22:reductio ad absurdum
私の中にある、激しい怒り。祖国カーネフェルを大事に思う心。夢うつつの幻……抱える恐怖が私にはある。守りたいと思ったきっかけを忘れても、その気持ちだけは忘れなかった。私はあの日、何を見たのか。それは思い出せないままだけど。
「ようやく目を覚ましたか、心配したんだぞジャンヌ」
「傷一つないなんて……嗚呼、奇跡ですわ!」
幼い頃……何度か襲撃を見た。隣の村が焼けたのも。それから、戦火は私の故郷まで広がった。 そうだ、私の村も故郷が襲撃を受けたんだ。その事実は。恐ろしかったからだろうか? 詳しい内容は覚えていない。
家族とバラバラになって逃げ延びて……聖教会と聖十字に救われて、家族と再会! 共に違う街に移り住んだ。
家族みんなの無事を喜び、感謝した。はじめはそんな祈りを捧げた。けれど私は、元通りの生活を取り戻せたわけではない。住み慣れた家、大好きな生まれ育った場所。直ぐに戻れる。まだ戻れない。いつか戻りたいと思っても、二度とその日は来なかった。家族は皆、その日のことを思い出したくないようで……故郷の名を口にすることさえ嫌がった。
生きているだけでも幸せなことなのに、私はなんて卑しい人間。
別の場所で生活する内、私は激しい怒りを覚えるようになった。祈っても祈っても……その心を、一度燃え広がった炎を私は自分の内から消すことが出来なかった。
(私はこのままで良いのでしょうか?)
兄は希少なカーネフェリーの男。上手くいけば良い貴族の家から縁談が来る。私もそのお零れに預かり、良い嫁ぎ先を見つけて貰える。黙っていればただの村娘が、平凡以上の幸せを手に入れることが出来るのだ。
私が幸せになっても、この国では。カーネフェルでは今日も誰かが泣いている。私のような怒りを抱えたまま、故郷を家を失い彷徨って。命を落とす人……運良く生き延びても遠い国に売り飛ばされる者もいる。私はそれを素知らぬふりで、幸せを享受できるでしょうか? 彼らと私の何が違う? どうして私には、傷一つ得られなかった? このような激しい怒りを抱えたまま、私は普通の女として幸せの仮面を被り続けられるのか? 私は私を許せるのだろうか?
(わからない、わからない……わからないけど)
私は罪を、抱えている。そんな気がしてならない。静寂の内、怒りを鎮めるため祈る。祈り続けた、そんな時。私の耳に旋律と……はっきりとした声が聞こえた。
聖十字軍に入れ。カーネフェルを守れ。星が降るまで聞こえ続けたその声は、いつしか私の指針となった。
それからというのもの、私はずっと迷い続けている。進む道が、向かう場所が……本当に正しき物なのか。解らないまま、進み続ける。
*
「ジャンヌ様。貴女の心臓にも、大アルカナのカードが刻まれています」
ジャンヌ、それは私の名前。どうしてここで呼ばれるの?
シスターの言葉に、私もアルドールも「えっ」なんて口にしていたと思う。流石夫婦、息ピッタリと微笑を浮かべないでくださいリフル様。今、それどころではないのです!
「わ、私が《運命の輪》ですって!? し、知りませんよそんなの! 私は神子様のことも、貴方がたのことも何も知らない一兵卒でしたが!?」
こんな重要なカードが私に刻まれているはずがない。否定しながら、どくんどくん鳴る心臓が煩わしい。私が知らないことを、それが知っているようで。心臓が、勝手に答えを言っている。
(ラハイアだって、そうだった。彼には何があった?)
襲撃での損傷。瞳の移植手術を受けた際、……彼の心臓にも? では私は、私にはいつ?
思い出せない、思い出せない。思い出したくない!
