17話「傷負う少女と紅の少女」
放たれた虹の如き閃光は、闇夜を照らしながらまっすぐに突き進む。
『ジズ』を護る乱気流を押し退けて。
最高のチャンスを得たライラは、敵を倒さんという気迫を高めつつ、大切な人たちと笑い合える未来を、鈴の言葉で考えてしまっていた。
(やはりリンは強いな)
敵わない。
そう思いつつも、胸の中で高まっていく想いがある。
自分が望む未来で、傍にいて欲しい人たち、そして一人の少年の姿がある。
だから。
『自分の未来を顔も知らん誰かに任せる気はない』
そう呟きつつ、凄まじい雄叫びを上げた。
ライラが吐いたブレスは周囲の大気を巻き込むほどの凄まじい竜巻となって突き進む。
『やったっ!』
『うまく巻き込みましたね』
リンが快哉を上げ、明が感心したように、ライラが放ったトルネードブレスは、明が創り出した雷雲を巻き込み、大きな変化を見せた。
『ライトニングトルネード』とでも呼ぶべきか。
そのブレスは凄まじい雷を発生させながら突進していく。
それを見ながら、オリヴァーは呆れたような様子で語りかけてくる。
『嘆かわしい。主の意志に従わぬならば、私が裁きを与えよう』
その言葉と共に大きく翼を広げ、そして雄叫びを上げた。
『ギュアァアアァァアァァアァァアァァアアァアッ!』
その顎から、凄まじい乱気流が放たれる。
大気圧を操るということを考えても、単なる乱気流であるはずがない。
『アトモスフィアブレスですっ、『ジズ』は極限の超高気圧っ、もしくは超低気圧の二種類のブレスを吐けますっ!』
『負けるものかッ!』
だが、だからと言って、ライラの戦意が衰えるはずがない。
むしろ、ブレスの撃ち合いで勝ってこそだとより強い想いを自分が吐くブレスに叩きつける。
『ぬおッ?!』
ギリギリのところで押し勝ったライラのブレスがオリヴァーに直撃した。
『やったっ!』
『届いたッ!』
鈴とライラが喜んでいると、いささか驚いたような、それでいて嘲るような声が聞こえてくる。
『我が身を傷つけるとは驚いた。真竜体の龍機兵は侮れないな』
どうやらブレスのぶつかり合いになってしまったために、予想したほどはダメージを与えられなかったらしい。
『クッ、ブレスの威力を殺がれたか。ならばもう一発だッ!』
『私もッ!』
そうして鈴とライラがブレスを吐くために力を溜めようとすると、凄まじい雄叫びが空にこだました。
『ギシャァアアァァアァァアァァアアアァァアァァッ!』
『へッ?!』
『何ッ?!』
二人の少女が、その雄叫びに首を傾げた直後、凄まじい雷が真横に疾ってオリヴァーに直撃する。
『ギャアァァアアァァアアァァアァァアッ?!』
さすがにオリヴァー、否、『ジズ』にも何が起きたのかわからなかったらしい。
だが、雷が直撃し、悲鳴を上げた『ジズ』は、先ほどと違い、翼は折れ、左腕がもがれ、両足は膝から下がなくなるという、かなりのダメージを受けていて、空に浮いているのがやっという状態になっていた。
『……貴様ッ、七面天女とグウィバーを囮として使ったのかッ……』
その視線ははっきりと成竜体の明を睨みつけている。
もっとも、睨みつけるだけで攻撃できるほどの力は残っていないようだが。
『人聞きの悪いことを仰いますね。私のブレスはあくまで保険です』
『円くんなのっ?!』
『今のブレスは……?』
『サンダーブレスと呼ぶのが妥当なところでしょう。本来は豪雨と一緒に雷を吐くのですけど』
『大逆の天』である明のブレスは『今』の段階では雷をブレスとして吐くことができる。
実は、今後成長していく可能性があるのだ。
『大逆の天』の場合、豪雨と一緒に雷を吐けるようになるのだが、それこそが『大逆の天』の本当のブレスである嵐のブレス、『ハリケーンブレス』となる。
