。
「な、なんすか。
え? もしかして、二人ともそんなことも知らなかったんすか?」
鹿上はニヤニヤと笑う。
二人は眉間にしわを寄せて言った。
「内側からでも開くぞ」
「内側からでも開くわよ」
鈴井と朝比奈の声が重なった。




