7話「少女たちへの制約と少女の発想」
旧東京都、若洲海浜公園にて。
如何に奇妙奇天烈な姿だろうと、伝承竜であることに変わりはないと、麗佳は気を取り直す。
『メーちゃんさん。こちらに来れますか?』
『もう来てますよ……』
さすがに自分の知識でも、全ての伝承を知っているわけではない。
解説できるとしたらメーちゃんくらいだろうと思って声をかけたのだが、彼女は既に麗佳の龍玉へと移動してきていた。
というか。
『追い出されたな?』
『諒兵ったらイケズ……』
ライラの言葉にしゅんとした様子で答えるメーちゃん。
今回は古竜相手に気ままに暴れたい諒兵に追い出されたらしい。
何とも酷い話である。
それはともかく。
『あの伝承竜についてご存知ですか?』
『あれはエジプト神話の悪竜『アペプ』ですね。原始の水から生まれたといわれ、太陽神でもあったのですが、その役割をラーに奪われたことで憎んでいるという伝承があります』
アペプ。
古代エジプト語ではアーペプやアペピといった別名があり、古のギリシア語ではアポピスと呼ばれる。
メーちゃんが説明したとおり、役割を奪われたことでラーを憎むあまり、悪神となった竜である。
エジプト最高神の敵であるだけに、その力も伝承も強大なものを持つ。
『其処まで大きくないのでまだ成長途上だと思いますけどね』
『あれ、何処まで大きくなるの?』
『サイズに際限はありませんよ。でも伝承竜で百メートルを超えると力が一気に大きくなります』
実は、以前倒したクラーケンはその点で考えても非常に危険だったのだ。
あと少しで百メートルを超えるところだったのだから。
その意味でいえば眼前のアペプは少女たちだけでも十分に倒せる相手でもあるらしい。
だが、少女たちが一番気になるのは其処ではない。
代表して智巳が口を開く。
『何で脚があるの?』
『まあ、人の想像力が豊かだったとしか……』
アペプを描いた絵は無数にあるが、際立って奇妙なのが蛇に脚を付け足しただけというものであろう。
たいていの場合はアポピスやアペプはいわゆる大蛇として描かれているのだが、何故か眼前のアペプのように描かれたものがあったのだ。
『伝承におけるアペプはやはり大蛇、蛇神です。あの個体が何処かで成長を間違ったとしか思えませんねえ』
『同じオロチ型としてあまり歓迎したくないわ……』
確かにオロチ型として考えると悪夢のようなデザインなので、同じオロチ型の麗佳や智巳としては、とっとと消えてほしい。
だが、実のところ、其処まで奇妙というわけでもない。
『もう少し短ければ、シェンロン型に近いんだけどね』
鈴の言うとおり、シェンロン型の竜は蛇の身体に前足と後ろ足がついており、似た形と言えなくもない。
言えなくもないのだが、何処でどう間違ったのか眼前のアペプは蛇の胴体から無駄に立派な人の脚が生えているので、少女たちはコレジャナイと思ってしまう。
そんなことを話し合っていると、いきなり龍玉を通じて通信が入ってきた。
(お前ら、戦ってくれねえとせっかくお膳立てした明が困るぞ?)
『そ、そうなのだけれど……』
(どうしてもイヤなら今回は僕たちが倒そうか?)
