23:januis clausis
「えっと、“ラディウス”さん。でいいのかな? それで、地下には何があるんですか?」
無数の名前を持つ男に騙された女性三人衆。アルドールは部外者の自分なら会話が出来るだろうと、気まずい沈黙を破ることにした。
「何でもいいですよカーネフェリア。素敵な兄貴でも格好いいお兄さんでも、かりそめの名前でも。ま、皆さんお察しの通り、この国は多くの血と涙が流れている。も一つろくでもないものも流れてるんだろうが、これ以上は下ネタになって俺が無意味に一回殺されるから控えるな」
「猥談禁止」
ルキフェルさん容赦ない。ツッコミで同僚を躊躇無く射つ。頭部狙いだ。本来なら致命傷だが、それでも喋り続ける《運命の輪》№13。何と呼べば良いのか分からない、名前をたくさん持った彼。
「もう一回くらい殺しておこうかしら」
「助けてジャンヌちゃん!」
「ルキフェルさん、彼なんか撃っても弾が勿体ないですよ」
「そうですよ、代わりに私が石でも投げましょうか?」
「お姫様が鋭利な石拾うのやめてください、アニエス様。民が泣きますよ」
「何を今更。あの女が嫁いできてから私は、セネトレア王家は国中の笑いものですわ」
喋ったら喋ったで地獄だなこれは。女の子達に冷たくあしらわれた彼は、嘘泣きで俺を盾にする始末。気安くベタベタまとわりつかれても嫌じゃない。不思議な魅力のある人だ。今まで俺の傍にいなかったタイプ? いや、系統としては男版ルクリース方面? ヴァンウィックほど話がきつくもない。困ったな、正直あんまり嫌いじゃない。妙な懐かしさを覚えながら、適度に彼の盾となりつつ……俺たちは歩みを進めた。場所はセネトレア王都ベストバウアー、その東側。路地裏に入ると裏街に繋がり危ないらしく、大きな道を進みながら教会へとたどり着く。目立つのも良くないかと思ったが、荒れた街では各種脅威も落ち着いている。それとも移動をスムーズにするための術を彼が展開していたのかも。
特段事件も戦闘もなく、俺たちは目的地まで来られた。
「ここが……」
第一がシャトランジア、第二がカーネフェル。そして第三聖教会こそセネトレアにある聖教会の中枢機関。無数の悪がはびこるこの国で、それが正しく機能していないことは火を見るより明らかで。シャトランジアが表立ってセネトレアと事を構える覚悟が無ければ、不正をただすこともできないと言われていた。それだけこの国が持つ、金の力は恐ろしい。
セネトレアの悪評なら、シャトランジアにいた頃から……本でも人の噂でも嫌になるほど耳にした。アルドールが思い出す、第一聖教会の厳かな雰囲気とここはあまりに異なる。
美しく見事な建造物、内部の装飾・調度品はどれも一級品。どれだけの寄付があったのか。対する聖十字の屯所は簡素で、あまりお金を掛けられていない。おまけのように敷地の外れに設置されていた。十字法で悪を捕らえるつもりも人員もなさそう。こんな環境で戦った聖十字兵……ジャンヌの友達、ラハイアさんはさぞ苦労したことか。
「あの、どうしてこんなに人がいないんですか?」
西と東で抗争があったのに教会は無事。なのに聖職者も軍人も誰一人見かけないのはおかしいだろう。ラディウスさん(仮)に尋ねると、彼は笑ってこう返す。
「金にならないから逃げたんだろうな。割に合わんし。これでも金目のものはそれなりに、連中に持ち去られた後だと思うぜ」
「はぁ……そうなんですね」
「それでも命のあるものは、意味の嫌うあの“イグニス”に、さっさと謙って来たよ。計算した結果だろうさ」
「貴方の主はそれを受け入れたのですか!?」
許しがたいとジャンヌが吠える。気持ちとしては俺も彼女と変わらない。
「使える道がある内はな。お。あったあった。ここから行けるんだよ。あんまり気持ちの良い場所じゃないが」
扉の開く音を聞くまで気付かない、不可視数術。見えない扉が備え付けられた壁。招き入れられた室内には外せる床板があり……蓋を開ければ地下へと繋がる階段が広がっていた。引き返すなら今だぜと、男の目は言っていた。その目を見て俺は決意を固め、地下へと足を踏み入れる。本当の悪人で裏切り者なら、もっと早くに殺せたはずだ。
