2話「『敵』と戦略とウンセギラの少女」
東堂家直轄区はもしものために大量に備蓄できる食料庫がある。
其処に山と詰まれた食料を見上げて、何故か凛那が満足そうに肯いていた。
「うんうん、けっこう長持ちしそうじゃん♪」
「傷んでんのから使ってけば、一ヶ月はイケそうだねえ」
さすがに龍機兵の胃袋を支える立場だけに、その場には冬子もいた。
頭の中には既に献立ができているらしい。
全員、思わず拝んでしまったものである。
「かっかっ、まさか『もったいない』がかような策につながるとは驚いたものじゃ」
車椅子に座って眺めている九垓も何故か楽しそうに笑う。
『騙る者』の最初の攻撃がまさかの兵糧攻めだったため、諒兵たちは鈴の『もったいない』から発想した食料確保のための策として、各国の龍機兵の基地から食料を集めたのだ。
それを、ようやく直轄区の食料庫に納めたところだった。
麗佳がホッと息をつく。
「戦略を考える時間ができたのはありがたいわね」
「春馬副隊長やジョンソン隊長が確保した流通経路の維持、そして新規開拓、できれば此処の拡張も考えたいところですしね」
「それだけじゃないぞ。ライフラインも維持しなければならんからな」
明の言うとおり、食料関係は当然のこととして、義隆の指摘も重要だ。
ライフライン、すなわち電気、ガス、水道を維持しないと日常生活がままならなくなる。
そしてまず食料という点から攻めてきた『騙る者』が、ライフラインを攻めない可能性は非常に少ない。
「竜がいるために、誰もが基本的に不安を抱えている。其処にこういった方法で不安を煽られると厳しいからな」
「何かさ、ヤラシイよね。こういう方法で攻めてくるのって」
ライラの言葉にそう付け加えた鈴に、皆が一様に共感したように肯いた。
「たぶん、単純な戦いをさせんつもりなのじゃ。ヤなヤツじゃ」
実際、正面から殴りかかってくるなら殴り返せばいいだけだ。
だが、こういった搦め手から使ってくるとなると、戦闘に入るまでに気疲れしてしまう。
それを狙っている可能性もあるとロドニーが話す。
「我々の『敵』は人を理解しているんだろう。そう考えるとかなりの難敵だ」
『せるさんの言うとおりです。『騙る者』は人を理解している。だから不安を煽ったり、目を逸らさせるのが巧いんです』
メーちゃんの説明を聞く限り、狡猾な敵だということができる。
一つ間違えるとこちらが非難されてしまう。
それでなくても味方が少ない状況で、さらに中立の存在を敵に回すと厄介なことこの上ない。
「政国お爺様とも相談して、ライフラインのほうにも手を打ちましょう。九垓お爺様、春馬副隊長、ジョンソン隊長、ミスター・アーキン、協力をお願いします」
そう言うなり、麗佳は呼びかけた者たちと共に屋敷のほうへと向かっていく。
その後を、明が九垓の車椅子を押してついて行った。
それを見た諒兵と真が一言。
「あー……、『敵』が出てきたら問答無用でツラぶん殴りてえ」
「俺もぶった斬りたい。凄くムカつく」
バトルジャンキー共の魂の叫びに、誠吾や智巳にライラ、そしてウィルフレッドなどの同類たちが強く肯いていた。
そして。
ライフラインの維持に手を打つために集まった者たちは、同時に『騙る者』が何者なのかの推測も立てていた。
「ふむ。今回の件で『騙る者』が政治的影響力を持っているということがはっきりしましたな。かなり面倒な敵でございますぞ」
バーナードが見解を述べると、その場にいる一同、すなわち麗佳、義隆、ロドニー、九垓、そして麗佳の祖父である政国が肯く。
「ただ単に古竜を操れるだけではない。人としても相当な地位にあるはずじゃろうのう」
「東堂や円の報告を聞く限り、例のメーちゃんとやらが創った装置で古竜を操ることができる。そのうえ、人としても地位のある人物となると正面からでは戦いにくいぞ」
「此処まで政治的影響力があるとなると、通常のSPがついていることも考えられる。人を相手に戦うわけにはいかないからな」
「つまり、龍機兵だけでは手が出せんということだな」