『気持ちは嬉しいが……』
諒兵や誠吾がそう声をかけてきてくれたが、今の布陣を崩してしまうのはもったいない。
実際、諒兵や誠吾、ウィルフレッドや真が古竜の群れを撃退してくれているので、自分たちはアペプに集中できる。
伝承竜相手の実戦は、特に智巳にとってはいい機会だ。
鈴やライラも成長のチャンスに成り得る。
それは麗佳も同じだ。
ゆえに。
『と、とにかくアイツを倒そっ!』
『そ、そうだなっ!』
『いつまでも見たくないし』
『早く終わりにしましょう』
鈴がそう必死に声をかけると、少女たちはとりあえず前向きに戦うことを決意するのだった。
東堂財閥直轄居住区にて。
東堂家の屋敷内の居間で、待機組は戦闘の様子を見守っていた。
諒兵たち前線組の戦闘の様子は、通信で配信されている。
通信の安定度と戦闘で何か問題が起こった場合にすぐに動くためにこの場にいるのである。
そんな中。
「アホだーっ♪」
「まあ、間抜けとしか言いようがないな」
凛那が楽しそうに腹を抱えて笑っており、ロドニーは呆れた顔で現れた伝承竜の姿を見ている。
他の者の反応もたいていはどちらかだ。
「まあ、いてもおかしくはないが、いてほしくないタイプの伝承竜だな」
そう言って義隆はため息をつく。
「へん」
「それは言わないでおきな。アレを相手にする羽目になった鈴たちが泣くから」
阿由の率直な感想を冬子が嗜めた。
実際、鈴、ライラ、麗佳、智巳は泣いてもおかしくないだろう。
どう見ても、華々しい活躍ができる敵ではないからだ。
ぶっちゃけギャグである。
「伝承は人が紡ぐものじゃし、アレも人の業かのう」
「笑い話にしかならない業もあるんですね」
九垓がため息混じりに呟くと、逆に明はくすくすと笑いながら続ける。
「人の妄想力は偉大なのじゃ」
「そこはせめて想像といってやりな……」
ドヤ顔で言ってのける琉璃架に、冬子が再び突っ込んでいた。
鈴、ライラ、麗佳、智巳の四人は前衛のライラと智巳が横並びになり、後衛の麗佳が前、鈴が後ろという陣形を取ってアペプと相対した。
いわゆるアルファベットの「Y」の形だ。
遊撃前衛のライラと智巳がアペプを撹乱しつつ攻撃し、最後衛の鈴がアペプと周囲の状況を確認、麗佳は鈴から情報を受け取りつつ、指示を出すというポジショニングである。
そうして、ライラと智巳がアペプに攻撃を仕掛け始めると、麗佳の頭に誠吾の声が聞こえてきた。
(井波隊長?)
(東堂さんなら大丈夫だとは思うけど、最終確認をしておくよ。今回の戦闘では君たちは決してプレスを撃たないでくれ)
(えっ?)
麗佳たちが前線で目立ちながら敵と戦うという話をしたとき、誠吾は「できれば」と言っていたくらいだが、此処に来て「決して」と強く止めてくることに疑問を覚える。
だが、その理由は確かに納得できるものでもあった。
(確かに、ブレスは竜の力の象徴ですね)
(うん、それを僕たちが頻繁に使うと、普通の人はバケモノという認識を強めてしまう)
人を襲う古竜や伝承竜たちは躊躇いなくブレスを吐いてくる。
その恐ろしさは、一般人たちのほうが強く感じているものだ。
そのブレスを龍機兵も使いこなしているところを見たらどう思うか。
答えは先程、誠吾が言ったとおりになる。
(まだ初戦だ。普通の人を龍機兵に慣れさせるためには、少し違う姿で竜と戦っているくらいがいい)
(竜の力を使いこなすバケモノと思われないようにということですね?)