「ジャンヌ様。貴女が幼い頃……貴女の村が。カーネフェルが襲撃されたとき。一度、聖十字が治療をしているはずなんです。その時に……貴女は既に、致命傷から救われている。その時、貴女の心臓にカードが宿されたと、聞いています」
「私の……私の胸には、何のカードがあるんですか?」
「|No.11正義〈ユリスディカティオ〉……コードネームはユリスディカ」
どう受け取ったら良いんだろう。どう受け入れれば良いのだろう。私は既に一度死んだようなもので……おまけの人生を生きていて。だからこそ、誰かのために役立ち命を使い果たす必要がある駒だった。そのために生かされていたのだと知ってしまった。
(よりにもよって私が、“正義”?)
自分の正義も揺らいでいるのに。皮肉な話。
「副次的効果か貴女が生まれ持った才能か……貴女は数術が、歌として聞こえるようになりました。ですから心臓にはもう……宿せないはずです。風土病は別の手段で治療しなければなりません」
私が死ねばアルドールに希望を残せるかもしれないけれど、今生きている私には何もない。希望を与えられてから、現実を突きつけられるのは辛い。落ち込む私たちに、リフル様がいくつかの小瓶を広げて見せた。
「その件なんだが、一時凌ぎに過ぎないが……私の毒でどうにかならないか? 各種薬品に加工したものも持ってきた」
「お、王子!? これをどこから!? 危ないからアジトには行かないようにって言いましたよね!?」
「仲間内にも知らせていない隠れ家などいくつでもあるさ。昨晩の内にいくつか回収してきた」
「ごめんなさいシスタールキフェル。私の、目の手当のため、リフル様が出かけてくれたのです」
頭を下げるアニエス姫と、悪びれないリフル王子。アルドールは「ああ、だから窓から」と不審な言葉をこぼして頷いている。
「風土病についてもうちの闇医者が治療法を研究中だ。原料の一つは既にある、解析が進めばおそらく解決するだろう」
並べられた小瓶、全てがリフル王子本体が持つ毒。そんな体を残虐非道の刹那姫が乗り回している恐ろしさ。
「私の毒を浴び、治療された者の進行は遅かった。発病後にどの程度効果があるか解らない上少々危険が伴うが……やめておこう」
薬にもなるが信じて貰えなければただの毒薬。敵国の王達を暗殺するための演技だと、僅かにでも疑念があれば使えない。自身の潔白を証明できないと、リフル様は引き下がる。
「代わりと言ってはなんだが、これを武器として活用出来るぞ。これが麻痺毒、眠り毒……錯乱するのがこれで」
「無断外出は許しませんけど……確かにこれ便利かも。この弾と組み合わせたら使えそう! ジャンヌ様も十字銃はお持ちですよね?」
「そ、それがあの……一応あるにはあるのですが。私、射撃のほうはあまり得意でなくて……」
「通常弾でもいくらかお持ちって事ですよね!? それなら助かります!! 貸してください!!」
「え、ええ。無事なものがあれば良いですが……」
私の装備を確認し、ルキフェルさんが状態を吟味している。毒なんて使ったことはないけれど、少人数での奇襲にはなるほど便利なものである。試す勇気はないが、武器としてならありがたい。そんな毒薬を物色しながら私は気がついた。
「……あの、其方の瓶は?」
王子が一つだけ、手放さない小瓶があった。中には暗い血色の液体が入っている。
「ああ。この毒は屍毒……タロック至高の毒薬だが、とうに作り方が失われていて、二度と生産できないが、偶発的に私の体で血液として生産されるようになった」
「本当に凄い毒なんですが、タロックや貴方以外が表で使えば国際情勢が荒れますよ。少なくともカーネフェルがこれを殺害目的で使ったら、正義の立場は揺らぎます」
やめたほうが無難であると、リフル王子アニエス姫それにルキフェルさんまで頷いた。
「この毒は、使い方が難しい。少量使えば全ての毒をある程度解毒できるが、これ自体を致死量摂取した者を救う術はない。逆に言えば、血まみれの手のひらで触れさえすれば一撃で暗殺できる。同じものを、今はセネトレア女王が大量に保持していると思って欲しい」
全身凶器の毒人間。そして生きた薬剤庫。使い方次第で毒への耐性を付けさせたり、毒自体は取り除けるが、既に破壊されたものを治すことは出来ない。
回復数術の使い手が傍に居なければ、試すことも危険であると王子は言った。
「でも……戦争が終わったら。最後の戦いだったら、使っても良いんだよね?」
「アルドール? 道化師に使うつもりですか? それまで安全に持ち歩けるとでも?」
「体に数値として物を保管する……保管数術。その小瓶くらいなら、俺にも使えるようにならないかな」
マリウスらしさを感じさせるその言葉。今の彼の人格はあくまでアルドールであるのに、彼はそういう考えが出来るようになっていた。
「うーん……どうなんでしょう? アロンダイト卿なら既に理解していそうですが、その数式を私は知りませんし、リオのカードを引き継ぎでもしないかぎりすぐには難しいかも」
「失礼だがアルドール君、今の君では奪い返されて逆に毒殺されそうなものだが」
でもアルドールはアルドールなので、周りの評価はこんなものだった。
「毒薬の件は保留としても、これを取りに行った時……面白い情報をもらってな。街の外にカーネフェル軍が集まっている」
そう言って、王子が私たちに見せたのは一通の手紙。書いてあるのは過ぎた日付の犯行予告!?
