4話「少女と炎の脚とハンディキャップ」
東堂家屋敷内には、広い応接室がいくつもある。
麗佳や明を含め、龍機兵でも戦略方面に長けた者たちは、そのうちの一つを会議室として使用させてもらっていた。
一応、今後の戦略を考えるために以前から決めていたことではあったのだが、むしろ早急に使いやすくする必要があると麗佳は考えている。
『騙る者』の攻撃が、こちらが生活する上での弱点をついてくる以上、単純に殴り込みにいくだけでは、まったく戦いにならない。
今後こういった政治や戦略面での会議は重要になってくるからだ。
これなら、魔王種を集めるために諸外国を回っていたときのほうが、まだ楽だったと麗佳は思う。
「では、電気はこのルート、水道はこちらのルート、ガスは此処を抑えるということにしましょう」
「ふむ。此処の居住区には発電施設があるから、まずガスと水道を抑えておきなさい」
「はい」
上水道、送電施設、都市ガス。
それぞれライフラインを維持するために、何処と交渉し、どのルートを抑えるかを決めた麗佳に、政国がどの順番で行動するべきかをアドバイスすると彼女はすぐに指示内容を決める。
こういったところは、やはり麗佳は優秀だった。
「春馬副隊長、水道の交渉をお願いします」
「わかった。ガスは?」
「わしが行こう。生活もあるからな」
そう政国が手をあげると、麗佳は頭を下げる。
日本国内の施設を押さえると鳴ると、どうしても日本人でなければならない。
ゆえに。
「九垓お爺様とミスター・アーキン、そしてジョンソン隊長にはそれぞれの国との交渉をお願いします」
「ほほう?」
「外圧を使って、政府を動かしたいのです」
「なるほど。さすがによくわかっていらっしゃいますな、レディ」
食料とライフラインの維持のためには、どうしても政府と交渉する必要がある。
そして、自分たちに有利に持っていくためには、少しでも多く、諸外国の力を借りる必要があると麗佳は判断していた。
今回の件、『騙る者』が政府内部にいる可能性が高いからだ。
だが、ロドニーが渋い表情を見せる。
「我が国は先日の交渉があるから、すぐにというわけにはいかないが」
「折を見てお願いします。ただ、あまり待つこともできないと思いますが」
「それは承知の上だ。向こうが条件として提示する可能性がある情報を集める」
「お願いします」
今後を考えて、今打てる手は全て打っておかなければならない。
ロドニーもそれがわかっているので、代わりにやるべきことを意見する。
「円くん」
「はい、何でしょう?」
「先ほどのあなたの意見を実行する上で、戦闘を行う場所の選別が必要だわ。イメージがあるなら、地図上から探してもらえる?」
「了解です。現在の日本の地図をお願いします」
「ええ。後で使用人に持っていかせるわ。それと諒兵くんたちに簡単に今後の戦略を伝えておいて」
そう指示を出した麗佳がふうとため息をつくと、それを合図に全員が会議室から出て行った。
行動は速やかに行わなければならない。
ゆえにのんびり待っている気はないということだ。
「こういうとき、エキドナがいないのは堪えるわね……」
自分が悩んでいるときの相談相手としては、エキドナは優秀だった。
甘党の食いしん坊、さらに天然ボケで世間知らずのお嬢様ではあったが。
そんなことを考えていると声が聞こえてくる。
『お悩みですか?』
「あっ、メーちゃんさん。先ほどは何処へ?」
『せぎらんちゃんと諒兵が手合わせしてるんですよ』
「そう……。気になるけど気にしてる暇がないわね」
今は、こちらの問題をクリアするほうが先決だ。
それに、智巳の性格を考えると、諒兵とは戦ってみたかったはずなので想定内だと言える。
そこまで気にしなくても、大きな問題にはならないだろう。
「こっちの愚痴に付き合ってくれますか?」
『えー……』
「露骨にイヤな顔しないでくれません?」
『冗談ですよ。起きてからのエキドナと一番長く付き合っていたあなたとはゆっくり話したいと思ってましたし』
「そう言ってくれると嬉しいです」
今は眠ってしまっている大事な駄女神の友人を思い、麗佳は少しだけ微笑んでいた。
諒兵は振り上げた右の掌から、野球ボール大の火球を発生させると、智巳に向かって投げつける。
