6話「少女たちと伝承竜と二本の脚」
その日、海を渡ってくる竜たちの中に、ある伝承竜がいることを麗佳たちは突き止めた。
同時に、その伝承竜が、数は決して多くないが今もなお人を襲っていることも。
「どういうこった?」
『伝承の強さが『騙る者』の支配力を上回っているということでしょう』
あくまで推測だがと断った上でメーちゃんは説明してきた。
伝承竜は強い力を持った竜が伝承となったのではない。
人々の語る伝承を竜の血が受け入れて力を得た存在である。
『本来、人々が語り継いできた伝承の通りに伝承竜は動きます。その伝承が強いために、結果として僅かながらでも人を襲っているということなのかもしれません』
「それは今の『ヘカティー』では抑えきれないということですか?」
『はい。全ての機能を使えているわけではありませんから』
『騙る者』は竜を操るために機能を強化したが、完全に支配権を得ているわけではない。
つまり全ての機能を使えているわけではない。
そうなると、抑え切れない伝承竜が出てきてもおかしくはないとメーちゃんは語る。
『伝承とは、一種の集合無意識ということができます。人々の意思の強さが伝承の強さとなり、伝承竜の行動を決めているということかもしれませんね』
加えるなら、その人々の意思を押さえ込んでいるのが、伝承竜の力を持つ龍機兵なのだろうとメーちゃんは語る。
だが、と、明が口を挟んできた。
「興味深い話ですが、其処を論じている余裕はないでしょう」
「そうね。こういう言い方をするのはどうかと思うけれど、私たちにとってはチャンスよ」
「急いだほうがいいだろうね。このことは『敵』も看過しないはずだ。手柄の取り合いになってしまう可能性もある」
麗佳、そして誠吾も肯く。
『騙る者』が『神の供物』や自分の兵器である古竜たちを動かせば、『騙る者』が操る竜や龍機兵は人を護る兵器であると認識される。
人によっては、龍機兵のことを意思ある存在ではなく、竜を倒す兵器であるほうがいいと思う者もいるだろう。
そうなると、今、直轄区に居る龍機兵たちにとっては動きにくくなってしまう。
「とにかく倒しゃいいんだろ。とっとと行くぜ」
「そうだな。人を襲うのなら、なおさらだ」
そう言ってバトルジャンキー共の代表ともいえる諒兵と真が立ち上がると、前線に出ると決めた者たちもすぐに立ち上がる。
「急ぎましょう。上陸されると厄介だわ」
麗佳の号令とも言えるような言葉に、全員が肯くのだった。
旧東京都、若洲海浜公園。
諒兵や誠吾らにとっては懐かしい戦場に再び戻ってきた。
鈴やライラも何度か経験があるが、東京湾で戦ってきた長さで言えば、この二人が一番、この場所に懐かしさを感じているだろう。
そんなふたりが、泳いでくる竜の群れを見ながら口を開いた。
「勢いがあるわけじゃねえが、こっちに来てんな」
「逆に、随分と遅く感じるなあ」
迫ってくる竜の群れの動きは決して早くない。
走ると歩くの違いとでも言えばいいだろうか。
のんびりというほどではないが、歩いてきているような印象があった。
「確かに、そこまでスピードを出してない感じだな。何でだ?」
そう、真が呟く。
『騙る者』が戦力を集めているというのであれば、もっと早く移動させてもおかしくない。
だが、竜の群れの動きを見る限り、急いでいるという印象はない。
妙だとその場にいる者たちが考えていると、メーちゃんが口を開いた。
『食事をしながら、できるだけエネルギーを使わないようにしてるんでしょうね』
「どゆこと、メーちゃん?」と、鈴。
『彼らにも食事が必要です。海を泳いできているのはそのためでもあるんです』
例外を除き、竜もエネルギーの補給、つまり食事が必要となる。
そうなれば、料理などをすることはないだろうが、近くにいる生物を食べる必要がある。
ゆえに海を泳ぐ。
それは海の中にいる生物を食べるためだ。
「なるほど。餌を食べながら移動しているのね?」