「さっきの話……地下によくない数値がたまるってことですか?」
「概ねそうですよ。良くない数値だろうと、数値の塊。元素には違いない」
「じゃあ何よ。セネトレアの憑依数術は、その汚染元素を利用しているってこと?」
「それはお前も知ってるだろルキフェル。心の隙、死にかけの身体。魂が離れる瞬間に乗っ取り、塗りつぶし……本人の精神は消し飛び滅ぶ邪法は既に、“お前のイグニス様”が潰したが。セネトレア王と刹那姫……それに第四公が使っている方は、乗っ取られた本人を残す分厄介だ。生きた人質って訳だからな」
人質って嫌な言い方だ。残してきた人のことを思い出さずにいられなくなる。
「……リフルさんは、元に戻せるんですよね?」
「“俺のイグニス”にとっても利用価値がある。こんなところで王子様には死なれたくないはずですぜ。だから一時共闘っていうのは本当だ。案内役が俺って言うのも、あの人がこれまでしてきたことも疑われるんだろうけど」
彼にとっての“イグニス”が、道化師である前提を隠さぬ物言いのラディウスさん。彼の言葉にジャンヌは辛そうな顔になる。こういう時、彼女は言う方を選ぶ人だ。本当に、強いと思う。
「エティ……いえ、ラディウス。貴方の目的は時間稼ぎ……でしたね? それは……私が死ぬまで、ということですか?」
「信じてもらえないだろうが、そんな役目なら俺は命令に従わない。東のゴタゴタが収まる前に、戦の決着が付くのが困るってだけさ。そのためにも、女王を元の身体に戻す必要がある。あの王子様とジャンヌちゃんのカードに、優秀すぎる騎士様の力が加われば……こんな国すぐに落とせる。結果が同じでも、俺たちはあくまでカーネフェル王がセネトレアを落としたことにしたい。これは事実だ。それが、アロンダイト卿や那由多王子じゃ困るんだよ」
王の命令ではなく、ランス一人の活躍と指揮でセネトレア戦争が終わってはならない。カーネフェル王の名声が地に落ちるから? それがあの、“道化師”とどう繋がる? 奴ならそうさせたいだろう。
「この燭台……こんなに燃やして空気がなくなったりは、あれ……? ここに乗ってるの火じゃ無くて、石?」
「お、陛下は見たことなかったか? これは照明石、元素に反応して光るセネトレア産の鉱物。お高いけど便利だぜ。なんと言っても、数値の気配に敏感だ。どれ、お一つずつどうぞ」
ラディウスさんの言葉に若干警戒しながら、皆石を壁照明から石を手にする。確かに便利そう。これなら強い数術使いが近づいたとき、察知できそうだ。
「血水の精霊は、抗争の最中……王子様とソフィア達が祓ってくれたんだけどな。この島の大地は汚れたまま」
「血水の精霊……?」
「元素の塊ではあるんだが、汚染された人格を持ち人に害をなす精霊。手懐けられる者もいるにはいるんですけどねぇ……依存に陥り親しい術者を失い暴走することもある、厄介な存在ですよ」
リフルさんは穢れた精霊を倒した際に倒れ、その間に身体を奪われあの状態になったと言う。俺の認識では、精霊は数術使いの手助けをしてくれる存在だった。術者ではなく精霊自身。どういう状況だったのか想像できないが、倒すことができる存在なのか。
「しっかし、成り行きとは言え姫様までこんな所にお連れするとはねぇ……」
「ここは、地下墓地なのでしょうか?」
「だった場所なんですが、盗掘の穴もあり。いろんな奴らが色々やって色々埋めてがあったようで、変な場所に繋がっていたり、塞がれていたりとそんな場所です。まともに機能しているエリアは僅かですよ。元々は城や教会の秘密通路や暗渠、下水施設もあったとか」
階段を下りきり、荒れた墓地を確認。掘り返された墓、壊された壁の横穴……なんとまぁ、酷い有様。
「ここに埋葬されていたのはどういう方々なんですか?」
「一応教会関係者……数術使いのはずですよ。だからこそ、その研究のため盗まれたんだか売り飛ばされたんだかしたようで。それでもここはまだ良い方で。表に出せないものはこっちに捨てられたんですよ」