「シット!」
小さく舌打ちした智巳は、火球を睨みつけるが火を発火させたところで意味がない。
むしろ、大きくしてしまうだけだと気づき、すぐにバック転で回避する。
このあたりの判断はさすがに速い。
実戦経験が高いという証拠だ。
だが、逃げる先を塞ぐように諒兵は火球を投げ放つ。
「くッ!」
「狙いが甘いんでな。下手な避け方すんなよ?」
実際、諒兵は中距離攻撃だと狙いがかなり大雑把だ。
当てずっぽうなところもあるので、わりと周囲への被害も大きい。
さすがに東堂の屋敷で其処まで暴れはしないが、それでもまったく被害がないようにするということができない。
ただ。
「ハッ、やるなッ!」
「このくらい楽勝」
智巳が投げ放った無数のナイフは、いきなり発火して炎のナイフと化し、諒兵に襲いかかる。
火球を貫いてくるため、諒兵は炎をまとった両拳でナイフの腹を見極めて弾く。
刃では斬られる恐れが大きいからだ。
全てを避け、または弾くと、諒兵のほうから確認するように声をかける。
「ナイフを睨んで発火させたか」
「睨んだモノは何でも燃やせるから」
智巳の『焔眼』は睨んだものを発火させる。
対象が何であれ、それが可能だ。
ゆえに投げたナイフを発火させることで、炎のナイフと変化させたのである。
この辺りは、智巳のほうが長く龍機兵をやっていることからでる差だろう。
創意工夫もいろいろと試しているらしい。
問題は、わりと周囲への被害も大きいことだった。
場所が屋敷の中庭なので、けっこう酷いことになってしまっている。
「後で修理しねえとな……」
「うん……、麗佳絶対怒るから」
微妙なところで意気投合するバトルジャンキー共である。
一方、琉璃架に部屋の片付けを命じ、監視を小夜にお願いした明は、その足で誠吾と真が訓練している武道場に赴いた。
「精が出ますね」
「円君」
「円か」
「明でいいですよ。私の苗字も女性の名前みたいですから」
「あー、気持ちわかるぞ」
明の言葉に、真が苦笑いしながらそう答える。
実際、佐倉も円も聞いているだけだと女性の名前かと誤解しそうな苗字だからだ。
「井波隊長や諒兵君の苗字が羨ましいです」
「そんなところを羨ましがられてもなあ」
「そう言うけど、俺たちには大きな問題なんだ」
君付けならともかく、さん付けだとわりとマジで女と誤解されそうなのでけっこう大きな問題だったりする。
それはともかくとして、明は二人に今後の戦略を簡単に説明した。
「なるほど。こっちから動くことで先に向こうを牽制するのか」
「はい。古竜が完全に『騙る者』の兵隊、いえ、兵器だと一般の人たちに理解されると身動きが取れなくなります。その前に手を打ちたいのです」
「何だか、ややっこしいな」
「私たちの『敵』は一筋縄ではいかないようですから。こちらもいろいろと考える必要があります」
ただ、それは得意な者がやればいいと明は説明する。
明は戦術戦略を練るのは得意なほうだし、麗佳も同じだ。
また、義隆や九垓も年の功からかこういった方面はそれなりに強い。
「私たちの言うとおりに動けというつもりはありません。こちらで皆さんが動きやすいように考えますので、受け入れてくれるとありがたいのです」
「僕はかまわないよ。ただ、意見するときはあるだろうけど」
「むしろ、意見があるなら言ってください。特に井波隊長は日本で戦ってきた実績があります。私は大襲撃以降はずっと中国にいたので土地勘がありませんし、日本の事情も完全に把握しているとは言い難いので」
「そうか、わかった」
笑いながらそう応える誠吾に対し、真は渋い顔を見せて愚痴をこぼす。
「俺は、まだ何か言えるほど力があるわけじゃないからな」
真は前線に出る必要はあるが、戦闘経験が少なすぎるからだ。
そのため力で言えば未熟なほうに入ってしまう。
琉璃架ほどではないのだが。
「いえ、感じたことを言ってくれるだけでも助かります。真君も遠慮なくどうぞ」
「いいのか?」
「忌憚のない意見を聞くことが大事なのですよ」
トップダウンで上の命令を聞くだけの道具では、この先、手詰まりになる。
それは発想の転換が今後戦っていく上で重要になるからだ。
そのためにはいろんな意見を聞くことが大事になる。