「誰が送ったものかは知らないが……先日城に来た予告状では、セネトレア女王を殺人鬼Suitが攫うとあってな。まぁ実行犯と誘拐被害者は反対とは言え……実際Suitの体に女王が攫われているわけだが」
その日自体は失敗させた後、皆が油断しているところで脱走したというのが昨夜の顛末。情報が錯綜しているとはいえ、女王の行方を追う者は多い。この事態をランス達に伝えなければ、本物の刹那姫に逃げられてしまう。
「どうするべきかと悩んでいたのだが、先日良い男をスカウトしてな。それを使いに出している。後は彼が良いように動いてくれるはずだ」
「つまり……?」
「小細工はなしだ。その方面は裏方に任せ、直接カーネフェル軍に会いに行く」
「な、なんですってぇえええええええ!???」
こんな綺麗な顔をしていて脳筋タイプなんですかこの人は。誰もが絶句。暗殺者がそんなわけないじゃない、策士タイプと思うじゃないの。幸運のゴリ押しでなんとかしてきた人なのかしら。
「策士策に溺れると言うではないか。策を弄するものは、愚行や遊びを意外と読めない。あちらも馬鹿ではないから最低限の妨害策は練っているだろうが、彼方此方に人員を割いているものだよ」
「あの、リフル様……城から逃げた意味とは?」
「セネトレア王と姉上から逃げただけだな。そちらが味方であるのなら、隠れるは無駄。正面突破で合流を図る。貴方がたの仲間であれば、信じてくれると信じよう。アニエス姫の保護も頼みたいからな。それに……今日はもうじき雨が降る。それがチャンスだ」
やはり誤解? ただのゴリ押しパワータイプではないのでしょうか。リフル王子には何か一応策がある様子。この人を見ていると、タロックと刹那への恨みもどこかへ行ってしまう。さっきの回想のシリアス返して。一応私、命が危ない状況なんですけれど危機感がなくなってしまう。これがKカードの持つ……カリスマ!? 私と1しか数値が違わないのに?
「幸い、ここには火と土の上位カードがいる。肉体だけなら風の上位カードもだ。幸運だけならコートカードもいる。やってやれないことはないだろう。それに随分とカーネフェル王は博識なようでもある」
王子からの提案に、私たちは働きながらも非難囂々。
「せめて昨日言って欲しかったですリフル様!?」
「すまない、さっき思いついた」
「それはそうかもしれませんけど。そんなこと……本当に成功するのでしょうか?」
「数術使いでも読み切れないさ。この国の深淵は……容易く見破れやしない」
「本で読んだからって、作れるわけじゃないですからね!?」
「そこは幸運の置物の私に任せて欲しい」
責任を持って、指示してくれる人が居る。今までイグニス様がやってきてくれたことを、リフル王子が代わってくれている。
自分で選択し動くことの難しさ。この場では私だってそれが出来る部類であるはずなのに、このところの失敗続きで選択に迷いが出る。その怖さを彼が肩代わりしてくれている。
これが、暗殺組織のボス。闇の人間ながら、一国一城の主の風格。アルドールにはない何かが彼にはある。私もこんなことが言えたなら。アルドールもカーネフェルのみんなももっと……困らせずに済んだのに。
アルドールは調理場の鍋を溶かして筒を作り、私とルキフェルさんは貴重な弾丸を分解。アニエス様は金属を細かく分解。そして作り上げるものに、リフル王子の毒を混ぜ込む。アトリエにある顔料でも使えるものがあるかもしれない。
(何をやっているのかしら、私……)
体の痛みはあるというのに。不謹慎だけど……ちょっと楽しくなってきた。だって信じられますか?
