3話「炎の瞳と炎の拳」
初手は智巳だった。
両腕両脚を竜化させると、諒兵の視界から消える。
そして右斜め後ろからナイフを突き入れてきた。
「いきなり後ろかよ」
さすがに小手調べのような初手を喰らうほど間抜けではないと、諒兵は身体を捻ってあっさり避けてみせる。
「掠りもしない?」
「勘はいいほうだと思うぜ?」
実際、諒兵は戦場においては作戦を立てて、しっかり準備して赴いたことはほとんどしない。
来た相手を叩き潰す。
それが諒兵にとっての戦いなのだから、一番重要なのは勘だ。
積み重ねた経験から相手の動きを予測するのではなく、自分の身に迫る危険を察知することで相手の攻撃をかわし、その隙に自分の攻撃を叩き込むというスタイルなのである。
ゆえに。
「よっ!」
軽く叩くくらいの力で爪を振り下ろしたが、智巳はすぐにバック転をして距離を取った。
身が軽い。
それはいいが、今の一撃なら距離をとるほどのことはないだろうとも思う。
智巳の身体能力なら、軽くかわしてニ撃目を繰り出すくらいはできたろう。
そんなことを考えながら、今度は真後ろからジャンプして投げつけられたナイフを蹴り飛ばして弾く。
驚くことに、智巳はジャンプしたまま両腕を振って勢いをつけ、空中で宙返りをして飛距離を稼いだ。
そして正面に降り立つなり、即頭部を狙って右の回し蹴りを繰り出してくる。
「おっと」
仰け反るようにして蹴りを避けた諒兵は、すぐ追撃を繰りだした。
前方宙返りからの踵落としだ。
だが、その踵が届くよりも早く、今度は側転からのヘッドスプリングを使って、智巳は再び距離を稼いだ。
「本当に勘がいい」
「じゃなきゃ生き残れなかったかんな」
そう答えつつも、智巳の動きに違和感を持つ。
見る限り、前衛の動きではないのだ。
接近して攻撃してくるのはいいのだが、その後すぐに距離を取りたがる。
近接戦闘も十分にできるだろう身体能力を持っていることが彼女の動きでよくわかるだけに、なおさら違和感があった。
「お前、前衛じゃねえのか?」
「アタッカーだけど?」
そう答える智巳であったが、諒兵はどうにも違和感を拭えない。
智巳の攻撃は今のところ、一撃離脱というほうがあっているからだ。
前衛というより、遊撃の動きなのである。
「アタッカーが接近戦重視である必要はない」
「んあ?」
「相手の注意を引いて、本命をサポートするのも戦い方の一つ」
「ああ、そういうことか」
どうやら麗佳、凛那、智巳が三人で組んで戦うときの戦闘スタイルを誤解していたと諒兵は反省する。
麗佳たちの中でメインアタッカーというべき存在は、智巳ではなく麗佳になるということだ。
確かに魔王種『淫果の蛇』である麗佳は戦闘力が並外れている。
髪の毛を竜化させて操るという独特の戦闘方法ではあるが、牽制のための尻尾はともかく、蛇の顎から放たれる火球のブレスはかなりの威力がある。
智巳が遊撃スタイルで敵にダメージを与えつつ、注意を引き、麗佳が本命の一撃を叩き込むというスタイルだということだ。
「スタミナを考えたんだな」
「何でそう思うの?」
「お前一人でも十分イケるんだろうが、三人で戦うとなるとお前だけ疲労が早くなるだろ?」
「正解。一撃離脱を繰り返しながら、メインアタッカーまでやってるとお腹が空いて仕方がないから」
そのため、三人で戦う場合、智巳が前衛遊撃、麗佳が本命の砲撃、凛那が周囲の状況把握と敵の牽制を担っているということだ。
群れに飛び込んで暴れ回る諒兵とはスタイルが違って当然だということができる。
「でも、今はスタミナ考える必要はないから。さすがにブレスは撃たないけど」
「其処までやったら騒ぎになるっての。ま、いいさ。それならそれで戦いようはあるしな」
智巳の接近に合わせて、こちらの攻撃を当てていけばいいだろうと思う。
できるなら、捕まえてからのほうが効果は高いだろうが。
「ヤ」
「なぬ?」
「男に掴まれたくない」
「んあ?」
「掴んだら思いっきり刺す」
何故か、先ほどよりも殺気が増大していた。
今の話で何故殺気が膨れ上がるのか諒兵は理解できない。
「男は私の胸触ってくるから」
「待てコラ」
確かに智巳は麗佳たち三人の中で一番背が高いうえにグラマラスとモデル顔負けのスタイルをしている。
