1話「運命と少年と『MOTTAINAI』」
日本、東堂財閥直轄区。
麗佳から、連戦だったため、いったんイギリスで食事と仮眠してから戻るという報告を受け取った凛那は、そのことを誠吾たちに報告した。
「最後の魔王種を仲間にしたか」
「聞く限り、妹思いのいいお兄ちゃんらしいよ」
ロドニーの呟きに凛那はそう答える。
最後の魔王種『創界の王』となった佐倉真は妹の佐倉阿由を大事にしていることや、性格的に特に問題は感じないことを麗佳からの報告で受けていたからだ。
そんな説明を聞いた誠吾が呟く。
「そうなんだね……」
「何故其処までホッとするの?」
智巳の突っ込みにアハハと笑ってごまかしたが、実のところ、今まで魔王種で比較的まともと言えるのは麗佳くらいなのだから、誠吾が安心するのも仕方がないと言える。
何しろ。
諒兵は大食らいのバトルジャンキー。
琉璃架はオタの怠け者。
明はマジメで勤勉だが煩悩全開。
残る一人に希望を持ちたい気持ちはわからなくもない。
「まあ、気持ちはわかるが、敵対しないだけありがたいと思え」
と、義隆が苦笑すると、誠吾も苦笑を返す。
実際、魔王種が敵対すればそれだけで苦戦は免れない。
特に最後の魔王種であった真の願いは自分の力で世界を平和にすることだ。
ある意味では、『騙る者』に通じる願いを持ってしまっている。
共感していてもおかしくなかったのだ。
もっとも、目の前で師であるアーサーにウィルスを打ち込まれたせいで、そんな気はさらさらなかったようだが。
とはいえ、魔王種が敵対しなかったことは僥倖なのだが、凛那が釘を刺してきた。
「まー、一緒に戦うけど私たちは仲間じゃーないからね」
「Why?」
「敵が共通しているだけってこと。その辺りはきっちり認識しておかないと、逆におっかないよ」
凛那が言うところによれば。
この場にいるメンバーは厳密には仲間ではなく、あくまで同じ存在を敵と認識しているだけの関係であるべきだという。
敵に関わる以外のところの思惑は個人個人別々のものであり、中にはその思惑同士がぶつかる可能性もある。
そして一番重要な点は、お互いの思惑を潰すような真似をすれば、ここにいるメンバーは共闘できなくなってしまう可能性もあるというところだ。
「極端な話だけどさ、麗佳や私たちの考えとおにーさんたちの考えには必ずズレがあるんだよ。そのズレを修正することを考えてる余裕はないっしょ?」
「It's a bother……、話がややっこしくないか?」
「そーなんだけど、勝手な仲間意識を押し付けられると、後で裏切られたとか思われちゃうこともあるじゃん」
「No、そうじゃないさ。敵を倒す『まで』は仲間でいい。そうしないと敵の思う壺だ。だから、今は敵を倒すことを最優先にして、その後は勝手にすりゃいいんじゃないか?」
「ウィルさんはけっこードライだよねん♪でも、私もそれが言いたいの」
要は、その後どのような関係になるとしても、明確な敵が存在する今だけ共闘する関係であるべきだと凛那は言いたいのだ。
面白いことに、その考え方はウィルフレッドも同じであるようだが。
「志を同じくする仲間ではなく、利害が一致しただけの関係ということなんだね?」
「だが、それが一番ベターだろうな」
「同感だな。後々のことまで考える余裕はない」
誠吾、義隆、そしてロドニーの順に同意してくる。
凛那の考えはドライだと思われる可能性が高いが、意外なことに誰もが受け入れていた。
「何でだろう?」と、智巳が首を傾げる。
「龍機兵だからだろうね。僕の考え方は基本的に『明日よりも今』だよ」
「なるほど」と、智巳は今度はポンッと手を打った。
要は、今すべきことは何か。
常にそれだけを考えているということだ。
明日は明日の風が吹く。
