8話「少女たちの知恵と勇気」
麗佳は龍玉を使って全員に作戦の概要を伝えた。
それは、周囲で戦っている男たちも含めてである。
『できるのっ?』
『やってみなければわからないわ。でも、今できる方法だとそれしか思いつかないのよ』
鈴の驚きの声に対し、麗佳はそう答える。
この作戦では麗佳と鈴の協力が必要不可欠となる。
一種の合体攻撃ということができるからだ。
『確かに鈴がドラゴンフェイスを直列につなげて望遠鏡のように使ったことがあった』
ライラの言葉どおり、鈴は以前遠くを見るためにドラゴンフェイスを直列につなげて使ったことがある。
だからといって本当に望遠鏡にしたわけではない。
遠くを見るというイメージを元に、ドラゴンフェイスの並べ方、使い方を変えただけで別にレンズを作ったわけではないのだ。
もともとが顔というか、龍の顔の形状をした仮面だ。目にはちゃんと龍の眼が嵌っているが、顎はぶっちゃけスカスカなのである。
直列でつなげれば筒状になることは間違いない。
『其処に私の髪の一房から蛇の頭を創ってつなげるわ。鈴さんには私が放った火球を増幅するイメージを持って欲しいのよ』
『たぶん、できると思う…』
『なら、お願い』と、智巳も言ってきたことで鈴は覚悟を決める。
いずれにしろ、他の方法が思いつかないなら、まずは試してみるしかないのだ。
『智巳っ、ライラさんっ、アペプに隙を作ってっ!』
『了解したっ!』
『わかった』
答えるなり、二人は翼を広げてアペプの気を引くように飛び回る。
今の鈴と麗佳ではタイミングを合わせての合体攻撃は不可能だ。
そうなると事前の準備が必要になる。
そのための時間作りでもあった。
『よぉしっ!』と、気合いを入れた鈴は、かつてやったように、ただし今度は筒を作るイメージでドラゴンフェイスを直列に並べる。
顎を開いた状態で重なっていく龍の仮面は、さながら龍を象った何かの砲身のように見えた。
『いくわよッ!』
その龍の砲身につなげるように、麗佳は一房の髪の毛を変化させた蛇の頭を接続する。
だが。
『いだぁっ?!』
『うくっ?!』
いきなり鈴と麗佳の口から疑問の色を帯びた悲鳴が飛び出た。
麗佳は思わず龍の砲身から蛇の頭を外してしまう。
『何これメーちゃんっ?!』
『何でこんな痛みが……』
『拒絶反応ですねー』
『『拒絶反応?』』
『七面天女とアシュタルテは出典が遠いんです。伝承の文字の違いがそのままぶつかってしまっているために、お互いが理解できない。それが痛みとなって現れているんです。もっとわかやりすくいうと七面天女とアシュタルテの間で意思の疎通ができてないんですよ』
鈴と麗佳はどちらも同じ日本人だ。
普通に日本語で会話ができる。
だが、七面天女は日本の龍であり日本語の伝承であるのに対し、アシュタルテは出典はヨーロッパ、伝承で最も古く書かれているのは古代ヘブライ語だ。
全然言葉が違うのだ。
『でもっ?!』
『其処がエキドナの力なんですよ』と、食い下がろうとする麗佳にメーちゃんは冷静に説明してくる。
『エキドナは魔王種を創造することになった段階で、意図的ではなかったんですが言葉を翻訳したんです。誰でもわかるように』
かつて、九垓が誠吾に説明したことである。
さすがに麗佳でも古代ヘブライ語が読めるはずがない。
それを読めるようにしたのが他ならぬエキドナだったのだ。
全ての魔王種、つまり『憤怒の化身』であるサタンすらも、誰でも読めるようにしたのである。
『まあ、『赤の竜』の場合はエキドナが研究することで読めるようになったんですけど』
魔王種の創造、正確には『竜の血』の改善をするためにエキドナは研究を重ねた。
その結果、魔王種だけは文字の認識が誰でも出来るようになった。
だが、其処までしかできなかったとも言える。
『伝承同士を理解させるなんてのはさすがにエキドナから見ても離れ業でしょう。其処まではできなかったんです』
『それじゃあ』と、鈴が絶望的な顔をしてしまうと、メーちゃんはさらに言葉を続けた。
『あなたたちが翻訳するんです』
『えっ?』