『はい。同時に休憩もときどき取っているはずです。戦力を集めてるといっても、生物の群れの移動と変わらないんですよ』
他の生物から逃げるわけではないので、其処まで急ぐ必要がないということだ。
そして、エネルギー補給をさせないで移動させようとすると、今度は空腹、つまり飢餓状態で暴走する可能性がある。
『暴走してしまったら、古竜であっても今の『ヘカティー』では抑えるのが難しくなります。必要なエネルギーを摂取させつつ、移動させているということでしょう』
「好都合」
「そうだな。戦闘態勢を取る余裕がある」
智巳の一言にライラも同意する。
急ぐことがないのなら、海上で撃退することも可能だからだ。
「行こう。件の伝承竜が来ないうちに数を減らしておきたいからね」
昔に戻ったかのように誠吾がそう告げると、全員が化身した。
日本国内、某居住区。
執務机の前で、男性が青年から報告を受けている。
青年は『ジズ』の力を持つ者、すなわちオリヴァー・ウィングフィールド。
つまりは。
「主よ。意に背く者たちが、彼の伝承竜を討伐しに向かった様子ですが?」
「彼らには彼らなりの正義があるということだろう。いまだ完全には至らぬ我が力では、あの悪竜は御せないようだ」
「心中お察しします」
オリヴァーが頭を下げる相手とは、すなわち主。
メーちゃんが『騙る者』と呼ぶ者『デミウルゴス』である。
「放りおくのだろうか、主よ」
もう一人、傍に控えていた者『ベヘモト』の力を持つ者、パーヴェル・サドムスキーが問いかけると、男性は肯いた。
「我がまだ御せぬ悪竜を滅ぼすというのであれば、止める理由はない」
「民衆が混乱するのではないだろうか?」
「些事に過ぎない。いずれ彼らも我が意に沿うだろう」
確信しているかのように男性は語る。
その意味を、メーちゃんは心を失うと語った。
つまり、『ヘカティー』の支配権を奪取し、竜を操るということである。
「今、レクター君が海に潜り『奴』を探している。まず優先すべきは『奴』を破壊することだ。いつまでも居座られては困る。アレは使うべき者が使わねば意味がない」
「では、『奴』が見つかるまで待つのですか?」
オリヴァーがそう問いかけると、続けるようにパーヴェルが口を開く。
「このまま『赤の竜』を放っておくべきではない」
「私も同意見です。先んじてとまでは言いませんが、『赤の竜』を滅ぼすことはできれば並行して行いたい」
「君たちの意見ももっともだ。アレを放っておくのは危険すぎる」
だが、と、男性はため息をつく。
『赤の竜』は今は東堂財閥が保護している。
実は、これは男性にとっては予想外だった。
以前は、同じ孤児院で育った言わば義兄弟である『八岐大蛇』が保護していたが、それが倒れた今、『赤の竜』を保護する者はいなくなるはずだったのだ。
その上、東堂財閥の一人娘は魔王種『淫果の蛇』だ。
本来、竜を滅ぼす竜である『赤の竜』とはもっとも敵対する存在のはずだった。
なのに、東堂財閥の一人娘も、そして東堂財閥までが『赤の竜』を保護している。
東堂財閥は、日本はおろか、各国の龍機兵の軍隊や居住区の維持のために手を尽くしているため、下手に押さえ込もうとすると民衆の反発を招く恐れもある。
「ゆえに、まずは彼らの意思を在るべき道に戻さねばならないのだ。いま少し待ってはくれないか?」
「ご随意に」
「承諾した」
男性の言葉にオリヴァーもパーヴェルも頭を下げる。
そして、すぐに光となって何処かへと消えた。
それを見て男性はまたため息をつく。
「今の『赤の竜』は、かつてと何が違う……?」
そんな呟きは、虚空へと消えていった。
海の中を泳ぐ古竜たちに向かい、まず諒兵が火球を打ち込んだ。
それだけで何十匹かの古竜が跳ね上がる。
追い討ちをかけるようにウィルフレッドが右フックを繰り出すと、何匹かの古竜は破壊され、数十匹が吹き飛んだ。
「気合いを入れてくれッ、最低でも二百は倒すッ!」
泳いでくる古竜の数は、ざっと見ても千を越える。
とんでもない数で竜が繁殖していたということができる。