綿密なスケジュールを立てて行動するのではなく、明日のことは漠然と考えながら今を生き抜く意識でいるということになる。
「今後の戦略は、彼らが戻ってきてから考えよう。とりあえず、竜は人を襲ってない。その状況で僕らが敵に戦いを仕掛けると、人を完全に敵に回す可能性もあるからね」
人というよりも世論を敵に回してしまうと、動きが取れなくなる可能性がある。
東堂財閥という後ろ盾があったとしても人の気持ちまで動かせるわけではないからだ。
今は機会を待たなければならないということなのである。
「特に『神の供物』は強敵だ。こちらも鍛えておかないと。『騙る者』が何か特別な方法で彼らを強化する可能性もあるからね」
「後は古竜が成長して伝承竜の力を持つことも考えられる。操られている以上、成長しても操られたままと考えたほうがいいだろう」
イギリスで麗佳が予想していたことと同じように、日本にいる者たちも考えていた。
自分たちの敵を相手にする以上、最悪を考えなければならないとわかっているからだ。
もっとも。
「問題ない。敵なら倒すだけ」
「That's right!目の前の敵をぶっ飛ばすだけさ」
「お前たちくらいシンプルに考えられると幸せだな」
「あっはっは」と、頭を抱えるロドニーの姿を見て、凛那が苦笑していた。
そんな彼らは、このあとすぐに『敵』の攻撃に苦悩するハメになるのだった。
一方、イギリス、ドーバーにある『城壁』にて。
もうそろそろ夜が明けようとしている時刻になっている。
連戦を戦い抜いた一行は、それぞれ何部屋かに分かれて仮眠を取っていた。
そんなころのこと。
諒兵は『城壁』の中庭に寝転がったまま、のんびりと星空を見上げていた。
「きゅいい?」
「大丈夫だ。早く目が覚めちまっただけだからな」
アウェンティヌスの鳴き声に、諒兵はそう答える。
実際、諒兵も仮眠を取っていたのだが、早くに目が覚めてしまい、仕方なく『城壁』内を散歩して此処を見つけたので横になっただけである。
気持ちはだいぶ落ち着いている。
アメリカから始まった『神の供物』たちとの連戦は短いが非常に濃い内容であった。
それだけに気持ちが昂ぶって落ち着かなかったのかと思っていたが、今はだいぶ気持ちも落ち着いていた。
「俺の『敵』は日本か……」
『はい。大蛇の人の言葉通りなら、日本に戻れば『騙る者』との本格的な戦いが始まります』
そう答えたのは、諒兵の龍玉に戻ってきたメーちゃんである。
やはり諒兵の龍玉が一番落ち着けるらしい。
『私たちの愛の巣なんですよ♪』
「叩き出されたくねえならやめろ」
『いけずなんですから』
もっともメーちゃんの冗談なのか本気なのかわからない言葉も、今は気楽に受け止められている。
それだけ、気持ちが落ち着いたということなのだろう。
次の戦いが始まるまで、今はのんびりしていたかった。
『やはり綺麗な星空を眺めるのはいいものですねえ』
「まあな。俺としちゃ、青空のほうがいいんだけどよ」
『そうなんですか?』
「なんだかな。流れる雲を眺めるのが好きなんだよ」
其処にどんな理由があるのかを考えたことはない。
ただ、諒兵は青空をのんびりと流れていく雲を眺めるのが好きだった。
其処には、自由がある気がするからだ。
国境も、人種も、龍機兵かどうかも関係なく、好きなところへ好きな時にいくことができる。
それが雲だと思うからだ。
「龍機兵になっちまったのは自分の責任だけどよ。もし叶うなら、雲みてえにのんびり生きてえなって思うときがある」
『あなたは、本当は戦いから一番遠いところに気持ちがあるのかもしれませんね』
「戦うのは嫌いじゃねえけどな」
『敵がいるからでしょ?』
「まあ、そうだな」
『もし、敵がいないならあなたは戦わないんじゃないかって思うんですよ』
「どうだろうな……」
実際そういう状況になってみなければわからない。