麗佳が普段は火球を吐くが、真竜体で吐くのが『マントルブレス』となるのも同じことだと言える。
実は、同じことが鈴やライラ、諒兵たちや他の仲間にも言える。
ブレスは成長すると言うことだ。
鈴やライラのブレスはまだ成長途上なのである。
『それはともかく、私が鈴川さんやバンブリッジさんを利用したような言い方はやめてくれませんか?』
『……我がブレスを吐ききった隙をついてきたことがその証左だろう……』
『二人のブレスで決着がつけばよかったのですが、あなたの反撃の可能性を考えるともう一押ししておく必要があっただけです』
『……仲間だのと言いながら、己の策を隠していただろうに……』
オリヴァーの言うとおり、鈴やライラが驚いたことを考えても、明は自分の作戦の全容を二人に伝えてはいなかった。
結果としてそれがオリヴァーに大きなダメージを与えることにつながったが、隠していたことに代わりはない。
それは仲間を信頼していない証拠だとオリヴァーは追及してくる。
さらに心内を隠してしまうことこそ、人が間違える証だと。
『……そのような行為が生む不和が、無意味な争いを生むのだ……』
『その不和を乗り越えてこその平和でしょう?』
オリヴァーの言葉に対し、明はあっさりと意見してきた。
さすがに言葉を失ったのか、オリヴァーは言い返せずに黙ってしまっている。
『心のぶつかり合いがないのは平和ではありません。ただの虚無です。何もないだけです。そんな世界、私は要りません』
『……無駄に人を死なせた果ての平和などない……』
『あなたの考え方を否定はしません。でも、受け入れられませ……くッ!』
明が言い終わるよりも早く、黄色い光が幾筋も降りてきて襲いかかってくる。
『二人とも大丈夫ですかッ!』
『大丈夫だッ、防げるッ!』
『私も何とかッ!』
『まともに喰らうとダメージが大きいですッ、とにかく逃げてくださいッ!』
メーちゃんの言葉に従い、鈴、ライラ、明がオリヴァーから距離を取ると、彼は既に黄色い光に包まれていた。
そしてすぐに光となって消え去る。
見れば、古竜たちも何体か消えていた。
『一矢報いたというところですか』
『先ほどのブレスは相当なダメージを与えました。この場では勝利したと言ってもいいでしょう』
明の呟きにメーちゃんはそう答えてくれたが、まだ場は収まっていないと判断したのか、明は鈴とライラのほうへと向くと、深々と頭を下げる。
『どしたのっ?!』
『いえ、『ジズ』が言ったとおり、二人の攻撃が囮になってしまったのは間違いないですから。黙っていたことをお詫びします』
『えっ、いいよそんなのっ!』
鈴はそもそも『ジズ』さえ撃退できればよかったので、明の戦術で囮になってしまったことなどは気にしない。
そもそも戦術の全容を教えられても、うまく行動できる自信がないので、自分の役割だけを教えてもらい、後は任せるというほうがいいのだ。
完璧にすべてを理解するというのは簡単にできることではないのだから。
だが、ライラは違った。
『確かに腹が立った』
『ライラっ?!』
『一番美味しいところを持っていかれたからな』
そもそも『ジズ』は兄アーサーの仇と言える存在だ。
ライラとしては自分が倒したかったし、そのための策だと思い込んでいた。
明が意図して、自分のブレス攻撃を言わなかったためだ。
それは確かに腹が立つ。
『だが、貴様が言ったとおり、互いの心がぶつかり合ってこその平和だと思う。だから、腹は立つがうまくいった以上、文句は言わない。だが、今後、戦術が失敗したときは覚悟しておいてくれ』
『それは当然の権利でしょう』と、そう言って明は笑う。
『ライラ……』
