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赤の竜―Dragon of Wrath―  作者: 枯田
猛る海原の赤の竜
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12話「剣の竜と潮の流れ」

誠吾は即座に青竜景光を創り出すと流れに乗ってルイスに斬りかかった。

『私たち海の竜にとって、それは児戯に等しい技術ですよ』

だが、ルイスはかなり余裕をもって誠吾の剣を避ける。

言葉通り、海の竜が海流に乗るのはそう難しいことではない。

水の伝承を持つ竜は多々いるが、その中でも海に関わる竜ならば当然の技能だった。

だが、純粋な技術力で考えるとルイスに軍配が上がることを誠吾は今の攻撃で理解できた。

(メーちゃんさんの言うとおりだ。潮の流れに乗るのが巧い)

潮流のブレス『タイダルブレス』を持つ『リヴァイアサン』は潮流を操るとメーちゃんは説明していた。

実際、誠吾よりも潮の流れに乗るのが巧く、こちらからの攻撃をかなりあっさりと避けている。

以前、直轄区で軽く手合わせしたときは誠吾の方に軍配が上がっていたが、深海という戦場ではルイスに地の利があり、間違いなく誠吾と互角のレベルに達している。

(いや、思い上がるな。彼は間違いなく以前よりも強くなっている)

少しでも気を緩めれば、こちらが倒されると誠吾は考える。

そのくらい、あの手合わせからほんの少しの間に、ルイスから感じる威圧は別物と言えるレベルに上がっていた。

『……以前は傲慢さを感じましたが、少しは成長したようですね』

『君のほうこそ。以前とは違うと感じるけど?』

『この場所、深海を探索していたことが良い経験となったようです。私は海の竜ですから』

なるほどと誠吾は思う。

海の竜が海の中で鍛錬を重ねてきた。

ならば、その成長速度は通常よりも速くて当然だ。

己の伝承に合致した場所で鍛錬するということは、今後、自分たちが成長する上でも参考になるだろう。

この情報はちゃんと持ち帰らなければと誠吾は考える。

特に魔王種の子どもたちのために。

ならば、今するべきことは一つ。

『キェェイッ!』

『喰らいませんッ!』

ルイスよりも巧く潮の流れに乗り、素早く接近して斬る。

ただそれだけを突き詰める。

敵が如何に巧く避けようとも、今、この場でそれ以上に成長するしかないと誠吾は覚悟を決める。

『まだだッ!』

『愚かなッ、それはバカの一つ覚えですッ!』

確かに自分はバカで愚か者だろうと誠吾は思う。

だが、だからこそ頭のいい戦い方なんてできない。

そんな頭脳を持っていたなら、そもそも龍機兵になっていなかっただろうから。

でも。

『虚仮の一念という言葉もあるんだッ!』

愚か者であろうとも辛抱強く一途に取り組んでいればいつかは成就する。

自分は愚か者だ。

だからこそ覚えたたった一つの剣を振るい続ける。

『Shit!』

振るい続ければ、その剣は必ず届くと信じているからだ。

僅かに鱗を掠った切っ先がその証明だった。

ただ、同時にそれは、それ以外の攻撃方法が今の誠吾にはないという証明でもあった。

『貴方はまだこの地で撃てるブレスに到達していないということですか』

『そうだね。ウソをついても無駄だろうから、素直に答えておくよ』

誠吾は、この深海という戦場によってブレスを封じられてしまっていた。




「撃てない?」と、聞き返す誠吾に対し、メーちゃんは重々しく肯いた。

『正確に言えば相手に届きません。貴方のウォーターブレスは深海の水圧に負けます。せいぜい一メートルがいいところでしょう』

まったく意味がない距離だとメーちゃんはバッサリと切り捨ててきた。

実際、一メートルではブレスとしては短すぎるし、威力もあまり期待できない。

「敵も同じ、というわけではないよね?」