地下墓地の隅に、更に地下へと続く穴がある。地下水をくみ上げる井戸に見えるが……
「混血に価値が出る以前。混血も、混血狩りもこの国で生まれました。混血を産んだと知られれば、迫害される。寝た相手が分かっていれば、生まれる前に処分しようとする、させようとする者もいたんですよ」
覗かなくて正解だ。話してくれた彼以外の全員の、血の気が引いたことだろう。当事者である混血のルキフェルさん……そしてセネトレア王族として生きてきたアニエス姫にとって、直視したくない現実。
「随分と、お喋りじゃない。それがあんたの自己紹介ってこと?」
「痛いところ突くな、ルキフェル。俺ならここに来ても襲われないって知って送り込んでくるんだから酷いよな、“あっち”の神子様も」
生まれる前に処分された混血を、数術で延命させた者がいた? 何のために? そう考えてぞっとする。かつて俺が掛けられた数術。養子奴隷にするため使われた記憶操作の数術は……この国でのこと。
「セネトレアには、神子が禁じた禁術が多数ある。能なしが、数術開発のために犠牲にした混血は大勢いるってわけさ。てめぇの脳みそで出来ない数術なら、代理でさせればいいんだからな」
理論と発想だけ組み立てて、犠牲と実行を混血に。膨大な数式を簡略化する術もまた混血に開発させる。残されたのは、簡単な式だけ残され解除方法が分からない奇跡。
「なぁ、お坊ちゃん。いや、アルドール王。あんたは魂の存在を信じるか?」
「……信じる。えっと、そうだな……俺の場合は信じると言うより、信じたい、かな」
精霊化したイグニスを見た後だから、尚更そう思う。見えなくなっても傍にいてくれると信じたい。俺が歩いてきた道を、これまでこれから犠牲になる人が。どこにもいなかったとか、いなくなったなんて思いたくない。まだ見られていると思って、恥じない王になりたい。そう思うから。
「セネトレアでは、すべてのものに価値が付く。ここで死んでも髪の毛一本残らない。身体が残り、墓もある奴は幸いだ」
「……それでも既に流れ、大地が吸った血は手にすることが出来ない。土自体に値が付こうとも。流石ですね、“イアン”。腐っても宮廷騎士だった方」
「よしてくださいよ、姫。ああ、これはセネトレアのことわざみたいなもので」
アニエス姫とラディウスさんのやりとりは、棘があっても多少気安い。冗談を言い合える程度には、親しい仲だったのか。
「でもなカーネフェリア。あんたが言ったものは。唯一この国で、価値が付かないものだよ」
「価値がないってことは、実質無料。勝手に使って良いと思いませんか?」
会話に挟まった、失礼で薄気味悪い声。笑いを堪えながらのその声は、墓地の横穴……その向こうに広がる空間、開けた場所から響いてくる。
「今じゃ手付かずのゴミ溜め吹き溜まりみたいになってるって話だったのが……どうしてか悪趣味なことに」
戦闘を進むラディウスさんの呆れた声。続いて横穴を抜けた俺たちも絶句した。地の底には明るく煌びやかな貴族の社交場、ダンスホール? パーティ会場? 何かをかき消すような香水の香り。
「誰か! 嗅覚数術の対策できる!?」
「大丈夫だ、もうやってる。臭いは遮断しないが、数術効果は打ち消す奴を」
シャラット領での反省は、元“俺の”イグニスの部下にも伝わっていた。№13死神の仕事はバッチリだ。ほっと安堵した俺は、改めてよく辺りを見回した。
「せっかく浚ってあげたのに。ああ、でも……美味しそうな子をたくさん連れてきてくれたのです。感謝すべきかしら?」
大勢の子ども……金髪のカーネフェル娘に給仕をさせ、酒を啜る女は初めて見る相手。外見は純血。美しい黒髪赤目の少女だが、口調も気迫ももっと成熟した……老獪な女。ジャンヌを浚ったのは道化師のはず。道化師があの偽イグニスなら……ラディウスさんとこの女は繋がっている?
頼れる男に再び疑惑の目を向けるが、彼自身戸惑っている風だ。ここで待っているのはセネトレア王だと思っていたのか?