九垓、義隆、ロドニー、そして政国がそう意見してくると、麗佳は頭を抱えた。
此処まで戦いづらい敵だとは思っていなかったからだ。
東堂財閥の影響力を持ってすれば、たいていの相手には優位に立てる。
その影響力に真っ向から対抗できるとなると、こちらも搦め手を考えていかなくてはならないからだ。
何より、一番の問題は。
「諒兵くん、暴走しないかしら……」
「こういう戦いを続けられると、たぶんキレますね」
竜としてではなく、人としてぶちキレかねないと明は苦笑いしてしまう。
だが、笑いごとではない。
現状に対して、諒兵だけではなく真も不満を持っている。
『赤の竜』と『創界の王』が大暴れしてしまったら、本当に人の敵になってしまうからだ。
「そのあたりは井波に抑えるように頼んであるぞ。ヤツもバトルジャンキーの面はあるが、日野と佐倉よりは落ち着いている」
「助かります……」
麗佳は力なくそう謝辞を述べる。
助かっているとはいえ、このままでは手の打ちようがない。
相手が何をしてくるのかの予想がつきにくいからだ。
麗佳自身、てっきり此処に古竜をけしかけて総攻撃を仕掛けてくると思っていたのだから、諒兵や真がどう考えていたかなど簡単に予想がつく。
それが、まさか初手から搦め手でこちらを悩ませてくるとなると、戦略を一から変える必要があるのだ。
其処で、明が口を開いた。
「春馬副隊長、ジョンソン隊長、古竜たちの集結はどうなっているのです?」
「徐々にといったところだ。どうやら『神の供物』のように、光速移動はできんらしい」
『でしょうね。『ヘカティー』を完全に支配しているのならともかく、今の段階では『神の供物』に影響を与えるくらいです。古竜全てを移動させることはできないでしょう』
ロドニーの言葉に続けて、いきなりそう答えたのは、いつものサイズで現れたメーちゃんだった。
さすがに一同驚いた表情を見せる。
代表して義隆が尋ねかけた。
「こっちに来たのか?」
『諒兵にアドバイスしてこいと言われまして』
メーちゃんが持っている知識を自分が聞いても仕方ないので、理解できる者たちに話せと言われたらしい。
「諒兵君の悪口を言ってしまったことを後悔してしまいますね」
「正しい認識だと思うが」
明の言葉に対し、ロドニーがそう言って苦笑いを見せた。
ただ、諒兵が言ったという言葉どおり、メーちゃんの知識は此処にいる者たちのほうにこそ役に立つ。
適材適所ということだ。
『それで、ヴォロくんは何故、古竜を気にしてるんですか?』
「一般の人の認識において、竜はまだ敵です。集まってくるだけでも脅威でしょう」
「そうね。此処の人たちも怯えてるし、海に近い居住区の人たちなら尚更だわ」
「なら、水際で古竜の群れを撃退しても不満が出るとは思えませんが?」
その言葉で、いち早く明の考えに気づいたのはやはり明の師でもある九垓だった。
「向こうの戦力を減らし、こちらはあくまで人を守る龍機兵として戦って見せるということかの?」
「はい、老師。『騙る者』が人を煽れるというのであれば、待っているのは得策ではありません。まずは『騙る者』が集めている戦力を削っていくこと。それを利用して私たちは敵ではないことを見せることが必要と思います」
表面上、日本防衛のために動くということだ。
龍機兵同士が敵対しているところを見せれば、人の不安は増大してしまう。
龍機兵はあくまで竜から人を守る者。
そのことをまず内外に示していくということである。
「現状に不満を持っていることを考えますと、井波隊長とリーヴィス隊長、諒兵君、真君、バンブリッジさん、ウッドワードさんは前線に出ていただくことになりますね。ただ……」
明が名前を出したメンバーはいわゆるバトルジャンキー共なので前線に出るのは当然なのだが、言いにくそうにしているのは何故なのだろうと麗佳が問いただす。
「彼女、性格的には前線に出るべきではないと思いますが、一般の人たちとの軋轢を考えると出てほしいのです」
「リン殿ですかな?」