シャトランジアの運命の輪と、カーネフェル王と、タロックの元王子とセネトレアのお姫様! 戦時中なのに四国の者が共に行動をし、一緒に物を作っている。道化師から何かされたことだって、一瞬忘れてしまった。呆れて笑った私を見つけ、アルドールが小さく微笑む。安心したのだろうか? 彼にも気負わせてしまっていた。私が支えなければならないのに駄目ね。
計画のためと王子が持ってきた一応の装備と解毒薬。各々が支度を調えた頃、ぽつらぽつらと屋根を打つ雨音が聞こえ始めた。
*
こんな状況でなければ、この祭りをもっと楽しめたのに。そんな風に感じる俺は不謹慎だろうか? 空を見上げてアルドールは唯々、驚いていた。
昼間でも薄暗い灰色の雲。暗雲立ちこめるこの国を表すような暗い空。ドーンドーンドーン! 突如響いた音は、大砲か? 攻め込まれた? 攻撃か? どこから誰が? 慌てて空を見上げた者は、そこに咲いた大輪の花に驚くだろう。そして空気中に巻き散らかされた毒は、風によって運ばれて……雨と共に再び地上に落下する。
セネトレア王宮に攻め込むことは難しい。王都ベストバウアーは城塞都市。街をぐるりと囲む城壁。城の後方には山脈。都には水路もある。セネトレア第一島自体が島であり、周りが海に囲まれている。逃げるは易く、攻めるは難し。地の利がない此方が包囲したところで簡単に背後を取られる可能性がある。だから迂闊に動けない。
(……って俺も本で読んだ気がするんだけどなぁ)
恐るべしリフルさん。恐るべしタロック王子、そしてセネトレアの殺人鬼。
この人、本当にやってくれました。協力者って言う人が頑張ってくれたのもあるんだと思うけれど。随分薄めたし数日しびれが残るだろうが、致死量ではない。毒花火により無力化された人々の中、美しき女王が凱旋。セネトレアの主であると皆に知らしめる圧倒的な美しさで街を往く。
「決まったな。元素の加護はないが、この脳は姉様のものだからな。酷使しても私は何ら困らない」
「む、無茶苦茶です! ここで貴方に倒れられたら大勢困るし悲しみますよ!?」
「そこ其方の力では元の体に戻して貰えると信頼してのことだが」
最悪廃人になっても構わんと、自分の体でないからこその無茶な芸当。真純血のタロック王族の肉体……風の元素と結びつく才能自体はあるのだろう。リフルさんは、刹那姫の肉体を触媒として利用した。ルキフェルさんもアニエス姫も俺たちも……完全に振り回されている。
(でも、このままなら外に居るカーネフェル軍ともすぐに合流できるはず!)