でも、確かに戦う必要がなければ、戦う気は起こらないかもしれないと諒兵は思う。
普通の人生を送れていたのかもしれないと思う。
「まあ、今は敵ってヤツを倒して、面倒なことを終わらせることだけ考えるさ」
そう言って再びのんびりと空を見上げる諒兵に聞こえないように、メーちゃんは呟く。
『でも、だからこそあなたは戦いから逃げられないんでしょうね。『運命』という敵がずっと付き纏いますから……』
『運命』とは、倒さなくてはならない敵ではなく、戦い続けなければならない敵なのかもしれないとメーちゃんは考えていた。
イギリスの地での夜が明けたころ、ちらほらと起き出してくる者が現れた。
予め、食堂集合と打ち合わせをしていたので、少しずつ食堂の人数が増えていく。
早かったのは鈴。
もともと朝食の仕度をしていることから、起きるのは早い。
次いで。
「リン殿、何をなさっておいでなのですかな?」
「あっ、バトラーさん。おはようございます」
「おはようございます。よければ某めの疑問に答えてはくれませぬか?」
そう言ってバーナードは冷蔵庫の前に座り込んでいた鈴に改めて質問する。
つまみ食いでもしようかと思えるような姿に、バーナードはいささか呆れていた。
「このあと、バトラーさんも一緒に日本に戻るじゃないですか」
「はい。その予定ですな」
「ここに誰もいなくなったら、残ってる食材とか食料もったいないなあって」
「ほほう?」
「持ち帰っちゃダメですか?」
もし、持ち帰ってもいいのなら、傷んできている物から使っていきたいので、分けていたのだと鈴は言う。
その考え方自体は、非常に称賛できるとバーナードは思う。
今後、しばらくは『城壁』は空けることになる。
そうなると、使わないうちに腐ってしまうものもあるかもしれない。
ならば、日本に持っていって調理されたほうが良い。
鈴が言う『もったいない』は日本人らしい考え方からきたものなのだろう。
そう考えると、いささか格好悪い姿だが、決してバカにできるものではないとバーナードは考えを改める。
「ふむ。本来ならばご主人様の許可が必要なのですが、この状況でありますゆえ、某めが許可致しましょう」
「ホントにっ?!」
「緊急時の判断は任されておりますゆえ。問題ありませぬぞ」
そう言ってバーナードが好々爺然とした笑みを見せると、鈴は嬉しそうに肯き、食材と食料を運びだす準備を本格的に始めた。
「某めもお手伝い致しましょう。食物を大事にする精神、見習いたいものです」
「えっ、そっ、そんなんじゃないですよっ!貧乏人根性です」
そう言って謙遜するというより、照れ笑いする姿は、死地に赴く龍機兵の一人とはとても思えないのが鈴である。
ある意味では、一番異質な龍機兵と言ってもいい。
(……我々と人の架け橋となれる御方なのかもしれませぬな)
阿由の心をあっさりと解きほぐしたことを考えても、鈴の存在は今後一番大きくなっていくのではないかとバーナードは考えてしまう。
其処に、新たに声をかけてくる者がいた。
「何をしているのです?」
「おや、アキラ殿」
「あっ、円くん。バトラーさんがいいって言ってくれたから、残ってる食材とか、日本に持ち帰ることにしたの」
「いいですね。無駄にしてしまっては食材に申し訳ありませんから。私も作業を手伝いますよ」
そんな感じで食材と食料を運ぶための準備作業をするものは増えて行く。
そして、諒兵が中庭から食堂に来たころには。
「何やってんだ、お前ら?」
「リョウヘイっ、そっちの野菜の袋をまとめてくれっ!」
「全部まとめて日本に持ち帰るのよ。諒兵くんも手伝って」
「どう考えても龍機兵の仕事じゃないのじゃ……」
ライラが指示を出し、麗佳が理由を語り、そして琉璃架が愚痴をこぼす。
「りんおねえちゃん、こっちはどうするの?」