これだけの数がいるとなると、元龍機兵を選り分けるのは難しすぎるだろう。
だから『敢えて選り分けない』ことを選んだ。
罪を背負う道だと普通の人なら言うだろう。
だが、生きていること自体が他の生物の命を喰らうことである以上、それは当たり前のことだ。
己が積み重ねた命の頂きから手を伸ばし、より輝く未来を掴む。
平和な時代において、ぼやかされてしまっていた生きるという覚悟をただ問われているに過ぎない。
戦乱の世が悪であるならば、平穏な世もまた悪であることが、世界の真理だと言えるのである。
「ゼアァッ!」
裂帛の気合いと共に、真がクレイモアを横薙ぎに振るう。
まだ、光を自在に操ることはできないが、その剣圧だけでも海中の竜を跳ね上げることができた。
その瞬間を狙い、誠吾が青竜景光を振るう。
切っ先を海面に浸して振るわれたその刃は、無数の水の刃を生み出して古竜に襲いかかる。
「そういうこともできるのか……」
「僕は純粋な方術型じゃないんだ。刀を振らないと術が出せない」
「へえ……」
「たぶん、君も同じやり方のほうが覚えやすいと思うよ」
実際、真自身もイメージのみで攻撃を放つよりも、実際にクレイモアを振るうほうがわかりやすいと思う。
これに対して、ルイスがかなり高レベルの方術型で、イメージを攻撃に変えることに長けているのだ。
そして、実はルイスに近い戦い方ができる者が元気よく暴れている。
「そらあッ!」
翼から火線を放った諒兵は、海中を逃げ回る古竜や蛟、シーサーペントを次々に潰していく。
さすがに狙いは甘いが、もともとの炎の威力が高いのでかなりの効果があった。
意外なほど、諒兵は器用だった。
戦闘中に戦い方を組み上げることに長けているのだ。
それが方術型としても戦える素養となっていた。
「Vanish!」
逆に、浅瀬に立ったウィルフレッドは、身体を捻りアッパーカットに近い動きで拳を振るう。
すると、さすがに一瞬だけだが海が割れた。
泳いでいた古竜たちはいきなり海が割れてしまったので、海水がなくなった海底に落とされてしまう。
その状態で、ウィルフレッドは渾身の右ストレートを放つ。
その拳は、まるで十トントラックが猛スピードで暴走しているかのような巨大な空気の塊を拳圧で叩きだした。
声にならない悲鳴を上げて、無数の古竜たちが吹き飛んでいく。
巻き添えを喰らってしまった魚たちもいるが、其処まで気にしている余裕などないだろう。
まさに『シンプルイズベスト』と言えるほど、ストイックにボクシングで戦うのがウィルフレッドだった。
そんな彼らを。
「出番がにゃい……」
「相当に鬱憤が溜まってたんだな……」
「本当に楽しそうね……」
「ずるい」
鈴、ライラ、麗佳、智巳が呆れ顔で眺めている。
鈴のいうとおり、出番がないというか、バトルジャンキーな男共が本気で暴れているので手の出しようがなかった。
実戦経験の足りない真にとってはまたとないチャンスではあるので仕方がない。
誠吾とウィルフレッドは、数日のこととはいえ、閉じ込められて我慢していたのだから大目に見てもいい。
だが。
「りょおへえ……」
「散々暴れてきた気がするんだが……」
「何気に一番元気がいいわね……」
「マジでずるい」
彼女たちが言うとおり、外国で散々暴れてきた諒兵が此処でも元気に暴れているのは何故か文句を言いたくなった。
とはいえ、文句を言っても仕方がないので、自分たちも攻撃に参加しようとすると、龍玉を通じて『待った』がかかった。
「えっ?」と、鈴が間抜けな声を出すと、通信相手は四人に聞こえるように話してくる。
(もうすぐ伝承竜が来る。その相手をしてほしいんだ。僕らは今回は露払いをするよ)
「井波隊長?」と麗佳。
(明君の指示でね。巨大な伝承竜に立ち向かう少女たちという絵を映したいらしいよ)
「そういうことか。確かに敵の姿が大きいほど立ち向かう姿にインパクトが出る」
