18話「少年少女たちと黄色い光」
諒兵目がけて振り下ろしたはずの巨大なクレイモアは、虚しく地面を切っていた。
『ガァッ?!』
『こっちだよ』
気づいたときには、真の後頭部に諒兵の踵が襲いかかってきた。
クレイモアをかわした勢いを利用して、身体を反転させて浴びせ蹴りを繰り出してきたのだ。
さらに、地面に叩きつけられた真の背に、追い討ちとばかりに右拳が振り下ろされる。
『ガアァッ!』
さすがにこれを食らったら相当なダメージになると感じ取った真は、地面を転がって距離を取り、すぐに立ち上がる。
そしてクレイモアを右肩に担ぎ、諒兵に向かって突進した。
その勢いを利用して左脚を蹴り上げる。
『ケッ!』
あざ笑うかのようにあっさりと避けてみせる諒兵に対し、真はニヤリと笑って踵落としを繰りだした。
『おっと』
それもかわされるが真は勢いを止めない。
そもそもこれは踏み込みであって、踵落としではないのだ。
『ガアァオォオオオォッ!』
諒兵の身体を両断せんとばかりに、ありったけの力を込めてクレイモアを振り下ろす。
それを見た諒兵はむしろ嬉しそうに叫んだ。
『やってくれんじゃねえかよッ!』
そして炎を纏った鋼鉄の爪を全力で古い、真のクレイモアを弾き返す。
『ガッ?!』
『まだまだだな』
そう言って笑う諒兵から、真は一足飛びに距離を取った。
強い。
目の前の血の如く赤い色をした竜は強い。
その強さに焦燥感を覚えてしまう。
だが、それは相手の『赤の竜』としての強さにではない。
日野諒兵という少年が鍛えてきただろう戦士としての強さにだ。
目の前の相手の強さに届かない理由が、自分が未熟であるというその一点に尽きるからだ。
時間があれば。
もっと鍛えていれば。
もっと早く竜の力を手にしていれば。
そんな感情が、真の焦燥感を刺激する。
だからこそ勝ちたい。
負けたくない。
この力で、みんなが普通に暮らしていけるようにしていくためには、目の前の相手に負けることができない。
自分が負けることを、誰よりも自分が許すことができない。
だから。
『モットダッ!モット強イ光ヲッ!』
真は己が握るクレイモアを鼓舞するかのように叫び、渾身の力を持って振り抜いた。
『ガアァオオォォオォオオォオオォォオォォオンッ!』
すると、その刀身が砕け、中から発現した光が凄まじい勢いで溢れ出した。
その光の奔流は、周囲の木を薙ぎ倒しながら諒兵に向かって疾走する。
『光の剣か。確かこの国にゃ聖剣の伝承があったっけな』
ブリテンの王の伝説にある聖なる剣。
どのような剣であったかは諸説様々だが、光を生む剣はその一つとして相応しいだろう。
相変わらず、武器や格闘技関係『だけ』は詳しい諒兵であった。
それはそれとして。
『けどよ。今のてめえじゃ宝の持ち腐れだ』
凄まじいまでの光の奔流を見事にかわし、諒兵が真に肉薄してくる。
『グルァアァァァアァァアァァアアァァアァァッ!』
そして雄叫びを上げながら、赤い炎を纏った拳を真のどてっ腹に叩き込んだ。
その勢いは凄まじく、真は大木を薙ぎ倒しながら何十メートルも吹き飛ばされる。
そのまま、真は気を失うのだった。
気づいたとき、目の前には赤い髪を逆立てた少年、すなわち諒兵が人間の姿で立っていた。
「元に戻ってるぜ」
「……何?」
「鱗が全部引っ込んでんだよ」
痛む腹に顔を顰めつつ、真が、以前は鱗が生えっぱなしだった右腕を触ると、確かに人間だったころの腕に戻っていた。
顔を触ると、やはり鱗が無くなっている。
だが、首元にできた玉はしっかりと残っていた。
「……俺は、負けたのか……」
「ちっちぇえ勝ち負けだけどな」
小さくはない。
真にとっては決して小さくはない敗北だった。
力を手に入れた以上、何としても勝ちたかった。
全てに勝ちたかった。
自分がこの世の全てに勝てば、みんなが普通に暮らせる世界を創れる。
そう信じているから。
「だから、負けたら意味がない」
「生きてりゃあ次があるだろ。兄貴の言葉だけどよ。勝った奴ってのは最後まで生き残ったヤツだとよ」
真はまだ生きている。
生きているなら次の機会が得られる。
まだ、真にとって人生という戦いは終わっていない。
すなわち、勝負はついていないということだ。