阿由は鈴に指示を仰ぎ、その横でどこかたそがれながら真も手伝っている。
「巻き込まれたんか?」
「巻き込まれた……」
諒兵の言葉にそれだけを答える真だった。
これは逃げられそうにないと諒兵も素直に仕事を手伝い始める。
『これも諒兵が戦うべき運命なんでしょうか……』
「きゅいい……」
そんな彼らを手伝えないメーちゃんとアウェンティヌスは呆れた様子で眺めるのだった。
で、数時間後。
「ぶははははははははははははっ、まっさかイギリスからそんなお土産持ってくるうっ?!」
「凛那っ、笑いすぎよっ!私たちにとってはあって無駄になるものじゃないでしょうっ!」
諒兵がたそがれながら開けた孔の向こうで凛那が爆笑していた。
さすがに、孔を開けた直後に大量の食材を運ぶと言われるとは思わなかったらしい。
というか、思わないのが普通である。
「ゴメン、何かノっちゃって……」
首謀者というか主犯といえる鈴が縮こまってしまっている。
さすがに凛那だけではなく、孔の向こうにいた龍機兵たち全員が笑いを堪えているのでは恥ずかしいらしい。
だが、そんな鈴に対し、誠吾が笑いを堪えつつも少しばかり嬉しそうに声をかけてくる。
「気にしないでいいよ。むしろ殊勲賞をあげたいくらいだからね」
「へっ?」
「まさかこんな手があるなんて思いつかなかった」
「ほえ?」
「これは各国の龍機兵の基地も確認すべきだな。完全に盲点だったぞ鈴川」
「はにゃ?」
さらに智巳、義隆の順に鈴の思い付きを賞賛してくる。
それがどういう意味なのかサッパリわからない一同に対し、ロドニーも苦笑しながら説明してきた。
「敵は既に動き出した」
「何ですってッ?!」と、麗佳。
「日本でいう兵糧攻めだ。完全ではないが、食料の流通を抑えようとしてきている」
「なッ?!」と、ライラ。
「空腹は我々にとって大敵だ。ここに匿われている状況で飢餓状態まで行ってしまったら、我々は人の敵になってしまう」
直轄区では農業も行っているので何とか自給自足ができるが、龍機兵を養うとなると厳しいところもある。
最悪の場合、直轄区の住人に襲いかかってしまう可能性もある。
「痺れを切らして外に出るか、此処の人たちを襲ったところを狙って世論を動かすのが目的ですか……。老師は?」
「おそらく君の言うとおりだ。そこで、こちらは敵の動きを察知した直後に動いて、王老師と東堂会長の権限で何とか幾つかの流通経路を確保したところだったんだ」
明の推測に対し、ロドニーはそう答える。
指をくわえて見ているわけにもいかないため、九垓と政国主導の下、比較的政治交渉に強い義隆とロドニーが動いて流通経路を押さえたのだという。
「そんなトコにこんなお土産持ってきてくれたら、嬉しくて笑っちゃうよー♪」
「あー、えーっと……、よかったのかなあ?」
「ハッハーッ、まさにGood job!ってヤツさ」
「あ、あはは」
実際、日本で待っていた龍機兵たちは、麗佳たちが戻ったときにどう食料を確保するかの話をするつもりだったらしい。
そんな状況で『城壁』の食料庫から大量の食材と食料を持ってきたのだから、彼らとしては笑うしかなかったのだろう。
「日野、詰所とネストと山脈と広利城塞の食料庫に孔を開けてくれ。古竜がいるなら、今度は俺たちも出る」
「とにかく、できるだけ食料を確保しなければならない。頼むヒノ」
そう言って義隆とロドニーのみならず、日本に残っていた者たちが頭を下げてくるので、仕方なく諒兵は右腕に白い炎を発現する。
「まあ、いいけどよ。まさか『敵』との最初の本格的な戦いがこんなんだとは思わなかったぜ……」
「こんな人を小馬鹿にしたような攻め方してくるのが、俺たちの『敵』なのか……」
わりと同類なのか、たそがれながら再び孔を開ける諒兵の愚痴に真も共感するのだった。