そしてホッとした様子で鈴がライラに声をかけた。
『私はヤツほど狭量ではないぞ。心があるからこそ仲間だ。ぶつかり合いはあって当然だろう』
『そうですね。だからこそ信頼は生まれるものですから』
メーちゃんが言ったとおりなのだ。
相手がただの人形であるというのなら、其処に信頼はない。
命令どおりに動くだけの相手を信頼するはずがない。
信じる必要も頼る必要もないからだ。
『まあ、必要なときは説明してくれ。わからないと動けないときもある』
『そのあたりもしっかり判断するようにしますよ』
そしてようやく場が収まったと考えた鈴は、安堵した様子で声をかける。
『それじゃ、麗佳さんたちと合流しようよ。今通信するから』
『わかった』
『そうしましょう』
そうして通信を始めた鈴は、麗佳から真の妹、阿由について聞き、麗佳たちが今はドーバーに戻っていることを知る。
すぐに合流してほしいということも。
『竜の力が外見に出ているとは……』
驚いたような声を上げるメーちゃんを見る限り、相当に珍しいことらしい。
『全然なかったの?』
『全てを知ってるわけじゃないんですけど、私は見たことがないです』
『理由を知っているとすれば、佐倉君でしょう。急いで合流しましょう』
『了解だ』
互いに肯きあった三人は半竜体に身体を戻すと、麗佳たちの反応がある場所まで飛んでいくのだった。
阿由を伴い、諒兵都心が戦っている場所へと急いでいた麗佳、琉璃架、バーナードの三人は、ある存在によって足を止めることとなった。
「アウェンティヌス?」
「きゅいっ!」
何故か、諒兵というか『赤の竜』の首のうちの一本であるアウェンティヌスが通せんぼしているのである。
周囲に満ちる威圧を考えると、どうやら諒兵から限界ギリギリまで離れているらしい。
「佐倉くんのことで確かめなければならないことができたのよ。通してくれないかしら?」
「きゅいい」と言いながら、アウェンティヌスは小さな首を振る。
随分と愛嬌がある姿だが、のんびり眺めているわけにも行かないと麗佳は再び声をかける。
「シュールじゃ」
「其処は突っ込むべきではございませぬぞ」
琉璃架とバーナードの会話は耳に入れないように意識しつつ。
「危険地帯なのはわかってるから気をつけるようにするわ」
「きゅい、きゅい」
そう鳴いて再び首を振ったアウェンティヌスは、尻尾を使って地面にガリガリと文字を書き始めた。
『此処は俺が戦る。待ってろ』
そう書き上げたアウェンティヌスは何故か胸を張ってドヤ顔をしていた。
「あの、凄いとは思うんだけれど……」
「無駄に器用なのじゃ」
「意志の疎通ができるのは良いことですぞ?」
「……へん」
最後に阿由が言ったとおり、ぶっちゃけ変である。
変ではあるのだが、バーナードが言ったとおり意志の疎通ができるのはありがたい。
仕方なく、麗佳はアウェンティヌスと話す。
「アウェンティヌスが此処にいるってことは、諒兵くんは今一人で佐倉くんと戦ってるのね?」
「きゅいっ!」と、肯くアウェンティヌス。
「倒すつもりなのですかな?」と、バーナード。
「きゅいい」と、今度は首を振るアウェンティヌス。
「言っとることがわからんのじゃ」
琉璃架の言葉は当然の感想であろう。
『きゅい』としか発音しない相手と意思疎通できる麗佳やバーナードのほうがおかしいのである。
そして。
「麗佳さんっ!」
「あっ、鈴さんっ、ライラさんっ、円くんっ!」
気を使ったのか、どこかで着地してきた鈴、ライラ、明が麗佳たちのところまで駆け寄ってきた。
「アーちゃん?」
「何故こんな場所にいるのだ?」
そんな疑問の声を上げた鈴やライラ、そして明に麗佳は現在の状況を説明した。
それで推測したのは明である。