『タイダルブレスは海の中でこそ真価を発揮する『海のブレス』の一つ。その点を考えると、深海は『リヴァイアサン』にとっては理想的な戦場でしょうね』

つくづく海の怪物だと誠吾はため息を吐きたくなった。

対して、自分のブレスは水鉄砲になってしまう。

其処まで考えてふと違和感を抱く。

「海のブレス?」

『水にもいろいろあるんですよ。河、湖、雨といった具合に。それらを総称すれば『水のブレス』ですが、細分化されることもあります』

『海のブレス』とは、その中の一つであるということだ。

ただ、他の『水のブレス』に比べて威力は大きいという。

『大海の力を吐き出すブレスです。威力が大きくなるのは当然でしょ?』

『確かに。でも、さっきの言い方だと『海のブレス』は他にもあるみたいだけど?』

『期待はしないでください。あなたにその力があるかどうかは私にもわかりません。ただ、確かに他にも『海のブレス』はあります』

とはいえ、使えない力を夢見させれば、それが敗北につながってしまうこともあるので説明はしないとメーちゃんは無慈悲に語る。

こういうところを見ると、かつて諒兵がアメリカに飛ぶ前、誠吾が会話した『赤の竜』がメーちゃん自身であることが良く理解できる。

『夢想するよりも、今ある力を使いこなすことですよ』

「肝に銘じておくよ」

と、誠吾は苦笑いするしかできなかった。




誠吾は潮の流れを読み、切っ先が届く距離を保てるように移動しながら攻め続ける。

その距離が自分の間合いであり、同時にルイスにとっては戦い辛い間合いであることを理解していた。

『ふむ。貴方は本来接近戦を得意とする。ブレスを撃てない距離を維持しようというつもりですか』

『僕のブレスは届かない。なら、ブレスに頼った戦いはできないというだけのことだよ』

薩摩示現流を学んできた誠吾は、竜の力を操る方術はそれほど得意ではない。

剣技に合わせることで放つことは可能だが、実のところ諒兵よりも方術の技術レベルは下になるのだ。

竜の力を操る方術を得意とするルイスとではまったく勝負にならない。

ならば、純粋な格闘戦に持ち込んだほうが勝てる可能性は高くなる。

ゆえに間合いを開けられるわけにはいかないのだ。

『私に格闘戦ができないとでも思っているのですか?』

ルイスはギリギリとはいえ至近距離での誠吾の剣を避けている。

更に、其処から爪を使って切りかかってきた。

『くッ!』

と、呻き声を漏らしながらも誠吾はルイスの爪を避けた。

まだ純粋な龍機兵であった頃には格闘戦で戦うこともあったのだろう。

ルイスとて十分に戦える技術はある。

だが、だからこそ、この距離なのだ。

『セアァッ!』

肩口を狙い袈裟懸けに斬りかかる誠吾に対し、僅かに身体を捻って攻撃を避けながら、ルイスは顎を狙って蹴り上げてきた。

この距離ならば普通はマトモに喰らう。

普通は。

『何ッ?!』

驚きの声を上げたのはルイスのほうだった。

至近距離で、かつ避けられないくらいのスピードで蹴り上げたにもかかわらず、誠吾は本当に薄皮一枚掠らせる程度で避けてみせた。

そして、振り下ろした剣を一気に振り上げようとする。

『ぐッ!』

『己……』

右手で誠吾の剣の鍔元を抑えつつ、何とか突き放そうと左肘を顔面に叩き込んだが、誠吾は耐えてみせた上に、左手でルイスの左腕を掴む。

『このくらいの痛みじゃ、僕は折れないよ』

『あくまでも間合いは開けさせないつもりですか。鬱陶しい……』

そう言いつつもルイスは、誠吾が今の状況で自分の攻撃をかわしてみせたことに対しては素直に驚いていた。

一寸の見切りという言葉がある。

僅かな距離で相手の攻撃を避けてみせる技術と言えば、それほど間違ってはいないだろう。

誠吾が見せたのはその技術だ。

ただし、単に攻撃を避けたというような簡単なものではない。

仮に傷を負ったとしても、辛うじて死なないギリギリの距離。

その距離を保つ覚悟の見切りだった。