(うん、陳腐な言い回しだけど、知恵と勇気と友情で何とかしてほしいんだ)
(わかりました。努力します)
(頼んだよ)
最後にそう伝えてくると誠吾は通信を切る。
麗佳はそんな誠吾の言葉をそのまま鈴、ライラ、智巳に伝えた。
『むしろ、ブレスを使うほどの相手ではないと思うくらいでいきましょう』
『わかった』
『了解した』
『うんっ!』
全員、気合いを入れた返事を返してきてくれたことに麗佳は安心感を覚えるが、そもそも見た目がギャグでしかない敵にあんまり全力を出したくないという本音は言わないようにしていたりする。
それはともかく。
ブレスを撃たないようにする。
誠吾の指示は極論すればそれだけだ。
だが、それは意識してブレスを撃たなければいいというわけではない。
前述したが、古竜や野良の伝承竜は躊躇いなくブレスを吐いてくる。
ブレスを撃たないようにすると言うことは。
『はァアッ!』
裂帛の気合いと共に、智巳がアペプの下顎を天に向かって蹴り上げた。
直後、アペプの開かれた顎から閃光が天に向かって放たれる。
空を焦がした閃光は光の柱のようになり、そのまま消滅した。
『助かったわ智巳っ!』
麗佳の激励を受け、智巳はさらに気合いを入れたように見えた。
その姿を見たライラも気合いを入れ直す。
「これは前衛の役割がかなり重要になるな」
ライラの言葉どおり、前衛の役割は今回の戦闘においてはとても重要になる。
ブレスを撃たれると基本的には避けるか、ブレスで対抗するしかないからだ。
避けたとするならば、最悪の場合、居住区に到達して被害が出る。
ブレスを撃つとなると、先程誠吾が懸念したことが事実となってしまう。
ブレスを撃たないということは、敵にもブレスを撃たせないようにしなければならないということだ。
前衛の場合、できるだけ接近して撹乱する必要がある。
何しろアペプは伝承竜としてもそこそこの大きさがある。
単純に爪や牙で倒せる相手ではないからだ。
撹乱しつつ、自らの持つ能力で戦わなければならないということである。
『智巳っ、焔眼と水呼びを使っていいわっ!』
『わかった。任せて』
『ライラさんっ、能力で竜巻を呼べるっ?!』
『今の私なら可能だっ!』
『それならっ、ピストルと併用して使っていってっ!』
『了解したっ!』
麗佳は、智巳にはウンセギラが持つ能力の解放を指示し、ライラにはグウィバーの能力と創り上げたピストルの使用を指示した。
ライラもまた成長している。
最大攻撃であるトルネードブレスほどではないが、竜巻を呼ぶことができるようになっていた。
だが、そのレベルの竜巻であっても。
『助かる』
『このくらい、造作もない』
アペプの尾を弾くくらいは可能だった。
アペプはあくまでオロチ型の竜だ。
二本の余計な脚がついているとはいえ、あくまでも蛇である。
当然その攻撃は顎を開いての噛みつきと尾を振り回しての一撃か締め上げが基本的なものになる。
そして、全長五十メートル近い体躯から放たれる尾の一撃は三十メートルくらいのビルならば簡単に破壊できる。
それは一般人から見れば異常の域だ。
ならば、その尾を弾くことができる竜巻を呼べるライラの力もまた異常の域にある。
それでも竜の力を目の当たりにしてきた一般人たちからすれば、変わった特殊能力ということができる。
凄まじい力の奔流である竜のブレス。
それに比べれば人が持つ超能力程度に見えるのだ。
それこそが誠吾の狙いであった。
そんな彼女たちの戦いぶりを見ていた真は思わず呟いてしまう。
「凄いな……」
「どうしたよ?」
「ああ。竜の力ってあそこまで使いこなせるんだなって思ったんだ」
近くで古竜を撃退していた諒兵の問いかけに、真はそう答える。
実際、まだ龍機兵となって一ヶ月も経っていない真から見れば、彼女たちの戦いぶりは非常にレベルが高いということができるだろう。
当然の感想ではある。
「俺の力もああいう風に使えるはずだけど……」
「まずは戦い方を固めろよ」
「えっ?」と、諒兵のアドバイスに対し、真は少しばかり間抜けな返事を返してしまう。
「俺ら、男の龍機兵はあんま器用じゃねえって兄貴から聞いたんだよ。だから、俺は力をどう使うかより、持ってる力でどう戦うかを考えてる」
女の龍機兵は竜の力を巧く扱える。
それは生身の部分が残っているためで、その生身の部分、つまり人間としての身体から竜の力を支配できるからだ。
だが、男は成竜体の段階でも、ほぼ完全に竜に化身してしまう程に竜の力との親和性が高い。
つまり、竜に成り易いのだ。