「今後を考えても、私たちは全員が力を発揮しなければなりませんから」
「そうだね。其処が彼らとの違いになるし、僕らの強みになる可能性を持っているはずだ」
「そういうものなのか……」
我侭を押し通すよりも、まずは人の話を聞き、それから何かを行ってみようと真は思うのだった。
その後、明は中庭までやってくる。
けっこう大きな音がしていたので何事かと思っていたのだが、見に来て納得してしまった。
先ほどからその様子を見物しているライラとウィルフレッドに声をかける。
「バンブリッジさん、リーヴィス隊長」
「マドカか」
「クレバーボーイ、会議は終わったのかい?」
「はい。私は皆さんに今後の戦略を伝えにきました。あと、呼び名は明でかまいませんよ。苗字だと女性みたいなので。真君も同意見です」
「Why?」と、ウィルフレッドが首を傾げると、明は素直に答えた。
「あはは、『まどか』や『さくら』は日本人の女性名としてよく使われるのですよ」
「Oh、そいつは知らなかった」
「まあ、アメリカの方は知らなくて当然ですね」
「When was、俺もアキラと読んだほうがいいか?」
「かまいません。けれど、『クレバーボーイ』はなかなか的を射ていますので、そちらで呼ばれるのは気にしません」
「自覚があるのか……」
『Clever』は頭がいいという意味で良く使われるが、より正確には、要領がいい、もしくは狡賢いといった意味になる。
戦術構築する上で、明はかなり狡猾な策も使うので確かにぴったりと言えるだろう。
当然、ライラも意味がわかっていたが、先日の『ジズ』との戦いではまさにクレバーな策で敵を撃退しているので、何となく否定する気にならなかったのだ。
もっとも、ウィルフレッドがつける渾名はわりと的を射たモノが多いので、呼ばれたほうも苦笑いしつつも、嫌がる者はほとんどいないのだが。
そんな話を横に置き、明は今後の戦略について二人に伝える。
「All right、いつでも準備万端だぜ」
「了解だ。訓練も大事だが、やはり実戦から遠のくべきではないからな」
ただ、と、やはりライラが鈴のことを指摘してきた。
龍機兵として最初に友人になった少女だからだろう。
「リンの後方支援は頼りになるから、一概に否定もできないが……」
「心配するのはわかりますが、鈴川さんの存在は私たちにとって大きいのですよ。一般の人たちとの橋渡しが可能なのは彼女くらいです」
「Surely……、スウィートガールがいるだけで周りが明るくなるな」
「はい。私たちと一般の人たちの間には壁があります。その壁を越えられるのは彼女くらいです」
それだけに、鈴の存在は明が考えた戦略の要でもあるのだ。
前線に出さないわけにはいかない。
「それに、彼女自身が出たがるでしょう。諒兵君は戦力的に前線に出さないわけにいきませんから」
そうなると、鈴も出たがるのは間違いない。
ムリヤリ居住区内に押し込んで、面倒を起こされるくらいなら、目の届くところにいてもらおうということである。
「それが本音か」
「これも本音です」
ライラの呆れたような言葉に対し、明は苦笑を返した。
実際、それが一番大きな理由なのかもしれないからだ。
そこに、ウィルフレッドの声がかかった。
「Hey、どうやら決着が付きそうだぜ?」
二人が指し示された先を見ると、諒兵と智巳の手合わせもそろそろ終盤に差し掛かっていた。
さすがにこれは予想外だったと諒兵は思う。
「ちィッ!」
派手な爆発音と共に、諒兵は吹き飛ばされてしまう。
だが、建築物の壁に叩きつけられるほど間抜けではない。
空中で体勢を立て直し、壁を蹴って大地に立つ。
だが、今の能力は普通に考えれば有り得ないものだった。
さすがにメチャクチャな能力だと諒兵ですら思う。
「お前、どうやって水を呼んだ?」
「私は津波を起こせる。さすがに自粛してるけど」
ウンセギラの伝承には津波と共に現れるというものがある。
真竜体に化身すれば、大量の水を召喚し、凄まじい津波を敵に叩きつけることができるのだ。
「水呼びに発火で、水何とか爆発を起こしたのか」
それが先ほど諒兵が喰らった攻撃であった。
召喚した水を睨んで発火させたことで、水蒸気爆発を起こしたのである。