「アーサーも同じことを言ってたな……」
「まあ、兄貴のダチだかんな。似てんだろ」
似たような師を持つために、似たような教えを受けているのだと諒兵は語る。
そう言われたことで真は思う。
自分と諒兵の差は学んだ時間の差なのだろうか、と。
「もっと鍛えれば、俺は強くなれるのか……?」
「なれねえよ」
「何?」
「俺は、どんなにたくさん気に入らねえヤツを倒せても、アイツにゃあ敵わねえと思ってる」
バケモノの力を得て、バケモノのように強くなっても、決して敵わない相手がいる。
きっと、死ぬまで勝てることはないと思う相手がいる。
「俺もてめえも弱えんだよ。そんなんがどっちがマシかを比べてただけだ」
「情けない戦いだったんだな」
「ああ。情けねえ戦いだったんだよ」
森を更地にするような激戦が、弱者の小競り合いだったのかと思うと真はおかしくて笑い出してしまう。
「笑えるか」
「笑えるな。竜の力を手に入れてから、強くなった気がしてた。ずっと、弱い自分を変えたかったからな」
竜から逃げるだけで、たった一人の肉親である妹の阿由ですら守れなかったことが真は許せなかった。
だから変わりたかった。
今までの弱い自分から変わりたかったのだ。
「俺の髪と目は、もともと栗色だったんだ」
「マジか?」
「ああ。でも、竜の力を手に入れて黒と赤に変わった。鏡でその姿を見ると、今までの弱い自分が変わった気がしてた」
力を手に入れた証だと、強くなった証だと真は思っていた。
でも、そうではなかった。
自分より強かった少年は自分自身のことを弱いという。
自分たちの本気の戦いは、弱虫同士が粋がってただけだという。
「俺は、何にも変わってなかったんだ……」
「俺たちやバケモノの強さってのは、何にも持たねえ強さだってよ。死に急いでるだけだって兄貴に言われたことがある」
それでは未来は創れない。
ただの破壊者だ。
破壊したその後に、未来を創り上げられる者こそが本当に強い。
「お前、強くなりてえか?」
「どうかな。ただ、これ以上は弱くなりたくないな」
「同感だ」
せめて、未来を創り上げられる者たちを護り、死なせないために。
力を手に入れたからには、それだけでも果たしたい。
それは、バケモノになった少年たちの誓いだ。
「ほらよ」
「ありがとう」
そう言って、真は差し伸べられた手を取り、立ち上がる。
「俺は佐倉真だ。真でいい」
「日野諒兵だ。適当に呼べよ」
そう名乗り合いながら、二人が苦笑いを浮かべていると、カサカサッと音がする。
暗闇から出てきた者たちは、何故か嬉しそうに笑っていた。
そして、そのうちの一人、小さな少女がおずおずと声をかける。
「……おにいちゃん、なの?」
まだ、自分が人だったころと同じ髪と目の色をした少女、真の妹である阿由。
自分と違って、人として未来を創っていく可能性を秘めている。
護らなければと思っていた少女のほうが、自分より強くなれる可能性を持っているとはどんな皮肉だろうと真は思う。
でも、だからこそ尊いと思う。
だから。
「……にいちゃんのこと、怖かったろ。ゴメンな」
そう言って、できる限り昔の気持ちを思い出しながら、真は笑いかける。
「おにいちゃんっ!」
そう叫んで抱きついてきた阿由を、真は壊さないように意識して優しく抱きしめる。
それが、まだ自分というバケモノがこの世界に生きていられる意味なのだと思いながら。
数十分後。
諒兵と真は『城壁』の食堂で、鈴、ライラ、麗佳、琉璃架、明、バーナードからそれぞれの場所での戦いの顛末を聞いていた。
とにかく食事だけはしておこうということで、鈴が『城壁』に残っていた食材を使い、手料理を振舞っている。
「りんおねえちゃん、すごいんだね……」
「私、定食屋の娘だからね♪」
「リンがいてくれて本当に助かったな」
ライラの言葉通り、激戦の後だけに相当に空腹だったため、鈴の存在は大きいと、その場にいた全員が肯く。
「侮れんのじゃ。ますますリア充じゃ」
「これだけ見事に調理されれば、食材も報われるというものですね」
微妙に感心するポイントがズレている気がする琉璃架、そして明である。
一方。
「そうか。アイツは逃げたのか……」