もうすぐ、関所にたどり着ける。そう思った時だった。
「現行犯だ、SUIT。大人しくお縄に付け」
白銀の、銃を構えた男が一人。彼の顔を見て、ジャンヌが青ざめ絶句。ああ、この人が。察した俺は数術を展開。すぐに炎を打てるよう構えるが……“その人”が大事だったはずのリフルさんは冷静に。けれど燃える瞳で彼を見ていた。
「例え姿が変わっても、俺には貴様が解る」
「しかしな。それは私も同じ事。君を何と呼べば良い? 《運命の輪》の、ロセッタの同僚。聖十字の……ラハイアの同僚。そう、確か……“エティエンヌ”」
聞いたことがある名前。だけど誰だっけ……? 確かジャンヌの話に出てきた人名だ。それは当人の方が詳しいだろう。彼女の方を向けば、確かにジャンヌが食いついている。それにもう一人……ルキフェルさんも。
「な、何を言っているんですか!? 彼もセネトレアで死んだと聞いています!!」
「そ、そうですよリフル様! ラディウスの阿呆は……あの馬鹿は」
混乱する運命の輪二人。その後方から、じっと彼を見つめて小さく呟くアニエス姫。
「ライアン……いいえ、“トライアンフ”? 貴方、死んだはずでは?」
「どうやら言い逃れできないようだぞ、変装自慢の偽色男。君は潜入任務で大活躍していたようだな。私とアルドール君以外は皆、君の被害者の会のようだが?」
何も解らない俺と違い、女の子三人とリフルさんは彼と面識がある様子。偽物のラハイアさんと。
「ああ。その節は、私も被害者だったか? 悪いな。君好みの胸にはなったが、妹という年ではなかろう。再会サービスに呼んでやろうか? おにいちゃん❤」
「……オーケイ、やめてくれ王子様。変装勝負は俺の負けだ」
お礼外全員との因縁に、両手を挙げて男が降参の素振り。それでも女性陣+αからの追求は止まない。
「ラハイアではない彼ならば、両耳の髪飾りがあるはずだ。彼はそれを失っていなかった。女王にたてつき殺されたと聞いてはいたが……どうやら違ったようだな」
「貴方のお墓にお参りはしましたが……そうですね。中まで確認しなかった私の落ち度です。亡骸の気配は確かにありましたのに」
「そ、そうよ。確かにおかしい。あいつがラハイアにカードを遺さないなんて……! “死神”のカードがあれば、ラハイアは……」
「で、ですが!? エティ……どうして貴方がライルの振りなど!? 私、死体かと思い思い切り攻撃をしてしまって……すみません。よかった……生きてて…………でも、なぜ!? あの場からどうやって生き延びたのですか!?」
四者四様、責め立てる。針の筵である彼は、軽薄そうな顔で笑った。変装の名人であるスパイ。
「……はぁ。ジャンヌちゃんも騙せたし、自信はあったんだけどな。王子様、どうして解った?」
「声だよ。何年彼に追われ、呼ばれ続けたと思う? 彼はもっと短気で情熱的に呼んでくれたよ私をな」
「…………とんだ惚気だ。まぁいいさ。女王と同じ事言われたらどうすっかと思ったけどさ」
男は笑い、己の顔を片手で覆う。その度現れる別の顔。全てがカーネフェル人の男だが、顔立ちや印象だけではない。目の色も神の色合いも変化する。これも数術なのだろうか? マリアージュの変身数術とは違う。視覚数術にも見えない。顔だけ変える、変装数術?
「ああ、もうバレちまっなぁ。悪い悪い。ええと、ラハイアにぞっこんの可愛子ちゃんに、相変わらずいい女だなルキフェル。会いたかったぜ。騙されるなんて本当ピュアだな、しばらくぶりだから背丈の違いに気付かなかっただろジャンヌちゃん? ラハイアは俺より今もちっちゃいんだぜ? それから、ご無事で何よりアニエス様。イアンは元気ですかね? そして、うちの神子様が随分と世話になったなカーネフェリア様」
あ、俺が知らないだけで向こうは俺を知っているのか。イグニスの部下である《運命の輪》であるなら当然か。
「ラディウス、あんたがここに現れるって事は……あんた、イグニス様を裏切ったのね!!」
死んだふりをして、主が消えるのを待っていた。そうに違いないと激高したルキフェルさんが漆黒の銃を構える。