『アシュタルテの伝承をたるてちゃんが翻訳するんです。そしてしちめんちゃんに伝えて、しちめんちゃんが七面天女に理解させるように伝えるんです』
麗佳がやろうとしていることは、麗佳の蛇のブレスを七面天女の顔を通して収束、増幅するというものだ。
そうするためには七面天女がアシュタルテの伝承を理解する必要がある。
そのための鈴と麗佳の役割とは、お互いの通訳となって伝え合うということだ。
『まず、お互いの伝承を理解してください。それから相手に伝えるんです。時間はそんなにありませんよ?』
見ればライラと智巳が必死にアペプの気を逸らしている。
今のメーちゃんの話はちゃんと聞こえていたので鈴と麗佳を助けるために頑張っているのだ。
なのに、ここでおたおたしてはいられない。
そして鈴はどうすればいいのかを感覚で理解している。
『もう一度あの文字の海に飛び込んで、七面天女を探し出してくればいいの?』
『あなた、其処までやれたんですか……』
鈴の言葉にメーちゃんが絶句してしまう。
『凄いことなのね?』
『『竜の血』の機能の根源に触れてます。普通なら脳がパンクしてますよ』
世界中の伝承の中から『七面天女』を探し当てたのだから、鈴の感覚は異常の域にある。
とはいえ、当の本人にはそんな自覚はまったくないのだが。
『読める言葉探しただけなんだけど……』
『それが凄いことなんですよ。ただ、それならしちめんちゃんは問題ないでしょう』
『つまり私が問題ということね?』
『難易度も高いですから、自虐的になる必要はありませんよ』
認識できる古代ヘブライ語を探さなくてはならないのだから、日本語を探した鈴より難易度は高い。
ただ、わざわざそうフォローしてくれるメーちゃんのお人好しぶりに、麗佳は苦笑したくなってしまう。
だからこそ『やってみせるわ』と麗佳は気合いを入れた。
だが、麗佳がアシュタルテの伝承を翻訳するための時間を必要とするということは、それだけアペプに攻める時間を与えるということだ。
如何にライラと智巳が撹乱し続けようと、麗佳と鈴のサポートがないとなると厳しい面はある。
『シット!』
振り回された長い尾の一撃を喰らい、弾き飛ばされそうになった智巳をライラが翼で受け止めた。
『ありが……』
『今は礼はいい。集中するぞ』
『わかった……、でも』
『む?』
『翼、こんなに大きかったっけ?』
通常の体格でいうと、ライラよりも智巳のほうが大きい。
当然、成竜体での体格も智巳のほうが大きいのだ。
にもかかわらず、ライラの翼は大きな智巳の身体を片方だけで包めるほどの大きさがある。
普通に考えるとおかしい点ではある。
『小さくするのは難しいが、大きくするのは割と自在にできるようになった。真竜体になってからだが』
『何で?』
『私の真竜体は飛竜だからな』
ライラの竜の力は天空の覇者である『グウィバー』だ。
様々な伝承を持つが、そのうちの一つに飛竜であるという伝承を持つ。
それを活かす形で真竜体となったライラは飛竜に近い体格になるため、翼はかなり大きいのである。
『そのせいだろうな』
『なるほど』と、納得した様子の智巳に対し、ライラは言葉を続ける。
『リンとミス・レイカを集中させるためには、私たちだけでヤツを押さえる必要がある。そろそろ気合いを入れ直せ』
『言われなくても』
そう答えた智巳はアペプを睨みつけると『焔眼』を発動させた。
さすがに自身の身体が燃え出すとアペプも驚愕した様子で悶えている。
『時間を稼ぐぞ』
『わかった』
そんなアペプに対し、改めて特攻を仕掛けるライラと智巳。
だが、敵は意外な行動を見せてきた。
飾りだとした思えなかった脚の片方を思いっきり後ろへと振り上げ、凄まじい力でなんと海を蹴ったのだ。
『えぇっ?!』
『何っ?!』
蹴りの衝撃で海面が激しく波立つ。其処から放たれたのは凄まじい津波だった。
『飾りじゃないのかっ、あの脚はっ?!』
よもやこんな使い方をしてくるとは思わなかったが、放たれた津波の威力は相当なものだ。
海岸に近い居住区だと呑まれてしまう可能性もある。
ならば、と智巳はすぐに海面近くまで降りてウンセギラの能力を解放した。
津波と共に現れるとされる竜ウンセギラもまた津波を起こす能力がある。