「相当にダメージを受けていたようだから、しばらくは戦えないでしょう」
真はオリヴァーが逃げてしまったことに対し、いくらか残念そうな表情を見せていた。
もっとも麗佳の言うとおり、かなりのダメージを受けていたため、しばらくは前線に立てないだろうが。
「とはいえ、彼奴めは強うございました。そして、異様でございましたな」
「……神の食いもんはみんな同じかよ」
「……『神の供物』よ、諒兵くん」
麗佳の突っ込みはともかく、諒兵が言ったとおり『神の供物』は全て同じだ。
人としての意思を捨て、『騙る者』の意志を代弁し、代行する者たちだ。
性格も個性もバラバラのように見えて、その根本はまったくの同一なのである。
それが『騙る者』という存在の恐ろしさでもあった。
だが、『騙る者』自身にとって、自分の手駒が『神の供物』だけでは足りないだろう。
特に伝承竜の力を得た龍機兵たちが敵に回った場合には。
『だから、『騙る者』はエキドナを殺そうとしたんですよ』
「エキドナの存在はそんなに大きかったのかしら?」
『もちろん。エキドナの願いは竜となった者たちの自由意志を守る効果があったんです』
自分の心で考えることができる。
それがエキドナの願いの効果であり、それは『ある意味では』大切なものだ。
だが、『騙る者』にとっては、竜という兵器を自分の手駒にできないという邪魔な効果となる。
「だから、エキドナの存在を排する必要があったのね……」
エキドナさえいなくなれば、『騙る者』は竜を兵器として操ることができる。
その力は絶大だ。
逆らえる者などいなくなるだろう。
だが、それが疑問点でもある。
何故、『騙る者』は竜を操れるのかという点だ。
その点を追求されると、メーちゃんは一つため息をつく。
そして、諦めたかのように口を開いた。
『あの黄色い光は『ヘカティー』から、……私が創り出した竜の暴走を抑制するための装置から放たれているものです』
「「「「「ええッ?!」」」」」
メーちゃんは語る。
エキドナが最初に生みだした竜、ラドンですら、生命の本能を超えて暴走する可能性があった。
その本能を超えない範囲で活動できるように、ある程度の意識の抑制を行う必要があった。
『自由意志は大事です。でも、同じくらい遵法精神も大事なんです』
遵法とは、法に従うということだ。
社会で生きていくうえで、とても大切な精神であるということができる。
だが、自由意志も大事なものである。
ゆえに一番重要なポイントは。
「同じくらい、じゃろ?」
琉璃架の言葉にメーちゃんは苦笑いを見せつつ肯いた。
『はい。同じくらいというところです。要はバランスを取れているかどうかなんですよ』
そうすることで、生命としてのバランスを取るのが、黄色い光が存在する理由なのである、と。
『どちらも大事で、どちらも失くせない。ならば、うまく共存できるようにすることが大事なんです』
以前にも語ったが、エキドナの考えは極端なのだ。
ならば、行き過ぎないギリギリのところで抑えることがもっとも大事だといえる。
『私が創った『ヘカティー』とはそのための装置です。白い火を作ったのはそれよりずっと後の話なんです』
其処までメーちゃんが打ち明けたことで、諒兵には答えが見えた。
この戦いは、エキドナが『竜の血』を作ったことが発端ではあるが、複雑化させてしまったのはメーちゃんなのだと。
「そうすっと、それを奪われたんだな、お前」
『……はい。竜を兵器として利用するためのコントローラーにするために』
『竜の血』を改造して竜を兵器とし、それを兵器として操るため、メーちゃんが作った『ヘカティー』を奪い、ただの抑制装置からコントローラーとして改造したのだという。
『ただ、『ヘカティー』の支配権を完全には奪わせませんでした。装置自体は稼動していますが、それを掌握するための力は私の本体で封印しています』
「日本海溝に本体がいるんだったな。そこにあるということか」とライラ。
『はい。ただ、今『騙る者』は一時的とはいえエキドナの影響を止めました。次の狙いは考えるまでもありません』
「竜を操る装置、『ヘカティー』の完全な支配権……」
麗佳の言葉に皆が肯いた。
エキドナの邪魔が入らないうちに、完全に竜を操れるようになればもはや敵はいなくなる。