女としての魅力は相当なものだろう。
だが、男の沽券に関わるため胸を触るという一言だけはわりと必死に否定したい諒兵だった。
もっとも、智巳の気持ちは変わらないらしい。
「だから男が相手の場合、ぶちのめしたら即行で逃げる」
「それが本音かよっ!」
実に単純に、男に胸を触られたくないので接近戦をせずに逃げてるだけの智巳だった。
そのころ。
せっかく時間があるのだから誰かと手合わせでもしようと思っていたライラは、中庭まで来て諒兵と智巳が仕合っている姿を見る。
「残念、先を越されたか」
「Hey、ノーブルレディ。君も見物かい?」
いきなりそう声をかけてきたのはウィルフレッドである。
どうやら少し前に見かけて、それから見物しているらしい。
ならば、二人の仕合いをどのように見ているのか聞いてみるのもいいだろうとライラは考える。
「リーヴィス隊長、隊長から見て優勢なのはどちらだ?」
「Let me see……、最初ボーイは少し混乱してたな」
智巳の動きや戦い方が諒兵が予想していた前衛とは異なっていたためだ。
諒兵自身はウィルフレッドとの手合わせのように近接の殴り合いになると思っていたのである。
だが。
「クールガールはアタッカーだが戦い方はShortstopだ」
「ほう」
「In other words、ノーブルレディと同じ戦い方をするのさ。できればそっちの手合わせを見たかったな」
「時間があるときにやるつもりだ。同じ遊撃なら余計に手合わせしてみたい」
そう答えるライラにウィルフレッドは笑いかける。
こういった競争意識はとても大事だからだ。
競うということは、お互いを高めることにもつながるからである。
とはいえ、話がズレてしまったと思ったのか、ウィルフレッドが再び口を開く。
「Let’s get back on track.相手が遊撃だとわかれば対処法はある。ボーイはすでに実践してるぜ?」
そう言ってウィルフレッドが指し示した先には、巧い具合にタイミングを合わせて、智巳に攻撃を仕掛けている諒兵の姿があった。
「クールガールはああ見えてかなりShyでな。男に掴まれたがらない。だからタイミングを合わせる方向で攻撃してる」
「なるほど」
「In addition、一撃のパワーはボーイのほうが上だ。クールガールのほうが神経を削られるからキツい」
「とはいえ、逃げ回る相手だとリョウヘイはイライラしそうだな」
「So……、今のところは一進一退だな」
そう言ってウィルフレッドが苦笑いを見せると、ライラも納得したように笑うのだった。
一方そのころ。
東堂家屋敷内に設えられた一室にて。
「うひゃひゃひゃっ、やっぱり日本はいいのじゃー」
琉璃架が、自分用のベッドの上でお菓子を食べながらマンガを読んでダラダラしていた。
さすがに個人個人に部屋を用意することはできないため、二、三人で一つの部屋をシェアしているのだが、琉璃架の周りだけ異様にマンガやらゲームやらが転がっていることからもわかるように、物が多すぎるため、琉璃架の部屋だけ二人部屋を一人で使っている。
「あのー、もう少し片付けてもらえないですかあ?」
そんな琉璃架におどおどとした様子で、一人のメイドが声をかける。
面倒な役を押し付けられている小夜だった。
琉璃架は見事に育った胸を張り、ドヤ顔で言ってのける。
「ちゃんと手が届くところに配置してるのじゃ。問題ないのじゃ」
「典型的な片付けられない女じゃないですかあ」
小夜の言うとおり、端から見ると片付けられないだけだったりする。
龍機兵も様々なのだなあと小夜はかなり悲しくなった。
というか、ダメ人間すぎる。
「こんな子もいるんですね……」
「人は千差万別じゃよー」
ケタケタ笑いながらマンガを読み耽る琉璃架の姿を、小夜はため息をつきながら見つめていた。
余談だが。
数十分後、琉璃架は今後の戦略を伝えに来た明によって、小夜の目の前で半泣きで片づけをさせられることになる。
その際、堂々と『おっぱいを揉む』と言ってのける明に別の意味で怯えた小夜は、思わず胸を隠していた。
再び、東堂家屋敷内、中庭にて。
視界から外れ、死角から凶器を使って攻撃してくる。
このスタイルを一言で言い表すならばアサシンだ。
『ウンセギラとも相性がいいですね』
(戻ってきたのか?)