広利城塞では、雷雲を操る明と火を発現させられる諒兵の二人が組んで起こした攻撃だが、智巳は単身で可能なのだ。
「私の竜の力は一言でいえば『矛盾』だって麗佳が言ってた」
「マジで竜ってな、何でもありだな」
智巳は基本的には呼んだ水を防壁として使っていた。
さらに先ほどのような攻撃にも使ってくるので、厄介なことこの上ない。
思いの外、智巳は多芸だった。
「火しか使えないあなたとは違う」
「言ってくれんじゃねえか。だったら馬鹿の一つ覚えの力を見せてやる」
威張って言うことではないのだが、何故か諒兵は不敵な笑いを浮かべ、地面を濡らす水を弾き飛ばしながら思い切り飛び上がった。
そして両の拳を組み、其処からサッカーボール大の火球を放つ。
「この程度の火じゃ、突破できない」
呆れた表情でそう呟く智巳は、呼んだ水を操って壁を作る。
火球は当然のように、その壁に阻まれてしまう。
だが。
「蹴りやすい大きさにしただけだ」
「えっ?」と、驚きの声を漏らす智巳の目に映ったのは、拳ではなく炎を纏う右脚で、ボレーシュートのように火球を蹴りつける諒兵の姿。
火球はその炎を呑み込んで、より大きく燃え上がる。
「もういっちょだ」
「なッ?!」
さらに、今度は左脚に炎を纏い、旋風脚の要領で踵で火球を蹴りつける。
最初に放たれた大きさの三倍近くに膨れ上がった火球は、水の壁を突き破って、智巳の服の右袖を焦がす。
直後。
「詰みだ」
諒兵は智巳の眼前に炎を纏った右拳を突きつけていた。
「何で?」
「足で使えねえなんて言ってねえぜ?」
「黙ってた?」
「いや、今さっき使えるようにしたトコだ」
要するに、智巳と戦いながら、腕だけではなく脚からも火を発現できるように実戦で訓練を積んでいたということだ。
この手合わせを利用して、より強くなったというのであれば、この場での勝者は諒兵と言えるだろう。
「ムカつく」
「お前、器用だからな。戦ってて面白え。また相手してやるよ」
そう言って拳を引き、火を消した諒兵に対し、智巳は不満そうな顔を向けてくる。
「負けたことだけじゃない」
「んあ?」
「あなた、私の顔や胴体は決して狙わなかった」
手合わせの最中、諒兵は智巳の顔や胸、お腹などは決して狙わなかった。
あくまで肩から先か、太股から下だけだった。
「生身のトコは狙わねえよ」
「えっ?」
「知らねえのか?女の龍機兵の身体は一部が生身なんだとよ。んなトコ、傷つけられるかっての」
どうやら知らなかったらしく、智巳はぽかんとしてしまう。
そう言えば、と、諒兵は麗佳たちと丈太郎の話し合いのとき、其処までは話していなかったことを思いだす。
其処に。
「トモミ、リョウヘイが言っていることは本当だ。ドクターが私やリンの身体を調べて判明したことだ」
声をかけてきたのは、手合わせを見ていたライラ。
同様に見物していたウィルフレッドと明と一緒に近づいてくる。
「本当?」
「ああ。正確には胸から股間まで、つまり、その、いわゆる……」
どんどん顔が赤くなり、対照的に声がか細くなっていくライラである。
こういうところは初心な少女というか、乙女なライラだった。
ゆえに、明が補足してくる。
「子宮を含めた内蔵のある部分ということですね」
「Oh、クレバーボーイはハッキリ言うねえ」
そう言ってウィルフレッドが苦笑するが、事実なのだからどうしようもない。
こういうところは明は無神経と言えるほど、ずけずけ言ってしまう性格をしていた。
もっともこういう状況ではありがたい面もある。
「言うなれば、女性の龍機兵は『生身』というハンディキャップを常に背負っているということです。諒兵君の性格なら、勝負事ではできるだけ対等な状態で戦いたいでしょう」
「んなトコだ。女だから加減したわけじゃねえ」
「クールガール、さっきのいろんな技は感心したぜ。Youならもっと強くなれるさ」
そう言って、智巳の健闘を男たちは称賛する。
実際、今の手合わせを見て、智巳が弱いとは感じない。
メインアタッカーでも十分にやっていける実力を持っている。
「わかった。納得する」
「次は加減できんほど、リョウヘイを追い詰めてやろう」
「ライラもやる気?」
「無論だ。私ももっと強くなりたい」
そう言ってぐっと拳を握るライラを見て、智巳はニッと笑うのだった。