「王は何処だ! 話が違う!! 約束を違えれば」
「ええ、可愛い聖下の見届け人様? 違えれば死ぬ呪い。確かに受けましたとも。ですが身体を変えて心を割ったなら、それは私が死んだと言えるのでは?」
他人の命をなんとも思わないなら、数術の呪いは意味を成さない。道化師はそこまで読めなかったのか。イグニスだったらそこまで読めただろうに。散々こちらを苦しめたあの道化師が、悪意で上を行かれたと思うと何故か俺まで悔しくなってくる。
「そちらの要望は、セネトレア王と引き合わせること。こちらの要望は、カーネフェル王を連れてきていただくこと。残念ながら準備が間に合わず、まだ王は身体に戻っていないのです。私はそれまでの前座だと思ってくださいな」
宴の席を勧められるが、俺たちは誰一人座らない。相手のペースに合わせてもろくなことにはならない。だが、どうする? 情報が足りない。頼れる兄貴肌だったラディウス……もうさん付けとかいいや! 半分この人もやっぱり敵かもしれないし。俺がこの女の正体をラディウスに聞く前に、明かしてくれた人がいた。
薄い色の純血、給仕服に身を包んでも高貴な王女。毅然とした態度でアニエス姫が進み出る。
「プリティヴィア公……第四公ファルマシアン。普段からお綺麗でしたが、今度はまたずいぶんな若返りですね」
「アニエス殿下。久方ぶりで。ふふふ、身体が変わったのによくお分かりで。やはり私は貴女とも惹かれ合う運命なのかもしれませんわ」
「貴女の不快な目は、一瞥されれば分かります」
「あらあら。心優しき、まがい物の純血姫。私は貴女も私の側仕えに加えたかったのですわ」
とんでもない発言と共に、おぞましい視線を王女に向ける第四公。その悪名はマリウスだった時、ルキフェルさんから聞いている。あれは最低の女であると。
「やい女公爵、セクハラはそこまでにしてくれや」
「アニエス様、下がってください。ここは私が」
王女をかばうジャンヌとラディウスさん。女公爵はにたりと笑い、今度はジャンヌに嫌な視線を向けている。
「勇ましい騎士様がた。そう物騒なものはしまってくださいな? 積もる話も、知りたいこともあるでしょう? 毒が不安なら手を付けなくても結構ですわ」
やはりここでも容赦ない発砲。イグニス亡き後、覚悟が決まったシスタールキフェル。言うより前に実行している。
「身体に聞いた方が早いわ。死体から情報を引き出す方法くらい、いくらでもあるんだから」
最初はもっと可愛い混血のお姉さんだと思っていたのに、一周回ってハードボイルド的格好良さがある。イグニスを失い彼女だってまだ立ち直っていないだろうに、俺とは違う。俺ももっとしっかりしなくては。
「ふふふ、何から話そうかしら。可愛い青髪のお嬢さん? 怯えていて可愛いわ、生娘かしら? ええと、秘密通路の話? 実は五公しか知らないのですよ。それも正しく代替わりが成されていない、第二・第三島では忘れ去れてた事実。五島は海底通路があるのです」
頭部を撃ち抜かれ死んだ女の代わりに、給仕役の娘一人が彼女と同じ口調で話し出す。この子達は全員、憑依のための数術を刻まれているのだ。殺しても、殺してもキリがない。罪もない人々の命を無駄に散らすだけ。
「ルキフェル、射つなら俺にしろ。こいつに使うのは、本当に弾の無駄だ」
「ラディウス……」
不気味な公爵のセクハラでハードボイルドから乙女に返ったシスターに、元同僚がフォローを入れる。うん、やっぱり憎むに憎めないお兄さんだ。
ホールにいるのは少女ばかりだが、一人だけ少年がいる。給仕役の少女達と、彼の仕事は違うよう。タロック人の彼は無言で先ほどまでの公爵の血を拭い、綺麗にして棺に納めた。手慣れた風で、何度か繰り返されてきたことらしい。墓地のある横穴へ棺を引きずる少年に軽く手を振りつつ、公爵のお喋りはまだまだ続く。
「あなた方の切り札……“数値分解弾”って言うの? あれは痛くて痛くて、本当に死ぬかと思ったわ!」
目を輝かせてうっとりと、謎の単語を発する第四公。弾の名前を耳にした、運命の輪二人は緊張した空気を纏う。
「あの馬鹿……、切り札使って仕留め損なったの!?」
「いや、相手が化け物過ぎたんだ。バッグにいるのも化け物だ」
化け物に情報を与えてしまったと、運命の輪は悔いている。否、悔いる時間が惜しい。今は確実に、今度こそこの女を始末しようと彼らは決意していたが。相手はあまりに化け物だった。
「私ね、普段はいじめる方が好きなんだけど……あれは良かった。あの子にならまたいじめあれてもいいかも。ふふふ! そして思いついたのです! あれを精神に。魂だけに作用するよう作り替えたなら? 空っぽの価値ある身体が生まれると思いませんか? バックアップに用意していた子が、数式をちゃぁんと見て理解してくれて助かったわ」
新しい少女の身体に宿った公爵は、怯え泣きじゃくる別の少女の頬を優しく撫でている。
「この子達はみんな、元混血。素晴らしい数術の才を失ってでも、安全な肉体の檻を求めた子達。可愛い純血の女の子……その檻に閉じ込めてあげたの。元は男の子だっているかもね。ふふふ……お気付きでない? あなた方が通り過ぎた第四島のことを!」
「まさか……」
ギメルが。“俺のイグニス”が、命を投げ打ち留まった第四島。混血を保護するためにあの子が残った島で……?