「裏切ったつもりはねぇよ。ただ俺は……お前以上に“イグニス”を知っている。だからあっちが死んじまった以上……こっちを裏切れねぇんだよ」
「何言ってるか、わかんないわ!!」
撃ち込まれた弾は、男に命中した。しかし、男は揺るがない。体に穴が空き、血が噴き出しても平然とし続けている。
「死ねるもんなら死にたいけどさ《No.13死神》のカードは、簡単には死ねないんだよ。最後まで審判を見届ける義務がある。ま、一回殺された時点でこっちのカードとしては勝者に残れないんだけどな」
「そ、そんな特性、聞いたことないわ!! また私を騙すつもりでしょう!?」
「弾が無駄だからやめとけって」
何発撃たれても男は死なない。動きを止めるはずの雨の毒だって効いてはいない。何か条件を満たさなければ死なないのか。
「なるほど。積極的に戦う気は無いが、ここを通したくないわけか」
「話が早いな、そういうことだぜ王子様」
「君の新たな主は、カーネフェル軍に何を吹き込むつもりなんだ?」
「さてね。でもただで帰れとは言わないさ。憑依数術の謎を解くには、この街の地下に行くと良い。そうしないと困るのはそっちだろう?」
「地下……下水道か?」
「いや。東にある第三聖教会だ。そこから地下へ行ける。なんなら案内してやっても良い。どうする? 道中、上手くすればそっちの知りたい情報を俺から引き出せるかもしれないぞ」
「折角の計画が、花火打ち上げ国際お気楽馬鹿軍団になってしまって癪ではあるが……私はその意見に賛成だ。この際色仕掛けでもなんでもやって聞き出してやる」
「そ、そいつはお手柔らかに……」
リフルさんに腕を組まれて、男はデレデレしはじめた。満更でもない様子。
「反対の者は?」
憤怒の形相でルキフェルさんが挙手をしかけて……苦虫を噛みつぶしたよう頷いた。舌打ちを何度か繰り返した後、小声で「いませーん」が返ってくる。ちょっと可哀想なので、代理で俺が手を上げて置いた。
「俺は反対かな」
「……へぇ。そうなんですかカーネフェリア様?」
「みんなはここで待ってて。俺だけでも一回通してくれない?」
「誰も通すなって言われてるんですよ」
「じゃあ、連れてきてよ。通らないから。そこに俺の騎士がいるなら会いたいし、貴方の主がいるなら会いたい。俺だって……会えば解るよ、“イグニス”は」
睨み合う内、雨脚が強くなってくる。
「もし仮に、シャルルスアルマ……それから騎士が加わっても、今のあんたらでは勝てませんよ。せめてそこの王子様が元の体に戻らなきゃ。それでトントンだ」
「ふむ。であれば、私だけならどうだろう?」
ここまで派手な花火を上げておいて、失敗というのも“刹那姫”らしくない。大胆不敵な女王を振る舞う以上、相手の上を行かなければならない。リフルさんの思惑はそんなところか?
「土壇場で体が戻って、あの女に邪魔されるのも癪だ。この体を捕らえていた方がそちらも都合が良いのでは?」
リフルさんの提案に、数多の名前を持つ男も葛藤を示した。
「まぁ……それは確かに。でも、カーネフェルの騎士様と話ができると思わないでくださいよ? 冷静に説明をするまえに、貴方が殺されかねない……いや、カード的には無理ですが、幸福値を無駄に削られたり」
「“数値破り”をされても困るしな?」
「そのカードと覚悟、その器をもってしても……あの人は倒せない。そっちの組織が万全だったら、可能性はあったかもな」
「安心しろ。喧嘩を売るわけではない。私は君の主に交渉兼人質になりに行くんだよ。私の仲間の大事な主君だ。それに足る相手かどうか、見極めたい」
自分のお眼鏡にかなわなかった時は、偽物だろうと王子が笑う。
「時間稼ぎが必要だ。私の仲間が、問題を解決するまでに」
「殊勝なお心がけですね殿下。いいでしょう。貴方と話したいことは、私も山ほどあります」
割り込む声に、俺の体が心が震える。声だけならば全く同じ音がする。雨の中、会いたくなかった。会いたかった、人がいる。大事なあの子と同じ瞳、……同じ髪。同じ姿の何者か。
「久しぶりだね、アルドール」