「はい。正直、彼女には驚いています。感性が龍機兵とは違いすぎる。ただ、其処が普通の人たちにとっては馴染みやすい部分でもあると思うのです」
バーナードの指摘に対し、明は素直に肯き、そう見解を述べる。
鈴がいるだけで、おそらく自分たちに対する恐れなどはだいぶ軽減されるだろう、と。
「傷ついたらきっと諒兵君が怒りますから不安はあるのですが、彼女はある意味では私たちと一般の人たちの間の要に成り得ます。こういってはなんですが、私たちの広告塔になってほしいとも思うのです」
「また、すごいことを考えたわね……」
「ですが、某めも同様に考えております。リン殿の存在は重要でしょうぞ」
バーナードがそう言ったことで、尚更その場にいたメンバーは驚いてしまう。
だが、納得もしてしまった。
確かに、自分たちの中でもっとも感性が一般人に近く、それでいて龍機兵になったことに対して負い目というか、暗いものがない。
鈴の普通さ、そして明るさは、龍機兵は人の敵ではないと示す上では得がたい宝でもあるのだ。
「直轄区から全員出払ってしまうのは得策ではありませんが、鈴川さんとその護衛は前線組に確実に入れておきたいところです」
もっとも、前述したメンバーなら諒兵やライラが鈴を守ってくれるだろうし、鈴も前線での対処法は心得ているので、そう傷つくことはないだろう。
ただ、万が一を考えて専門の護衛を付けておきたいと明は説明する。
「でも凛那は動かせないわ。直轄区の防衛力が落ちるもの」
ラプシオヤウの竜の力で直轄区を護っているのだから凛那は当然居残り組みとなる。
また、重傷の九垓も動けない。
「あと、春馬副隊長、ジョンソン隊長、そしてミスター・アーキンはそれぞれの国との交渉が必要になってきますからできれば居残っていてほしいですね」
そうなると残る者は三人、すなわち麗佳と琉璃架と明だ。
「琉璃架さんに前線は無謀だわ。まずは鍛えないと」
琉璃架はあっさり却下となった。
日ごろの行いを考えれば当然のことではあるが。
そこで口を開いたのは政国である。
「麗佳、お前が行きなさい」
「お爺様?」
「智巳君が出るとなれば、戦闘時の連携を考えるとお前のほうが適任だろう」
「はい。自信はあります」
「国との交渉はわしが出よう。戦術とはいえ気に入らん輩だ。少し灸を据えてやろう」
どうやら、若人を巻き込みながら、狡猾な方法で攻めてきたのが気に入らなかったらしい。
久々に腕がなると言って笑う政国を見ると、とても一般人とは思えないと一同は苦笑していた。
「そうなると円はどうなる?」と、義隆が疑問の声を上げると、九垓が答えた。
「明は遊撃がよかろうのう。基本的には待機じゃ」
「はい、老師」
とまあ、そんな形で今後の戦略を決めていったのだった。
一方。
「へー、凛那さん料理上手いんだね」
「其処まで手際よくないけどねー♪」
屋敷に設えられた龍機兵たちのための食堂で、冬子を手伝いながら鈴と凛那が料理を作っていた。
麗佳、凛那、智巳の三人の中ではダントツに器用なのが凛那である。
なんでもそつなくこなす天才肌なのだ。
ちなみに、以前語ったように麗佳はお菓子だけはパティシエと同レベルだが、料理は普通。
智巳は食べる専門だったりする。
二人は談笑しながら、くるくると手を器用に動かしてジャガイモを剥いていた。
「は~……」
その場にはすっかり鈴に懐いてしまったのか、阿由が一緒にいる。
二人の手の中でジャガイモがきれいに剥かれていくのを見て、目を輝かせていた。
「でも、冬子さんには敵わないよね」
「うちの料理人が驚いてたよん。とにかく作るのが速いって」
「相手はみんな大食らいだもん」
「そんなのを一年間相手にしてきたんだから、そりゃー速いわー♪」
「一応、これでお給料もらってたからねえ」
そう言って、他の食材の仕込をしていた冬子が答える。
手伝いが増えたことでいくらかは楽になったらしく、その表情には余裕が伺える。
ただ。
「冬子さん、あの……」
「ああ。夏樹のことかい?」
「夏樹?」
「アタシの甥っ子さね。鈴は詰所にいたから知ってるんだよ」