「ラディウスっ!! “お前のイグニス”は、混血をっ……この子達を見捨てたのか!?」
「黙りなお坊ちゃん。今回の交渉の一つだ……あんたを連れてくることで、返してもらうはずだった。“ギメル様”が最後まで守ろうとした子らを、横から浚われたんだ。取り返すまでが決着だ。それが、あの方の名を継ぐってことだ。あいつが何者だろうと、混血を守らないのは“俺の神子”じゃない!」
掴んだ男の胸ぐらを、俺より強い力が振り払う。一言も、言い返せない。でも、誰かを助ける道化師だって? 確かに……俺の大事な人を、あいつが奪ったのは皆純血だった。“イグニス”以外は。
唯一の例外。混血のあの子を殺したから。あの子が抱える責任も、道化師が継ごうとしているだって? 嘘つけよ。あの子が守ろうとしてくれた、俺を最後に殺すつもりの癖に。それも、俺が混血じゃないからなのか?
(……待て。狼狽えるな、切り替えろ)
ここで感情に振り回されるのは簡単だ。でも今じゃない。悩むのは後からで良い。頭をアルドールからマリウスに切り替えろ。
「後で話そう、ラディウス。今はそれより、あいつの方が先だ」
「ああ、助かるぜ王様」
いつでも数術を発動できるよう数式を組み立てながら、俺は敵へと向き直る。
「プリティヴィア公! 混血の肉体を得て何をするつもりだ?」
「先ほど申し上げたでしょう? 戦争なんて武力は要らない。頭があればそれで良いのです」
魂を消して肉体を奪う? その術のために、計算できる混血の身体が必要。それは理解したが、規模の話は想定していなかった。
「この島に、踏み入れた時点でお終いなのですよ。肉体以外を数値分解すれば、恐るべきシャトランジアカーネフェル軍は無力化します」
女の言葉に給仕娘達は、悲鳴を上げた。手にしたグラスや盆を投げ出し泣き崩れる。今度こそ助かるって言ったのに。第四公が手を掲げると、彼女以外のすべてがその場に倒れ込む。魂の有無、本当のところはよく分からない。でも、何かをされているのは本当だ。身体の力が抜けていく。石の力で這いつくばって、なんとか身体を起こすことはできるけど。気をしっかり持たなければ、大事なことを忘れそう。自分が何処の誰かさえ、失いそうで怖かった。
「カーネフェリア。貴方の身体は有効に使って差し上げますわ! あはははは! でも、違う器なら用意してあげましょうか? どの子でも、そこの器どれか一つをお選びになって? ねぇ、高貴なカーネフェリア様? 可愛らしい王妃様もよろしけばお一つどうぞ? 身体を乗り捨てれば悪しき病も完治しますわ?」
「この、……外道が! どこまで我々を馬鹿にすれば気が済むのです!!」
怒りに震えるジャンヌが剣を手にした。片膝を立て剣を地に立て立ち上がり……もう一振りを彼女に投げようと睨め付ける。
「ああ、でもそのご様子。お可哀想に。初々しいお二人はまだ……のようですね。ご自身の肉体とのお別れに、今この場で番っていただいてもよろしくてよ? 必要とあらばお手伝いいたしますわ?」
馬鹿にされ、手加減された? 俺とジャンヌの身体だけ、自由を取り戻したようだ。これ幸いとジャンヌは戦闘態勢を維持。なんとかしなきゃと思うが、どうすればいい?