相変わらず間抜けな顔。そう吐き捨てる声は、いつもと同じでいつもと違う。違って響く。リフルさんが、ラハイアさんの偽物に気付いたように俺にもわかる。こいつは、俺のイグニスではない。もしこの場で俺がこの人に抱きついたとしても、この人は照れたりしないし、怒って誤魔化したりしない。でも、俺の中の“マリウス”は言う。一応試してみたらどうだと。
「会いたかったよ愛しのギメル!」
「……は?」
「君と離れて、君への想いを再確認した。第四島では無念だった。君に再会したら言おうと思っていたんだ。俺と結婚しよう! 今日からカーネフェルは重婚可能な国とする!!」
なんちゃって。と付け加えながら見上げた顔は、絶対零度のまなざしだった。偽イグニス以外からも、冷たい視線が突き刺さる。うん、わかってた。こうなることは、わかってた。
「あのさ、過酷な進軍で脳みそイカれちゃった……?」
「安心してくれ。ちゃんとイグニスのことも娶るから。セネトレア攻めが終わったら、カーネフェルは聖職者も婚姻可能!! ついでに同性婚もいける国にしよう!」
「まだ完全に復元できてない感じなんだ? アロンダイト卿にこんな馬鹿王見せるの可哀想だから、もう少しまともになってから来てもらえる?」
足下に跪き、そいつの手にキスをしてみたが、心底嫌そうに拭われた。そしてそいつは、俺を無視してリフルさんだけを歓迎し、呼び寄せる。
「さ、こちらにどうぞタロックの殿下。そこの馬鹿は放置で大丈夫です。どの名でお呼びすれば良いかはまた追い追い、話ながら……」
王子と偽イグニスが消えてから、俺はその場を立ち上がり……一言も発せ無いままの女性陣に向き直った。
「あれ、やっぱりイグニスじゃないな」
「それは私から見ても、なんとなくわかりましたけど……」
「何か他に方法なかったんですか……?」
あれが道化師なら、その場で俺を殺したくなるような馬鹿をやってみたのだけれど。耐えるくらいの理性と事情はあるようだ。
「いえ、今の手法は素晴らしいです。奥方様の前でご自身の株を下げてまで、相手の逆上を誘うとはお見事です!!」
「ああ、やるな少年王。俺からは言えないことも多いが、今の方法は実に良かった」
俺に幻滅した風なジャンヌ、ルキフェルさんと異なり、アニエス姫と変装男さんだけが俺のことを褒めてくれる。え、どうしてだろう。
「もしまともな手段であの方の正体を暴いたら、この場で戦うことになったはず。そしてそれは彼の見立てでは、勝ち目のない戦い」
「あの人も、まだリフル王子には利用価値があると思っているからな。ここで殺したりはしないだろ。それは俺も保証するぜ。彼が抜けた分の幸福値の穴は、俺がなんとかするから勘弁してくれ」
「しかし……」
十字架剣を握りしめたジャンヌの不安げな顔を見るに……こんなに近くにいるのに、ランスとの通信も上手くいっていないのか。あいつが妨害の数術を出しているのは間違いない。リフルさんが味方であり、女王の中身が別の人であることを彼は知らない。そんな状況の中、コートカード1枚置いていくのは正直不安。
Kの驚異的な幸福値。消耗した道化師ならば、始末したいカードであるはずだ。
先を急ごうと急かされても、《運命の輪》№13 死神は、敵とも味方とも言いがたい。どこまで信用していいかわからない。こんな相手は、初めてだ。俺からの不信を受けても、スパイたる男は俺を励ますよう声をかけてくれるのだ。
「心配すんなって、少年王! 何かあれば、ラハイアのカードがきっとあの人を助けるからさ」
あれは、俺のイグニスじゃない。でも、俺のイグニスが……本当にイグニスだったかはわからない。あの子が死んだから、あいつに仕えていると言ったこの人。
俺が知らなきゃいけないこと。知りたくないと感じてしまうこと。その答え……手がかりが、この人の中にある。 この人と一緒に行動したくないと感じてしまうのは、そのせいだろう。
俺のイグニスが言っていた、見破ってほしい嘘。俺はあの子を失うことで、それに近づきつつあることを知ったのだ。
あの男被害者の会勢揃いしたところで、またパーティが変わりました。
SUIT編も、こちらが落ち着いたら別視点等進めたいなと思います。