凛那の疑問にさらっと答えると、冬子は夏樹について説明してきた。
実は、いつもなら仕込みの時間は冬子の仕事を見ているのだが、この場にいないのだ。
「孤児院に預けてきたんだよ」
「えっ……」
「アタシゃこっち手伝ってほしいって言われたしねえ」
東堂家の直轄区までとなると、まだ小さい夏樹を連れてくることはできなかったという。
ただ、そのとき悩んだらしい。
「その孤児院で働かないかって誘われたんだ」
「いい、お話ですよね?」
「もともと蛮場や日野が育ったトコだし、しっかりしたところだからねえ」
「ええっ?」
「以前から、話はあったんだけど……」
丈太郎が敵の攻撃で倒れたと聞いてしまっていたため、悩んだ末にこっちに来ることを選んだという。
「もうガマンも限界さ。アイツが起きたら『襲って』やる」
どういう意味で『襲う』のかなど、さすがに鈴や凛那でもわかる。
つまり、冬子は叔母であることよりも、女であることを選んでしまったということだ。
「わぁおっ♪」
「うにゃあっ♪」
さすがに年頃の少女たちにとっては興味津々な話題だったりするので、二人は顔を赤らめながらも期待に満ちた眼差しを向ける。
「見せないよ?」
「「えー」」
「自分で相手探しな」
そう言って、妙に艶っぽい笑みを浮かべる冬子を、阿由はぽかんと、鈴と凛那は尊敬の眼差しで見つめてしまっていた。
さらに別の場所では。
「僕がかい?」
「アーサーから教えてもらった剣を否定する気はない。でも、バーナードの爺さんは『敵』の対処で忙しいし、バンブリッジは剣よりも銃のほうが得意だって言ってた」
「そうなると僕しかいないか。いいよ、訓練相手をする程度になるけど」
「かまわない。頼む」
誠吾に対し、真が剣を鍛えるための相手を頼んでいた。
現状だと真も前線に出る龍機兵の一人として数えられる。
鍛えていかないと殺されてしまう可能性もあるのだ。
「俺の竜の力は魔王種だって聞いたからな」
「……『創界の王』か。確かに扱いを間違えれば、大きな被害が出るね。たぶん、『敵』は君を利用しきれないと思ったら始末していたと思う」
「俺もそう思う。でも、舐められるのはムカつくんだ」
イギリスでは、阿由を人質にとられ、諒兵と戦うハメになった真。
だが、その後、仮に諒兵を倒したとして、阿由はともかく自分を放っておいたとは思えない。
間違いなく殺されるところだっただろう。
そう思われる自分の弱さが、真は気に入らない。
「俺はどうなってもいい。でも、阿由や普通の人たちを護れるようになりたいんだ」
「君の考えは立派なものだと思うけど、捨て鉢な戦い方はしないでくれ。君にも未来があっていいはずだ」
「……あんた、いい人だな」
誠吾が思わず漏らした言葉を聞き、真は少しだけ嬉しそうに笑っていた。
そして。
屋敷の中庭で空を見上げていた諒兵は、投げつけられてきたナイフを二本の指で受け止めた。
黒みがかった青、濃紺といってもいい色の金属でできているものだ。
その鋭さを見ると、まともに喰らえば鱗が生えていても突き刺さっただろうと思える。
「良く研がれてんな」
「軽く受け止めないで」
「刺さったら痛えだろ」
むちゃくちゃ言うなと諒兵は呆れてしまう。
もっとも、投げてきた相手、すなわち智巳はわりと真剣にそう思った様子だが。
「何か用か?」
「あなたとはまだ戦ったことがない」
「そういやそうか」
「前線に出るときに影響が出る可能性があるから、あなたの戦闘行動を把握するために一度戦っておきたいの」
「なるほどな」
「あと、『赤の竜』とは一度戦ってみたいから」
そう言いつつ、智巳は額から鱗を生やしていく。
アメリカ、ネイティブアメリカンの伝承に出てくる竜ウンセギラの血が騒いでいるのだろう。
それを隠そうとしないところは、なかなか好感が持てると諒兵は思う。
「わかった。麗佳たちの中で前衛やってるお前とはうっかりぶつかる可能性もあるしな」
「それで口裏合わせて」
「殺る気満々だな、お前」
どうやら気楽な手合わせとはいかないようだと、諒兵も両腕を竜化させるのだった。