アペプが起こした津波に対抗するための津波を起こしたのだ。
『ウアァアアァアアァァアァァアアァァッ!』
真竜体ならば、この程度の津波など消し飛ばせるが、其処まで力を解放してしまうわけにはいかない。
制限がある状態ではアペプの津波はかなり重く、智巳は呻き声にも似た雄叫びを上げてしまう。
ライラもすぐに竜巻を起こすが、海面を何とか押し返せる程度ではあまり助けにもならない。
其処に。
『Hey、ガールズっ、こんなときは頼ってくれよっ!』
『君たちに其処まで押し付けたりはしないよ』
ウィルフレッドの陽気な声と、誠吾のマジメそうな声が聞こえてきた。
智巳の両脇に降りてきた二人は、そのまま大地を掴むように降り立つ。
『Rush!』
そう叫んだウィルフレッドは、海を割るほどのパンチを連続で繰り出した。
さすがに海底を顕わにするほどの威力のパンチとなると、津波もどんどん砕かれてしまう。
『連撃』
対して、そう呟いた誠吾は迫り来る津波を青竜景光で幾重にも切り裂いていく。
ただし、その刃はいつもと違いまるで丸太のような鉄塊と化していた。
ただ切り裂くだけでは威力が殺がれないと考えた誠吾は、丸太を叩きつけることで面の威力を上げようと考えたのだ。
まるで暴風のような剣撃で津波を叩き砕く。
そうして弱まった津波に対し、智巳は今出せる全力で津波を押し返した。
『ありがとう』と、呟くように例を伝えた智巳に対し、ウィルフレッドが麗佳たちの方を指し示す。
素直にその方向に目をやると、伝承の翻訳をするために身動きできない鈴と麗佳に迫る古竜や飛竜を諒兵と真が叩き落していた。
『Don't worry!困ったときはいつでも力を貸すさ』
『一緒に戦ってるんだからね』
そう言ってくれたウィルフレッドや誠吾に対し、少し照れた顔を浮かべつつも智巳は肯くのだった。
そんな周りの助けがわからないほど、鈴も麗佳も愚かではない。
だからこそ翻訳に集中する。
『麗佳さんっ、こっちは準備おっけーだよっ!』
『わかったわ。私も急ぐわね』
さすがに一度やったことだけに鈴はすぐに翻訳を終える。後は麗佳の翻訳を待つだけだ。
麗佳の方は翻訳自体が始めてのことだけにどうしても手間取ってしまう。
それでなくても相手は古代ヘブライ語で書かれた竜の伝承だ。
簡単にできることではない。
だが。
(コレが『竜の血』の機能の根源なのね)
膨大な文字や言葉の海の中に麗佳は飛び込んでいた。
これは改造によって目覚めさせられたものだとメーちゃんは説明してきた。
本来、この機能は封印されていたものだったのだ。
『騙る者』によって解放させられた『竜の血』の根源である情報収集機能。
古今東西のあらゆる口伝、文章をそのまま記録する能力が、さらに改造されることで自身の能力に反映することができるようになったものなのである。
その結果、様々な伝承竜が生まれてくることとなったのだ。
(これがもし『神の血』なんてものだったらと思うと恐ろしいわね……)
竜に限定した能力であるために、伝承に語られる神の力の再現はできていない。
だが、もしそんなものが生まれていたとしたら、これほど恐ろしいものはない。
血を得た者が神となり、全てを支配する。
そんな世界にあるのは絶望だけだ。
この世界の真理、それは『力による支配』だからだ。
秩序だろうが、混沌だろうが、突き詰めれば『力』を持つ者のルールに従わされるということに代わりはないからだ。
法の秩序と獣の秩序。
世界にあるのはそれだけなのである。
(どっちの世界になっても行きつく先は破滅。そんな世界になんてしたくない。そんな世界をみんなと一緒に生きていけるはずないもの)
『騙る者』もエキドナも極端なのだ。
だからこそ、何処かで折り合いをつける必要がある。
それを決めるのは。
(人の心しかない)
そう信じた麗佳は、その想いを叶える力を探し求め、そして出会う。
読めるはずのない文字で書かれている『アシュタルテ』の伝承に。
そして。
『鈴さんっ、敵の動きを捕捉してっ、照準は私が合わせるわっ!』
そう叫ぶや否や、麗佳は再び髪を一房のみ蛇へと変え、鈴のドラゴンフェイスで作られた砲身につなげる。