命を懸けているからこそ、できる技である。

『いわゆるブシドーですか。なかなかのものと褒めておきましょう』

『どうかな』

『何です?』

『僕は死にたくないからね。武士とは言えないよ』

江戸中期に書かれた葉隠れの有名な一節。


武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり


その意の解釈は様々だが、言葉通りに考えれば死ぬ覚悟で貫くべきものが武士道だということだ。

でも、誠吾は死にたくないときっぱりと告げた。

『生きて成し遂げたいことがあるから、僕は死にたくない』

『なるほど。貴方が主の意に沿わなかった理由がわかりましたよ』

かつてルイスは誠吾を勧誘した。

だが、誠吾は『騙る者』の考えには従う気になれないと断った。

その理由が「死にたくない」という気持ちにあるとルイスは感じたのだ。

別にそれでいいと誠吾は思う。

今のルイスに自分の考えを解いたところで理解はできないだろう。

今やるべきことはルイスを止め、ヘカティーの支配権を『騙る者』に渡さないこと。

まずはそれを成し遂げる。

そう覚悟を決めていた。




諒兵は一人、東堂邸の屋根の上に寝転がり、流れる雲を何とはなしに眺め続けていた。

雲を眺めているのは好きだ。

其処に何者にも束縛されない自由さを感じるからだ。

どんな人間にもしがらみというものは存在する。それは諒兵も同じだった。

否、今の諒兵ほど大きなしがらみを持つ人間はいないかもしれない。

だからこそだろうか、自由さを感じさせてくれる雲を眺めるのが好きだった。

「こんなところにいたんだ?」

「んあ?」

そんな諒兵に声をかけてきたのは鈴だった。

正直言うと一人になりたかったので、鈴であっても出来れば来てほしくはなかった。

といって、邪険にするのも憚られるのだが。

もっとも鈴には諒兵が一人でいたいと思っていることがわかっているらしい。

何も聞かずに、スッと紙袋を差し出してきた。

「お腹空いてないのかなって思っただけ。差し入れよ」

起き上がって受け取り中身を確認すると、最近はおやつの定番になりつつあるショートブレッドが入っていた。

「私の手作り」

「ありがとよ」

半分ほど齧ると口の中でほろほろとほどけていく。

食感は軽い方だが、けっこう食べ応えがあるのでのんびりしている今ならけっこう長持ちしそうだと思う。

「お腹空いたら降りてきて。冬子さんが今日は一日開けておくって」

「わかった」

諒兵がそう答えると、鈴は翼を広げて中庭に舞い降りた。

其処にはライラと麗佳もいる。

心配されていたらしい。

「俺が決められることじゃねえしな」

今はたった一人で戦場にいる青年のことを思いだしつつも、諒兵は再び雲を眺める。

戦いの結末を決めるのは、その場にいられる戦士だけだと思いながら。




切っ先をギリギリで避けて見せたルイスに対し、誠吾は追撃で回し蹴りを繰り出す。

以前、諒兵相手に見せたギミックを使って。

「なるほどッ、こんな武士はいませんねッ!」

「褒め言葉として受け取っておくよッ!」

踵を支点にグルンッと飛び出してきた刃に対し、ルイスは呆れにも近い声を出す。

すぐに身体を屈めて避けたため、誠吾は回し蹴りの勢いを利用してさらに追撃で下段を狙った胴薙ぎを出した。

だが、やはり潮の流れに乗るのはルイスの方が巧い。

きっちりかわしてみせる。

自分ももっと巧く潮の流れに乗らなければならない。

否、ルイス以上に潮の流れを利用できなければ、攻撃がいつまで経っても届かない。

そして厄介なことに水中という戦場は、脚の踏ん張りが効かないのだ。

ためにいつものような剣を振るうことが出来ない。

身体を捻ることで出来る限り威力を出そうとはするのだが、そうするといつもとはできる攻撃がが違ってきてしまうのである。

(早く水中に慣れないと、相手が剣を避けることに慣れてしまう)