「……諒兵君も事情がわかっていないわけではありませんし、佐倉君を止めるつもりでしょう」
「でも、『ジズ』は撃退できたのでしょう?戦う理由がないわ」
「いえ、佐倉君にはあると思います。感情のぶつけ場所が必要なのですよ。東堂さんには一番わかるはずですが?」
魔王種は感情の揺らぎが激しい。
『創界の王』である真は『傲慢』という感情が強くなる。
覚醒が始まった今、その感情を何処かにぶつけなければ、真を止めることはできないだろう。
「諒兵君がその役を買って出てくれたということでしょうね」
無傷で止められるかどうかはともかく、相手が魔王種である『創界の王』となると、生半可な力では止められない。
その力を持っているだろうアーサーは今は日本で眠ってしまっている。
そうなれば、龍機兵として力を使いこなせている麗佳か、一番戦いに慣れている諒兵しかいないのだ。
「今は待つしかないのね」
「はい」
そう言って麗佳と明はため息をついていた。
そんな二人の横で鈴はしゃがみ込み、阿由に話しかける。
「あなたがあゆちゃん?」
「……」
「私は鈴、鈴川鈴よ。よろしくね」
「……」
「可愛いくまさんね♪」
「……ママが買ってくれた」
「そか。あゆちゃんのお友だちなのね?」
「うん。わたし、独りぼっちになっちゃったから」
真の存在を考えれば、独りぼっちではないのだが、阿由は真は竜に殺され、今いるのはバケモノが真似た偽者だと考えている。
そうなると、独りぼっちだと思い込んでいるのは仕方ないのだろう。
だが、それでは真が哀れだ。
今、諒兵と戦っている真が本当に阿由の兄だった真だとするならば、あまりにも報われない。
そう、その場にいた一同は考える。
だが。
「じゃあ、今から私はあゆちゃんのお友だちだから、独りぼっちじゃなくなるよね?」
「……いいの?」
「いいよ♪」
「あ、ありがと。りんおねえちゃん……」
少しばかり顔を赤らめつつ、阿由は嬉しそうに微笑む。
そして、いろいろと溜め込んでいたのか、鈴に対して自分のことを話し始めた。
鈴も、正直に自分の力のことを話す。
人として大事なことは、力を得たことではなく、心がちゃんと残っているかどうかということを伝えるために。
「きもち?」
「うん。偽者さんは何が違うの?」
「……髪の毛と目と……、あと、おにいちゃんは、バケモノを殺せるような人じゃないもん」
「それは、強くなったってことじゃないのかな?」
「違う。優しくなくなった。バケモノみたいになった……」
「そうなんだ。それだと、昔のおにいちゃんじゃないかもしれないね」
「うん、昔のおにいちゃんじゃない」
阿由が真に感じている違和感がそうだとするならば、たしかに竜の力を得て彼は変化していることになる。
ただ、人の変化の範疇だと言えるだろう。
問題は、まだ幼いといえる阿由が、その変化を受け入れられないということだ。
そうして、取り込めなく阿由の話を聞きつつ、うまく情報を引き出している鈴を見ながら、麗佳が苦笑する。
それを見たライラが鈴と阿由から少し距離を取りながら、話しかけた。
「どうした?」
「こういうところ、敵わないわね」
「ほっほっ、正直、某も聞き出せなかったことばかりです」
そう言ってバーナードも苦笑する。
実際、阿由は『城壁』に来てからほとんど話をしなかったという。
「溜め込んでいたのでしょうな。いやはや面目ない限りでございます」
「これは彼女の人柄にもよるものでしょうし、仕方ないでしょう」
と、明も感心した様子で鈴と阿由が話している様子を眺める。
「世が世ならリア充とか呼ばれるタイプじゃ」
「普通に一般人でいいだろう……」
琉璃架の感想は間違いではないのだが、ライラが疲れた様子で突っ込んでいた。