『ちょっと見に来ただけですけど、詳しく解説しますか?』
(いや、それじゃ面白くねえ)
そう言って、諒兵はメーちゃんの解説を断る。
せっかくこうして手合わせできる機会を得たのだから、戦いながら自分の肌で理解したいと思うからだ。
(目で追えねえなら、追わなきゃいい)
そう考えながら、諒兵は耳に神経を集中する。
智巳の動きは虚を突くものだ。
そのため、足音を消して移動できるならそれがベストだが、それが難しい場合、逆に足音をわざと響かせる。
そうすることで自分の位置を誤認させるのだ。
つまり、諒兵が耳に神経を集中させると、逆に音で惑わされる可能性がある。
そのことは諒兵自身わかっているが、それでも耳に神経を集中したのは。
「えッ?!」
左肩を掠める拳に、智巳は驚きの表情を見せてすぐに距離を取った。
「チッ!」
逆に諒兵は悔しそうに舌打ちする。
明らかに智巳の位置に気づいて繰り出してきた攻撃だということが、それで理解できる。
今までのような勘ではない。
そう判断した智巳は、再び諒兵の視界から消え、今度はナイフを離れた地面を狙って投げる。
一拍置いてから、逆方向の死角から一っ飛びにナイフを突き入れようとした。
「ソコか」
「またッ?!」
諒兵は、確実に狙って智巳の右肩を狙って前蹴りを繰り出してきた。
勘だけではなく、何らかの方法でこちらの位置を予測している。
しかも、ナイフが地面にぶつかる音には惑わされなかった。
気持ちを落ち着けるために距離を取った智巳は、荒くなった呼吸を整える。
それで気づいた。
自分の呼吸音を頼りに位置を予測しているのだと。
接近した際に微かに聞こえる呼吸音を狙って攻撃を繰り出している。
こんなかたちでやられるのは気に入らない。
そう考えた智巳は諒兵から視線を逸らさず、数を数え始める。
そして。
三度、諒兵の視界から消えた智巳は、あるタイミングで攻撃を繰りだした。
「チィッ!」
脇腹を掠めたナイフに諒兵は舌打ちしてしまう。
反応が遅れた。
より正確に言えば、気づいていて避け切れなかったため、今度は諒兵のほうがバックステップで距離を取る。
「やってくれんじゃねえか」
「お返し」
「裏拍とってくるとはな」
諒兵は裏拍と言ったが、その表現は正確ではない。
より正確に言うと、智巳は諒兵が息を吐いた瞬間を狙って攻撃を繰り出したのだ。
通常、人は呼吸する際、息を吸うと力が入り、息を吐くと力が抜ける。
力が入っている状態ならば、反応も早いが、力が抜けた状態だと余程訓練していなければ身体も動かしづらい。
わかりやすく言えば、智巳は諒兵のタイミングをズレさせたのである。
「今度はもらう」
「上等」
そう言って笑う諒兵だが、意識しても呼吸のタイミングを狙われるとまた攻撃を喰らう。
案の定、智巳は吐いたタイミングを的確に狙って攻撃を繰り出してくる。
(ケンカ慣れしてやがる)
そう思うのは間違いではないだろう。
麗佳の話ではアメリカのスラム育ちで、三人の中では一番対人戦闘に慣れているだろうからだ。
さらに、こういったケンカ技を龍機兵の戦闘に活かせるだけでもかなりの戦闘センスを持っていることがわかる。
気をつけなければ確実にやられる。