『りょーかいっ!』
先程のような痛みがないことに驚きつつも、麗佳がしっかり翻訳して伝えてきていることを理解した鈴は麗佳の指示に従った。
アペプの動きは脚があることを除けばあくまで蛇だ。
現在は鎌首をもたげた状態で、撹乱のたびに飛び回るライラと智巳を払いのけようと必死になっている。
相手が一匹であれば、例え真竜体にならなくても単純に位置を捉えるだけではなく数十分後までの行動予測もできる。
それをそのまま麗佳に伝えた。
『さすがっ……』と、麗佳は鈴から送られてきた情報に思わず呻き声を漏らしてしまう。
かつてライラが驚いたように、鈴から送られてくる情報は正確無比であり、かつこちらが戦いやすいように加工までされている。
初めて受け取った鈴の本気の情報伝達に軽い興奮を覚えながらも、麗佳はこれで外すようでは魔王種の名折れだと実感してしまう。
『確実にっ、仕留めるッ!』
『任せるよっ!』
鈴の役割は、麗佳が蛇から放つ小さめのブレスのブーストだ。
受け取ったアシュタルテの伝承を元に、鈴は自身のドラゴンフェイスにどうすればいいかを伝えていく。
その連携が完成した、その瞬間。
『シュートッ!』
麗佳の蛇から放たれた火球は、鈴が創り上げた砲身を通り、光の矢と化して宙を貫いた。
『ジャアアァアアァァアアァァアアァァアアッ?!』
アペプの顎から驚愕と疑問が交じり合った悲鳴のような雄叫びが上がる。
直後、その身体はメーちゃんが言ったとおり、空中分解を起こしたかのように一気にバラけた。
そして。
『ライラさんッ!』
そう麗佳が叫ぶよりもはるかに速く、疾風と化した白き竜の少女が空を駆け、アペプの喉元を一瞬で通り過ぎる。
如何な竜であろうと、其処になければならない龍玉を奪い取って。
だが、さすがに五十メートル級の竜だけあって、すぐに龍玉を切り離すことができず、ライラは全力で空を駆ける。
倒しきれないという結果が一番恐ろしいのだ。
竜は恐ろしいものだと思われるのはいいが、倒しようがないと思われると一般人の恐怖を煽ってしまう。
そう思っているとブヅンッという鈍い音が響いた。
ライラが振り向くと、アペプの身体が崩れ落ちていくのが目に入る。
『やったか……』
龍玉とアペプの身体を切り離せたことを理解したライラは、その場に止まるとホッと安堵の息をつく。
其処に声がかけられた。
『では、その龍玉を預かる。君たちが持つべきではないものだからな』
『えっ?』
疑問の声を漏らしたライラの眼前には、空色の成竜体の龍機兵の姿があった。
『ライラッ!』
鈴の焦ったような叫び声を遠くに聞きながら、ライラは完全に油断していた自分を恥じる。
この瞬間を狙ってこないような敵ではないことを失念するなど何事か、と。
その龍機兵『ジズ』ことオリヴァーに空で勝つのは容易なことではないと少しでも忘れていた自分に。
すぐに逃げなければと考えていたライラだが、いきなり手の中にあった龍玉がバキンッという音と共に砕け散った。
『気持ちのいい勝ちに水差すんじゃねえよ』
『クッ?!』
『リョウヘイッ!』
『失せろ。ここは俺たちの勝ちだ』
『油断も隙もないな。バケモノが』
『似たようなもんだろ』
不意をついてアペプの龍玉を奪おうとしたオリヴァーも、更に一瞬の隙をついて龍玉を砕いた諒兵も似たようなものかもしれない。
ただ、どちらかを選べと言われれば、ライラは当然諒兵を選ぶ。
『礼を言っておこう。戦場での油断は死を招くことを思いだせた』
『勤勉でよい。その精神に免じ、此処は退いておこう』
ライラの言葉は不意をついて襲ってきたオリヴァーに対する皮肉だったのだが、通じていないらしく、彼はそのまま飛び去っていった。
すぐにライラは諒兵のほうへと顔を向け、自身の不明を謝罪した。
先程と違い、少しばかり可愛らしい顔で。
『すまない』
『気にすんな。それよか下の連中と一緒に喜ぼうぜ。今日の飯は間違いなく美味えからな』
気持ちよく勝てたしよ、と言って笑う諒兵の姿を見て、できれば人間体のときに笑顔を見せてほしかったなとライラは苦笑してしまうのだった。