多少ならず、誠吾は焦っていた。

其処を狙ったのか、ルイスは意外な攻撃を繰り出してくる。

『なッ?!』

突如巻き起こった渦に巻き込まれ、誠吾はルイスもろとも潮の流れによって海溝の岸壁に叩きつけられた。

見れば、ルイスはかなり離れた場所に叩きつけられている。

『まさか自分ごとッ?!』

『我々は人の良き未来のための犠牲になることを厭いません。死を恐れる貴方とは戦いに臨む覚悟が違います』

自分同様にかなりのダメージを負っているのが誠吾には理解できる。

其処までするとは思わなかっただけに、身体のダメージ以上に精神的なショックがあった。

『この距離は、私の距離です』

『そうはさせないッ!』

すぐに流れに乗って接近しようとする誠吾だが、ルイスに近づける流れが存在していないことに気づいた。

『それはこちらのセリフです』

そう答えたルイスの逆鱗が強く光を放っている。

これが『リヴァイアサン』の力だと誠吾には理解できた。

『この場の潮流は私が支配しました。貴方の思い通りに動くことはもう叶いません』

『くっ…』

そうかといって、今の誠吾に他の手段をとることはできない。

勢いを利用して流れに逆らって移動するしかないと、誠吾はできるだけルイスに近づける流れに乗った。

だが、潮流を支配されるというのは誠吾が思っている以上に厄介な状態である。

流れに逆らって接近しようとすると、別の流れに流されてしまうのだ。

踏ん張りが聞かないために耐えることが難しい。

それでもかなり近づけるだけ、誠吾はマシな方だと言うことができるだろう。

実は誠吾は無意識に自分にかかる圧力を利用してできるだけその場に居られるようにしていた。

『簡単に流されると思いましたが、なかなか頑張りますね』

『僕も海の竜の力を持つんだ。潮の流れにあっさり負けるようだと沽券に関わるよ』

『ならば、耐えてみせてもらいましょう』

そういったルイスの逆鱗が光を放つと、誠吾の右手だけが流される。

『なっ?!』

『潮流を支配するとはこういうことです。思い知りなさい』

さらに、右手以外の身体は別の方向に流され始めた。

その流れは渦を巻くように右手とそれ以外の身体に別方向の圧力を与えてくる。

そして。

『ぐぁあッ!』

誠吾の右手は肘から引きちぎられて、流されていってしまった。

まさか潮の流れを操るだけで、これほどの威力があると思わなかった誠吾は驚いてしまう。

『不勉強ですね』

『どういうことだい……?』

『一説ですが海水の総重量は百四十京トンとも言われています。潮流を操るということは、それだけの重量物を相手にぶつけるに等しい』

十トントラックがぶつかってくるなどというレベルではない。

その流れが激しければ、たいていのものは翻弄されてしまうだけだ。

想像以上に凄まじい威力があるのが潮流なのである。

むしろ誠吾がまだ耐えられていることの方が驚きなのである。

『その点は誇ってもよいと思いますよ』

『ありがたく、受け取っておくよ……』

それが精一杯の強がりであることがわかったのか、ルイスは余裕の笑みを浮かべている。

とはいえ、このままでは誠吾には為す術がない。

マトモにぶつかれば今度は身体を砕かれると理解できる以上、何とか回避できる方法を探し続けて、隙を見つけるしかない。

奇跡を当てにしていては、ルイスには絶対に勝てないからだ。

自分が持つ『青竜』の力をより深く理解した上で、今の自分に出来る方法を探すしかないことを誠吾は理解していた。

『退く気はないようですね』

『僕にも意地があるからね。負けっ放しではいられないんだ』

そう答えるとルイスは呆れたような表情になる。

否、どちらかといえば哀れんでいるような表情と言ってもよかった。

『意地ですか。個人の意識、それも獣の心より生ずるものは必ず不和を生む。主の言葉通りです』

『確かに、今の君と仲良くなろうというつもりはないね』

『嘆かわしいことです。全てをより理性的に考えていれば、常に心穏やかでいられますよ』

『僕は人の心を否定はしないけど、君の言う獣の心も否定したくないんだ』

どちらも生きていく上で大事なものだと誠吾は思うからだ。

どちらか一つになってしまった世界こそ、すべてが終わった世界なのではないかと思う。

その意味で言えば、エキドナも極端な方法をとっていた。

だが、『騙る者』も極端な方法をとっている。

自分の戦いはどちらにも与しない人間の戦いなのだと、誠吾は千切れた右腕を再生しながら、決意を新たにしていた。






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