そう考えた諒兵は、智巳が狙ってきたタイミングで息を吐くのを止め、右腕で彼女が手に持つナイフを弾き飛ばした。
「あッ!」
彼女が驚きの声を漏らしても気に留めず、右腕を振った勢いを利用して左腕を振り下ろす。
だが、攻撃を避けようとせず、睨みつけてくる智巳の眼がいきなり燃えた。
「何ッ?!」
自分で出したつもりがないのに左腕が燃え上がる。
しかも。
「俺の火じゃねえのかッ?!」
いつも自分が出している炎と違い、どこか粘りつくような張り付いてくるような火だった。
このままではマズいと、諒兵は左腕の内側から炎を噴き出させる。
幸いなことに火はそれで消し飛んだ。
「お前……」
「竜の力を使わないとは言ってない」
「お前の竜の力か。いきなり燃え出すなんて驚いたぜ」
正直、初見では間違いなく避けられない厄介な攻撃であることが今ので理解できる。
『ウンセギラの『焔眼』です』
(えんがん?)
『ウンセギラの伝承には、睨んだものを発火させるというものがあります』
(睨んだだけでか?)
『睨んだだけで、です』
それだけを説明すると、メーちゃんは再び麗佳たちのところへ行くといって去った。
聞く限り、ウンセギラの能力は、炎を噴き出したり撃ち出したりする自分とはだいぶ違う。
睨んだだけで発火させるとなると距離もほとんど関係がない。
これほど一撃離脱に向いた攻撃もないだろう。
「面白え力持ってんな」
「便利」
「確かにな」
ニィッと笑う智巳に、諒兵は女ながらなかなかに楽しませてくれる相手だと感じる。
「眼え使うんはかまわねえが、俺も火を使うぜ?」
「別にいい。同じ火を使う龍機兵として負けたくないから」
「根性据わってんな」
負けず嫌いというのなら、ライラがかなりのものではあるのだが、智巳も相当な負けず嫌いらしい。
ならば。
諒兵はあえて両腕の竜化を解く。
「何?」
「負けたくねえのは俺も同じだ。だが、お前にだけじゃねえんでな」
そう答えた諒兵は、改めて構えると人間体のまま両拳から火を発現した。
「えぇッ?!」
「コツは掴んだからな。こっからは中距離で行くぜ?」
「舐めてる?」
「俺は単に殴り合いのほうがわかりやすくて好きなだけだ。中距離ができねえとは言ってねえ」
実際、龍機兵団詰所で遊撃部隊として竜の群れを押さえていたころは、中距離戦も多かったのだ。
伝承竜相手に接近戦なんて簡単にはできないし、上陸させないために炎を撃ち出して攻撃したりもする。
また、パーヴェルを相手に戦ったときは、成竜体になっていたとはいえ、火球や火線を操った。
諒兵は完全な接近戦タイプというわけではない。
むしろ、竜の力を操って戦うことに長けている。
「能力戦になるなら、そうするだけだ」
「竜化を解いたのは?」
「ここで勝つだけで満足する気はねえんだよ」
次を見据え、自分の持つ『赤の竜』の力をより使いこなすために、あえて制限も加えたということだ。
先ほどよりも気合いの入り方が違うことを、智巳もようやく理解したのか、より殺気を込めた目で睨んでくる。
「それはこっちのセリフ。私が勝つ」
「上等だ」
両手にナイフを構える智巳に対し、諒兵は両拳の火をより燃え上がらせるのだった。