鈴、ライラ、麗佳、智巳を広告塔として各居住区に放映するのであれば、古竜を蹴散らす姿よりも、伝承竜を倒す姿のほうが映えるということだ。
明の指示だと誠吾が言うのならば、麗佳が詰めた明の案に対し、より効果の高い演出を付け加えたということだろう。
そのあたり、学習能力と応用力の高い明だった。
「それなら、鈴さん、近づいてくる伝承竜に集中して索敵してくれる?先制を取りたいわ」
「りょーかいッ!」
「ライラさん、智巳、まずは成竜体で行きましょう。最初から真竜体を見せるのは抵抗があるわ」
「それなら半竜体じゃダメ?」
「いや、敵は伝承竜だ。半竜体では厳しい」
そうライラが智巳の意見に反論する。
女の龍機兵の半竜体とは、身体の一部を竜化させることであり、その点は男の龍機兵と変わらない。
ただ、成竜体から変わってくる。
両腕、両脚が竜化し、額から面当てのように金属の鱗が生え、翼と尻尾が生えた状態となる。
男のように全身が変わるわけではなく、特に子宮を中心とした胴体が生身となる。
実は、この点が問題でもあった。
今まで気にしないようにしていたのだが、要するに服を着たまま成竜体へと竜化した場合、生身が残る女の龍機兵は衣装がかなり重要となってしまうのである。
さすがに本格的な戦闘で、ひらひらとした服を着るわけにはいかない。
全員、比較的動きやすい服にしているとはいえ、普通の少女が着る私服というわけにはいかなかった。
そんなわけで、四人の少女は基本的にはワンピースの水着だったりする。
特に脚の付け根が問題になるため、実はスカートやキュロットでは竜化し辛いのである。
もっとも、ただのワンピースではあまりに飾り気がないので、腕や足の邪魔にならない袖なしジャケットやベルトをつけている。
ゆえに、水着という印象は少ない。
「……よね?」
「……うむ」
「……そう……ね」
「……なんかゴメン」
いろいろと格差がはっきり現れてしまうのが水着だったりする。
智巳が申し訳無さそうに俯きがちになってしまっていた。
もっとも、それで存在感のある胸部が隠せるわけではないのだが。
もっとも、其処を論じると不毛な戦いに突入してしまうため、少女たちは迫り来る伝承竜に備え、成竜体へと竜化した。
とたん。
『近いッ!』
『もうッ?!』
『古竜の群れを迂回して来てたみたいッ!』
むしろ、古竜の群れを蹴散らす、諒兵、真、誠吾、ウィルフレッドを迂回してきたというべきだろう。
伝承における最強クラスが二匹、竜の力を高レベルで引き出している龍機兵が二人。
伝承竜が本能的に『赤の竜』を敵視していても、さすがにそんな戦場に突入はしてこないらしい。
だが、それは臆病なのではない。
生命体として生み出されたという竜は、その行動も生物的になる。
ならば、危険を回避するのは当たり前のことだ。
そして、回避した上で、こちらを倒す算段を立てているということになる。
それが、現れた伝承竜が鎌首をもたげてきたことで、少女たちには理解できた。
『オロチ型かッ!』
『水を操る力を持ってるっぽいッ!』
『智巳ッ!』
『わかったッ!』
ライラの叫びに対し、鈴が分析結果を叫ぶと、麗佳がすぐに智巳に指示を出した。
津波と共に現れるというウンセギラは、当然のごとく波涛を操ることができる。
押し返すくらいの勢いで、その威力を叩きつけた。
すると、現れたオロチ型の伝承竜はあろうことか、あまりにもありえない身体を使って『跳ねて』みせた。
『んなアホな……』
『私は悪い夢を見ているのだろうか……』
『キモい』
鈴、ライラ、智巳が呆然とその巨体を見つめてしまう。
巨体と言っても約五十メートルほどだが、成竜体の少女たちにとっては十分に大きい。
だが、大きさなら負けていない存在を既に見ている。
問題は、目の前の伝承竜はオロチ型であるにもかかわらず、不似合いと言うか、不釣合いと言うか、不揃いと言うか……。
『まさに『蛇足』ね……』
全長五十メートルほどの大蛇の身体の中ほどから、異様なほどに立派な人間に近い形状をした二本の脚が生えていた。