「もう止めないでくださいアルドール!! 私我慢がなりません!!」
「待ってジャンヌ、その子の身体は……!」
罪なき者を殺める度、ジャンヌの輝きは地に落ちる。既に、道化師の術で世間的な好感度が暴落した今……彼女自身が、己の魂を曇らせることがあってはならない。
(俺が炎の数術で、あの子を焼き殺す……? カードじゃないなら、たぶん出来る)
斬りかかる彼女を止めようとした時。ホールの照明石すべてが消え、何も見えない暗闇となる。暗闇ではいくつかの音が響いた。
最初の金属音はジャンヌの剣は何かに弾かれた音? 続けてバシンッと打ち出し風を切る音もした。
「な、何!? うぐっ……!」
咳き込み、吐き出す第四公。血の臭いと共に花の香りが辺りに漂う。
照明石がチカッと光り、戻る照明。俺たちの足下に咲いた真っ白の花々。地から伸びてきた無数の植物が、少女達……第四公のすべての器を飲み込んでいた。プリティヴィア公は、腹をシャベルで貫かれている。植物の太い蔓が弓矢の要領で発射したのだ。
「飲み込まれた子らもお前も終わりだ、ファルマシアン。お前の本体も既にこれが喰った」
「何を、言っているの?」
埋葬に出かけていた彼か? 横穴から戻ってきたタロック人の少年は、この数術の術者ではない。それでも彼は強い口調で言い切った。
「……愚かな父を許せ、エリアス。我が子愛しさに、民を島を売り……すべてを投げだそうとしたこの私を!」
「ば、馬鹿な! あの子を救うための器が、すぐ目の前にあるのですよ!? それをお前は……見捨てるのか!! 勝てる戦を、国を捨てるのか!?」
「そんなものはとうにない。残されたのは、責任とけじめの取り方だけだ」
少年は一度俺を見て頭を下げる。
「カーネフェリア様。心が決まらず、ご迷惑をおかけいたしました。今一度、第五島は貴方様の味方となりましょう! 我が子にもそう、伝えて下され」
「老いぼれじじい、余計なことを!! なんのために生かしてやったと!!」
「……もう助からん、人質などない! すべてこの女の演技だ!! 入れ替わり以外、一度壊れた器は戻らない!! 今一度、私を殺せ少年!!」
本当は、まだ消化していなかった。少年の身体を与えられた第五公……ディスブルー公その人は、術者への指示を叫んだ。まだ生きていた子ども達……食虫植物の口の中で、無数の人が溶けていく。そして二人の真上から振ってきた植物は……望み通り二人を飲み込み消し去った。
俺の照明石はチカチカと点滅し、消えていく。壮絶な覚悟を決めた術者は、俺に顔を見せることができないと墓地から去ろうとしていた。
「待て、フロリアス」
「……待てません。私は死んで……もう、その名は捨てました。私は、貴方の騎士になれませんでした。貴方の傍にいて良い人間でもありません。《運命の輪》として……貴方の栄光を遠くから見守っています、“アルドール様”」
階段を駆け上がり逃げる足音。冷静になれば押さえ込める感情だ。それでも追わずにいられなかった。アルドールになる以前の俺を知る人は、彼しかいない。イグニスを失い、ユーカーもランスも傍にいない。限界まですり減った心を、ぶつける相手が必要だった。
「待てよこら!! 俺の代わりに手を汚したいとか、俺の騎士……そんなんばっかじゃないか! 手を汚させたなら、俺に命令させてよ。俺のせいにしてよ。俺のためにって自分だけ泥を被らないでよ!」
酷いことを言っているな。これはフロリアスだけへの言葉じゃない。ランスに言いたかったことだ。王ではなくて、俺を見てくれる人でいてほしかった。失ったものの代わりに、傍にいてほしいなんて馬鹿げているけど。俺が俺でいられるように、すがりつかせてほしかった。
「みんなに守られて、俺だけ綺麗な王様で。俺のためにみんなが汚れていくなんて、そんなわけない。俺の手だって血まみれだ。そんな俺がまだ光り輝いているって言ってくれるんなら……それはお前達ことだろう!?」
フロリアスを追いかけた先、聖教会に戻った俺たち。聖堂では乾いた拍手が鳴り響き、一人の青年が待っていた。フロリアスも彼に阻まれ、まだそこに留まっている。
「余興の前座はもう十分か? 出てくるのが早かったな伏兵よ」
薄い色合いのタロック人。彼の姿に一番驚いていたのはアニエス姫。目鼻立ちは彼女に似ているかもしれない。
「そんな……! ユリウス兄様……!?」
あまりのことに気を失いそうになりながら、気丈な姫は持ち直す。
「皆様、警戒を!! 兄様のカードはダイヤのAでした!! 兄様の亡骸にまだ、カードが残っているならば……あの人は、アルドール様を殺せます!!」
他編と共通する登場人物の話が出て少々ややこしくて申し訳ございません。
SUIT編と同じ時間軸まで並び、平行して書いています。どっちで何処を書くか悩みながら、楽しんでいます。いつもありがとうございます。