「だからよ、人としてどう戦うかをしっかり固めていくのが大事だって言われたんだよ」
「そうか……。確かにそうだな」
魔王種の竜はほぼ全て一緒だということができるが、真の持つ竜の力である『傲慢の化身』、『創界の王』の力もまた凄まじいものだ。
その力を扱うとなると、まず人としての意思がどれほど強力かが一番大事なポイントとなる。
だから、佐倉真という一人の人間としてどう戦うか。
まだまだ未熟と言える真が一番考えなくてはならないのはその点だ。
「とりあえず、コイツで叩っ斬る」
「いいんじゃねえか?」
ゆえにクレイモアを握り締めてそう呟いた真に、諒兵はニッと笑うのだった。
そんな彼らに見守られつつ、アペプと戦う少女たち。
前衛を務めるライラと智巳はもともとが遊撃タイプの戦い方をする。
実は撹乱は最も得意とする戦法である。
不意を衝かれた一発以降はブレスを吐かせないようにすることはそう難しいことではない。
ただ、ブレスを撃つことができないということが、思わぬ制約になってしまっていることを彼女たちに指示を出す立場の麗佳が痛感していた。
『鈴さんっ!』
『周囲の古竜は大丈夫っ!あとっ、逆鱗はごまかされてないよっ!』
短い言葉でこちらの意を汲み取って答えてくれる鈴に麗佳は心から感謝したくなった。
自分たちがアペプに集中できる状態を男の龍機兵たちがしっかりと維持してくれていること。
そして敵の弱点である逆鱗は、目視できる頭の下、つまり首元にあるもので間違いないこと。
ただ、それでは麗佳の悩みを解消することはできない。
『私たちでは龍玉を破壊できない。そうかと言ってあのサイズの伝承竜をブレスを使わずに破壊するのは……』
アペプは楽に五十メートルはある。
単純に身体が大きすぎて、爪や牙、そして能力攻撃だと破壊が間に合わないのだ。
基本的な竜の攻撃はブレス以外だと牙や爪になる。
小さい古竜ならば身体を引き裂いてバラバラにすることができるが、50メートルという巨大さに対し、麗佳たちは小さすぎるのだ。
諒兵の白い火であれば、龍玉を直接叩き壊して倒すことができるが、白い火を持つのは諒兵のみ。
そして、今回諒兵を前線に出してしまっては一般人の意識を変えにくくなってしまう。
ブレスを撃たないで倒すということが、こんな悩みを生み出すとは思わなかった麗佳である。
『たるてちゃん、龍玉に衝撃を与えてください』
『めーちゃんさん?』
『強力な衝撃を受ければ、例え破壊できなくても龍玉が身体を維持できなくなります』
つまり、一瞬だけ身体がバラけるということだ。
ただ、それは一時的というか、瞬間的なものであって、竜の身体はすぐに元に戻ってしまう。
『でも、その隙に龍玉を身体から引き離せば……』
『はい。完全に維持できなくなって身体が瓦解します』
機動力ならライラが対応できる。
逆鱗越しに龍玉に強力な衝撃を与え、相手の身体がバラけた瞬間に龍玉を奪い取る。
それならば、白い火がなくてもアペプを倒すことができる。
龍玉を破壊しないため、見た目だけということになるが。
『それなら十分です』
『問題はその衝撃の強さです。単純な攻撃だと身体がバラけるほどの衝撃を龍玉に与えられません』
『それだと……』
『今のたるてちゃんたちだと髪やお面から撃つブレスをさらに収束するくらいじゃないと……』
悩みどころだった。
確かに、麗佳が小さめの蛇の頭を髪で創ったり、鈴のドラゴンフェイスから撃てるブレスなら、本来のブレスほど一般人に忌避感は持たれないだろう。
ただ、その威力はアペプの龍玉に衝撃を与えるほどのものにはならない。
麗佳はかなり力を抑えた状態で使っているし、鈴のドラゴンフェイスの場合、決して弱いわけではないが、そもそも鈴自体が龍機兵としては策敵特化の後衛型なので其処まで破壊力があるわけではないのだ。
そして麗佳はブレスを収束するといったことはしたことがない。
当然、鈴やライラ、智巳もそんな経験はない。
最大攻撃であるブレスは撃つだけで十分な威力があるからだ。
それをさらに強力にしようと考えること自体がなかったのである。
『筒のようなものでも通しますかね?』
『そんなもの、何処に……』と、其処まで言って麗佳の頭に閃くものがあった。
確か、以前望遠鏡のようにして使ったこともあると話していたことを思いだす。
『何か思いつきました?』
『ええ。いくわよみんなッ!』
今できることがそれしかないのなら、全力で試すまで。
そう決意した麗佳の言葉に、鈴、ライラ、智巳は力強い返事を返してきたのだった。