『もし『騙る者』が『ヘカティー』を手に入れれば、おそらく諒兵と私、そしてエキドナ以外は抵抗できなくなります』
「何ッ!」
「そんなのイヤよッ!」
「私たちもなんですかッ?!」
鈴、ライラ、麗佳はいきなり声を上げた。
白い火というウィルスの力でメーちゃんと諒兵だけは抵抗できるが、他の者たちは伝承竜の力を持つに至れた者であっても操られる可能性があるとメーちゃんは説明する。
魔王種ですら、その範疇にある、と。
『操っている古竜を伝承竜化させることを並行して行っていけば、『騙る者』に敵対できる者はいないでしょう』
「それだけの力を得て、『騙る者』は本当に人の良き未来を創ろうというのでしょうか?」
明の疑問はもっともだと言えるだろう。
此処までの力を得て、人の良き未来を創ろうというのであれば、別の意味で不気味な存在だ。
だが。
『あの者が信じる『人の良き未来』を創ろうとするでしょうね』
だからこそ『騙る者』は恐ろしいのだという。
世界征服や人類支配をもくろむ悪であるというのなら、実にシンプルに叩き潰すことができる。
だが、『騙る者』が征服しようとしているのは、世界でも人類でもない。
『自然、なんですよ』
「自然を、征服?」と麗佳が首を傾げる。
『竜の力で自然を完全制御する。それこそまさに神をも恐れぬ所業でしょう』
空を、海を、大地を完全に制御し支配する。
それができるなら、もはや人に恐れるものはない。
名実共に、この星の支配者となる。
「ムチャクチャだ」と、真ですら呆れ顔になる。
実際、無茶というか無謀な理想である。
人が届き得ぬモノ。
それが大自然なのだから。
「妄想も其処まで行きゃ、ある意味たいしたもんだな」
諒兵は聞いてて呆れてしまっていた。
自然を制御するなど、まさに誇大妄想としか言えないことなのだから、当然ではあるが。
『あの者は今の竜の力ならそれが可能と考えています。だからこそ、『ヘカティー』を何としても手に入れようとするはずです』
「それ自体は不可能だったとしても、『ヘカティー』を手に入れられてしまうだけでも、私たちにとっては脅威だわ」
龍機兵にとっては最悪の脅威となるだろう。
完全に操られてしまうということなのだから。
ならば、『ヘカティー』を、正確にはその支配権たる力を手に入れさせるわけにはいかないと明は再確認する。
「メーちゃんさんの本体の近くにあると仰っていましたね?」
「はい。あそこにあるものを手に入れれば、完全に掌握できます」
もっとも、其処まで聞いていてようやく諒兵はある部分に突っ込まなければならないことに気づいた。
「……待てよ。それだと何とか装置は別にあるってことにならねえか?」
『はい。アレです』
そう言って、メーちゃんは食堂の窓から見える丸い物体を指差す。
それは、たいていの生物が見たことがあるはずのモノだった。
「「「「つきぃっ?!」」」」
『正確には、打ち上げて月に設置したんですよ』
簡単に壊されないためにそこに設置したのだとメーちゃんは説明するが、結果としてそれが壊したくても壊せないということにもなってしまい、今は悔やんでいるという。
『本体の近くにある支配権とは、装置を操るための力、正確には『力場』ですので壊しようがないんです』
「だから封印したということですか。『騙る者』に奪われないために」
『そういうことです』
いずれにしても、その装置を奪おうとする『騙る者』を倒さない限り、この戦いは終わらない。
奪われれば龍機兵となってしまった者たちにとって、最悪の結末になってしまう。
「敵を止めに行こうッ!」
「無論だッ、何としてもヤツを倒すッ!」
「絶対に奪わせないわッ!」
何故か、異常なほどに気合が入っている鈴、ライラ、麗佳であった。
余談だが。
鈴が麗佳に尋ねかけた。
「ヘカティーって?」
「ギリシャ神話の月の女神の一人なんだけれど、魔女に信仰される神様でもあるのよ。月に在って竜に関わる装置と考えると一番合っているかもしれないわね」
「なるほど」と、ライラや皆が感心したような顔を見せる。
古より、ある意味では信仰の対象でもあった月が、重要な鍵を握る存在であったことに感心する一同だった。




